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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 雲より古いもの

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73/163

噂と、出どころ①

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 焼けてから十六日目の朝リュカは杭を撃ちながら、金のことを考えていた。


 二十歩。三十五歩。五十歩。


 撃つあいだはいつも何も考えない。的と風と腕の振りだけになる。


 今朝は違った。


 三十シャルド。


 薬の値段だった。


 妻が十八。ヴェスナが五。イサが三。自分が四。


 四人でやっと三十だった。


 四十三人が住んでいる街で三十を集めるのに、四人の懐が空になった。


 ――足りなかったのは金だけじゃない。


 籠は一日に二度しか動かない。夕方に下りて朝に上がる。そのあいだに夜が挟まる。


 金と籠。


 どちらか一つでも足りていれば、間に合ったのかは分からない。


 分からないが足りていなかったことだけは分かった。


 二十歩の的に杭が刺さった。


 窪みから指一本、右。


 ――ずれてる。


 考えていたからだ。


 リュカは投槍器を下ろした。


 息を一つ吐いた。


 金のことを頭から出した。三十シャルドも籠の回数も置いた。


 もう一度構えた。


 的と風と腕の振りだけにした。


 振った。


 窪みに入った。


 次も。その次も。


 三十五歩へ移った。振りの終わりをわずかに上へ逃がす。刺さる。指半分、下。


 五十歩。地面を狙って跳ねさせる。根元に刺さる。


 四十本を撃ち終えて、拾いに行った。


 拾いながら、また金のことを考えはじめた。


 考えても撃ち終えたあとなら、ずれるものがない。


---


 杭を拾いながら考えた。


 金が入る道は三つあった。


 荷運びの日当。荷が一つで十。今は荷が毎日は来ない。


 私的依頼。一件五シャルド。溝鼠を仕留めて五。三年で百件を超えた。街に人が四十三人しかいない今依頼は、ほとんど来ない。


 石。


 拾った石を売る。


 三年、一度も売らなかった。売れる石を拾ったことがなかったからだ。


 鑑定に出せば値がつく石があるとは聞いていた。上の街に鑑定所があるとも。


 だが、そこへ持っていく石が袋の中にはなかった。


 二十四個。全部外れた石だ。外れた石は値がつかない。


 ――拾える場所が要る。


 三年、空き地の土を掘ってきた。掘って出てきたものを拾ってきた。


 この空き地から出る石は、もう分かっている。二十四個ぶん分かっている。


 ほかの場所が要る。


 人が行かない場所。行かないから、まだ拾われていない場所。


 そんな場所があるのかどうかは、知らなかった。


 知らないから訊くことにした。


---


 空き地から荷車を引いて出た。


 ゴドの荷車だ。左の軸が減っているので、右に寄せて積む。


 瓦礫を一山路地の端の山まで運んだ。往復で三十歩と少し。


 三往復したところでヴェスナが宿の前を掃いているのが見えた。


 穂の先の焦げた箒。右から左へ。一度に同じだけ。


「婆さん」


「なんだい」


「今日訊いて回る」


「何をだい」


「石が拾える場所」


 ヴェスナは箒を止めなかった。


「……その手の話はろくなもんじゃないよ」


「うん」


「訊くなとは言わないけどね」


 それだけ言って、また掃きはじめた。


 空き地を出るとき、横丁の三本目のほうを見た。


 トマの家の戸口に妻が座っていた。


 二日あの場所に座っている。朝も昼も。


 リュカは頭を下げた。


 女はこちらを見ていなかった。


 井戸端でイサに訊いた。


「石がたくさん落ちてる場所を知ってますか」


 イサは桶を引く手を止めた。


「石?」


「拾える石です」


「そりゃあ星降りの後は、どこでも落ちてるだろ」


「星降りじゃなくて。いつでも落ちてる場所」


 イサは少し考えた。


「……北の岩場は昔掘れば出たって聞くよ」


「今は」


「出ないってさ。掘り尽くしたんだろ」


 リュカは頷いた。


 昨夜梁の上で同じ話を聞いた。


 掘り尽くしたんじゃない。降らなくなっただけだ。


 ザッハの声で。


---


「あとはね」


 イサは綱を引きながら言った。


「雲の上に神様の梯子があるって話」


「……梯子」


「雲を突き抜けて、天まで伸びてる梯子だよ。あたしが子供の頃婆さんが言ってた。登ると星に近づくって」


「登った人は」


「いないよ。いたら話になってるだろ」


 イサは桶を上げた。


「ただの寝物語だね」


 井戸端にはほかにも人がいた。


 粉屋のネラが桶を持って並んでいた。


「石の話かい」


 ネラが横から言った。


「昔うちの亭主の親父が言ってたよ。雲の上に石の柱が立ってるって」


「柱」


「柱だか塔だか。とにかく雲から突き出してるんだと」


 その後ろに鍋の男が立っていた。明け方に家を数えた男だ。


