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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 雲より古いもの

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幕間 「訊かれた名」

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 屋根裏に炭の欠片が残っていた。


 ミラにもらったものだ。写すのに使ってまだ半分ある。


 紙は一枚しかない。字を写した紙だ。裏も表ももう使えない。裏を使えば透けて、表の形が分からなくなる。


 だから板を使った。


 紙を挟むために持っていった板の切れ端。


 リュカはその板を膝に置いて、炭を持った。


---


 自分の名前を書こうとした。


 書けなかった。


 どこから始めればいいのかも、分からなかった。


 荷札の地名は形で覚えている。第七通りの木札。地上層の受け渡し場の印。あれは読んでいるのではない。見分けている。


 数字も同じだ。九貫の九と十一貫の十一は形が違う。だから分かる。


 自分の名前は見たことがなかった。


 三年、荷札を何百枚も見てきた。そのどれにも、自分の名前は書かれていなかった。


 書かれる必要がなかったからだ。


 荷札に書くのは、どこからどこへいくついくら。運ぶ者の名前は書かない。


---


 名簿の日のことを思い出した。


 ザヴが膝の上の紙に名前を書いていた。読み上げられた名前がいるといないに分けられていった。


 自分の名前は呼ばれなかった。


 そこにいたからだ。


 呼ばれなかったから、書かれもしなかった。


 あの紙にリュカという三つの音は、一度も乗らなかった。


 ミラが預かっているあの紙には、四十九という数だけがあとから裏に書き足された。


 数は書いてある。


 名前は書いていない。


---


 姓を訊かれたのは一度だけだ。


 ひと月ほど前。真ん中の男だった。


 三人組のいちばん喋らない男。


 ――お前は、自分の姓を知っているか。


 そう訊かれた。


 リュカは答えた。


 リュカ゠ルスールスと。


 言ってから変な質問だと思った。名前など誰でも知っている。自分の名前を知らない人間がどこにいる。


 男は振り返らなかった。


 そうかとだけ言った。


 それで終わりだった。


 理由は言わなかった。


---


 あれから何度か考えた。


 知っているのか確かめたのか間違えたのか。


 どれでもありそうでどれでもなさそうだった。


 ルスールス。


 物心ついたときからそう呼ばれていた。


 誰につけられたのかは知らない。訊いたこともない。


 名前というのは、生まれたときからあるものだと思っていた。


 名前をつけるという言い方があることを知ったのは、リナンがセイルに名前をつけたときだった。


 あのとき、リナンは里の言葉から一つ選んで、口に出した。


 選んでつけた。


 ――誰かが俺にも選んだのか。


 選んだ人がいるなら、その人は理由を持っていたはずだ。


 その理由はどこにもなかった。


 訊く相手もいなかった。


 物心つく前のことを知っている者をリュカは一人も知らない。


 宿の屋根裏に入ったのは三年前。その前は、三番街の東の外れの屋根だけ残った建物で寝ていた。壁が半分崩れていて、誰も住んでいなかった。


 そこにいたのが三年。


 そのまた前は覚えていない。


 覚えていないところから名前だけがついてきた。


 石と同じだった。


 袋の中の二十五個もどこで拾ったかは覚えているものもあるし、覚えていないものもある。覚えていなくても手の中にある。


 名前もそうだった。


 どこで拾ったかは分からないが手の中にある。


---


 三年前ドランに訊かれた。


 働くかと訊かれて、頷いたあとだった。


 名前はと訊かれた。


 リュカですと答えた。


 姓も言ったような気がする。言わなかったような気もする。


 ドランは覚えていないだろう。


 その日、宿に連れていかれて、ヴェスナに言われた。


 屋根裏空いてるか。貸してやってくれ。


 それから、リュカだと一度だけ言った。


 姓は言わなかった。


 ヴェスナも訊かなかった。


 三年、訊かれていない。


 訊かれないのは要らないからだ。


 宿代は取られていない。代わりに水を汲み荷を運びたまに屋根を直す。


 そのやりとりに姓の入る場所がない。


 紙に書いて残すなら姓が要る。


 この街では紙に書いて残すことがほとんどなかった。


 名簿の日まで一枚もなかった。


---


 バルには訊かれた。


 三年、同じ顔を見てきて、ついこのあいだ名前を訊かれた。


 名前なんて言うんだ。


 リュカですと答えた。


 俺はバルだと返ってきた。


 さんは要らんとも。


 なんで訊いたんですかと訊いたら、こう言われた。


 三年も同じ顔を見てりゃそのうち訊く。


 早いほうだ。十年知らんやつもいる。


 あのとき、姓は訊かれなかった。


 この街では姓を訊く用がない。


 荷札にも、名簿にも井戸端にも姓の要る場所がない。


---


 名前を知らないまま、顔だけ知っている人がたくさんいる。


