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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 灰は軽く、風に乗る

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嘘と、棚③

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 日の高さを見た。


 まだ昼ではなかった。だが、朝でもなくなっていた。


 リュカは木箱から立ち上がった。


「荷を上げないと」


「行くのか」


「籠が昼までです」


「そうか」


 ザッハは椅子の上でまた身体を沈めた。


 それから、肩の鳥を指でつまんだ。


 鳥は嫌がらなかった。


 ザッハは、その鳥をリュカの前に突き出した。


「持っていけ」


「……え」


「持っていけ。こいつを」


「なんで」


「言ったろう。商売の邪魔だ」


「でも」


「お前はわしの話を最後まで聞いた。こいつは聞いた音を全部繰り返す。聞くやつのところにいたほうがこいつも繰り返しがいがある」


 ザッハは鳥をリュカの掌に載せた。


 軽かった。


 羽の下で小さな心臓が速く打っていた。


「名前は」


「ない」


「ない」


「つけたことがない。こいつはわしが名前を呼んでも、わしの声で名前を呼び返すだけだ。つけてもしょうがない」


 鳥が口を開いた。


「つけてもしょうがない」


 ザッハは手を振った。


 追い払う手つきだった。


「行け。昼までだろう」


---


 リュカは鳥を掌に載せたまま、立っていた。


 鳥はリュカの掌の上で首を傾げた。


 逃げなかった。


「……何を食べるんですか」


「虫。種。パンの屑。なんでも食う」


「パン」


「パンは上じゃ高いか」


「七シャルドです」


「七!」


 ザッハは目を剥いた。


「焼ける前は三だったろう」


「三でした」


「あれはな」


 ザッハはまた言いかけた。


 それからやめた。


「……いや。行け。この話は長い」


 リュカは頭を下げた。


 鳥を外套の胸の合わせ目の内側に入れた。鳥は少しもがいて、それからシャツの胸の青い石の脇に落ち着いた。


 温かかった。


 リュカは台の前を離れた。


 三歩行ったところで胸の合わせ目の内側から声がした。


「あれはなわしがまだ髭が顎の先までしかなかった頃の話だ」


 ザッハの声だった。


 振り返った。


 ザッハは椅子の上で髭を撚ったまま、こちらを見ていなかった。


 見ていなかったが口の端が上がっていた。


---


 受け渡し場に戻って、荷を背負った。


 十一貫。


 籠に乗った。


 籠が上がりはじめると、胸の内側で鳥が一度だけもがいた。


 それから、静かになった。


 上がっていく途中鳥が口を開いた。


 籠を吊る綱が鳴る音をそっくり繰り返した。


 それからバルの「さんは」を繰り返した。


 それから、金物の台の男の何も言わなかった沈黙を繰り返した。


 沈黙は繰り返しても沈黙だった。


 リュカは、胸の内側を服の上からそっと押さえた。


---


 詰所でドランが籠を止めた。


 荷を下ろした。


 ドランは荷札を見て、それからリュカの胸のふくらみを見た。


「……なんだそれは」


「鳥」


「鳥」


「下の市でもらいました」


「もらった」


「ザッハっていう人に」


 ドランは少しだけ眉を上げた。


「嘘つきの棚の爺さんか」


「知ってるんですか」


「知らんやつはおらん。下の市で四十年、誰にも聞かれん話をしとる爺さんだ」


 胸の内側で鳥が口を開いた。


「知らんやつはおらん」


 ドランの声だった。


 ドランは口を開けて閉じた。


 それから、何も言わずに、工具箱の蓋を閉めた。


 蓋を閉める手が少しだけ雑だった。


「……日当は明日だ」


「明日」


「上の商会が荷を受け取ってから払う。そういう約束になった」


「分かりました」


 リュカは坂を下りた。


 胸の内側で鳥が工具箱の蓋の閉まる音を繰り返した。


---


 宿の土間に戻ると鍋を煮ていた。


 今日もほとんど湯だった。昨日の鎌翼の骨をもう一度煮出していた。


 リナンが竈の前にしゃがんで、火の加減を見ていた。


 リュカは外套の合わせ目を開けた。


 鳥が顔を出した。


 リナンが振り返った。


 鳥を見た。


 しばらく何も言わなかった。


「……それ」


「鳥」


「どうしたんですか」


「もらった。下の市で」


 鳥がリュカの胸からぴょんと跳び出した。


 土間の床に下りて、首を傾げて、あたりを見回した。


 それから、翼を広げて跳んだ。


