間に合うと、間に合わない①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
焼けてから十三日目の朝リュカは、いつもどおり四十本を撃った。
二十歩。三十五歩。五十歩。
三十歩は撃たなかった。的がないからだ。
杭を拾って、袋に戻して、土を掘った。掘って何も拾わなかった。胸にはまだ三十個目がある。四日目。
土間に戻ると、リナンが壁際の包みの縄の結び目を直していた。
昨日からそこに置いてある包みだった。
何の包みかは訊かなかった。
訊かなくても荷だと分かった。
昼前戸口を叩く音がした。
宿の土間の戸のない戸口の焼け残った柱を。
叩いていたのは老いた女だった。
二日前リュカが数えて回った横丁の三本目の老夫婦の家の妻。耳の遠い夫の代わりにリュカの問いを大きな声で繰り返した女だ。
五十年、二人だと夫が言った家。
「荷運びの子」
女は柱に手をついたまま言った。息が上がっていた。横丁から走ってきたのだ。
「頼みがあるんだよ」
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「うちの人が倒れた」
女は土間の上がり口に座り込んだ。
ヴェスナが湯を椀に注いで、女の手に持たせた。女は椀を持ったまま、飲まなかった。
「朝薪を割ってて。急に胸を押さえて。そのまま」
「今は」
「寝てる。息はしてる。でも、目を開けない」
女は椀の縁を指で撫でていた。
「ミラが来てくれた。胸の奥だって。ここじゃどうにもならないって」
「……」
「下の市に薬屋がある。そこに心の臓の薬がある。ミラの母親が昔仕入れてた薬だって。それがあれば」
女は顔を上げた。
「それがあればまだ間に合うって」
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ミラが土間に入ってきた。
横丁から女を追ってきたらしかった。
「言ったのはあれがあればって」
ミラは女の隣にしゃがんだ。
「間に合うとは言ってない」
「……」
「あれがあれば、打てる手が一つ増える。それだけ。増えた手で間に合うかどうかは、私には分からない」
女はミラを見た。
ミラは目を逸らさなかった。
「嘘はつかないわよ。薬師だから」
ミラはそれから女のほうへ向き直った。
「胸の奥が詰まりかけてる。血の通り道が。母親の帳面にそういう人に使う薬が書いてあった。飲ませると道が少し広がる」
「……治るのかい」
「治らない。広がるだけ。広がってるあいだに身体が持ち直すことがある」
「……持ち直さないことも」
「ある」
ミラははっきり言った。
「だから分からないの」
女はしばらく黙っていた。
それから、リュカのほうを見た。
「……下りてくれるかい」
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リュカは懐の硬貨を数えた。
五枚。
「薬はいくら」
ミラが答えた。
「母親の帳面に書いてあった。三十」
「三十」
女が懐から袋を出した。
中を掌に空けた。
十八枚。
「……これしか」
ヴェスナが竈の脇の壁の窪みから小さな布袋を出した。
中から五枚。
イサが戸口に立っていた。いつから立っていたのか分からなかった。
黙って三枚を女の掌に載せた。
二十六。
リュカは懐の五枚から四枚を出した。
三十。
一枚が残った。
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「籠は」
リュカはヴェスナに訊いた。
「ドランは、今日は夕方の下りと明日の朝の上りだけって言ってたよ」
ヴェスナは竈の火を見たまま言った。
「昨日トトが聞いてきた」
夕方に下りる。
下の市で薬を買う。
上がる籠は明日の朝。
夜のあいだ下で待つ。
「……明日の朝」
女が言った。
「明日の朝なら間に合う」
女は自分に言い聞かせるように、もう一度言った。
「うちの人は丈夫なんだよ。五十年、風邪ひとつ引かなかった。一晩くらい持つ」
「……」
「今日の籠で下りて、明日の朝の籠で上がれば間に合う」
リュカは女の顔を見た。
それからミラを見た。
ミラは何も言わなかった。
言わないことが答えだった。
――分からない。
それでも、リュカは頷いた。
「間に合う」
そう言った。
女に向かって。
自分に向かって。
