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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 雲より古いもの

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文字と、読めぬ舌①

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 焼けてから二十日目の朝リュカは、三十一個目を選んだ。


 空き地の石垣の前で土を掘って、出てきたものを一つずつ手に取った。


 三つ出た。


 一つは割れた瓦の欠片だった。捨てた。


 一つは黒くて重い石だった。持ち上げて掌で転がして戻した。重いものは三年で四つ試した。四つとも外れた。


 最後の一つは小さかった。


 爪の先ほど。灰色がかった白。光にかざすと端のほうだけわずかに透ける。


 ――これだ。


 理由はなかった。


 三年、そうやって選んできた。


 シャツの胸に入れた。


 三十一個目。一日目。あと九日。


 胸に入れると石はいつも冷たい。


 肌の温度になるまでにしばらくかかる。


 朝、入れた石が昼には肌の温度になっている。それからの九日は温度が変わらない。


 宿った石は見えなくなると聞いた。


 身体の中に入って、外からは分からなくなる。だから、石を持った者は袋を持たない。


 三年、一度も消えなかった。


 消えないまま、十日が過ぎて袋に入る。


 袋の中の二十五個は、全部そうやって入った。


---


 撃った。


 四十本。二十歩。三十五歩。五十歩。


 三十歩には的がない。


 鎌翼を落とした日からあの距離のことをときどき考える。


 的を一本立ててもいい。空き地の杭は三本とも自分で立てた。四本目を立てられない理由はない。


 立てなかった。


 二十歩と三十五歩のあいだに的があると、風の見方が変わる。三年で身体に入れた三つの距離が崩れるかもしれない。


 ――要るときにまた測ればいい。


 あの日は測れた。


 新しい杭の巻いた木の色はまだ明るい。ほかの三十九本より一つだけ色が違うのが並べたときに目立つ。


 拾って数えて袋に戻した。四十本。


 折れた一本は、屋根裏の壁際に立てかけてある。数に入れた一本だ。


 それから、井戸へ行って、水を汲んだ。


 それから、荷車で瓦礫を運んだ。右に寄せて。


 三十年、ゴドがそうしていたのと同じやり方で。


 どれも、焼ける前にはなかった仕事だった。


 焼ける前は荷を担いで、坂を上り下りしていた。今は荷が来ない日のほうが多い。


 来ない日は街の中のものを動かす。


---


 昼前にミラのところへ行った。


 薬房の焼け跡ではなくイサの家の奥の部屋にいた。膝の上に記録の束を置いて、紐を結び直していた。


「……紙を一枚」


 リュカは言った。


「紙?」


「一枚でいいです」


 ミラは、束の中から鍛冶場の帳簿用の紙を一枚抜いた。


 名簿を書いた紙と同じ紙だ。ザヴが炉の脇の石の箱にしまっていて、焼けなかった分。


「何に使うの」


「字を写します」


 ミラの手が止まった。


「あなた字は」


「読めません」


「……写すのに読めなくていいの」


「形だけなら覚えられます」


 リュカは言った。


 ミラはしばらくリュカの顔を見ていた。


「……どこの字」


「下の市の古い本です」


「読める人は」


「いません。四十年、誰も」


 ミラは記録の束の紐を指で弾いた。


「読めない字を四十年持ってる人がいるの」


「棚ごと持ってます」


「そう」


 ミラはそれ以上は訊かなかった。


 それから、束の隅から炭の欠片を一つ出して、紙と一緒に差し出した。


「折らないでね。その紙はもう買えないから」


---


 その日の昼荷が一つあった。


 二番街の商会が下へ送り返す荷だ。十四貫。縄が十字。


 夕方の籠で下りて、明日の朝の籠で上がる。


 リュカは紙と炭を外套の内側に入れた。


 折れないように、板の切れ端を一枚一緒に挟んだ。


---


 夕方の籠にその荷を積んだ。


 ドランが止め木を握りながら言った。


「明日の朝上がってこい」


「はい」


「明日は上の荷がある。アステル区だ」


 リュカは顔を上げた。


「……上に行けますか」


「荷がある日は行く」


 ドランはそれだけ言った。


 籠が下りはじめた。


 白の中を二十三数えるあいだ通った。


 今日は格子に顔を寄せなかった。


 塔は見えない。見えるのは、上へ向かうときの雲を抜けた一瞬だけだ。


---


 下の市の嘘つきの棚。


 ザッハは椅子に座っていた。


 リュカを見て、少しだけ目を細めた。


「……また来たか」


「はい」


「今日は何を訊く」


「訊くんじゃなくて」


 リュカは外套から紙と炭を出した。


「写させてください。あの本の字を」


 ザッハの手が髭の途中で止まった。


---


「写す」


「はい」


「読めんのに」


「読めません」


「読めんものを写してどうする」


「持っていきます」


「どこへ」


「読める人のところへ」


 ザッハは、リュカの顔を長いこと見ていた。