 土間の天井の焼け残った梁の上に止まった。


 高かった。


 リナンは梁を見上げた。


 見上げて少しだけ目を細めた。


「……高いところが好きなんですね」


 鳥が口を開いた。


「高いところが好きなんですね」


 リナンの声だった。


 リナンは目を丸くした。


 それから、口元を押さえた。


 押さえた手の下で肩が小さく震えた。


---


 ヴェスナが竈の脇から梁を見上げた。


「……なんだいあれは」


「鳥」


「鳥は見りゃ分かるよ」


「聞いた音をそっくり繰り返す」


「そんな鳥がいるもんかね」


 鳥が口を開いた。


「そんな鳥がいるもんかね」


 ヴェスナの声だった。


 ヴェスナは梁を見上げたまま、しばらく黙っていた。


 それから、腰に手を当てて言った。


「……羊だよ」


 鳥が口を開いた。


「羊だよ」


 ヴェスナは満足そうに頷いた。


「分かってるじゃないか」


 トトが土間の隅で壁に額をつけて、肩を震わせていた。


---


 鳥の世話はリナンがすることになった。


 誰が決めたわけでもなかった。


 鳥が梁の上から下りてこないので、リナンが焼け跡から拾ってきた欠けた皿に鍋の骨からこそげた屑を載せて、梁の下に置いた。


 鳥はしばらく見ていた。


 それから、梁から跳び下りて、皿の屑をつついた。


 つつき終わると、また梁の上に戻った。


 リナンは欠けた皿を拾い上げて、屑を足して、また置いた。


「籠要りますか」


 リナンが訊いた。


 トトが鍛冶場の焼け跡から焦げた鳥籠のような鉄の枠を持ってきた。何に使っていたものかは分からない。


 リナンはその枠を梁の下に置いた。


 鳥は枠を見下ろした。


 入らなかった。


 梁の上から動かなかった。


「……入らないですね」


「入らないな」


「高いところがいいんですね」


 鳥が口を開いた。


「高いところがいいんですね」


 リナンは今度は笑わなかった。


 梁の上の鳥をしばらく見上げていた。


---


「名前は」


 リナンが訊いた。


「ないって」


「ないんですか」


「つけてもしょうがないって。前の人の声で名前を呼び返すだけだからって」


 リナンは梁を見上げたまま、少し考えていた。


「……わたしの声で呼び返すなら」


 言いかけてやめた。


 鳥が口を開いた。


「わたしの声で呼び返すなら」


 リナンは困ったような顔をした。


 言いかけてやめた言葉まで鳥は全部拾っていた。


 リナンはしばらく梁を見上げていた。


 それから、小さな声で言った。


「……セイル」


 鳥は首を傾げた。


「セイル」


 もう一度言った。


 鳥が口を開いた。


「セイル」


 リナンの声だった。


 リナンは少しだけ頷いた。


「それでいいです」


「……なんでセイル」


 リュカが訊いた。


 リナンは梁から目を離さずに答えた。


「里の舟の帆の呼び方の一つです。風を受けて、そのまま形にするもの」


 鳥が口を開いた。


「風を受けて、そのまま形にするもの」


 リナンは今度は少しだけ笑った。


「……ほら」


 それで、鳥の名前はセイルになった。


---


 夜、屋根裏で横になった。


 下の土間からセイルが今日一日に聞いた音を順番に繰り返しているのがかすかに聞こえた。


 籠の鎖の軋み。バルの「さんは」。金物の台の男の沈黙。ザッハの「あれはな」。ドランの「知らんやつはおらん」。工具箱の蓋。リナンの「高いところが好きなんですね」。ヴェスナの「羊だよ」。


 それから、ザッハの声で長い話を始めた。


 南の塩の湖のほとりのある一族の話。


 代々願いを叶える石を見つけては、誰一人願わずに死んだ一族の話。


 セイルは一言一句違わず繰り返した。


 リュカは目を開けたまま、それを聞いていた。


 ――嘘だと思え。


 ザッハはそう言った。


 皆そう思っていると。


 リュカはそう思えなかった。


 嘘かどうか分からなかった。


 分からないものを嘘だと決める理由も、本当だと決める理由もなかった。


 シャツの胸に手を当てた。


 青い石。九日目。あと一日。


 肌の温度のままだった。


 セイルが止まっていた場所だけ少しだけ温かかった。


 懐の硬貨を数えた。


 六枚。


 杭は三十九本と折れた一本。


 日当は明日。


 ――明日杭を買いに行く。


 下の土間でセイルがザッハの声で話を終えた。


「理由はどこにも書いてなかった」


 それから、少しの間があって。


「一冊も売れん」


 それきり静かになった。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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