翼と、地面①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
今はまだ第1部1章で、まだ物語の序章ですので大きな変化が見られるのをこうご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
上の連中に姓を訊かれた、その翌朝だった。
何も変わらなかった。昨日と同じ時刻に起きて、同じ場所に立っている。
訊かれたことを、誰にも話していない。ヴェスナには話したが、それきりだ。
三巡目の最後の一本を撃ったところで、上から声が降ってきた。
撃つ順番は決まっている。近いほうから遠いほうへ。二十歩、三十五歩、五十歩。最後の一本は必ず五十歩になる。
その一本は地面で跳ね、的の根元に刺さっていた。回収に行こうとして、足を止める。
「あぶない」
顔を上げるより先に、何かが落ちてきた。
布の塊に見えた。それが空き地の隅の物干し綱に引っかかり、綱ごと地面へ落ちた。乾いた洗濯物が二枚、宙に舞ってから土の上に落ちる。
リュカは杭の袋を置いて、駆け寄った。
布の塊が動いていた。
翼だった。
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背中から生えた大きな翼が、二枚とも綱に絡まっている。
もがくほど絡む。中で細い手足がばたついていた。
「動かないで」
「え、あ、はい」
素直に止まった。
リュカはしゃがんで、綱の走り方を見た。
三箇所で絡んでいる。一つは右の翼の付け根、一つは左の風切羽の中ほど、もう一つは二枚の間を通って背中側で交差している。
――順番を間違えると締まる。
荷を縛るのと同じだ。締まる方向にかけた縄は、締まる方向にしか動かない。緩めるには、最後にかけたところから解く。
交差しているのが最後だ。背中側。
リュカは彼女の背後に回った。翼の間に手を入れる。羽が指に当たった。硬い。想像していたより硬かった。鳥の羽というより、薄く削いだ骨に近い。
「触るぞ」
「はい」
交差した部分を指で押し広げて、綱を一本抜いた。
張りが緩む。
次は左の風切羽。ここは羽の一枚一枚の間に綱が食い込んでいた。無理に引けば羽が折れる。
リュカは綱に指をかけて、少し持ち上げた。
羽が三枚、綱に挟まれている。うち一枚が、根元から曲がっていた。折れてはいない。だが力を加えれば折れる。
――抜くなら、曲がっているほうから。
荷紐と同じだ。一番傷んでいるところに、一番負荷をかけない。
彼は綱を羽の並びに沿って横へ滑らせた。一枚ぶん送る。曲がった羽が抜けた。二枚ぶん、三枚ぶん。四枚目の隙間から、綱を引き抜く。
「痛くないか」
「……大丈夫です」
声が少し硬かった。痛かったのかもしれない。
だが「痛い」とは言わなかった。
最後は付け根。ここが一番きつい。彼女がもがいたときに、体重で締めてしまっている。
リュカは綱を掴んで、彼女の身体を少し起こした。
「持ち上げる」
「あ、はい」
思ったより軽かった。翼のぶん重いと思っていたが、逆だ。骨が中空なのだと聞いたことがある。
体重が抜けた瞬間、綱が緩んだ。そこから引き抜く。
綱が地面に落ちた。
翼が、開いた。
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視界いっぱいに広がった。
――大きい。
白に近い灰色で、風切羽の一枚一枚が指ほどの幅がある。付け根に近いほど羽が細かく、外へ行くほど太くなる。整っていた。手入れされている、というより、もともとそういう形をしている。
朝の光が羽の間を通って、地面に縞の影を落としていた。
ただ。
先端が、擦り切れていた。
外側の羽が三本ほど、途中で折れて短くなっている。折れ口が新しくない。断面が丸くなっていた。一度折れて、そのまま長く使われた跡だ。
そしてよく見ると、そこだけではなかった。翼の下側、地面に近いほうの羽が、全体的に短い。土がついている。汚れではなく、擦れて色が変わっている。
――地面に当たってる。
歩くたびに。何年も。
「……あの」
「うん」
「早く、してもらえると」
「もう終わってる」
「え」
彼女は自分の背中を見ようとして、うまく見えず、翼を動かした。
絡まっていないことに気づいて、ようやく身体を起こした。
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立ち上がったのは、リュカより頭ひとつぶん背の低い娘だった。
年下に見える。一つか、二つ下か。土がついた顔を袖で拭って、それから慌てて背中の翼を畳んだ。
畳むのに時間がかかっていた。
右がすぐ収まった。付け根から順に折り込んで、三つの節を重ねて、背中に沿わせる。滑らかだった。
左が遅い。
同じ動作をしているのに、二つ目の節で一度引っかかる。彼女は肩を少し動かして、位置を直してから、もう一度折り込んだ。
収まった。
リュカはそれを見ていた。彼女は気づいていない。
「ごめんなさい。あの、ありがとうございます」
「屋根から?」
「……はい」
リュカは見上げた。空き地に面した長屋の屋根は、二階分ほどの高さがある。落ちれば怪我をする高さだ。
瓦が一枚、屋根の縁からずれていた。
「なんで屋根に」
「猫を、追いかけて」
「猫」
「黒いの。細い顔の」
綱猫だろう、とリュカは思った。昇降機の綱に住み着いている、名前のない猫。たまに街まで下りてくる。
