口に出して数える③
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
熱を出した孫の家からの帰りにイサの家に寄った。
ミラはまだ戻っていなかった。怪我人を見て回っている途中らしかった。
イサに伝えた。三本目の横丁の奥から二軒目。孫が熱を出している。
「伝えとくよ」
イサは言った。
「あの娘は聞いたらすぐ行く」
坂の上のことは数えなかった。
ドランは詰所で寝る。坂を二つ上がった先だ。三番街ではない。
坂の途中の家の老人も、三番街の者ではない。
二人とも毎日見る顔だった。
顔を見る者と同じ街に寝る者は違う。
ドランを数に入れたら、二番街の油屋も数に入れたくなる。油屋はもう燃えてしまったが。
線はどこかで引くしかなかった。
――今夜この街で寝る者。
自分で決めた数え方に自分で従った。
宿に戻った。
空き地の荷車の場所に荷車を戻した。
右に寄せる荷は最後までなかった。
石垣の脇にしゃがんだ。
四十八。
それから自分。
――四十九。
口には出さなかった。
三年、数は口に出さずに数えてきた。杭も歩数も日当も石も。頭の中で数えて、頭の中で終わらせた。
口に出したことはほとんどなかった。
ドランに訊かれれば、荷の数は答えた。バルに訊かれれば、木札の数は答えた。
だが、それは訊かれたから答えた数だった。
自分で数えて、自分から口に出した数はなかった。
この街の者は、名前を知らなくても暮らしていけると井戸端で誰かが言っていたのを三年のあいだに何度か聞いた。「鍛冶場の」「薬房の」「石拾いの」で通じる。通じなくなったときに、初めて名前を訊く。
今日戸口を訊いて回って、四十八人を数えた。
名前を訊いたのではなかった。何人かと訊いた。
それでも、戸口ごとに誰かが出てきて答えた。
答えた声は全部覚えていた。
四十九。
頭の中でもう一度数えた。
宿に三人。広場の家に四人。イサの家に二人。粉屋に三人。明日下りる家に五人。
全部順番に頭の中でもう一度数え直した。
四十九だった。
百人余りいた街が四十九になった。
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夜土間で鍋を煮た。
今日は湯だけではなかった。ネラが焦げた麦の最後の一握りを畳んだ袋の底からはたき出して持ってきた。
ミラは、熱を出した孫のいる横丁へ先に回ってから来た。
「……熱は下がりかけてた」
ミラは椀を受け取りながら言った。
「冷やせって言ってきた。薬はないけど」
「手はある」
リュカが言った。
ミラはリュカを見た。
少しだけ目を細めた。
「……誰に聞いたのそれ」
「ミラさんに」
「そうだったかしら」
ミラは椀を持って、イサの隣に座った。
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椀が配られた。
ヴェスナが柄杓で湯をすくいながら、椀の数を数えていた。
唇が動いていた。
昨日と同じだった。
数え終えて柄杓を止めた。
それから、リュカのほうを見ずに言った。
「坊主」
「うん」
「何人だった」
土間が少しだけ静かになった。
今夜の土間には、いつもより人が多かった。数えて回った戸口の何人かが椀を持って来ていた。マルタと息子。脛に布を巻いた男。カイの女房。
昼に戸口で訊かれた者たちが夜にその答えを聞きに来たのだった。
トトが椀から顔を上げた。
イサが湯を吹く口を止めた。
ミラが椀を膝に置いた。
膝の上には記録の束があった。名簿の紙もその中に挟まっている。
リナンが梁の下でセイルの皿を持ったまま、振り返った。
リュカは口を開いた。
喉が渇いていた。
昼から水を飲んでいなかった。戸口を叩いて回っているあいだ飲む間がなかった。
三年、頭の中で終わらせてきた数を外に出すのは初めてだった。
喉の奥で数が一度止まった。
止まってそれから出た。
「……四十九」
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誰も何も言わなかった。
ヴェスナの柄杓が鍋の縁にかつんと当たった。
梁の上でセイルが首を傾げた。
それから口を開いた。
「……四十九」
リュカの声だった。
今、リュカが言ったのと同じ高さで。同じ喉の奥で一度止まる言い方で。
土間の中で同じ数が二度響いた。
一度目はリュカの口から。
二度目は梁の上から。
リュカは自分の声を外から聞いた。