 街を数えた日戸口を四十八回叩いた。


 訊いたのは何人ですかだけだった。


 名前は訊かなかった。


 訊けば答えてくれただろう。だが、名前は数に要らない。


 数えるのに要るのは数だけだ。


 柄杓の男の子の名前をまだ知らない。


 あの子はリュカを兄ちゃんと呼ぶ。リュカは柄杓の子と呼んでいる。


 通じている。


 通じているうちは訊かない。


 この街の者はそうやって暮らしてきた。通じなくなったときに、初めて名前を訊く。


---


 呼ばれ方ならいくつもある。


 ヴェスナは坊主と呼ぶ。三年、一度も名前で呼ばれたことがない。


 ドランも坊主だ。バルは兄ちゃん。


 井戸端の女たちは石拾いのと呼ぶ。詰所の列に並ぶ者は荷運びのと呼ぶ。


 トトはお前。


 ミラはリュカと呼ぶ。呼び捨てだ。薬師は患者の名前を呼ぶ。母親がそうしていたからだと前に言っていた。


 イサは、坊主と石拾いのを日によって使い分ける。


 どれも通じる。


 通じるから誰も困らない。


 名前で呼ぶのは二人だけだった。


 ミラとリナン。


---


 リナンはリュカくんと呼ぶ。


 三週間ほど前に会ってから一度も、呼び方を変えていない。


 最初の日にリュカくんと呼んだ。それからずっとだ。


 あの子は、自分が名前で呼ばれなくなった里から来た。


 名前を呼ばれなくなると、自分の名前の音を忘れると言っていた。


 忘れないように、子供たちの名前を呼んだとも。


 ――だから俺のことも名前で呼ぶのか。


 考えて違う気がした。


 あの子はそんなに考えて呼んでいない。


 最初からそう呼んだだけだ。


 だが、呼ばれると、自分の名前の音が耳に戻ってくる。


 三年、坊主と呼ばれ続けて、薄くなっていた音が少しだけ濃くなる。


---


 名簿の紙には、空けたままの欄が一つある。


 ヴェスナの欄だ。


 見た者がいないなら、いないとは書かん。


 ザヴはそう言って空けた。


 名前があって答えがない。


 あの空欄はヴェスナが生きていた証でも、死んでいた証でもなかった。


 ただ、分からないという形でそこにあった。


 ――分からないも書ける。


 書ける者には書ける。


 リュカには書けない。


 分からないと書くこともできない。


---


 昨日灯柱の男の名前も訊かなかった。


 三十年、意味の分からない音を三百万回唱えてきた人だ。


 一度、名前を訊きかけた。


 やめた。


 訊いたらこちらも名乗ることになる。


 名乗ってそれで終わりにするのが嫌だった。


 あの人はたぶん来月も同じ場所にいる。


 来月、荷があればまた行く。


 そのときに訊いても遅くない。


 ――そのうち訊く。


 バルの言葉だった。


 三年も同じ顔を見てりゃそのうち訊く。


 あの言い方が今なら少し分かる。


---


 板の上に炭を当てた。


 リュカと書こうとした。


 音は三つだ。リ、ュ、カ。


 三つの音にいくつの形が要るのかを知らなかった。


 一つの音に一つの形なら三つ。


 だが、ザッハの本の字はどこで一つが終わるのかも分からなかった。


 音と形が一つずつ並んでいるとは限らない。


 ――形が分からない。


 書けなかった。


 代わりに板に丸を三つ描いた。


 意味はない。三つの音に三つの丸。


 自分にしか分からない印だ。


 紙に写した字に点を打ったのと同じだった。


---


 灯柱の男は字を読めない。


 だが音は知っている。父から聞いて、その父から聞いた音を。


 リュカは自分の名前の音を知っている。


 誰から聞いたのかは覚えていない。


 物心ついたときにはもう呼ばれていた。


 あの人の音も、そうやって始まったのだろう。


 誰かが誰かに音だけを渡した。


 意味も形も渡されなかった。


 渡されたのは音だけだった。


---


 板を枕の脇に置いた。


 丸が三つ。


 明日、日当が出たら十六枚になる。


 看板のない家の戸を叩けるのかどうかは、まだ分からない。


 叩いたら名前を訊かれるかもしれない。


 紙を見せて、これは何ですかと訊く前に、あなたは誰ですかと訊かれるかもしれない。


 そのとき、何と答えるのか。


 ――リュカ゠ルスールス。


 音では言える。


 音でしか言えない。


 書けと言われたら書けない。


 書けないまま名乗ることになる。


 名乗って相手が紙に書く。


 書かれた自分の名前を自分では読めない。


---


 目を閉じた。


 下の土間から低い音が三つ聞こえた。


 リナンの歌だった。


 それから、セイルが昼の音を繰り返した。


 灯柱の音。低く続いて、途中で一度上がって、また下りる。


 意味は分からない。


 分からないまま土間の中にある。


 自分の名前も、同じかもしれないと思った。


 意味は分からない。誰がつけたのかも分からない。


 それでも、呼ばれれば、自分のことだと分かる。


 ――それで足りるのか。


 足りない気がした。


 足りない気がしたのは初めてだった。


 三年、足りているつもりでいた。


 姓を訊かれるまでは。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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