噂と、出どころ②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
市は夕方の終わりだった。
台を畳みはじめている店が半分ほど。
金物の台の二つ隣。
嘘つきの棚の前には椅子があった。
今日は空ではなかった。
ザッハが座っていた。髭を撚りながら、通り過ぎる人の流れに向かって、何か話していた。
誰も足を止めていなかった。
リュカは台の前に立った。
ザッハが顔を上げた。
しばらくリュカの顔を見ていた。
「……鳥の」
「リュカです」
「そうだ。鳥をやったやつだ」
ザッハは椅子の上で身体を起こした。
「こいつは繰り返してるか」
「繰り返してます。毎晩」
「毎晩」
「北の岩場の話と南の塩の湖の話と二十年前の柱の話と。それから、続きのない話が三つ」
ザッハの手が髭の途中で止まった。
「……続きのない話が三つ」
「はい。途中で客の声とか子供の笑い声とか咳で切れてます」
ザッハはしばらく黙っていた。
それから、木箱を顎で示した。
「座れ」
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「続きのない話の一つ目を言ってみろ」
「……『あれはな東の』」
ザッハは頷いた。
「それだ」
髭を撚りはじめた。
「あれはな東の雲海のことだ」
「雲海」
「地上層と空層のあいだに雲の海がある。上から見れば白い床だ。下から見れば灰色の天井だ。どちらからも向こうが見えん」
ザッハは両手を広げてみせた。
「その雲の海に一本だけ突き出しているものがある」
「……塔」
「塔だ」
---
「わしは見た」
ザッハは言った。
「四十年と少し前だ。市に台を出す前の年だ。荷を積んだ船で雲の上を渡った。渡し船の航路が今とは違った頃だ」
「見た」
「見た。雲の上に細い塔の頭だけが出ていた。灰色で真っ直ぐでてっぺんが少し欠けていた」
ザッハは指先で髭の先を揃えた。
「船の甲板で荷の上に座っとった。雲の海が下に広がってな。白くて平らでどこまでも続いとる。その上に一本だけ黒いものが立っとった」
「……船は止まらなかったんですか」
「止まらん。船は荷を運ぶ。荷は塔には用がない」
ザッハは鼻を鳴らした。
「船頭に訊いた。あれは何だと。船頭は見なかった」
「見えなかった?」
「見なかった。見る気がないやつには、あれは雲の染みにしか見えん」
ザッハは椅子の上で少し身体を傾けた。
「あの航路はその後すぐに変わった。風の通り道が動いたんだと。今の渡し船はあそこを通らん」
「……登った人は」
「おらんとは言わん。おったかもしれん。だが、戻ってきた者をわしは知らん」
リュカは詰所で聞いた話を思い出した。
登ったやつが石を持って帰った。金貨の山を持って帰った。
「詰所で持って帰った人がいるって聞きました」
「聞いたか」
「聞きました」
ザッハは鼻を鳴らした。
「四十年、わしもそれを聞いとる。持って帰ったやつの名前は、一度も聞いたことがない」
ザッハは指を一本立てた。
「話ってのはな名前が落ちるところから腐る」
「……腐る」
「最初は誰それが、と言う。次の者は知り合いが、と言う。その次は聞いた話だが、と言う。三人渡ると名前が消える」
ザッハは指を下ろした。
「名前が消えた話はなんにでもなる。石にも金貨にも墓にもな」
リュカは今日一日のことを思った。
梯子。柱。見張り台。苔。鉄。石。金貨。墓。
どれも、誰から聞いたのかが途中で消えていた。
消えた先でそれぞれが欲しいものの形になっていた。
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「名前がある話はあれだ」
ザッハは棚のほうへ親指を向けた。
「塔の名前だ」
「塔に名前が」
「ある。古い名だ。この市の者は知らん。上の連中もたいていは知らん」
ザッハは髭を撚る手を止めた。
「トゥリス・フミリス」
「……トゥリス」
「フミリス。謙譲の塔という意味だ」
「けんじょう」
「へりくだるということだ。頭を低くする。自分を大きく見せない」
ザッハは少しだけ笑った。
「塔ってのはそもそも傲慢の形だがな」
ザッハは椅子の背にもたれた。
「言っておくがわしは行かん」
「……」
「訊かれる前に言う。この脚では坂も上れん。船にも乗れん」
ザッハは自分の膝を叩いた。
「四十年、話してきただけの男だ。話は脚の代わりにはならん」
リュカは何も言わなかった。
ザッハは髭を撚りはじめた。
「だが、話は地図の代わりには少しはなる」
リュカは、その言葉の意味を半分しか分からなかった。
分からないまま覚えた。
荷札の字と同じだった。読めないものは形で覚える。
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「登るとはどういうことですか」