思っていたより低かった。思っていたよりはっきりしていた。
――四十九。
口に出すと数は頭の中にあるときより重かった。
重くてそれから形があった。
頭の中の数は自分のものだった。口に出した数は、土間にいる全員のものになった。
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「……街だね」
ヴェスナが言った。
柄杓をまた動かしながら。誰にでもなく。
「四十九いりゃ街だよ」
イサが湯を一口飲んで言った。
「三十年前あたしがここに来た頃は、もっと少なかったよ」
「そうだったかい」
「そうだよ。三十人もいなかった。それでも街だった」
ヴェスナは少しだけ柄杓を止めた。
「……そうだったね」
トトが椀の湯を音を立てて飲んだ。
「親方が戻ったら五十だ」
「戻ったらね」
ヴェスナが言った。
「東の頭を打った人も」
ミラが言った。
「上から戻ったら五十一」
「明日五人下りるって」
リュカが言った。
「横丁の一本目の左の三軒目」
土間がまた少しだけ静かになった。
「……じゃあ四十四だ」
トトが言った。
「明日は」
「明日は明日数える」
ヴェスナが言った。
「今夜は四十九だよ」
ミラが記録の束から名簿の紙を抜いた。
裏返して余白を見た。
「……書いておくわ」
「何をだい」
「今日の数。四十九。焼けてから十一日目」
ミラは束から炭の欠片を出して、裏の余白に書きつけた。
書き終えて紙を束に戻した。
「数えた日の数は書いておかないと、忘れるから」
リュカはその手元を見ていた。
字は読めなかった。
だが、自分の言った数が紙の上に残ったことは分かった。
それで、その話は終わった。
カイの女房が椀を持ったまま、小さく言った。
「……四十九にあたしも入ってるんだね」
「入ってます」
リュカは言った。
「十七番目です」
女は目を丸くした。
それから、少しだけ笑った。
「番まであるのかい」
「数えた順番です」
「……そう」
女は椀の湯をゆっくり飲んだ。
「十七番目ね」
マルタが隣で鼻を鳴らした。
「あたしは」
「十八と十九」
「息子とどっちが先だい」
「……マルタさんが十八」
「そうかい」
マルタはそれ以上は何も言わなかった。
息子が椀の陰で少しだけ肩を震わせていた。
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鍋の男が椀を置いて言った。
「……俺は家を数えた。七軒だった」
「聞いてました」
「家は動かねえからな。数えやすい」
男は自分の掌を見た。
「人は動く。今日いた者が明日いるとは限らねえ」
「……はい」
「だから、数えた日の数だ。今日の数は今日の数でしかねえ」
イサが横から言った。
「そりゃそうだけどね。今日の数がなきゃ明日減ったかどうかも分からないよ」
男はそれ以上は言わなかった。
椀の湯を飲み干した。
セイルが今日聞いた音を順番に繰り返しはじめた。
荷車の左の軸のきしむ音。
戸を叩く音。何度も。
「今夜ここで寝る人は何人ですか」
リュカの声だった。
セイルはそれを何度も繰り返した。一軒ごとに。同じ高さで。同じ言い方で。
それぞれのあとに戸口の声が続いた。
「四人だ」
「あたしとミラ」
「あたしと亭主と娘が一人」
「明日にはいなくなる五人だぞ」
「……おれとじいちゃん」
「俺。一人だ。親方が戻ってきたら二人」
「あたしと孫が一人。二人だよ」
土間の誰も何も言わなかった。
セイルの声で今日の戸口が一軒ずつ土間に並んでいった。
リュカは椀を持ったまま、それを聞いていた。
数をもう一度数え直しているようだった。
最後に、セイルはリュカの声で言った。
「……四十九」
それから、少しの間があって、ザッハの声で話を始めた。
「あれはなわしがまだ髭が顎の先までしかなかった頃の話だ」
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ザッハの話がいつもの順番で進んだ。
北の岩場。降らなくなった石。
二十年前の細い柱一本。ヴェスナの「そうだよ、あの柱」。
願わなかった一族。
リナンがそこで手を止めた。
続きのない話が三つ。
「一冊も売れん」
それから、少しの間があって。
リナンの声で。
「願わなかった理由がどこにも書いてないのが」
昨日の夜リナンが言いかけて、やめた言葉だった。
リナンはそれを聞いて、梁を見上げていた。
何も言わなかった。
