出発と、数人①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
十一日目の朝井戸端に椀が一つ置いてあった。
欠けた椀だった。誰かの家の焼け残り。
中に硬貨が入っていた。
リュカが水を汲みに行くとイサが井戸の縁に座っていた。
「あたしじゃないよ」
訊く前にイサが言った。
「朝、来たときにはもうあった」
リュカは椀を見た。
数えなかった。
数えると受け取ることになる気がした。
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昼前に宿に戻って、ヴェスナに言った。
「井戸端に椀が置いてあります」
「知ってるよ」
ヴェスナは、竈の灰をかき寄せながら答えた。
「誰が置いたんですか」
「知らないね」
「……婆さんですか」
「あたしは金は出さないよ」
ヴェスナは手を止めなかった。
「言ったろ。分からないものは、貸し借りにしないでおくって」
「……はい」
「椀に入れる者は、貸すつもりで入れてない。やるつもりで入れてる。だから、あたしとは別の話だ」
ヴェスナは灰をかき寄せ終えた。
「取っておきな。減らすのはあんたの仕事じゃない」
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昼までに椀の中身は増えた。
誰が入れたのかは分からなかった。
リュカが瓦礫を運んで戻るたびに硬貨が増えていた。
三枚。五枚。八枚。
夕方、リュカは椀の前にしゃがんだ。
数えた。
三十二枚。
自分の三十四と合わせて六十六。
まだ足りない。
足りないが増えていた。
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「坊主」
後ろから声がした。
明け方に家を数えた男だった。自分と女房と子供と毛布の婆さんで四人の家。
「……これ」
「俺も入れた」
男はあっさり言った。
「五枚だ。家が焼けてなきゃもっと出せたんだけどな」
「……受け取れません」
「受け取れ」
男はそう言って、井戸の縁に腰を下ろした。
「お前、うちを数えたろ」
「……数えました」
「四人って言って、書いてもいない紙に四人って数えた」
男は掌を見た。
「あれからうちの女房が時々言うんだよ。あたしたちは四人だねって」
リュカは、何と言えばいいのか分からなかった。
「四人だってことは前から知ってる。知ってるが誰かに数えてもらうと違うんだ」
男は立ち上がった。
「五枚ぶんだ。それ以上は出せん」
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その夜、土間で椀を出した。
人が集まっていた。
「三十二枚入ってました」
リュカは言った。
「誰が入れたかは分かりません」
土間の誰も名乗らなかった。
イサは湯を吹いていた。ネラは椀の縁を指でなぞっていた。脛に布を巻いた男は腕を組んでいた。
マルタは息子の隣で床を見ていた。
カイの女房は天井を見ていた。
誰も自分が入れたとは言わなかった。
「……ありがとうございます」
リュカは頭を下げた。
頭を下げてから続けた。
「でも、まだ足りません」
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「いくら足りない」
ヴェスナが訊いた。
「四百八十です」
「四百八十」
「物が百八十。運賃が四百。手元が六十六です」
言ってからリュカは止まった。
引き算が合っていなかった。
昨日まで足りないのは五百四十六だった。その五百四十六から六十六を引いてしまった。引くのは増えた三十二のほうだ。
「……五百十四でした」
「そうだね」
ヴェスナは柄杓で鍋をかき回した。
「あんた、計算を間違えるね」
「間違えました」
「珍しいこともあるもんだ」
ヴェスナはそう言った。
土間の何人かが少しだけ笑った。
焼けてから土間で声を出して笑う者が出たのは、初めてだった。
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柄杓の男の子が前に出てきた。
布袋を持っている。中で硬いものが鳴った。
「釘」
男の子はそう言って、袋を台に置いた。
「三十本。曲がってないやつ」
「……売れたのか」
「売ってない。まだ」
男の子は祖父のほうを見た。
祖父は首を横に振った。それから、諦めたように頷いた。
「下の市で売ってきて」
男の子は言った。
「売れた分入れていい」
「……お前のだろ」
「おれが拾ったやつだから、おれが決める」
男の子はそう言った。
リュカは袋を見た。
三年、自分も同じことを言ってきた気がした。拾ったものは拾った者のものだ。
「……いくらになるか分からないぞ」