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依頼料を女は払おうとした。
三十の中から一枚を抜いて、リュカの掌に押しつけた。
「依頼だよ。ただ働きはさせられない」
「……薬が二十九になる」
「……あ」
女は慌てて、その一枚を袋に戻した。
戻してから自分の手を見て、少しだけ笑った。
泣きそうな笑い方だった。
「……帰ってきたら払うよ」
「うん」
「必ず払うから」
「うん」
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夕方の籠まで待った。
待つあいだリュカは、老夫婦の家に行った。
横丁の三本目。二日前数えて回った家。
夫は寝台の上で目を閉じていた。
顔が灰色だった。唇の端が少しだけ青い。
息はしていた。
浅く速く。
リュカは夫の胸を見て、息を数えた。
ルフのときと同じだった。ミラに言われて朝と夕で比べた。あのときはミラの錘の糸で測った。今は糸がない。
数えた。
自分の息を一つ吐くあいだにこの人は三つ吸って、三つ吐いた。
速い。
夫は目を開けなかった。
二日前リュカの問いに「二人だ」とはっきり答えた口が少しだけ開いていた。
――五十年、二人だ。
リュカは、寝台の脇に少しだけ立っていた。
それから家を出た。
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宿に戻ると、リナンが土間の戸口に立っていた。
「……行くんですか」
「行く。薬を買いに」
「明日の朝ですよね。戻るの」
「朝の籠で」
リナンは少し黙った。
「……間に合いますか」
リュカは答えようとした。
さっき女に言った言葉が喉まで出かかった。
出なかった。
「……分からない」
リナンは頷いた。
それ以上は訊かなかった。
梁の上でセイルが首を傾げた。
それから、リュカの声で言った。
「間に合う」
昼に女の前で言った声だった。
土間の空気が少しだけ固くなった。
リュカは梁を見上げた。
セイルはまた首を傾げていた。
何を言ったのか知らない顔で。
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夕方の籠に乗った。
ドランが止め木の柄に手をかけながら、リュカを見た。
「……下の薬屋か」
「うん」
「トマのじいさんか」
リュカはドランを見た。
「……トマ」
「横丁の三本目の耳の遠いじいさんだ。十一年、坂の下で薪を割ってるのを聞いてた。今朝は途中で音が止んだ」
ドランは止め木を握った。
「朝の籠は夜明けと同時に下ろす。それより早くは下ろせん」
「……分かってる」
「夜は動かさん。昔からだ」
昔からだと言いながら、ドランは巻き上げの輪の芯のほうを一度だけ見た。
リュカは、その目の動きの意味を知らなかった。
リュカは懐の一枚に手を当てた。
片道四百。持っているのは一枚だけだ。
ドランはその手の動きを見て、鼻から息を吐いた。
「運賃は荷にかかる」
「……荷は担いでません」
「下で荷を受け取るんだろ」
「……薬です」
「薬も荷だ。受け取りに行って担いで上がる。そういう仕事だ」
ドランは止め木の柄を握り直した。
「今日の荷はそれだ」
ドランはそれだけ言った。
籠が下りはじめた。
――トマ。
夫の名前をリュカは、そこで初めて知った。
---
地上層の受け渡し場はもう薄暗かった。
バルが灯りの油皿を壁の窪みに置いていた。
「……今日は荷じゃないな」
「薬を」
「薬屋はもう閉めてる」
「叩けば」
「叩いても開けんぞ。あそこの親父は」
バルはリュカの顔を見た。
それから、油皿を一つ手に取った。
「……ついてこい」
---
市はもうほとんどの台が畳まれていた。
屋根を張った台の骨組みだけが暗がりに並んでいる。
バルは、市の外れの石造りの小さな店の前で足を止めた。
戸を叩いた。
返事がなかった。
もう一度叩いた。
「親父。バルだ」
しばらくして、戸の向こうで閂を外す音がした。
戸が少しだけ開いた。
老人が灯りを持って、隙間から覗いた。
「……何だこんな時間に」
「こいつが薬を買いに来た。上から」
老人はリュカを見た。
焦げた外套。焦げた靴。
「心の臓の薬を」
リュカは言った。
「三十で」
老人はしばらく黙っていた。
それから、戸をもう少しだけ開けた。
