お前と、名前③
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
今はまだ第1部1章で、まだ物語の序章ですので大きな変化が見られるのをこうご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
水路から上がったとき、リュカは足を止めた。
路地の入り口に、三人立っていた。
揃いの外套。肩に徽章。
――昨日、上で見た連中だ。
同じ三人だった。間違いない。真ん中の白髪と、右の笑い皺と、左の女。
昨日は通りの向こうを歩いていた。こちらを見もしなかった。
なぜここにいるのか、まるで分からなかった。
アステル区の人間が三番街に降りてくる理由がない。ここには何もない。灯柱もない。舗装も割れている。
運賃は片道四百シャルド。三人なら千二百。
それだけ払って、この街に何を探しに来たのか。
真ん中の一人が、こちらを見ていた。
背はリュカより頭ひとつ高い。白に近い髪。表情がない。
その左腕が、歩いても振れていなかった。右だけが自然に動いている。
――怪我か。
そう思った。だが庇っている動きではない。使っていないだけに見える。
使わない理由があるのか、使えないのか、外からは分からなかった。
右の男が口を開いた。軽い声だった。目尻の皺が、年齢よりずっと深い。
「いま、跳ねさせただろ」
リュカは答えなかった。
見られていたのか。水路の中は暗い。蓋の外れた場所から覗けば見えないこともないが、そこまでする理由がない。
だが男は「跳ねさせた」と言った。壁で一度跳ねたことを知っている。
「壁で一回。角度変えて首。あれ、狙ってやった?」
「……乾いてたので」
「はは」
男が笑った。人懐こい笑い方だった。
「聞いたか。乾いてたからだって」
左の女は笑わなかった。
腕を組んだまま、リュカの手元を見ている。正確には、投槍器を。
指先だけが、外套の袖口で小刻みに動いていた。何かを数えている手つきだった。
リュカは自分の癖を思い出した。杭を数えるとき、指が勝手に動く。無意識にやっている。
この女も同じなのかもしれない。
何を数えているのかは分からない。
「三つ言う」
女が言った。前置きもなかった。
挨拶も、名乗りもない。言うと決めたから言う、という話し方だった。
「一」
彼女は指を一本立てた。
「使ったのは投槍器——狩猟具よ。適合者は誰も使わない」
二本目。
「それでも単独で溝鼠を仕留めた」
三本目。
「仕留めたのに、あなたは一度も石を出していない」
彼女は指を下ろした。
言い終えて、ようやくリュカの顔を見た。
それまで、ずっと投槍器を見ていた。顔を見ずに三つ数え上げた。
「訊きたいのは一つ」
彼女は一拍置いた。
「なぜ、それで足りると思っているの」
「……足りてない」
リュカは正直に答えた。
「足りてないけど、他にない」
言ってから、少し驚いた。
自分でも初めて口に出した言葉だった。三年考えてきたはずなのに、まとめたことがなかった。
足りていない。それは分かっている。
だが他にない。だから使う。
女は黙った。それから、わずかに顎を引いた。頷いた、のかもしれない。
「アステナ」
軽い声の男が女の名を呼んだ。
止めたのか、促したのか、分からない呼び方だった。
それから自分の胸に手を当てた。
「俺はロアン。こっちの無愛想なのがアステナ。それで、そっちの喋らないのが——」
「必要ない」
真ん中の男が、初めて口を開いた。
低い声だった。感情がない。
リュカは気づいた。この男は、いま一度も「お前」と言わなかった。ロアンの名も、アステナの名も呼ばなかった。三人でいるのに、誰の名も口にしていない。
「――ま、そのうち分かるよ」
ロアンが肩をすくめた。
---
「石を探している」
アステナが言った。
「この層に落ちたという話がある。星降りが近い。市に流れる前に押さえたいの」
「……市に出れば買えるのに?」
「買えば値がつく。値がつけば、誰が持っているかが記録に残る」
リュカは意味が分からなかった。
「記録に残ると、何か困るのか」
「困らない。都合が悪いだけ」
ロアンが「おいおい」と口を挟んだ。
「それ、言っていい話か」
「言っても差し支えない」
「だから、そういうのがな」
彼は後ろ頭を掻いた。
アステナは止めなかった。
「近いうちに、国が適合者を登録する制度を作る。名簿を作って、認めた者だけに仕事を回す。そういう話が上で動いている」
リュカは昨日聞いた会話を思い出した。
——来年の選抜の話だろ。制度が要るって、ネビュラが言い出してる。
あれか。
「なんで、そんなことを俺に」
「言っても差し支えないから。あなたは名簿に載らない」
言い方に悪意はなかった。
悪意がないぶん、正確だった。
「……出所が分からないから?」
リュカが訊くと、アステナの指が一度だけ止まった。
「よく分かったわね」
「拾った石は、誰のものだったか分からない」
「そう。わたしたちは継いだ。あなたは拾った。制度は、継いだほうしか数えない」
「なんでだ」
「出所が辿れるから」
アステナは指を三本立てた。
「誰から継いだか。どこの家系か。いつ宿ったか。三つとも記録に残る」
彼女は指を下ろした。
「拾った石には、何もない」
リュカは自分の手を見た。杭を握ったままの手。荒れて、指紋の薄い手。
何の光も出ていない。
――記録。
考えたことがなかった。石を宿せば適合者になる。それだけだと思っていた。
宿す前に、どこから来た石かを問われるとは思っていなかった。
「――ま、そう尖るなよ」
ロアンが割って入った。
「なあ坊主。お前、あの跳ね方どこで覚えた」
「自分で」
「教わってないのか」
「教わる相手がいない」
「ふうん」
ロアンは彼の投槍器を指した。
「それ、名前あるのか」