「いいよ。いくらでも」
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次の朝、リュカは荷を担いで下りた。
十二日目だった。
受け渡し場で荷を下ろして、市へ行った。
金物の台の男に釘を見せた。
男は袋から釘を出して、指で転がした。
二十本ほど見たところで手を止めた。
「……曲がってねえな」
「はい」
「焼けたやつか」
「焼け跡から拾ったものです」
「熱が入ってる。もろい」
男は釘を一本指で曲げてみせた。
曲がった。折れはしなかった。
「打てば使える。だが、いいものじゃねえ」
「……いくらですか」
「十五」
リュカは頷いた。
「十五で」
「値切らねえのか」
「値切りません」
男は鼻から息を吐いた。
「前に来たときは一シャルド値切ったろ」
「あれは俺のものでした」
リュカは言った。
「これは預かりものです」
男はしばらくリュカを見ていた。
「……俺は上手くやれと言ったな」
「言われました」
「預かりものを値切らんのは、上手いほうだ」
それから、硬貨を十八枚台に置いた。
「……十五じゃ」
「十八だ。俺が決めた」
男はそう言った。
「値をつけるのはこっちの仕事だ」
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金物の台から二つ隣。
古い木の棚が三段。本がぎっしり詰まっている。
嘘つきの棚だった。
棚の前の椅子は空だった。
「爺さんは」
リュカは隣の台の女に訊いた。
「三日来てないよ」
女は量りの皿を布で拭きながら言った。
「たまにこうなる。半月来なかったこともある」
「……どこにいるか分かりますか」
「知らないね」
女は皿を台に戻した。
「あの人どこに住んでるのか誰も知らないんだよ。棚だけずっとここにある」
リュカは棚を見た。
塔の名前を教えたのは、この椅子に座っていた男だった。
トゥリス・フミリス。謙譲の塔。
旅に出ることを市に流したのもこの男だ。薬屋の老人は「爺さんから聞いた」と言った。
――行くと言っておきたかった。
そう思ってからそれが礼に近いことに気づいた。
ザッハは、礼を言われるのを嫌う男ではない。たぶん好む。
好むのにいない。
何か残していこうと思った。
紙はある。四枚ある。
字が書けない。
書けないので何も残せなかった。
リュカは、棚の一番下の段から少し飛び出している本を指で押し戻した。
押し戻して、背表紙の高さを隣と揃えた。
それだけして台の前を離れた。
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市の台を順に回った。
水袋の台の前で長く立った。
大きいのが三十五。小さいのが十八。
三つ買えば九十を超える。
持っているのは八十四だ。
三つは買えない。
手が袋の上で止まった。
――運賃はどうする。
八十四を一枚も使わずに残したとして、四百には遠い。三百十六足りない。日に三枚か五枚の稼ぎでは八十日はかかる。
物を買えば四百はもっと遠くなる。
買わなくても届かない。買えばなおさら届かない。
どちらでも届かないなら、とリュカは思った。
――届かないほうを後にする。
物は買えば手に入る。運賃はいくら貯めても、明後日には足りない。
それで決めた。
二つ買えば五十三。残りは三十一。その三十一で干し魚と火種石と油皿を買う。
油皿は十二だ。
干し魚を七枚にすれば、油皿が買える。
――灯りか食い物か。
台の前でしばらく考えた。
考えて食い物にした。
岩場に入るのは昼だ。夜は歩かない。バルがそう言っていた。夜に歩かないなら、灯りはなくても死なない。
食い物はなければ死ぬ。
買った。
水袋を大が一つと小が一つ。五十三。
残り三十一。
干し魚を七枚。一枚四で二十八。
残り三。
火種石を一つ。二。
残り一。
油皿は買えなかった。
鉛も買わなかった。
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市の出口でリュカは立ち止まった。
水袋が二つ。三つ要るとイサは言った。バルも三日ぶん持っていけと言った。三日ぶんなら三つだ。
干し魚が七枚。三日ぶんには少し足りない。
火種石が一つ。灯りにする油皿はない。
――足りない。
足りないまま買い終わった。
これ以上は買えない。
残りは一枚だった。
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受け渡し場でバルに会った。
買ったものを見て、バルは何も言わなかった。
言わずに奥へ行って戻ってきた。
手に古い革の水袋を持っていた。
「……使ってないやつだ」
「……」
「俺は水を持ち歩かん。岩の中は湿っとるからな」
バルは水袋をリュカの足元に置いた。
