装備と、足りぬ金③
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
八日目トトが空き地に来た。
肩に革の束を担いでいた。
「……どうしたそれ」
「鎌翼の翼の付け根の革だ」
トトは革を地面に下ろした。
「イサさんが干しといたんだと。食ったあと捨てるのがもったいなくてって」
厚くて固い革だった。
「鞴に使えるのか」
「使える。使えるが少し余る」
トトはリュカの足を見た。
「余りで底が張れる」
リュカは自分の靴を見た。
焦げて反り返った底。
「……張れるのか」
「膠がなきゃ無理だ。膠は炉が焚けなきゃ煮られねえ。炉は鞴がなきゃ焚けねえ」
トトは革の束を叩いた。
「鞴が今日直る」
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その日の夕方、鍛冶場の炉に火が入った。
焼けてから初めてだった。
トトが鞴を踏んだ。
新しい革はまだ固くて、音が重かった。
炉の中で赤いものが少しずつ大きくなった。
イサが来た。ネラが来た。脛に布を巻いた男が来た。
誰も多くは言わなかった。
ヴェスナは来なかった。宿の土間で鍋を煮ていた。
ミラは炉の前に立って、しばらく火を見ていた。
「……母親がここで膠を煮てもらってた」
ミラはそう言った。
「薬を包む紙を貼るのに要るのよ」
トトは鞴を踏みながら頷いた。
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炉の火は三番街のどこからでも見えた。
路地に屋根がないからだ。
空き地から宿の前から広場から坂の側の小路の奥の赤い光が見えた。
見た者が何人か集まってきた。
誰も何のために火を入れたのかを訊かなかった。
訊かずにしばらく見て、帰っていった。
リュカは鞴の音を聞いていた。
ふうふうと重い音がする。新しい革がまだ馴染んでいない。
三年、毎日聞いていた音だった。焼けてから二十九日ぶりに聞いた。
トトは鞴を踏みながら、一度も笑わなかった。
笑う代わりに踏む速さを少しずつ整えていた。
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膠が煮えたのは夜だった。
トトがリュカの靴を裏返して、反り返った底を切り落とした。
新しい革を型に合わせて切る。
切った革に膠を塗る。
押しつけて締めて待つ。
「……いくらだ」
リュカが訊いた。
「金は要らねえ」
「でも」
「革はイサさんのだ。膠は親方の膠だ。炉は親方の炉だ」
トトは鎚の柄を握った。焼けた柄を削り直して、新しい木を嵌めたものだった。
「俺が出したのは手間だけだ」
「……手間の分は」
「手間の分はお前が前に、親方を運んだ手間と同じだ」
トトはそう言った。
「あのとき、金を取られたか」
「……取られてない」
「そういうことだ」
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その夜、リナンが土間の隅で自分の荷を広げていた。
着替えが二枚。針と残りの糸。布で巻いたもの。
リュカはその前にしゃがんだ。
「水はどうする」
「……水袋ですか」
「三つ要るって、イサさんが言ってた。一つ三十五だ」
リナンは自分の手を見た。
「わたし重いものを持つと翼が下がります」
「下がる?」
「肩から吊ると、翼の付け根が引っ張られるんです。だから、里では背負わずに、腰に下げていました」
リナンは腰のあたりを手で示した。
「腰なら両側に一つずつ。二つまでなら持てます」
「……三つ目は」
「リュカくんが持ちますよね」
リナンはそう言った。
訊いているのではなかった。
リュカは頷いた。
「持つ」
「じゃあ三つです」
リナンは荷を包み直した。
縄を十字に掛けた。片手で解ける結び方だ。
結び終えてから小さく言った。
「……わたしのぶんの運賃は、わたしが考えます」
「考えるって」
「分かりません。でも、考えます」
リュカは包みを見た。
布で巻いたものはその中に戻っている。
ヴェスナが止めたから売らなかった。
だが、止められたから諦めたという顔ではなかった。
別の手を探している顔だった。
――探してもない。
この街に四百を出せる者はいない。
リュカはそう思った。
思ったが口には出さなかった。
出せばリナンが探すのをやめる。
やめさせる理由はこちらにはなかった。
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九日目リュカは下の市へ下りた。
