一本と、五シャルド①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
「十だ」
詰所でドランが硬貨を数えて、リュカの掌に載せた。
十枚。
「昨日の荷の分だ。上の商会が今朝、払った」
「十」
「日当は四十だが荷が一つじゃ四十は出せん。上の商会と話して、一つで十にした」
リュカは掌の上の硬貨を見た。
懐の六枚と合わせて十六枚。
「今日も荷が一つある」
ドランは籠の脇の木箱を顎で示した。昨日上げた箱より一回り小さい。縄が十字に掛けてある。
「上の商会が下へ送り返す。中身は知らん」
「訊きません」
「分かってる」
ドランは籠の戸を開けた。
「今日も二度だ。下りと上り。昼までに戻れ」
「戻ります」
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籠が下りはじめてすぐ右手の違和感に気づいた。
投槍器の手元の革帯だった。
肩の袋に差したまま、柄を握っていた。握ったところがずれた。
袋から出して見た。
革帯の縫い目が一か所ほつれていた。
手首に巻きつける輪のつなぎ目。糸が二目ぶん切れて、革が浮いている。浮いたところから中の芯の木が少し覗いていた。
――昨日か。
違う。一昨日だ。
鎌翼に三本目を撃ったとき。石垣で跳ねさせるために腕を振り切った。いつもより手首を強く返した。
あのとき、ほつれはじめたのだ。
昨日は気づかなかった。今朝、朝の一巡を撃ったときも気づかなかった。
籠の中で握り直した拍子にずれた。
リュカは、ほつれたところを指の腹で押さえた。
固くなりかけた水ぶくれの下で革がぶかぶかと動いた。
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この革帯を自分で縫ったのは、三年前だった。
市の裏手で拾った投槍器は、革が切れていた。誰かが使えなくなって捨てたものだった。拾って直した。針は同じ市の裏手の古着の台の下に落ちていた太い針だった。糸は捨てられた麻袋をほどいた。
それから三年。
革帯がほつれたら、鍛冶場に持っていった。ザヴが直した。芯の交換と革帯の修理。月に一度払う。平均して百五十シャルド。
ザヴは上へ運ばれていった。
鍛冶場は炉しか残っていない。
――自分で縫う。
三年前と同じように。
針と糸はある。外套のポケットを縫い直すための太い針と蝋を引いた糸。
革を貼り直す膠が要る。
膠は温めないと溶けない。
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下の受け渡し場で荷を下ろした。
バルが荷札に印を押した。
「今日も一つか」
「一つです」
「籠が減ったな」
「減らしてるって」
「そうか」
バルはそれ以上は訊かなかった。
木札を受け取って、リュカは受け渡し場の外へ出た。
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市は昨日と同じだった。
屋根を張った台が何十と並んでいる。人が値を言い合っている。子供が走り回っている。
パンの台の前を通った。
三。
今日は十六枚ある。
パンなら五つ買える。杭なら三本。
杭は一本でいい。
一本買って十一。パンを二つ買って五。
五枚残れば、明日また下へ来られたら、下のパンを一つ買える。上のパンは七だから、上では一つも買えない。
――四なら。
杭が四なら十二残る。パンを三つ買っても三枚残る。
三枚あれば、明日下へ来られたら、パンがもう一つ買える。
リュカは金物の台のほうへ歩きながら、考えていた。
一シャルド。
一シャルドでパンは三分の一。
鍋に千切って入れれば、二十人の湯にパンの欠片がほんの少しだけ多く浮く。
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金物の台は市のいちばん奥にあった。
杭の束が昨日と同じ場所に立ててあった。
板の数字も昨日と同じだった。
五。
台の奥の男がリュカを見た。
昨日杭を見て、買わずに行った顔だと覚えているような目だった。
「……杭を」
「何本」
「一本」
「五だ」
リュカは懐に手を入れた。
硬貨を掴んだ。
掴んだまま口を開いた。
「……四になりませんか」
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男の手が止まった。
杭の束に伸ばしかけた手だった。
男はリュカの顔を見た。
それから、リュカの外套を見た。焦げた穴。煤の染み。
それから、焦げて反り返った靴を見た。
「四?」
声が大きかった。
「一本、五だ。焼ける前から五だ。上が焼けたからって、下の鉄の値段は変わらん」
「……一本だけなので」
「一本だからなんだ」
台の前を通りかかった女が足を止めた。
隣の台の男がこちらを見た。
「四にまけろってのは、一シャルド足りないってことか」
リュカは答えなかった。
「足りないなら買うな。金ができてから来い」