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薬は小さな壺に入っていた。
黒い練った膏のようなもの。蓋に紐が十字に掛けてある。
リュカは三十枚を一枚ずつ台に置いた。
老人はそれを数えた。
数え終えて壺をリュカに渡した。
「……昔と同じ値だ」
老人は言った。
「上の薬師が仕入れに来なくなってから誰も買わん。買わんものは値も動かん」
「……上の誰に使う」
「トマという人に」
「知らん名だな」
「……俺も今日知りました」
老人はリュカの顔をもう一度見た。
「今日飲ませれば少しは違う」
「……今日は上がれません。籠が明日の朝まで」
老人は黙った。
それから、戸を閉めかけて止めた。
「……明日の朝なら」
老人は言いかけた。
それから、言うのをやめた。
戸が閉まった。
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受け渡し場に戻った。
バルが壁際に古い麻袋を一枚敷いてくれた。
「ここで寝ろ。朝籠が来たら起こす」
「……寝ません」
「寝ろ。寝なくても朝は同じ時刻に来る」
バルはそれだけ言って、奥へ行きかけた。
途中で足を止めた。
「……兄ちゃん」
「はい」
「上で誰が待ってる」
「……トマっていうじいさんです。横丁の三本目の」
「知らん名だ」
「俺も今日知りました」
バルはしばらく黙っていた。
「……俺は三年お前の顔を見てて、名前を訊かなかった」
「……はい」
「訊いたのはついこのあいだだ」
バルは油皿の火を一つだけ残して、奥へ行った。
リュカは麻袋の上に座った。
壺を膝の上に置いた。
両手で包んだ。
温かくはなかった。
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籠の穴を見上げた。
暗かった。
太い綱が上へ伸びて、暗がりに消えている。
この綱のずっと上に三番街がある。
横丁の三本目に寝台がある。
寝台の上でトマが浅く速い息をしている。
――自分の息一つで三つと三つ。
今はどうだろう。
数えられなかった。
ここからは数えられない。
リュカは綱を見上げたまま、動かなかった。
綱をよじ登れないかと考えた。
考えてすぐにやめた。
籠の穴は、摩天楼の腹の中をずっと上まで続いている。どれだけの高さなのか三年乗っていても知らない。籠の中で腹の底が持ち上がる時間を数えたことはある。数えた時間の長さだけ上がっている。
人の腕で登れる長さではない。
ほかに上へ行く道はなかった。
この街はそういう街だった。
籠がなければ層をまたげない。
三年、それを当たり前だと思ってきた。
当たり前のまま今夜ここにいた。
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夜が長かった。
油皿の火が何度か揺れた。
受け渡し場の天井の苔の生えた梁から水が一滴ずつ落ちていた。
リュカは落ちる滴を数えた。
数えるものがほかになかった。
一。二。三。
百を過ぎてやめた。
終わりが分からないものを数えると、数は増えていくだけで減っていかない。
あの夜、桶を運びながら、そう思った。
今夜も同じだった。
朝まであと何滴か。分からなかった。
壺を握り直した。
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――間に合う。
昼に女の前でそう言った。
女が言ったから頷いた。女が言ったから、同じ言葉を返した。
ミラは言わなかった。
分からないと言った。
リナンにも分からないと答えた。
それなのに、女の前では間に合うと言った。
なぜ言ったのか。
女がそう言ってほしそうだったからだ。
女がそう言わなければ、立っていられなさそうだったからだ。
――嘘だったのか。
嘘ではなかった。
間に合ってほしかった。
間に合うと思いたかった。
思いたいことを言った。
それは嘘とは違う。
でも、本当とも違った。
セイルがそれを拾った。
昼の土間でリュカの声で間に合うと言った。
あの声は、思っていたよりはっきりしていた。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
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