「柱じゃないだろ。あれは昔の国が建てた見張り台だ」


「見張り台?」


「雲の下を見張るための台だよ。だから、上のほうに窓が並んでる」


「窓なんかあるのかい」


「あるって聞いた」


「誰に」


 男は口を開けて閉じた。


「……誰だったかな」


---


 昼、薬房の焼け跡の前でミラに会った。


 棚の跡の前に立って、壺の欠片を拾い集めていた。焼け残った棚板の跡に小さな壺を一つだけ置いている。


 トマの薬だった。


「……何か訊きたそうな顔」


「雲の上の塔の話を」


「ああ」


 ミラは壺の欠片を布に包んだ。


「母親が上の医者から聞いてきた話がある。雲の上の古い塔に苔が生えてるって」


「苔」


「傷にいい苔らしいわ。塔の石にしか生えないって。母親は、一度も見たことがないって言ってた」


「……行こうとは」


「しなかったでしょうね。薬師は薬を採りに行く人じゃない。待って買う人だから」


 ミラは布包みを抱えた。


「でも、帳面には書いてあった。見たことがないものも書いてあるのよ、あの帳面には」


 ミラは棚の跡に目を戻した。


「母親は噂を全部書いてた。効くって言われた薬も、効かないって言われた薬も」


「……全部」


「全部。書いておけばあとで確かめられるでしょう。確かめないまま覚えてると、都合のいいほうだけ残るから」


 リュカは頷いた。


「聞いた話をあとで確かめた人はいますか」


「……いないでしょうね」


 ミラは薬房の棚の跡を見た。


「母親も苔は確かめないまま死んだ」


---


 横丁の四本目で柄杓の男の子に会った。


 祖父の家の戸口に座って、焼けた釘を並べていた。空き地の石の代わりらしかった。


「兄ちゃん」


「石が拾える場所を知ってるか」


 男の子は釘を並べる手を止めた。


「……じいちゃんが言ってた」


「なんて」


「雲の上に星が引っかかる場所があるって」


「星が」


「落ちてくる途中で引っかかるんだって。だから、そこに行けば拾い放題だって」


 男の子は並べた釘を指で押した。


「じいちゃん行ったことあるかって訊いたら怒られた」


「……なんで怒られたんだ」


「知らない」


 男の子はまた釘を並べはじめた。


 そういえばこの子の名前をまだ知らない。


 名簿の日も数えて回った日も、「柄杓の子」で済んでいた。


 訊こうとしてやめた。


 訊くなら石の話のついでではない気がした。


 板を打ちつけていた若い夫婦の家の前も通った。


 屋根の代わりの板が一枚増えていた。


 女のほうがリュカに気づいて、顔を上げた。


「石の話を訊いて回ってるんだって?」


「……はい」


「うちの人が昔上の街で聞いたって。雲の上に昔の国の塔があるって」


 男が板を押さえたまま言った。


「聞いたのは酒場でだ。当てにするなよ」


「酒場で誰が」


「知らねえ。隣に座ってたやつだ」


 そのあと坂の側の小路でトトに訊いた。


 鞴の革を縫い終えて、今度は炉の石の隙間を泥で埋めていた。


「石が拾える場所?」


「うん」


「……親方が昔言ってたな。雲の上に古い塔があるって」


「塔」


「鉄が拾えるって話だった。塔の下に昔の鉄が落ちてるって。親方は鉄の話しかしないから」


 トトは泥のついた手で額を拭った。


「行ったことはないってさ。行ったやつを知ってるだけだって」


「そいつは」


「知らねえ。親方は名前を言わなかった」


---


 夕方詰所へ上がった。


 その日は荷が一つあった。


 列に五人ほど並んでいた。四百を持っている者と持っていない者が同じ列に並んで、籠を待っていた。


 列の端の石の上に坂の途中の家の老人が座っていた。


 今日も籠が来るたびに顔を上げて、降りてくる者の顔を見ていた。


 リュカはその前で足を止めた。


「……雲の上の塔の話を聞いたことがありますか」


 老人はしばらく籠の穴を見ていた。


「聞いたことはある」


「どこで」


「倅が子供の頃に言っとった。大きくなったら、雲の上の塔に登るって」


「……登ったんですか」


「登らん。籠に乗って上に行った」


 老人はそれだけ言った。


 それから、また籠の穴を見上げた。


 リュカはその隣にしゃがんだ。


「……倅さんはなんで登ると言ったんですか」


「知らん」


「訊かなかったんですか」


「訊いた」


 老人は杖の先で石畳を小さく叩いた。


「そしたらあいつは、『誰も行かないから』と言った」


「……それだけ」


「それだけだ。子供の言うことだ」


 老人は籠の穴を見たまま言った。


「それから二十年誰も行かん。あいつも行かんかった」


 列の中ほどに布包みを抱えた女が立っていた。


 運賃が三十足りずに、籠に乗れなかった女だ。あれから十日以上この街にいる。


 リュカが目を向けると、女のほうから言った。


「まだ四百にならないんだよ」


「……」


「でも、今日は三百八十ある。あと二十だ」


 女は布包みを抱え直した。


 それから、リュカが誰に何を訊いているのかを察したらしかった。


「塔の話かい」


「知ってますか」


「上の姉さんが昔言ってたよ。雲の上に灰色の柱が見えるって。天気のいい日に上の街の窓から」


