背中と、見送り②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
籠の音が聞こえなくなってから老人が石の上で少しだけ身体を動かした。
杖を持ち直して、また籠の穴を見上げた。
今日上から下りてきたのは、叔母一人だった。
その叔母はもう上へ帰った。
老人はそれを最初から見ていた。
宿へ戻る坂を二人で下りた。
リナンはリュカの半歩後ろを歩いた。
石段の途中でリナンが足を止めた。
リュカも止まった。
「……名前を呼びました」
リナンが言った。
「うん」
「二人とも呼びました」
「聞いてた」
「……上に行ったら、誰が呼ぶんでしょうね」
リュカは答えなかった。
石段の脇の鍛冶場の炉が目の端に入っていた。
炉だけが残っていた。
この石段をあの子たちは、もう上り下りしない。上の街には上の街の坂がある。上の街の井戸があって、上の街の誰かが朝いちばんに水を汲みに来る。
その誰かは、あの子たちの母親が毎朝いちばんに井戸に来ていたことを知らない。
答えを持っていなかった。
上の街の針子の叔母が呼ぶのだろう。上の街の知らない誰かが呼ぶのだろう。
でも、そういうことを訊いているのではないと思った。
リナンは少しだけ笑った。
笑ってそれからまた歩きはじめた。
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リナンは空き地の入り口に立っていた。
籠の前からずっと黙ったままだった。
「……リュカくん」
「うん」
「あの子たち上で名前を呼ばれますか」
「叔母さんが呼ぶ」
「はい」
リナンはそれでいったん言葉を止めた。
止めてからもう一度続けた。
「わたし里で名前を呼ばれなくなりました」
リュカはリナンを見た。
リナンは空き地の土を見ていた。
「呼ばれなくなっても、名前はなくなりません。でも、呼ばれないと、自分の名前の音を忘れるんです」
「……忘れるのか」
「忘れます。自分では言わないので」
リナンは少しだけ笑った。
「だから、さっき二人の名前を呼びました。覚えてる音で呼んでおこうと思って」
リュカは何も言わなかった。
言葉が出てこなかった。
出てこないまま頷いた。
リナンはそれで足りたらしかった。
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空き地で荷車を動かしてみた。
把手を握って押す。
重かった。空でも重い。三十年ぶんの木の重さだった。
左の車輪が少しだけきしんだ。
――右に寄せろ。
リュカは焼け跡から崩れた梁を一本運んできて、荷車に載せた。
右に寄せて。
押した。
きしまなかった。
梁を路地の端の瓦礫の山まで運んだ。
下ろしてまた空き地に戻って、次の梁を載せた。
右に寄せて。
トトが坂の側の小路から下りてきて、荷車を見た。
「……ゴドの荷車じゃねえか」
「置いていった」
「下りたのか」
「下りた」
トトは火掻き棒を石垣に立てかけた。
しばらく荷車を見ていた。
それから、何も言わずに、荷車の反対側の把手を握った。
二人で押した。
路地の端の瓦礫の山まで梁を運んで下ろした。
空き地へ戻る途中でトトが言った。
「俺は下りねえぞ」
「……うん」
「訊いてねえけど言っとく」
トトは把手を握ったまま、前を向いていた。
「炉がある。親方が戻ってくるかどうかは分かんねえ。戻ってこなくても炉はある。石だから燃えなかった」
「うん」
「炉がある場所から鍛冶屋は動かねえ」
トトはそこで少しだけ笑った。
「親方の受け売りだけどな」
リュカは何も言わなかった。
右に寄せて梁を載せた。
トトがそれを見て首を傾げた。
「なんで右だ」
「左の軸が減ってるから」
「……ゴドが言ったのか」
「言った」
トトは左の車輪を見た。
それから、黙って右に寄せた梁をもう少しだけ右に押した。
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日が傾いてからミラが土間に来た。
イサの掌の布を替えて、それからリュカのほうを見た。
「上の子の腕見といたわ」
「はい」
「折れてなかったって、上の医者に言うように、言っておいた」
ミラは記録の束を膝に置いた。
「……あの子たち上で何を食べるのかしらね」
「上のものを」
「そうね」
ミラはそれ以上は言わなかった。
束の紐を結び直して、また外へ出ていった。
夜、宿の土間で鍋を煮た。
湯だった。今日はパンがなかった。
二十人を少し切るほどの椀が並んだ。
ゴドの椀はなかった。
子供たちの椀もなかった。
誰もそのことを口にしなかった。
イサが土間の隅で湯を吹いていた。
「……二人上に行ったね」
「三人です」
「ゴドもかい」
「ゴドさんも」
「そうかい」
