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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 灰は軽く、風に乗る

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幕間 「ついていく理由」

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 梯子の三段目が鳴った。


 リナンはその音で目を覚ました。


 土間の西の隅。毛布の半分。隣でヴェスナさんがまだ寝息を立てている。


 天井の斜めに降りてきた床板の向こうで足音が一つ梯子を下りきった。


 土間を抜けて、戸口のない戸口から外へ出ていく。


 しばらくして、空き地のほうから音がした。


 とん。


 少し間があってまたとん。


 今朝は撃っている。


 昨日は撃たなかった。


 リナンは、毛布の中で翼を少しだけ動かした。


 焼けたところが毛布の目に引っかかった。


---


 起き上がって上衣を手に取った。


 背の開いた上衣。翼を通すための翼人の織り。


 昨夜脱いだときに気づいた。


 左の翼の付け根のところ。継ぎの縫い目が三目ほどけていた。


 焼けた夜に物置の横丁で翼を無理に畳んだ。宿の階段で毎朝畳んだ。畳むたびに付け根の布が引っ張られる。


 ミラさんは無理に畳まないで、と言った。


 畳まなければ、通れない場所がある。


 だから、縫い目がほどけた。


---


 針と糸を出した。


 里から持ってきた細い針。糸は残り少なかった。


 上衣を膝の上に広げて、ほどけたところを指で撫でた。


 内側にもう一枚布が当ててある。


 翼が擦れても、外の布が裂けないように。内側の布が先に擦り切れるように。


 網小屋の年寄りがそうやって縫ってくれた。


 ――次は自分でやれ。


 できると言った。


 十の頃だった。


 それから、ずっと自分でやってきた。


 内側の布ももう何度も替えた。今当ててあるのは、宿に来てから替えたものだ。ヴェスナさんに古い敷布の端をもらった。


 リナンは、ほどけた三目の両隣の目から縫い直しはじめた。


 一目。


 二目。


 糸を引くたびに翼の付け根がかすかに疼いた。


 縫っているのは布なのに。


---


 五目まで縫ったところで手を止めた。


 空き地の音が止んでいた。


 杭を拾いに行ったのだ。二十歩、三十五歩、五十歩。それから、また並べて撃つ。


 とん。


 また始まった。


 ――あの人は数えている。


 杭を。歩数を。


 昨日は人を数えた。


 四十九。


 土間であの人がそう言ったとき、リナンはセイルの皿を持ったまま振り返った。


 二番目と言われた。


 ヴェスナさんの次。


 宿に泊まっているだけの上から来た翼人をあの人は、二番目に数えた。


 ――今夜ここで寝るから。


 それだけの理由で。


 リナンは針を持ち直した。


 六目。


---


 縫い終えて糸の端を歯で切った。


 上衣を裏返した。内側の布がぴんと張っている。


 羽織った。


 翼を上衣の開きに通した。右はすぐ通った。左は二つ目の節で一度引っかかった。


 無理に通さなかった。


 肩を少し回して、翼の向きを変えて、それから通した。


 縫い直したところが翼の付け根にぴたりと沿った。


 引っ張られなかった。


---


 それから荷を詰めた。


 詰めるほどの荷はなかった。


 着替えが二枚。一枚は焼けた夜に着ていたもので、裾が焦げている。


 針と残りの糸。


 それから、布で巻いた弓の形のもの。


 リュカくんが傾いた二階から取ってきてくれたもの。


 布はほどいていない。


 ほどけば中が見える。見れば弾きたくなる。弾けば里の音がする。


 だから、ほどかなかった。


 着替えでその布の包みをくるんだ。


 縄で十字に縛った。


 リュカくんが荷を縛るときの縛り方を真似た。片手で解ける結び方。宿の前であの人が荷を縛るのを何度か見ていた。


 縛り終えて包みを持ち上げた。


 軽かった。


 里からこれだけ持ってきた。


 ここからこれだけ持っていく。


---


 ――どこへ。


 リナンは包みを膝の上に置いたまま、少し考えた。


 知らなかった。


 あの人がどこへ行くのか。行くのか行かないのか。


 聞いていなかった。


 訊いてもいなかった。


 昨日の夜あの人は四十九と言った。明日、五人下りて、四十四だと言った。


 自分が行くとは言わなかった。


 ――行くのか。


 分からなかった。


 分からないのに荷を詰めた。


 なぜ詰めたのかもうまく言えなかった。


 あの人がいつか行くなら。


 そのとき、ついていけるように。


 ついていくと決めたのは、焼けた次の夜だった。土間で屋根裏の袋の音を聞いて。


 決めた理由は、言わないでおこうと思った。


 言えないから。


 あれから何日も経った。


 まだ言えない。


 言葉にしようとすると、どこかで止まる。


 あの人が訊かないから。あの人が待つから。あの人が理由がないまま拾い続けるから。


 どれも少しずつそうだった。


 どれも全部ではなかった。


---


「……荷かい」


 後ろから声がした。


 ヴェスナさんが毛布の上で身体を起こしていた。


 腰に片手を当てて。


「……はい」


「どこへ行くんだい」


「……分かりません」


