間に合うと、間に合わない②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
いつの間にか壁に背を預けて、目を閉じていた。
肩を揺すられた。
「兄ちゃん」
バルだった。
受け渡し場の入り口から灰色の光が差し込んでいた。
「籠が来る」
リュカは跳ね起きた。
壺は膝の上にちゃんとあった。
籠の穴の奥で綱が震えた。
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籠に乗った。
ドランは、夜明けと同時に下ろすと言った。
下ろしたのだ。
籠が上がりはじめた。
遅かった。
途中で一度速さが落ちた。止め木ではない。籠そのものが重そうに上がっていた。
昨日の夕方の籠より明らかに遅かった。
ドランが詰所で輪を回している音がいつもより長く続いていた。
リュカは格子を握った。
壺を外套の内側に押し込んだ。
早く。
早く。
籠は急がなかった。
急げなかった。
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詰所で籠が止まった。
戸が開く前に、リュカは格子に手をかけていた。
ドランが何か言った。
聞かなかった。
坂を駆け下りた。
二つ目の坂。二番街の焼け跡の脇。四十二段の石段。鍛冶場の炉の脇。坂の側の小路。
三年、荷を担いで上り下りしてきた道を何も担がずに、駆け下りた。
何も担いでいないのに、足が重かった。
小路の入り口を出て、広場を抜けて東へ。
横丁の三本目。
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戸口の前にミラが立っていた。
リュカを見て、少しだけ首を振った。
リュカは止まった。
外套の内側で壺が胸に当たっていた。
「……いつ」
「夜明けの少し前」
ミラは言った。
声は平らだった。
「息がゆっくりになって。それから止まった」
夜明けの少し前。
籠がまだ下の受け渡し場の穴の中で綱を震わせる前。
リュカは壺を外套の内側から出した。
蓋に紐が十字に掛かったまま。
開けられることのなかった壺。
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家の中に女がいた。
寝台の脇の低い椅子に座って、夫の手を握っていた。
トマは目を閉じていた。
昨日の灰色の顔ではなかった。
もう何の色でもなかった。
女がリュカを見た。
壺を見た。
「……持ってきてくれたんだね」
「……」
「間に合うって言ったのにね」
女はそう言った。
責める声ではなかった。
誰を責めているのでもなかった。
自分に言っていた。
「あたしが言ったのにね。間に合うって」
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リュカは何も言えなかった。
何か言おうとして口を開いた。
出てきたのは言葉ではなかった。
息だった。
壺を差し出した。
女は首を振った。
「……薬師の娘に渡しておくれ。次に要る人がいたら」
「……」
「うちの人にはもう要らないからね」
女は夫の手を握り直した。
「五十年、二人だった」
女は夫の顔を見たまま言った。
「今日から一人だよ」
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ミラがリュカの手から壺を受け取った。
受け取って、蓋の紐を指でなぞった。
「……母親の帳面にあった薬」
ミラは言った。
「母親が死んでから一度も、仕入れられなかった」
ミラは壺を両手で包んだ。
「最初の一つにする」
「……最初の」
「薬房の棚の。全部燃えたから。最初の一つ」
ミラは、壺を記録の束と一緒に胸に抱えた。
「次は間に合わせる」
それはリュカに言ったのではなかった。
壺に言っていた。
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宿に戻ったのは昼を過ぎてからだった。
女の家でトマを寝台から下ろすのを手伝った。
トトが来て、戸板を一枚持ってきた。ザヴを運んだときと同じ焼け残った戸板だった。
二人で膝の上と足首を同時に支えて、身体を戸板に移した。
トトは戸板の端を持ったまま、一度だけリュカを見た。
「……お前下まで行ったんだってな」
「行った」
「薬買えたのか」
「買えた」
トトはそれ以上は訊かなかった。
イサが来た。ヴェスナが来た。横丁の者たちが何人か来た。
誰も多くは言わなかった。
女は泣かなかった。
夫の手をずっと握っていた。
横丁の入り口に人が何人か立っていた。
粉屋のネラがいた。脛に布を巻いていた男がいた。柄杓の男の子とその祖父がいた。
誰も中へは入ってこなかった。
戸口の外に立って、中を覗きもせずに、ただ立っていた。
ヴェスナが外へ出ていって、その人たちに何か言った。
何を言ったのかは聞こえなかった。
言われた人たちは頷いて、一人ずつ帰っていった。
帰り際に誰かが言った。
「……四十三だね」
小さな声だった。
誰もそれに答えなかった。
昼が過ぎて、リュカは女の家を出た。
出るときに、女がリュカを呼び止めた。
「荷運びの子」
「はい」
「依頼料」
女は懐から一枚を出した。
昨日三十から抜こうとして戻したあの一枚と同じ薄くなった硬貨だった。
「……いいです」
「払うって言ったろ」
「……間に合わなかった」
「間に合わなかったのは、あんたのせいじゃないよ」
女はリュカの掌に一枚を押しつけた。
「持っていきな。行ってくれたんだから」
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宿の土間でリナンが待っていた。
リュカの顔を見て、何も訊かなかった。
梁の上でセイルが口を開いた。
「間に合う」
昨日のリュカの声だった。
リュカは梁を見上げた。
セイルは首を傾げていた。
知らない顔で。
リナンが梁の下に欠けた皿を置いた。屑を少しだけ多めに載せて。
セイルが皿に下りてきた。
つついた。
それきり今日は繰り返さなかった。
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夜、鍋を煮た。
誰も昼のことを口にしなかった。
ヴェスナが柄杓で湯をすくいながら、リュカのほうを見ずに言った。
「坊主」
「うん」
「あんた、夜通し下にいたんだろ」
「うん」
「寝たかい」
「……少し」
「寝な今夜は」
ヴェスナは湯を椀に注いだ。
「行ったことは無駄じゃないよ」
「……うん」
「無駄じゃないけど、間に合わなかった」
ヴェスナは椀をリュカに渡した。
「その二つは別のことだからね。一緒にしなさんな」
リュカは椀を受け取った。
熱かった。
夜、屋根裏で横になった。
懐に二枚。
昨日の一枚と依頼料の一枚。
シャツの胸に白っぽい丸い石。三十個目。五日目。
肌の温度のままだった。
――四十三。
頭の中で数えた。
口には出さなかった。
二日前四十九と言った。昨日五人下りて四十四。今日、一人。
四十三。
下りた五人は数から出ていった。
トマは数からいなくなった。
同じ一つ減るのでも違った。
――間に合う。
あの言葉を口に出したのは自分だった。
女が先に言った。だが、頷いて同じ言葉を返したのは自分だった。
分からないと知っていて。
屋根裏の板の隙間から夜が見えた。
受け渡し場の天井から落ちていた滴の音がまだ耳の奥に残っていた。
一。二。三。
数えるのをやめた。
終わりが分からないものは数えない。
だが、間に合わなかったものは終わっている。
終わったものは数えられる。
一つ。
リュカはそれだけ数えて、目を閉じた。
間に合うという言葉は、それから長いあいだ口に出さなかった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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