荷が一つあった。日当が十。
三十四枚になっていた。
市の入り口で薬屋の老人が戸を開けていた。
リュカを見て、少しだけ顎を上げた。
「旅に出るそうだな」
リュカは足を止めた。
「……誰から」
「爺さんだ。嘘つきの棚の」
老人は壺を棚に戻しながら言った。
「あの爺さんは、嘘しか言わんと言われとる。だが、人の話は正しく伝える」
「……はい」
「東の岩場に行くなら、足を冷やすな。岩は夜に冷える」
老人は戸口の奥へ戻った。
「冷えた足は感覚がなくなる。感覚がなくなった足は傷に気づかん」
それだけ言って戸を閉めた。
リュカは頭を下げてから市へ入った。
市で水袋の値を確かめた。
大きいのが三十五。小さいのが十八。
干し魚は一枚四。
火種石は二。
油皿は十二。
鉛は市の東の文具屋にあった。一本十五。棚の上に細い棒が並んでいた。
リュカはどれも買わなかった。
三十四枚では水袋が一つ買えるだけだ。
一つ買えば残りは要らないことになる。
要らなくはない。全部、要る。
――全部要るなら、一つずつは買えない。
そう思った。
思ってからそれは変だと気づいた。
一つずつ買っていかなければ、いつまでも全部そろわない。
だが、一つ買うとそのぶん次の日の鍋に入るものが減る。
三番街には四十三人いる。宿の鍋は毎晩煮ている。煮るものがなければ、湯だけになる。
リュカが水袋を買えばその日の鍋に入るものが一つ減る。
――そこは減らせない。
リュカは何も買わずに、籠に戻った。
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帰りの籠でリュカは、買わなかったものを順に思い出した。
水袋。干し魚。火種石。油皿。鉛。
どれも手に取って、値を見て置いてきた。
三年、買い物はいつもそうだった。杭は五。火種石は二。パンは三。
決まった値のものを決まった数だけ買う。
値切ったことは二度しかない。二度とも断られた。
――足りないときは買わない。
それが三年のやり方だった。
今度は、買わないままでは出られない。
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十日目の昼荷があるかを訊きに詰所へ上がった。
荷はなかった。
帰りに詰所の脇のパン売りの前を通って、買わなかった。
七シャルドを出せばその日の鍋にパンが入る。
入れなかった。
入れれば三十四が二十七になる。
――今日は入れない。
決めてから坂を下りた。
下りる途中で二番街の焼け跡の脇を通った。
油屋の壁はまだ黒いまま立っている。
三十年、ゴドの荷車がここから三番街まで油を運んだ。
今は誰も運んでいない。
運ぶものがなくなったからだ。
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その夜、土間に人が集まった。
鍋を食べる者だけではなかった。
イサが来て、ネラが来て、脛に布を巻いた男が来て、柄杓の男の子と祖父が来た。
トトが鎚を持ったまま来た。
ミラが記録の束を抱えて来た。
リュカは椀を持ったまま、土間を見た。
いつもより人が多かった。
ヴェスナが柄杓を鍋の縁に当てた。
かつんと鳴った。
「坊主」
「うん」
「いつ出るんだい」
リュカは椀を置いた。
土間の全員がこちらを見ていた。
「……金が足りません」
リュカは言った。
「靴はトトが直してくれました。布はミラさんがくれました。でも、水袋と食べ物とそれから」
言葉がそこで止まった。
それから続けた。
「リナンの運賃が四百です」
土間が静かになった。
誰かが椀を置いた。
柄杓の男の子が祖父の袖を引いた。祖父は首を横に振った。
脛に布を巻いた男が腕を組んだ。
ネラが口を開きかけて閉じた。
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「四百」
誰かが言った。
声が低かった。
片道四百はこの街の誰にとっても、十日ぶんの日当だった。焼ける前の荷が毎日あった頃の十日ぶん。
今は誰もそんな金を持っていない。
四十三人の街だ。
リュカは下を向かなかった。
下を向くと頼んでいるように見える。
頼むつもりはなかった。
足りないと言っただけだ。
足りないものは数えて言う。三年、そうしてきた。
言ったあとどうするかは、また別の話だった。
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「坊主」
ヴェスナが言った。
「足りないのはいくらだい」
「……四百と百八十です」