ミラも何も言わなかった。
リュカも。
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皆が帰ったあとヴェスナが竈の火を落としながら言った。
「坊主」
「うん」
「自分は入れたのかい」
「入れた。最後に」
「最後にね」
ヴェスナは、火掻き棒で熾火を竈の奥へ寄せた。
「あんたが来たとき十二だった。ドランが連れてきて、屋根裏空いてるかって」
「うん」
「あのとき、あたしはあんたを数に入れなかったよ」
リュカはヴェスナを見た。
「宿の客は数に入れない。三十年、そうしてきた。客はそのうち出ていくからね」
「……」
「三年、出ていかなかったね」
ヴェスナは火掻き棒を置いた。
「四十九の最後だろ。いいよ」
それだけ言って、毛布のほうへ行った。
土間を出る前に、リナンが梁の下からリュカのほうへ来た。
「……わたしも入ってるんですね」
「入れた」
「宿に泊まってるだけなのに」
「今夜ここで寝るから」
リナンは少し考えていた。
「……二番目」
「二番目」
「ヴェスナさんの次」
「うん」
リナンはそれ以上何も言わなかった。
少しして、もう一度だけ口を開いた。
「……二番目に呼ばれたのは久しぶりです」
「呼ばれた?」
「数えるとき順番がありますよね。一番目、二番目って」
「……口には出してない」
「出してなくても順番はあります」
リナンは梁の上のセイルを見上げた。
「里では飛ぶ順番がありました。高く飛べる子から順に。わたしはいちばん前でした」
「……」
「飛ばなくなってから順番から外れました。外れると何番目でもなくなるんです」
リナンは皿を持ち直した。
「今日二番目でした」
それだけ言って、セイルの皿を梁の下に置き直し、土間の西の隅へ戻っていった。
ヴェスナが毛布の端を少しだけ横にずらしていた。
土間を出るとき、戸口のない戸口のところで一度止まった。
路地が暗かった。
四十九人がこの暗さの中に散らばって、寝ようとしている。
七軒の立っている家と焼け残った壁と板を渡した屋根の下に。
その一人が自分だった。
数えているあいだは、自分が入っていなかった。
最後に入れて四十九になった。
入れたとたん数が自分のことになった。
屋根裏に上がった。
梯子の三段目が鳴った。
横になって、袋を枕の下に押し込んだ。二十四個。
シャツの胸に手を当てた。
白っぽい丸い石。片面に細い筋が一本。
三十個目。二日目。あと八日。
肌の温度のままだった。
――四十九。
頭の中でもう一度数えた。
今度は、口に出さなかった。
口に出したのは、一度だけでいいと思った。
街は残った。
四十九人。明日、五人減って四十四人。ザヴが戻れば一人増える。上の頭を打った男が戻ればもう一人。
増えても減っても街だった。
自分がいなくても街だった。
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目を閉じる前に思った。
荷はない。
ドランは籠を減らしている。今日は一度も詰所に呼ばれなかった。明日もたぶん呼ばれない。担ぐものがない。
石は宿らない。
三十個目も、今のところ肌の温度のままだ。
街は残る。
四十九人。自分がいなくても。
――ここにいる理由が。
そこで考えるのをやめた。
やめたのではなかった。
続きを持っていなかった。
ここにいる理由がないとは思わなかった。
ここにいなければならない理由がないと思った。
それは少し違った。
ここにいる理由ならある。
屋根裏がある。梯子の三段目が鳴る。朝空き地で杭を撃つ。ヴェスナが掃いて、リナンが煮て、セイルが繰り返す。
四十九人のうちの一人。
それは理由だった。
だが、いなければならない理由ではなかった。
自分がいなくても、ヴェスナは掃く。リナンはたぶん煮る。セイルは誰かの声を繰り返す。
四十九が四十八になる。
それでも街だ。
下の土間は静かだった。
しばらく静かだった。
静かなまま、梁の上で何かがかすかに動く気配がした。
――四十九。
セイルがもう一度だけリュカの声で言った。
誰に聞かせるのでもなく。
リュカは目を閉じた。
どこへとはまだ思わなかった。
出てもいいとだけ思った。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
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