雲と、古いもの①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
焼けてから十七日目の朝四十本を撃った。
二十歩。三十五歩。五十歩。
三本目の杭を拾ったところで詰所のほうから綱の鳴る音が降りてきた気がした。
気のせいだった。詰所の綱の音は空き地までは届かない。石段の途中で消える。
それでも、耳がそちらを向いていた。
撃ち終えて杭を拾った。
四十本。折れたものはない。新しい一本は、巻いた木の色がほかより明るい。
拾い終えて土を掘った。
石垣の崩れた面の前。三年、毎朝しゃがんできた場所だ。
指で土をほぐす。小さいものが二つ出た。どちらも割れた瓦の欠片だった。
胸の三十個目はまだ七日目だ。あと三日ある。
三十一個目を選ぶのは三日先だ。今日は選べない。
それでも掘った。
掘るのが朝の順番だったからだ。
---
その日は荷が一つあった。
二番街の商会から下へ送る木箱だった。九貫。縄が十字。
ドランが籠の戸を開けた。
「今日は下りと上りだ」
「二度ですね」
「二度だ」
リュカは荷を籠の床に置いて乗った。
戸が閉まる。
止め木の柄が動く。
この日リュカは初めて格子の外を見た。
下りはじめてすぐは摩天楼の壁だった。暗い。ところどころの割れ目から光が細く差し込んでくる。三年、見慣れた暗さだ。
壁が終わると外が開ける。
開けたと思うと白くなる。
雲だった。
籠は雲の中を通り抜ける。
通り抜けるあいだ格子の外は、何も見えない。白い。手を伸ばせば濡れる。冷たい。
三年、この白の中を一日に何度も通ってきた。
通るあいだいつも足元を見ていた。荷の紐の結び目を見ていた。空の籠のときは目を閉じていた。
外が白いことは知っていた。
白いだけだと思っていた。
リュカは数えた。
白の中にいるあいだ。
一。二。三。
二十三で白が終わった。
下はまた暗かった。地上層の岩の壁だ。
---
地上層の受け渡し場で荷を下ろした。
バルが荷札に印を押した。
「……今日は九貫か」
「九貫です」
「軽いな」
「軽いです」
三年、同じやりとりをしている。
いつもなら、ここで木札を袖に挟んで籠へ戻る。
今日は戻らずに、受け渡し場の入り口から外を見た。
地上層の空は低い。
頭の上に灰色の天井がある。
雲だ。
下から見れば灰色の天井。
三年、この天井の下で荷を受け取ってきた。天井の向こうに何があるかを考えたことがなかった。
「何を見てる」
バルが後ろから言った。
「……雲を」
「雲は雲だ」
「はい」
「上から見ると違うのか」
リュカは振り返った。
バルは木札を数えていた。顔は上げていない。
「……分かりません。今日、見ます」
「そうか」
夕方の籠で上がった。
今度は、下から白へ入る。
入る前に格子に顔を寄せた。
白に入った。
二十三数えるあいだ何も見えない。
二十三を過ぎて白が薄くなった。
薄くなった先に空があった。
雲の上だった。
白い床がどこまでも続いていた。
平らだった。
ザッハの言ったとおりだった。上から見れば白い床だ。
リュカは、格子に顔を押しつけて見回した。
東。
遠くに何かがあった。
細い。灰色。
見えたのは数えるあいだに四つか五つ。
籠は止まらない。上がり続ける。すぐに摩天楼の壁が視界を塞いだ。
白い床も細い灰色も見えなくなった。
---
詰所で荷札を渡した。
ドランが荷札を受け取って、木の箱に入れた。
「……何を見てた」
リュカは顔を上げた。
「格子に顔をつけてただろう。上がりきるまで」
「……見えました」
「何が」
リュカは少し迷った。
迷って言った。
「雲の上に何か」
ドランは工具箱の蓋を閉めた。
それから、リュカを見た。
「……塔か」
「分かりません。細くて灰色でした。数えるあいだに四つか五つしか見えなかったので」
「四つか五つ」
「籠が上がってしまうので」
ドランはしばらく黙っていた。
それから、籠の脇の綱に手を当てた。
「前任の爺さんが昔同じことを言われたと言っとった」
「同じこと」
「雲のところで止めてくれと頼んだやつがいた。ずっと昔だ。俺が来るより前だ」
