嘘と、棚②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
金物の台の二つ隣に妙な台があった。
屋根はある。だが、台の上に何も並んでいない。
並んでいるのは台の後ろだった。
棚だった。
古い木の棚が三段。その棚に本がぎっしり詰まっている。背表紙の字が読めない。読めないがどれも古いのは分かった。紙が茶色く焼けて、端が丸まっている。
棚の前に椅子が一つ。
椅子に老人が一人座っていた。
痩せていて、白い髭が胸まで伸びている。髭の先を指で撚っている。
その老人の肩に小さな鳥が一羽止まっていた。
灰色の掌に乗るくらいの鳥だった。
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「あれはな」
老人が言った。
リュカに向かって言ったのではなかった。誰に向かって言ったのでもない。台の前を通る人の流れに向かって、言っていた。
「あれはなわしがまだ髭が顎の先までしかなかった頃の話だ。わしは、北の浮島のそのまた北の名前のない岩場で一冬を過ごしたことがある」
台の前を人が通り過ぎていった。
誰も足を止めなかった。
「その岩場には、昔石がいくらでも採れる山があってな。掘っても掘っても石が出た。ところがある年からぱったり出なくなった。皆掘り尽くしたと言った」
老人は髭の先を撚った。
「掘り尽くしたんじゃない」
老人は少しだけ声を落とした。
「降らなくなっただけだ」
誰も聞いていなかった。
リュカは台の前で足を止めていた。
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「……降らなくなった」
リュカが言った。
老人が顔を上げた。
白い眉の下の目がリュカを見た。
しばらく見ていた。
「聞いてたのか」
「聞いてました」
「最初から?」
「北の浮島のそのまた北のから」
老人は目を丸くした。
それから、髭を撚る指を止めた。
「……お前変わってるな」
「そうですか」
「わしの話を最後まで聞くやつは、この市に一人もおらん。四十年、ここで話しとるが一人もだ」
「四十年」
「四十年だ」
老人は椅子の上で身体を少し起こした。
「座れ」
「荷が」
「荷は逃げん」
老人は台の脇の空の木箱を顎で示した。
リュカは少し迷った。
日の高さをもう一度見た。
まだ朝だった。
木箱に座った。
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「わしはザッハという」
「リュカです」
「リュカか。上の者だな。匂いで分かる。油と煤と」
「三番街です」
「焼けたところだ」
「焼けました」
ザッハはふんと鼻を鳴らした。
「あれはな」
また始まった。
「あれは焼けるべくして焼けたんだ。わしは二十年前にそう言った。三番街の結界は、端の端で細い柱一本で繋がっとる。あれが倒れたら、全部なくなるとな」
「……言ったんですか」
「言った。誰も聞かなかった」
ザッハの肩で灰色の鳥が首を傾げた。
それから口を開いた。
「言った。誰も聞かなかった」
ザッハの声だった。
声の高さも、息の混じり方も語尾の掠れ方も今ザッハが言ったのと寸分違わなかった。
リュカは鳥を見た。
鳥は何事もなかったように、また首を傾げていた。
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「……今の」
「こいつだ」
ザッハは肩の鳥を指で軽く突いた。
「聞いた音をそっくりそのまま繰り返す」
「そっくり」
「そっくりだ。わしが言ったことも。客が言ったことも。風の音も。台の脚がきしむ音も」
鳥が口を開いた。
「台の脚がきしむ音も」
ザッハの声だった。
それから、きいと台の脚がきしむ音を立てた。
本物の台の脚は動いていなかった。
リュカはしばらく鳥を見ていた。
「……すごい」
「すごくない」
ザッハは顔をしかめた。
「商売の邪魔だ」
「邪魔」
「わしが客に話をするだろう。客は聞かない。聞かずに行ってしまう。そこまではいい。いつものことだ。ところが客が三歩行ったところでこいつがわしの話を頭から全部もう一度やる」
「全部」
「全部だ。わしの声で。一言一句。客は振り返る。振り返ってわしを見る。わしは黙っとる。こいつがしゃべっとる。客は気味悪がって、もう二度と来ない」
鳥が口を開いた。
「客は気味悪がって、もう二度と来ない」
ザッハは鳥を睨んだ。
鳥は首を傾げた。
ちょうどそのとき、台の前を籠を提げた女が通りかかった。
ザッハが女に向かって、口を開いた。
「そこの。あれはなわしが」
女は足を止めなかった。
ザッハもそれ以上は言わなかった。慣れた様子で口を閉じた。
女が三歩行った。
鳥が口を開いた。
「そこの。あれはなわしが」
ザッハの声で。一言一句。
女が振り返った。
ザッハを見た。ザッハは口を閉じて、髭を撚っていた。
女はザッハの肩の鳥を見た。
鳥は首を傾げていた。
女は籠を胸に抱え直して、足を速めて行ってしまった。
「……な」
ザッハが言った。
「こういうことだ」
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リュカは口元を押さえた。
押さえた手の下で何かがこみ上げてきた。
笑いだった。
焼けてから自分が笑いそうになるのは、初めてだった。
ザッハがリュカを見た。
「笑ったな」
「……笑ってません」
「笑った。口の端が上がった」
「上がってません」
鳥が口を開いた。
「笑ってません」
リュカの声だった。
自分の声を外から聞くのは、初めてだった。
思っていたより低かった。思っていたよりぶっきらぼうだった。
リュカは口元を押さえたまま、下を向いた。
肩が震えた。
ザッハが髭を撚りながら、鼻を鳴らした。
「ほら、笑った」
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「あれはな」
ザッハがまた言った。
今度は、リュカに向かって言っていた。
「わしが若い頃南の塩の湖のほとりである一族の話を聞いた。代々星の降るのを追いかけとる一族でな」
リュカは顔を上げた。
「その一族は何代にもわたって、ある石を見つけとった。どんな願いでも、一つだけ叶える石だ」
「……願いを」
「そうだ。見つけた者は何でも願える。金でも命でも失くしたものでも」
ザッハは髭を撚る指を止めた。
「ところがその一族は誰一人として、願わなかった」
「……見つけたのに」
「見つけたのに。何代も。見つけては願わずに、そのまま死んだ」
「なんで」
「知らん」
ザッハはあっさり言った。
「理由はどこにも書いてなかった。一族の記録には、見つけた日と場所とそれから願わなかったとだけ書いてあったそうだ。代々同じ書き方で」
リュカは黙っていた。
市の喧騒が少し遠くなった気がした。
「嘘だと思うだろう」
「……分かりません」
「嘘だと思え。皆そう思っとる。わしの話は、全部嘘だとこの市の者は皆知っとる」
ザッハは背後の棚を親指で示した。
「この棚の本も全部嘘だと言われとる。わしが四十年かけて集めた。一冊も売れん」
鳥が口を開いた。
「一冊も売れん」
ザッハは鳥を見なかった。
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リュカは棚を見た。
背表紙の字は一つも読めない。
読めない本が三段ぎっしり並んでいる。
四十年ぶんの嘘。
「……読めません」
リュカは言った。
「字が読めないので」
「読めんのか」
「荷札の地名と数字だけです」
ザッハは、リュカの顔をしばらく見ていた。
それから、またふんと鼻を鳴らした。
「読めんやつに嘘つきの棚を見せても、しょうがないな」
「……嘘つきの棚」
「この市の者はそう呼んどる。わしの棚を」
ザッハは髭を撚った。
「わしは気に入っとる。嘘つきの棚。いい名だ」
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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