「合わせて」
「五百八十」
「今日いくら持ってる」
「三十四です」
「じゃあ五百四十六だね」
ヴェスナはそう言って、竈の灰をかき寄せた。
それきり何も言わなかった。
誰も何も言わなかった。
セイルが梁の上で首を傾げた。
それから、リュカの声で言った。
「五百四十六」
誰も笑わなかった。
数が土間の中にもう一度落ちた。
しばらくして、柄杓の男の子が言った。
「おれ釘を売る」
土間の何人かが男の子を見た。
「釘?」
「焼け跡の釘。集めてある。曲がってないの三十本くらい」
祖父が男の子の袖を引いた。
「売れるもんかそんなもん」
「売れるよ。鍛冶屋が買う」
トトが鎚を持ったまま言った。
「……買わねえよ。炉があってもまだ叩けねえ」
「じゃあ叩けるようになったら」
「そうだな」
トトはそれだけ言った。
男の子は頷いて椀に顔を戻した。
誰もその話を続けなかった。
続けなかったが土間の空気が少しだけ動いた。
三十本の曲がっていない釘にいくらの値がつくのかをこの土間の誰も知らなかった。
知らないままそこに置かれた。
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皆が帰ったあとヴェスナが竈の火を落としながら言った。
「坊主」
「うん」
「五百四十六だと言ったね」
「……はい」
「あたしは持ってないよ」
「知ってます」
「宿代も取ってないしね」
ヴェスナは、火掻き棒で熾火を奥へ寄せた。
「あんたが来たとき十二だった。三年、宿代の代わりに水を汲んで、荷を運んで、屋根を直した」
「……はい」
「三年ぶんの水と荷と屋根を金にしたら、いくらになるんだろうね」
リュカは考えた。
考えて分からなかった。
「……分かりません」
「あたしも分からないよ」
ヴェスナは火掻き棒を置いた。
「分からないものは、貸し借りにしないでおこう。そのほうが長く続く」
それだけ言って、毛布のほうへ行った。
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屋根裏でリュカは鑑定書の紙を広げた。
いちばん下の余白に石の輪郭が一つ描いてある。
鑑定所から帰った夜に描いたものだ。線が途中で切れて、少しずれて続いている。
その横にもう一つ描こうとしてやめた。
炭が太い。
鉛なら細い線が引ける。一本十五。
十五を出せば絵が細くなる。
十五を出さなければ、水袋に近づく。
――描かないよりははるかにましだ。
コルベルはそう書いたらしい。
らしいというのは、自分で読んでいないからだ。
リュカは紙を畳んだ。
四つに折って、外套の内側に入れた。
板は返した。返したので、紙を挟むものがもうなかった。
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目を閉じる前に数を並べた。
持っているもの。
底を張り直した靴。ミラの布。杭は四十本あるが持っていくのは十本。投槍器。袋の中の二十六個。割らない火種石が一つ。紙が四枚。
紙は写した字と白い紙と鑑定書とコルベルの伝言。
四枚のうち三枚には字がある。三枚とも自分では読めない。
残りの一枚は白いままだ。
足りないもの。
水袋。食べ物。油皿。鉛。
リナンの運賃四百。
合わせて五百四十六。
百日以上かかる。
――間に合うか。
そう思って、リュカはその言葉を頭から追い出した。
あの言葉は口に出さないと決めた。
頭の中で使うのもやめることにした。
代わりに別の言い方を探した。
――足りるまで続ける。
それなら言える。
足りるかどうかは分からない。
分からないものは数えない。
だが、今日いくら足りないかは数えられる。
五百四十六。
今日の数だ。
明日にはたぶん少しだけ減っている。
減らなければ明後日に減る。
三十二個目の石が胸で肌の温度になっていた。
五日目。あと五日。
五日のあいだにいくら稼げるかは分からない。
分からないが五日は確かに過ぎる。
過ぎたものは数えられる。
リュカは目を閉じた。
下の土間でセイルが今日の音を繰り返していた。
トトの「十本にしとけ」。
ドランの「悪いな」。
ヴェスナの「五百四十六だね」。
それから、リュカ自身の声で。
「足りるまで続ける」
口に出した覚えはなかった。
思っただけのつもりだった。
どこかで声に出ていたらしい。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
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