女がリュカを見ていた。
隣の台の男も見ていた。
焦げた外套の痩せた少年を。
一シャルドを値切って、断られた少年を。
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顔が熱くなった。
耳の後ろから首筋にかけて。
三年、値切ったことはなかった。
杭は五シャルド。火種石は二シャルド。パンは三シャルド。書いてある数を書いてあるとおりに払ってきた。
値切るのは数を変えることだ。
数を変えようとしたことがなかった。
今日初めて変えようとした。
変えようとして変わらなかった。
変わらなかったことより変えようとしたところを人に見られたことのほうが熱かった。
金がないと。
口に出して、言ったのと同じだった。
「……足ります」
リュカは言った。
声が自分でも分かるくらい小さかった。
「足りるならなんで値切る」
「……パンを」
言いかけてやめた。
パンをもう一つ買いたかった。
それをこの男に言う理由はなかった。
リュカは懐から硬貨を五枚出した。
台の上に置いた。
一枚ずつ。数えながら。
五枚。
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男は硬貨を見た。
それから、杭の束から一本を抜いた。
抜いて少しのあいだ手の中で転がしていた。
それから、もう一本抜きかけた。
抜きかけてやめた。
束に戻した。
一本だけをリュカに差し出した。
「……ほらよ」
リュカは受け取った。
細い鉄芯に木を巻いた指二本分の太さの棒。
新しい杭は巻いた木の色が明るかった。三年使ってきた杭とは色が違った。
「……ありがとうございます」
「礼はいい」
男は台の上の五枚を掌で掻き寄せた。
「次は値切るな。値切るならもっと上手くやれ」
リュカは頭を下げた。
台の前を離れた。
足を止めていた女はもういなかった。
隣の台の男は、自分の台に向き直っていた。
誰ももう見ていなかった。
それでも、首筋の熱はなかなか引かなかった。
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嘘つきの棚の前を通った。
椅子は空だった。
棚だけがあった。三段の古い本。背表紙の字は今日も読めない。
ザッハはいなかった。
どこへ行ったのかは分からなかった。
リュカは棚の前で少しだけ足を止めた。
昨日ここで笑いそうになった。
今日はここで値切って断られた。二つ隣の台で。
ザッハがいたら、見ていただろうか。
見ていたら、「あれはな」と何か言っただろうか。
――いなくてよかった。
そう思った。
思ってから少しだけいてほしかった気もした。
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パンの台に戻って、パンを二つ買った。
六シャルド。
十一枚から五枚になった。
パンを懐に入れた。外套の合わせ目の内側。昨日セイルが入っていた場所だ。
温かかった。焼いたばかりのパンだった。
――四だったら。
四だったら今六枚あった。
六枚あれば、明日下へ来られたら、パンが二つ買えた。
考えてやめた。
五だった。
五を払った。
杭は四十本になる。
それでいい。
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受け渡し場で籠を待った。
待つあいだ投槍器を出して、ほつれた革帯を見た。
縫う。
貼り直す。
膠が要る。
膠は地上層の市で買える。金物の台の隣の革の台で小さな欠片を量り売りしている。一欠片、一シャルド。
昨日、見た。
今日はもう買いに戻れなかった。
五枚しかない。一シャルドの膠を買えば四枚。明日のパンが一つ買えるかどうか。
――膠はある。
宿の土間に。ヴェスナが戸の蝶番を直すのに使っていた黒い膠の塊が竈の脇の崩れた壁の窪みに転がっているのを昨日見た。
あれを少しもらえばいい。
籠が上から下りてきた。
乗った。
籠が上がりはじめると、懐のパンの温かさが胸に広がった。
セイルは、昨日ここで綱の鳴る音を拾った。今日は誰も拾わない。
籠の格子の向こうを摩天楼の壁が下へ流れていく。
――足ります。
市で言った言葉が耳の奥に残っていた。
足りていなかった。一シャルド足りていなかった。
足りていないのに、足りると言った。
嘘ではなかった。五枚はあった。杭は買えた。
だが、パンを二つ買うには足りなかった。杭とパン二つと明日のパン一つ。全部を買うには足りなかった。
足りないものを足りると言った。
ザッハなら何と言っただろう。
――あれはな。
そう言いかけて、長すぎて誰も聞かない話を始めるのだろう。
籠は途中で一度速さを落とした。
ドランが止め木を引いたのだ。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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