イサは椀を両手で包んだ。
「あの荷車はどうするんだい」
「……俺が押します」
「あんたが」
「瓦礫を運ぶのに要るので」
イサは椀の湯を少し吹いた。
「そうかい」
それだけ言って湯を飲んだ。
ヴェスナが柄杓で湯をすくいながら、椀の数を数えていた。
唇が動いていた。
数え終えて、少しだけ柄杓を止めた。
それから、またすくいはじめた。
何人だったのかヴェスナは言わなかった。
リュカも数えなかった。
数えたら昨日の数と比べてしまう気がした。
「朝静かだったね」
ヴェスナが湯をすくいながら言った。
「荷車の音がしなかった。三十年、あの音で朝が来てたんだよ。がたがたって。路地の石畳があれでちょっとずつ減っていった」
「……明日は俺が押す」
リュカが言った。
「空き地の瓦礫を運ぶのに」
ヴェスナは柄杓を止めた。
「右に寄せな」
「……え」
「左の軸が減ってるんだよ、あれ。ゴドがずっと左に寄せて積んでたからね」
リュカはヴェスナを見た。
「知ってたんですか」
「三十年、隣に住んでりゃ分かるよ」
ヴェスナはまた湯をすくいはじめた。
「本人は知られてないと思ってたけどね」
ミラが土間に来ていた。イサの掌の布を替えていた。
上の子の布はもう替えなくてよかった。
ミラはイサの布を替え終えて、しばらく何もせずに座っていた。
それから、梁の上を見上げた。
セイルが今日聞いた音を順番に繰り返しはじめていた。
荷車のきしむ音。ゴドの「今日、下りる」。
籠の綱の音。
女の声。「私はこの子たちの母親の姉」。
ミラの声。「かざしたのよ、この子」。
上の子の声。「……拾ってるから」。
リュカは椀を持ったまま、胸に手を当てた。
シャツの下に白っぽい石があった。
リナンの声。子供の名前を二つ。
それから、「……上に行ったら、誰が呼ぶんでしょうね」。
リナンが椀を持つ手を止めた。
セイルは、それからザッハの声で話を始めた。
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ザッハの話の願わなかった一族のところでリナンがまた手を止めた。
話が終わってセイルが「一冊も売れん」と言ったあとミラが口を開いた。
「リュカ」
「はい」
「あの願わなかった一族の話。どう思う」
リュカは少し考えた。
「分からない」
「そう」
「嘘だと決める理由も、本当だと決める理由もない」
ミラは頷いた。
それから、リナンを見た。
「リナン」
「……はい」
「あの話のところでどうして、手を止めるの」
リナンは椀を膝の上に置いた。
少し考えていた。
「……願わなかった理由がどこにも書いてないのが」
そこで言うのをやめた。
ミラはそれ以上は訊かなかった。
リナンもそれ以上は言わなかった。
梁の上でセイルが首を傾げていた。
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屋根裏で横になった。
袋を枕の下に押し込んだ。二十四個。
シャツの胸に手を当てた。
白っぽい丸い石。片面に細い筋が一本。
三十個目。
一日目。あと九日。
子供の掌の温度は、もう残っていなかった。
自分の肌の温度になっていた。
三年、二十九個の石を同じように胸に入れてきた。十日ずつ。どれも宿らなかった。
この石も宿らないかもしれない。
宿らなかったら袋に入れる。二十五個目になる。
袋の中で二十四個の石と一緒にからからと鳴る。
それでいいと思った。
宿らなくても、この石はあの子が拾った石だ。
肌の温度のままだった。
――拾ってるから。
子供の声が耳の奥に残っていた。
三年、拾ってきた。
拾う理由を誰かに訊かれたら、綺麗だから、と答えてきた。
宿るのを待っているのだろうと皆に思われていた。
宿るのを待っていないとは言わなかった。待っていると、言ったこともなかった。
あの子はどちらとも言わなかった。
拾ってるからとだけ言った。
拾っている人に石を渡した。
それだけだった。
それだけのことが胸の上で温かかった。
下の土間でセイルがザッハの話を終えた。
「一冊も売れん」
それきり静かになった。
今日街から三人減った。
ゴドが一人。子供が二人。
減ったという言葉が正しいのかどうかは分からなかった。
死んだのではない。上へ行っただけだ。下へ行っただけだ。
それでも、明日の朝荷車の音はしない。空き地で石を並べる子供もいない。
いなくなった者をどう数えるのか。
数え方をまだ持っていなかった。
明日、数えたら何人いるのだろう。
リュカは数えずに目を閉じた。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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