「屋根にいたんです。それで、追いかけたら、瓦が」
娘は言葉を切って、少し俯いた。
「滑って」
「落ちたのか」
「はい」
リュカは翼を見た。畳まれた状態でも、彼女の背丈の半分くらいある。
「……飛べば」
言ってから、言うべきではなかったと思った。
娘の肩が、わずかに硬くなった。
「飛ばないんです」
「そうか」
「飛べない、じゃなくて」
彼女は顔を上げた。
「飛ばない、です」
言い直したのだと分かった。
リュカは頷いた。それ以上は訊かなかった。
翼人が長く飛べないことは知っている。骨が中空で軽いぶん、身体が保たない。里の者でも、飛ぶのは滑るだけだと聞いた。
だが屋根から落ちて、滑りもしないというのは——聞いたことがなかった。
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落ちた洗濯物を、二人で拾った。
二枚とも土がついている。片方は白い布で、泥が筋になって染みていた。もう片方は薄い色の上衣で、こちらは土を払えば落ちそうだった。
「洗い直しです」
娘はそう言って、二枚とも腕に抱えた。
「井戸、使うのか」
「はい。三番街の」
「あそこ、朝は混む」
「知ってます。だから、昼に」
彼女は洗濯物を抱え直した。抱えるとき、翼が少し邪魔そうだった。腕を体の前で組むと、背中の翼が引っ張られるらしい。
「あの、名前」
「リュカ」
「リュカさん」
「さんはいらない」
「じゃあ、リュカくん」
それも変な気がしたが、訂正する理由も思いつかなかった。
「わたしは、リナンです。リナン゠メルフィス」
「メルフィス」
「はい」
姓を名乗る人間は、この街では少ない。三番街の住人は、たいてい名前しか使わない。
リュカは自分の姓を思い出した。先日、訊かれた。答えた。それだけのことだったのに、まだ引っかかっている。
「翼人、だよな」
「はい」
「上の?」
「浮島の。ウェントゥスってところです」
聞いたことがなかった。
「風待ちの村で」
リナンは説明しかけて、途中で止めた。
「……あんまり、面白い話じゃないです」
「そうか」
「はい」
会話が終わった。
リュカは杭の袋を拾いに戻った。四十本。数え直す必要はないが、数えた。
背中に視線を感じた。振り返ると、リナンがまだそこにいた。
「なにか」
「あの」
彼女は洗濯物を抱えたまま、言いかけて、やめた。
「……いえ」
そして頭を下げて、路地のほうへ歩いていった。
歩くのが遅い、とリュカは思った。
いや、遅いというより、**足の運びが慎重だった。** 一歩ごとに、地面を確かめている。路地の石畳は割れていて、段差がある。彼女はそこを避けて歩いていた。
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その日の午後、また会った。
三番街の水路の脇だった。リュカは昨日の依頼の五シャルドを受け取りに行った帰りで、リナンは井戸で洗い直した布を抱えて立っていた。
立ったまま、水路の蓋を見ていた。
「なにしてる」
声をかけると、彼女は跳ねるように振り返った。
「あ、リュカくん」
「そんなに驚くことか」
「……足音がしないので」
沈み《ハウ》を使っていたつもりはなかった。癖になっているのかもしれない。
「そこ、何かあるのか」
「昨日、この下で鼠を仕留めたって聞きました」
「うん」
「誰から聞いたって、井戸端の人です」
言われなくても分かる。この街で何かが起きれば、井戸端で三日は話される。
「あの、それは、どうやって」
リナンは水路の蓋を指した。
「中は暗いですよね。狭いし。翼があると入れないから、わたしは中を見たことがなくて」
「入れないのか」
「畳んでも、つかえます」
言われて初めて気づいた。
彼女は水路に入れない。梯子も、狭い階段も、天井の低い場所も。宿の屋根裏も、たぶん。
この街は、翼人向けにできていない。
考えてみれば、翼人を見かけること自体が少なかった。上層にはいると聞くが、三番街にはいない。理由を考えたことがなかった。
「杭で仕留めた」
「暗いのに?」
「音で分かる」
「音」
「壁で跳ねさせる。乾いてれば」
リュカは足元の石を拾って、水路の入り口へ軽く放った。
からん、と音がした。狭い場所で反響して、奥から戻ってくる。
「今の、聞こえたか」
「はい」
「戻ってきた音の間で、奥行きが分かる。それと、途中で詰まってるかどうかも」
「……そんなの、分かるんですか」
「三年やってれば」
リナンは水路を覗き込んだ。翼が邪魔で、うまく屈めていない。
「難しそうです」
「難しくない。誰でもできる」
「そんなことないと思います」
彼女は言い切った。
それまで語尾を濁してばかりだったのに、そこだけはっきり言った。
「……なんで分かる」
「わたし、あるんです」
「なにが」
「石が。ここに」
リナンは自分の喉のあたりを指した。
「宿ってはいます。三年前から」
「三年」
「はい。でも」
彼女は指を下ろした。
「何も、出ないんです」
リュカは彼女を見た。
「一度も?」
「一度も」
リナンは布を抱え直した。
「だから、石があってもできないことのほうが多いって、知ってます」
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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