「……止めたんですか」
「止めたらしい」
ドランは綱から手を離した。
「そいつがそのあとどうなったかは聞いとらん」
---
「頼みがあります」
リュカは言った。
「明日、籠を雲のところで少しだけ止めてもらえませんか」
ドランは止め木の柄を見た。
それから、巻き上げの輪の芯のほうを見た。
「……止めるのは動かすより金がかかる」
「金」
「そういう意味じゃない」
ドランはそれだけ言った。
それから、工具箱を足で引き寄せた。
「一度だけだ」
「……いいんですか」
「三十数えるあいだだけ止める。それ以上は止めん」
「三十」
「いいか、坊主。籠を止めるのは簡単じゃない。止めてる間も綱は張ってる。芯は回ってないのに、重さはかかったままだ」
ドランは工具箱の蓋を叩いた。
「それでも、止め方を知ってりゃ止められる」
リュカは頭を下げた。
ドランは工具箱から鉄棒を出して、籠の底の留め具を一つ叩いた。
詰まった鈍い音がした。
もう一つ叩いた。同じ音。
三つ目を叩いて、少しのあいだ手を止めた。
それから締め直した。
叩いた。今度は、鈍い音になった。
「明日の朝の籠だ。荷はない。お前一人で乗れ」
「荷がないと運賃が」
「今日の荷の帰りだ」
ドランはそう言った。
そういう理屈はどこにもなかった。
リュカは何も言わずに、もう一度頭を下げた。
---
その夜、リュカは空き地へ行った。
杭は持っていかなかった。
石垣の脇に座った。
しばらくして、足音がした。
ざっと擦れて少し止まる。
リナンだった。
隣に座った。
二人ともしばらく黙っていた。
「……見えました?」
リナンが訊いた。
リュカはリナンを見た。
「なんで」
「今朝、出ていくときに、東のほうを見てたので」
見られていたのだ。
宿の戸口から。
「……見えた」
「そうですか」
リナンはそれ以上は訊かなかった。
リュカは少し待った。
待ってそれから自分から言った。
「雲の上に細いのが立ってた。灰色だった」
「……塔」
「たぶん」
「名前のある塔」
「たぶん」
リナンは膝を抱えた。
焼けた翼の先が地面についた。
「……高いですか」
小さな声だった。
リナンは膝を抱えたまま、翼の焦げた部分を指で触っていた。
触っては止める。また触る。
鎌翼の夜から考えごとをするときに、そうするようになった。
リュカは少し考えた。
「分からない。雲から上に出てる分しか見えなかった。あとは雲の下だ」
「雲の下にどれだけあるのか」
「分からない」
リナンは頷いた。
それから、何も言わなかった。
高いという言葉をもう一度は言わなかった。
しばらくして、リナンが言った。
「……里の年寄りが言ってた白い柱は、南のほうでした」
「東じゃなくて」
「南です。風のない日に浮島から見えるって」
リナンは膝を抱え直した。
「同じものかどうかは分かりません。浮島から南を見るのとこの街から東を見るのとでは立っている場所が違うので」
「……同じかもしれない」
「同じかもしれません」
リナンは少しだけ笑った。
「わたしは見たことがないので、どっちとも言えないです」
リュカは東の空を見た。
摩天楼の腹と上の街の底板のあいだの細い空。
今は何も見えなかった。
昼のあいだここから見える空は、ずっと同じ幅だ。
三年、その幅の空の下で杭を撃ってきた。
雲の上にあれがあることを知らずに撃ってきた。
知ってからも、ここから見える空の幅は変わらなかった。
変わったのは幅ではなかった。
この幅の向こうに何があるかを知っているかどうかだった。
---
そのあと土間で鍋を食べた。
湯に焦げた根菜が三つ。上から買ってきた干し魚が一枚。
誰も多くは話さなかった。
ヴェスナがリュカの椀にいつもより少しだけ多くすくった。
リュカは何も言わなかった。
梁の上でセイルが今日の音を繰り返した。
籠の綱。バルの「軽いな」。ドランの「四つか五つ」。
それだけだった。塔という言葉は、今日誰も口に出していなかった。
リュカも出していなかった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