「ペルカ」
「そのままじゃねえか」
「そのままだ」
男は笑った。
「うちのはな、全部名前が長いんだ。誰も覚えてねえ」
「なんでつけるんだ」
「知らん。昔からそうだからだろ」
彼は何か言いかけて、それから路地の奥を見た。空を見た、というほうが近いかもしれない。摩天楼の腹に塞がれた、灰色の天井を。
「――あいつはまだ来ないのか」
誰に言ったのでもなかった。
アステナは答えなかった。真ん中の男も何も言わなかった。
リュカには、誰の話なのか見当もつかなかった。
---
三人が背を向けた。
路地を出ていく。それだけだった。何かが起きたわけではない。荷運びの少年が溝鼠を一匹仕留めて、通りすがりに声をかけられただけだ。
なのに、リュカは動けずにいた。
――待って。
言葉にしたつもりはなかった。
だが真ん中の男が、足を止めた。
振り返らないまま、言った。
「一つだけ」
リュカは息を止めた。
「お前は」
――お前。
この男が、初めて誰かを指した。
「お前は、自分の姓を知っているか」
路地の音が遠のいた気がした。
「……リュカ゠ルスールス」
言ってから、変な質問だと思った。名前など、誰でも知っている。
自分の名前を知らない人間がどこにいる。
男は振り返らなかった。
肩がわずかに動いた。息を吐いたのかもしれない。
「そうか」
それだけだった。
リュカは待った。
何か続くと思った。姓を訊いたなら、理由があるはずだ。知っているのか、確かめたのか、間違えたのか。
何もなかった。
「行くぞ」
ロアンが慌てて追いかけた。
アステナは最後に一度だけこちらを見た。何か言おうとしたようにも見えたが、言わなかった。
代わりに、袖口の指が動いた。数を数えている手つきだ。何を数えているのかは分からない。
三人は角を曲がり、見えなくなった。
足音が遠ざかる。三人ぶん。歩幅が揃っていない。真ん中の男が一番大きく、左の女が一番小さい。
それも消えた。
---
リュカは路地に立ったまま、しばらく動かなかった。
三人が消えた角を見ていた。
――アステル区に戻るのか。
昇降機に乗るなら、坂を二つ上がる。片道四百シャルド。三人で千二百。
それだけ払って降りてきて、石の話を少しして、姓を訊いて、帰る。
意味が分からなかった。
やがて杭を数えた。四十本。
それから袋を確かめた。石の数は数えない。数えると重さが意味を持つ。
シャツの内側で、灰色の石が肌に当たっている。あと九日。
何も起きる気配はない。いつも通りだ。
朝より少しだけ温かい気がしたが、それは体温が移っただけだ。半日身につけていれば、石は肌の温度になる。
三年、何度も期待して、何度も間違えた。
――なんで、姓なんか。
考えても分からなかった。
ルスールス。物心ついたときから、そう呼ばれていた。
誰につけられたのかは知らない。訊いたこともない。名前というのは、生まれたときからあるものだと思っていた。
分からないまま、リュカは水路の蓋を元の位置に戻した。
懐で、硬貨が五枚鳴った。
礼を言われて、受け取って、それで終わりだ。明日にはもう誰も覚えていない。
三年、その繰り返しだった。
五シャルドあれば、パンが一つ半。あるいは火種石が二つ。あるいは杭が一本。
今日は杭にする。今年に入って百四十本折れている。補充が追いつかない日が多い。
外套の裾が地面をこすった。丈が合っていない。誰のものだったかも知らない。
ヴェスナが「着な」と言って寄越したものだ。宿に置いていかれた客の忘れ物だと聞いた。三年前のことだ。
――返す相手も、いない。
明日も昇降機は動く。上に何がいくつ、下に何がいくつ。それはドランが明日の朝に決める。
彼は歩き出した。
宿まで百四十歩。数えなくても着く道だが、数えている。
途中で、路地の三軒に灯りが点いた。夕方の火だ。朝に点した種火が残っていた家は、そのまま使う。消えた家は、また二シャルドを割る。
匂いが変わる。油と煤。
シャルディアの夕方は、朝と同じ匂いがする。
空はまだ明るい。
星は、見えない。
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宿に戻ると、ヴェスナが戸口を掃いていた。
「坊主」
「うん」
「上の連中が来てたね」
「井戸端か」
「あたしが井戸端の元締めだよ」
老婆は箒を止めなかった。
「何を訊かれた」
「石の話と」
「と?」
「……名前」
箒の音が止まった。
リュカは顔を上げた。ヴェスナは看板の白い塊を見上げていて、こちらを見ていない。
「なんて答えた」
「リュカ゠ルスールスって」
「そうかい」
老婆はまた掃きはじめた。
それだけだった。
「婆さん」
「なんだい」
「俺の名前、誰がつけたんだ」
箒の音が、一拍だけ乱れた。
だがすぐ元に戻った。
「さあねえ」
「知らないのか」
「あたしが知ってるわけないだろ。あんたが来る前の話だよ」
リュカは頷いた。
その通りだった。彼がこの宿に来たのは三年前だ。名前はそれよりずっと前からある。
「そうだな」
「そうだよ」
ヴェスナは煤を掻き出して、それから言った。
「坊主」
「うん」
「名前ってのはね」
箒が止まった。
「誰かが呼ぶから、名前になるんだ」
「……どういう意味だ」
「さあね」
老婆は掃きはじめた。
この話はこれで終わりだ。何度目かは覚えていない。
リュカは梯子を上がった。
屋根裏で、袋を枕の下に押し込む。からから、と鳴った。
――お前は、自分の姓を知っているか。
知っている。三年、そう呼ばれてきた。
だが誰が最初に呼んだのかは、知らなかった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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