リュカは訊いた。
「塔だ。上へ行くだけだ」
「道は」
「道はない。階がある。中をぐるぐると上がっていく。曲がり角も仕掛けもたいしてない。構造は単純だ」
「単純なら」
「単純だから危ない」
ザッハは指を一本立てた。
「単純な道は途中でやめる理由がない。登れば登るほど戻る道が長くなる。水がなくなる。足が止まる。止まった場所が上のほうだと下りきれん」
「……消耗」
「そうだ。あそこで人を殺すのは仕掛けじゃない。自分の脚だ」
ザッハは髭を撚り直した。
「わしが見たのは頭だけだ。雲から上に出ている部分だけ。どれだけ下まで続いとるかは分からん」
「下は」
「雲の下だ。地上層から見上げても、雲しか見えん」
「じゃあ根元は」
「誰も見とらん。根元を見た者の話は四十年、一度も聞かなかった」
ザッハは指を下ろした。
「石が宿っとらんやつでも、登るだけなら登れる。登れるから登る。登って途中で座って、動けなくなる」
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「……どこにあるんですか」
リュカが訊くとザッハは、初めて少しだけ黙った。
「それが難しい」
「難しい」
「雲海に突き出とる。下からは雲で見えん。上からしか見えん」
「上」
「空層の雲より高いところからだ。だが、空層の街はたいてい雲の上にあって、雲の向こうを見ない。誰も下を見んからな」
ザッハは椅子の背にもたれた。
「見ようと思って見れば見える。思わんやつには一生見えん」
それから、リュカの顔を見た。
「探すのか」
リュカは答えなかった。
答えをまだ持っていなかった。
ザッハはそれ以上は訊かなかった。
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籠の時刻が来た。
リュカは木箱から立ち上がった。
「……ありがとうございました」
「礼はいい」
ザッハはまた髭を撚りはじめた。
「四十年ぶりに最後まで聞くやつが二人続いた。同じやつだがな」
リュカは台の前を離れた。
三歩行って振り返った。
「あの」
「なんだ」
「続きのない話はあと二つあります」
ザッハの手が止まった。
「……二つ」
「はい」
「そうか」
ザッハはそのまま、何も言わなかった。
リュカは頭を下げて、受け渡し場へ歩いた。
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帰りの籠で詰所に着いた。
ドランが止め木を戻しながら訊いた。
「……爺さんの話は長かったか」
「長かったです」
「だろうな」
「でも、最後まで聞きました」
ドランは少しだけリュカを見た。
「名前はあったか」
「……名前?」
「塔の話に名前だ。場所でも人でもなんでもいい」
リュカは少し考えた。
「塔の名前がありました」
「そうか」
ドランは工具箱の蓋を閉めた。
「名前のある話は、たいていどこかに元がある」
それだけ言って、籠の下に潜っていった。
夜、宿の土間でセイルが今日の音を繰り返した。
井戸の綱の音。イサの声。
「雲の上に神様の梯子があるって話」
トトの声。
「雲の上に古い塔があるって」
詰所の男の声。
「登ったやつが石を持って帰ってきたって話だろ」
女の声。
「昔の国の墓なんだよ、あそこは」
ドランの声。
「戻ってきたやつの話だけが噂になる」
バルの声。
「あの爺さんの話は長い。覚悟して行け」
そしてザッハの声。
「トゥリス・フミリス」
土間の誰も何も言わなかった。
同じ一つの話が六つの声で並んでいた。
イサが自分の声が流れたところで口を開いた。
「……あたしそんな言い方だったかい」
「そんな言い方でした」
「やだね」
イサは椀の湯を飲んだ。
鍋の男が自分の「昔の国が建てた見張り台だ」を聞いて顔をしかめた。
「……窓の話言わなきゃよかった」
「なんでだい」
「誰に聞いたか思い出せねえのに、言い切っちまった」
誰も笑わなかった。
笑う代わりに何人かが自分の言ったことを思い返している顔をしていた。
梯子。塔。石。金貨。墓。名前。
どれも同じ場所のことを言っていた。
どれも、違う場所のことを言っているように聞こえた。
リナンが梁の下で皿を持ったまま聞いていた。
セイルが井戸端の声を繰り返し終えたところで小さく言った。
「……里にもありました」
「塔の話が?」
「雲の上の白い柱の話です。子供のとき、年寄りが言ってました」
リナンは皿を置いた。
「浮島から見えるって。風のない日に南のほうに」
「見たのか」
「見てないです。見ようとしたこともないです」
リナンは少し黙った。
「……見ようと思って見ないと、見えないものだったのかもしれません」