「見えるんですか」


「見えるって言ってた。あたしは見たことないけどね」


 女は籠の穴のほうを見た。


「上に行ったら窓から見てみるよ。……行けたらね」


 列の後ろでリュカは、待っているあいだに訊いた。


「雲の上の塔の話聞いたことありますか」


 列の男が振り返った。


「……塔?」


「雲の上の」


「ああ、あれか。登ったやつが石を持って帰ってきたって話だろ」


「石を」


「星の欠片みたいなやつだ。それを売って家を建てたって」


 前に立っていた女が口を挟んだ。


「それ違うよ。持って帰ったのは石じゃなくて、金貨の山だって聞いた」


「金貨?」


「昔の国の墓なんだよ、あそこは。墓だから金が埋まってる」


「墓じゃないだろ。塔だって言ってるじゃないか」


「塔の形をした墓だよ」


 二人が言い合いはじめた。


 リュカは聞いていた。


 同じ話が二つになっていた。


---


「誰から聞いたんですか」


 リュカが訊くと男は少し黙った。


「……誰からだったかな。市で誰かが」


「誰か」


「覚えてねえよ。そういうのは、聞いたときに覚えるもんじゃない」


 女も同じだった。


「あたしは亭主から。亭主はたぶん詰所の誰かから」


「詰所の」


「誰かからさ」


 誰から聞いたのかを訊くとみんな同じところで止まった。


 誰か。


 その誰かが誰から聞いたのかは、誰も知らなかった。


---


 男と女はまだ言い合っていた。


 リュカは、二人の話の同じところと違うところを頭の中で分けた。


 同じなのは三つ。


 雲の上にあること。登れること。登った先に何かがあること。


 違うのは何があるか。石。金貨。墓。


 ――違うところは欲しいものだ。


 石が欲しい者は石があると言う。金が欲しい者は金があると言う。死んだ者を思い出す者は墓だと言う。


 同じところだけが残る。


 残ったものがたぶんいちばん元の形に近い。


 ドランが籠の下から出てきた。


 リュカを見て荷札を渡した。


「……塔の話をしてたな」


「聞いてました」


「よく聞く話だ。十年に一度は誰かが言い出す」


 ドランは荷の縄を確かめた。


「雲の上に古い塔がある。登れば何かがある。そういう話だ」


「あるんですか」


「知らん」


 ドランは即答した。


「だが、荷運びが何人か行って戻らなかったのは本当だ」


 リュカはドランを見た。


「俺が継ぐ前の話だ。前任の爺さんが言ってた。二人だったか三人だったか。荷を担ぐのをやめて、塔に登ると言って出ていって、それきりだと」


「……戻らなかった」


「戻らなかった」


 ドランは止め木の柄に手をかけた。


「戻らなかったやつの話は、誰も面白がらん。だから噂にならん」


「……」


「戻ってきたやつの話だけが噂になる」


 リュカは荷を担ぎ直した。


「……行くなって言いますか」


 ドランは止め木を握ったまま、少しのあいだ黙った。


「言わん」


「……」


「俺は荷を運ぶ男だ。行くなとも行けとも言わん。乗るなら乗せる」


 ドランはそれだけ言った。


 籠が下りはじめた。


---


 地上層の受け渡し場で荷を下ろした。


 バルが荷札に印を押した。


「兄ちゃん。顔が何か考えてる顔だな」


「……塔の話を探してます」


「塔」


「雲の上の」


 バルは印を押す手を止めなかった。


「ああ。市で爺さんがよく話してるやつだ」


「……ザッハさんですか」


「名前は知らん。嘘つきの棚の爺さんだ」


 バルは木札をリュカに渡した。


「あの爺さんの話は長い。覚悟して行け」


---


 市の入り口の手前に、石造りの小さな店がある。


 薬屋だった。


 戸は開いていた。老人が中で壺を並べ替えていた。


 リュカの顔を見て、少しだけ顎を上げた。


「……あの薬は」


「使いませんでした」


 老人は壺を並べる手を止めなかった。


「そうか」


「薬師の人が預かっています。次に要る人がいたらと」


「それでいい」


 老人はそれだけ言った。


 リュカは頭を下げて市へ入った。


---


 市のいちばん奥の金物の台。


 杭を売った男が台を畳みかけていた。


 リュカを見て鼻から息を吐いた。


「……値切りの兄ちゃんか」


「……すみませんでした」


「謝らんでいい。買ったんだから客だ」


 男は鉄の棒を束ねながら言った。


「何か探してんのか」


「雲の上の塔の話を」


 男の手が止まった。


「あれか」


「知ってますか」


「鉄の話なら知ってる」


 男は束ねた棒を台の下に押し込んだ。


「あそこの石は、鉄が打ち込んであるって話だ。柱の継ぎ目に昔の鉄が入ってる。掘り出せば売れると」


「誰から」


「親父から。親父はそのまた親父から」


 男は台の布をかぶせた。


「三代誰も見に行っとらん。見に行く気なら、鉄より先に水を担いでいけ」

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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