 それから、椅子から立ち上がった。


 棚のいちばん下の段から薄い本を引き抜いた。


 台の上に置いて開いた。


「……一行だけだ」


「一行でいいです」


「なんで一行でいい」


「一行で読めなかったら、十行でも読めないので」


 ザッハは少しのあいだ黙った。


 それから、ふんと鼻を鳴らした。


「それはそうだな」


---


 紙を台の空いたところに置いた。


 本の最初の行に指を添えた。


 字は丸かった。角がない。続いていて、どこで一つが終わるのか分からない。


 リュカは炭を握った。


 握ってすぐには動かさなかった。


 ――どこから。


 左からか右からか。


 荷札の字は左から書く。この字が左からなのかどうかは分からない。


 分からないまま写せば形が崩れる。


「爺さん」


「なんだ」


「これ左からですか」


 ザッハは本を覗き込んだ。


 それから、指で行の端をなぞった。


「……知らん」


「知らない」


「四十年、眺めとるが読めんものに、左も右もない」


 ザッハは指を離した。


「だが、これを書いた者はどこかから書きはじめたはずだ」


 リュカは行を見た。


 線の太さが少しずつ違った。


 左の端は太い。右へ行くほど細くなる。


 ――炭が減ってる。


「……左からです」


「なぜ分かる」


「左が太くて右が細いので。書いてるうちに、先が減ったんだと思います」


 ザッハは本を覗き込んだ。


 長いこと覗き込んでいた。


 それから顔を上げた。


「……四十年だ」


「はい」


「四十年、眺めて気づかんかった」


 ザッハは椅子に座り直した。


「写せ」


---


 ザッハは椅子を少しずらして、台の日当たりのいいところを空けた。


 市の台は夕方になると影が長くなる。文字を写すには暗い。


「早くやれ。日が落ちる」


「はい」


 リュカは板を台に置いて、その上に紙を広げた。


 炭を指の腹ではなく掌の付け根で挟んで持った。指の腹にはまだ水ぶくれの痕がある。強く押すと引きつる。


 写した。


 一字ずつではない。どこからどこまでが一字か分からないので、目に見えた形をそのまま。


 炭は太かった。細い線が引けない。


 だから、線の太さは写せなかった。形だけを写した。


 途中で手を止めた。


 同じ形が二度出てきていた。


 行の三つ目あたりと終わりのほうに。


 ――同じだ。


 円を二つ重ねて、下に短い尾が付いている形。


 二度出てくるということは意味があるはずだった。荷札の数字も、同じ数字が二度出てくることがある。


 リュカはその二つに小さな点を打った。


 紙の余白に自分だけに分かる印を。


「……何をしとる」


「同じ形が二つありました」


 ザッハが覗き込んだ。


 指で二つを順に押さえた。


「……そうか」


 それだけ言った。


 声が少しだけ低かった。


---


 写し終えるのに長くかかった。


 日が傾いて、市の台が畳まれはじめた。


 リュカは紙を板に挟んで、外套の内側に入れた。


「爺さん」


「なんだ」


「もし読めたら」


 リュカはそこで言葉を探した。


 探して見つからなかった。


「……教えに来ます」


 ザッハは髭を撚った。


「来んでいい」


「……」


「来なくていいが来たら聞く」


 ザッハは棚を見上げた。


「四十年、誰も読めんかったものだ。すぐには読めん」


---


 市を出る前にパンを二つ買った。


 六シャルド。


 十二枚が六枚になった。


 一つはその場で食べた。もう一つは外套の内側に入れた。紙の板とは反対側に。


 三番街にパンを持ち帰る日は、久しぶりだった。


---


 受け渡し場で夜を明かした。


 前と同じ麻袋の上。


 バルが油皿を一つ残して奥へ行った。


 リュカは、板に挟んだ紙を外套から出した。


 暗がりでは字は見えなかった。


 見えないまま、板の上を指でなぞった。


 覚えている形を指でたどる。


 円を二つ重ねて下に尾。


 それが二つ。


 三年、石の形を覚えてきた。袋の中の二十五個は全部指で分かる。角の取れたもの。尖ったもの。平たいもの。


 字も同じようにできるのかは、分からなかった。


 石は握れば一つだ。


 字は握れない。


 バルが奥から出てきた。


 油皿の油を足しに来たらしかった。


 リュカの手元の板を見て、足を止めた。


「……何を持ってる」


「字です。写してきました」


「読めるのか」


「読めません」


 バルは板を覗き込んだ。


 しばらく見て、それから首を振った。


「岩人の字でもない」


「……岩人の字があるんですか」


「あった」


 バルは油皿に油を垂らした。


「今は誰も書かん。俺も書けん。親父の代までは壁に彫っとったらしい」


「読めますか」


「読めん。彫ってあるのを見たことがあるだけだ」


 バルは油壺の栓を閉めた。


「字ってのは読める者がいなくなると、模様になる」


 リュカは板の上の行を見た。


 模様に見えなくはなかった。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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