リナンは皿の縁を指で撫でた。
「里の年寄りは、その柱のことをよく話しました。子供に」
「どんなふうに」
「あそこには誰も住んでいないって。誰も住んでいないところが一つだけあるって」
リナンは少し黙った。
「……里は狭いので。誰も住んでいない場所があるというだけで話になるんです」
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ヴェスナが鍋をかき回しながら言った。
「……坊主」
「うん」
「今日一日それを訊いて回ってたのかい」
「うん」
「訊いて何が分かった」
リュカは少し考えた。
「……みんな誰かから聞いてました」
「そりゃそうだろ」
「その誰かが誰から聞いたのかは、誰も知りませんでした」
ヴェスナは柄杓を止めた。
「一人だけ見たって言った人がいます」
「誰だい」
「下の市の爺さんです」
「嘘つきの棚の」
「はい」
ヴェスナは鼻から息を吐いた。
「……嘘つきの棚の爺さんだけが見たって言うんだね」
「はい」
「それで信じるのかい」
リュカは答えなかった。
ヴェスナは椀に湯を注いで、リュカに渡した。
「あたしはね坊主。塔があるかどうかは、どうでもいいんだよ」
「……」
「三十年、この街で雲の上の話をする人を何人も見た。若いのが多かった。行った子も何人かいたよ」
「戻ってきましたか」
「一人だけ戻ってきた」
リュカは顔を上げた。
「何を持って帰ったんですか」
「何も」
ヴェスナは柄杓で鍋の底をこそげた。
「何も持たずに戻ってきて、それきりその話をしなかった。あたしが訊いても、何も言わなかったよ」
「……その人は」
「とっくに死んだ」
ヴェスナは椀を自分のぶんに注いだ。
「だから、あたしは塔の話を聞くとその子の顔を思い出すんだ。それだけだよ」
ヴェスナは椀を持って、竈の前に座った。
「その子はね。帰ってきてから毎朝うちの前を掃いてたよ」
「……掃いてた」
「あたしが掃く前にね。掃いて何も言わずに帰っていった。半年くらい続いたかね」
「なんで」
「知らないよ」
ヴェスナは、椀の湯に少し息を吹きかけた。
「訊かなかった。訊いても言わない子だったからね」
信じるという言葉がうまく当てはまらなかった。
ザッハの話は嘘だと言われている。市の者はみんなそう言う。
だが名前があった。
梯子でも墓でも、石でもなく名前があった。
トゥリス・フミリス。
誰も知らない古い名前が。
嘘をつく者は名前をつける必要がない。
名前をつけなければ話は膨らむ。石にも金貨にも梯子にもなる。
名前をつけると、話は一つに決まる。
決まったものは確かめられる。
---
リナンが梁の下でセイルの皿に屑を足していた。
「……トゥリス・フミリス」
リナンが小さく繰り返した。
セイルがそれを拾った。
「トゥリス・フミリス」
リナンの声だった。
リュカは梁を見上げた。
リナンも見上げていた。
目が合った。
リナンは何も訊かなかった。
どこへ行くのかとも。行くのかとも。
ただ、もう一度その名前を口の中で繰り返していた。
---
屋根裏で横になった。
シャツの胸に手を当てた。
白っぽい丸い石。三十個目。七日目。あと三日。
肌の温度のままだった。
懐に硬貨が二枚と今日の日当の十枚。
十二。
――上からしか見えない。
ザッハはそう言った。
空層の街は雲の上にある。誰も下を見ない。
リュカは三年、籠で上と下を行き来してきた。
籠は雲を通り抜ける。
通り抜けるあいだ格子の外は白い。何も見えない。
毎日、その白の中を何度も通ってきた。
通り抜けるとき、外を見たことはあっただろうか。
――見たことがない。
荷を担いでいるときは足元しか見ない。
空になった籠で上がるときは、目を閉じている。
三年、毎日雲の中を通って、一度も外を見ていなかった。
――名前のある話は、たいていどこかに元がある。
ドランはそう言った。
ザッハは、名前が落ちるところから話は腐ると言った。
二人とも、別のことを言っているようで同じことを言っていた。
元があるものには名前が残る。
残った名前をたどれば、元に戻れる。
トゥリス・フミリス。
口の中で二度繰り返した。
舌がうまく回らなかった。荷札の地名よりずっと長い。
それでも覚えた。
リュカは目を開けたまま、屋根裏の板の隙間を見ていた。
下の土間でリナンが毛布を敷く音がした。
壁際の包みに何かが触れる音も。
あの包みはいつからそこにあるのか。
中身を訊いたことはなかった。
訊かなくても荷だと分かった。
荷はどこかへ行くための形をしている。
明日、荷があるかどうかは分からない。
あれば籠に乗る。
乗ったら外を見る。
それだけは決めた。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