「返さんでいい。返しに来る道があるとは限らん」
リュカは水袋を見た。
三つ目だった。
「……ありがとうございます」
「礼はいい」
バルは荷札の木札を数えはじめた。
「兄ちゃん」
「はい」
「東の岩場で人に会ったら、名前を訊け」
リュカは顔を上げた。
「会う人がいるんですか」
「おらん。おらんはずだ」
バルは木札を置いた。
「だがおったら訊け。おらんはずのところにおる者は、名前を訊いておくもんだ」
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詰所でリュカはドランに言った。
「明後日、出ます」
ドランは籠の下から這い出してきた。
「運賃はできたか」
「できてません」
「いくら足りん」
「四百です」
ドランは手の甲で額を拭った。
「そうか」
それだけ言って、工具箱の蓋を開けた。
リュカは待った。
待ってそれから言った。
「歩いて下りる道はないんですよね」
「ない」
「じゃあ四百が要ります」
「要る」
ドランは工具箱から鉄棒を出した。
籠の底の留め具を一つ叩いた。
詰まった鈍い音がした。
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「坊主」
「はい」
「明後日下へ送る荷がある」
「……荷が」
「二番街の商会だ。十六貫。一人では担げん」
リュカはドランの背中を見た。
十六貫なら担げる。半月ほど前に、十四貫を一人で下ろした。
「……担げます」
「担げん」
ドランは留め具をもう一つ叩いた。
「長い箱だ。一人で担ぐと端が振れる。受け渡し場の梁は低い」
「……」
「当たって割れたら、商会が値を引く。値を引かれたら、俺の運賃も引かれる」
ドランはそこで一度手を止めた。
「二人がかりの荷だ。荷運びが二人要る」
リュカは黙っていた。
黙ってから気づいた。
ドランは嘘を言っていない。長い箱なら端は実際に振れる。梁も実際に低い。
言わなかったのは、その箱を明後日に回した理由だけだ。
「……リナンを」
「荷を担ぐやつは荷運びだ」
ドランは振り返らなかった。
「運賃は荷にかかる。荷を運ぶ人間からは取らん。三年、そう言ってきた」
「……でも」
「まけとらんぞ」
ドランはそこで初めて振り返った。
「まけてない。値も変えてない。荷運びが二人なら、二人とも運賃は要らん。規則のままだ」
リュカは頭を下げた。
「担げるのかあの子は」
「……訊いてみます」
「訊いてこい。担げんならこの話はなしだ」
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詰所を出るとき、列の端に布包みを抱えた女が立っていた。
一月近く前から運賃が足りずに乗れずにいる女だ。上に姉がいる。
「……まだですか」
リュカが訊いた。
「三百九十五」
女はあっさり言った。
「あと五だ。二十から五になった」
「……五」
「二十日で十五だよ。一日に一枚にもならない」
女は布包みを抱え直した。
「あんた、下に行くんだって?」
「はい」
「上じゃなくて下ね」
「下です」
女は籠の穴のほうを見た。
上を見ていた。
リュカは懐に手を入れた。
硬貨が一枚あった。
それを出して女に渡した。
「……一枚だよ」
「一枚です」
「一枚じゃ足りないよ」
「四になります」
リュカは言った。
女は硬貨を見ていた。
見てから受け取った。
受け取って、布包みの内側に入れた。
「……あんたいくら持ってるんだ」
「今、ゼロです」
「馬鹿だね」
女はそう言った。
言ってから顔を背けた。
「明日、四じゃなくて、五になってるかもしれない。そうしたら乗れる」
「はい」
「乗れたら窓から柱を見るよ」
女はそう言った。
「見えたらあんたには言えないけどね。あんた、下だから」
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坂を下りながら、リュカは椀のことを考えた。
三十二枚。誰が入れたか分からない三十二枚。
この女の椀は誰も置かなかった。
同じ街で二十日いて、十五しか増えなかった。
――なぜ俺のほうに置いたのか。
考えても分からなかった。
分からないものは、貸し借りにしないでおくとヴェスナは言った。
貸し借りにしないでおくことはできる。
だが、なぜ俺のほうかは分からないままだった。
読んで頂きありがとうございます。
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現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
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