 ヴェスナさんは、リナンの膝の上の包みを見た。


 十字に掛けた縄を見た。


 片手で解ける結び方を見た。


「そうかい」


 それだけ言った。


 それ以上は何も訊かなかった。


 毛布から立ち上がって、焦げた箒を手に取って、戸口のほうへ歩いていった。


 戸口で一度だけ振り返った。


「その結び方坊主のだね」


「……はい」


「坊主も、あの結び方は誰にも習ってないよ。自分で考えたんだ」


 ヴェスナさんはそれだけ言って、外へ出ていった。


 路地を掃く音が聞こえはじめた。


---


 昼前に横丁の一本目の五人の家族が下りていった。


 リナンは宿の戸口からそれを見ていた。


 布袋を三つ。男が一つ女が一つ。


 もう一つはリュカくんが担いでいた。


 荷運びが担げば荷の運賃はかからない。


 あの人はそう言って、ゴドさんの荷も子供たちの荷も担いでいった。


 今日も担いでいく。


 出ていく人の荷を。


 五人は、坂の側の小路のほうへ歩いていった。


 誰も振り返らなかった。


 リュカくんだけが小路の入り口で一度だけこちらを振り返った。


 宿の戸口に立っているリナンを見て、少しだけ頷いた。


 それから、小路に入っていった。


---


 梁の上でセイルが口を開いた。


「……四十九」


 リュカくんの声だった。


 昨日の夜からときどきそう言う。


 誰もいない土間で。


 リナンは梁を見上げた。


「……今日は四十四だよ」


 言ってから少しだけ胸が痛んだ。


 欠けた皿に鍋の骨からこそげた屑を載せて、梁の下に置いた。


 セイルはしばらく首を傾げていた。それから、梁から跳び下りて、皿の屑をつついた。


 つつき終えて、また梁の上に戻った。


 高いところへ。


 リナンは欠けた皿を拾い上げた。


 セイルは首を傾げた。


 それから、リナンの声で言った。


「……今日は四十四だよ」


---


 昼過ぎにリュカくんが戻ってきた。


 空の肩で坂の側の小路から出てきた。


 宿の前を通って、空き地のほうへ歩いていった。


 リナンは戸口に立ったまま、その背中を見ていた。


 あの人の背中は、荷を担いでいるときと担いでいないときでほとんど変わらない。


 同じ速さで歩いて、同じところで足を止めて、ふだんは振り返らない。


 三年、そうやって、坂を上り下りしてきた背中だった。


 今日は一度だけ振り返った。


 小路の入り口で。出ていく人の荷を担いだまま。宿の戸口に立っているこちらを見て。


 ――ついていく。


 理由はまだ言えない。


 でも、背中なら知っている。


 あの背中が坂を上っていくなら。


 その半歩後ろを歩けばいい。


---


 日が傾く前に、ミラさんが土間に来た。


 イサさんの家から怪我人を回る途中らしかった。


「リナン」


「はい」


「翼、見せて」


 リナンは上衣の背を少しだけ開いた。


 ミラさんは後ろに回って、左の二つ目の節のあたりを指の背でそっと押した。


「……痛い?」


「少しだけ」


「前より?」


「前より少しだけ痛くないです」


「そう」


 ミラさんは指を離した。


 それから、上衣の付け根の縫い直したところに目を留めた。


「……縫ったの」


「今朝」


「内側に布を足してる」


「里で習いました」


 ミラさんは、縫い目を指先で一度だけなぞった。


「無理に畳まないでって、言ったでしょ」


「……はい」


「畳まなきゃ通れないところは通らないで」


 リナンは少し黙った。


「……通らなきゃいけないときは」


 ミラさんも少し黙った。


「そのときは縫えばいいわね」


 それだけ言って、ミラさんは土間を出ていった。


 土間の隅に置いたままの包みには、目を向けなかった。


 目を向けなかったのか気づかなかったのか。


 リナンには分からなかった。


---


 夕方、リナンは荷の包みを土間の西の隅の壁際に置いた。


 毛布のすぐ脇。


 手を伸ばせば届く場所。


 夜、ヴェスナさんが毛布を敷きながら、包みを見た。


 何も言わなかった。


 毛布の端をいつもより少しだけ包みのほうへ寄せた。


 梁の上でセイルがザッハさんの声で話を始めた。


 北の岩場。降らなくなった石。


 二十年前の細い柱一本。


 願わなかった一族。


 リナンはそこで手を止めなかった。


 膝の上に手を置いたまま、聞いていた。


 今日は止めなくてもいいと思った。


 なぜかは分からなかった。


---


 横になって目を閉じた。


 天井の向こうでからからと音がした。


 袋を枕の下に押し込む音。


 昨日と同じ音だった。


 ――四十四。


 あの人が行ったら四十三。


 わたしが行ったら四十二。


 二番目に数えられたのに、数から出ていくことになる。


 それが少しだけ申し訳なかった。


 申し訳ないのに、壁際の包みに手を伸ばした。


 縄の結び目に指が触れた。


 片手で解ける結び方。


 解かなかった。


 触れたまま目を閉じた。


 小さく声を出した。


 低い音を三つ。


 同じ三つを繰り返す。


 天井の向こうから何の音もしなかった。


 聞こえているのかどうかは、分からなかった。


 分からないまま、リナンは三つの音をもう一度だけ繰り返した。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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