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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 灰は軽く、風に乗る

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幕間 「止め方を知る男」

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 夜の詰所は音が少ない。


 昼間なら坂を上がってくる足音がある。荷を下ろす音がある。運賃を数える硬貨の音がある。柱に打ちつけた板の前で読めない字を読もうとする者のため息がある。


 夜はどれもない。


 あるのは綱の音だけだ。


 籠は止まっている。止まっていても綱は鳴る。摩天楼の腹の中を吹き抜ける風が上から下まで張った三本の綱をわずかに震わせる。


 ドランは籠の下に潜っていた。


 油皿を一つ底板の脇に置いてある。その灯りで留め具を一つずつ確かめていく。


 締める。叩く。音を聞く。


 詰まった鈍い音ならそれでいい。


 澄んだ音がしたら緩んでいる。


---


 四十四になった。


 この籠の下に潜るようになって、十一年になる。


 最初の年潜り方が分からなかった。頭から入って、肩がつかえて、出られなくなった。爺さんに足首を掴まれて、引きずり出された。


「足から入れ」


 爺さんはそれしか言わなかった。


 足から入ると、肩がつかえなかった。出るときも、足で底板を押せば身体が滑って出てくる。


 当たり前のことだった。


 当たり前のことを爺さんは一つずつそれしか言わないやり方で教えた。


---


 爺さんの名前をドランは知らない。


 知らないというのは正確ではない。聞いたことはある。一度だけ。最初の日に爺さんが名乗った。


 だが、呼んだことがなかった。


 爺さんは爺さんだった。詰所の爺さん。籠の爺さん。三番街の者は皆そう呼んでいた。ドランもそう呼んだ。


 呼ばないでいるうちに、名前のほうを忘れた。


 忘れたことに気づいたのは、爺さんが来なくなってからだった。


---


 爺さんは籠を動かすことについて、ほとんど何も教えなかった。


 動かし方は見ていれば分かる。巻き上げの輪を回せば上がる。止め木を外せば重さで下りる。三日も見ていれば、子供でも覚える。


 爺さんが教えたのは止め方だった。


 最初の日に最初に教えた。


「上げるより下ろすほうが怖い」


 爺さんは止め木の柄を握って言った。


「上げるのは綱が引っ張ってくれる。下ろすのは重さに任せる。任せたものは勝手に速くなる」


「はい」


「だから、止め方を覚えろ。動かし方は誰でも覚える」


 爺さんは止め木の柄を少しだけ引いた。


 籠の下りる速さが目に見えて落ちた。


 もう少し引いた。籠が止まった。


 音はほとんどしなかった。


「止め方を知ってるやつが金を取れる」


 ドランはその言葉をそのまま覚えた。


 覚えて十一年そのまま使っている。


---


 止め木の引き方を覚えるのに、一年かかった。


 引きすぎると籠が跳ねる。跳ねると荷が崩れる。人が乗っていれば膝を打つ。


 引き足りないと止まらない。止まらなければ、下の受け渡し場の床に籠ごと落ちる。


 ちょうどいいところは、荷によって違った。


 重い荷の日は早めに長く引く。軽い荷の日は遅めに短く。人が乗っている日は、人の数ではなく人の重さで決める。


 荷を見れば、引き方が分かるようになった。


 二年目には籠が下りてくる音を聞けば止め木に手をかける前に、どのくらい引けばいいか分かるようになった。


 爺さんはそれを見て、何も言わなかった。


 何も言わないことがいちばん上の褒め方だとあとで分かった。


---


 工具箱は二つあった。


 一つは爺さんの。一つは、ドランが来た年に爺さんが古い木箱に取っ手をつけて作ってくれたもの。


 爺さんの箱には、鉄棒と油壺と鑢が三本とドランがまだ触らせてもらえない道具がいくつか入っていた。


 ある朝爺さんが来なかった。


 詰所の柱に爺さんの外套が掛かっていなかった。籠は前の晩に止めたときのまま、穴の上で止まっていた。


 爺さんの工具箱もなかった。


 三日待った。


 十日待った。


 誰も爺さんがどこへ行ったのか知らなかった。上へ行ったのか下へ行ったのか。籠に乗って行ったのか坂を下りて行ったのか。


 籠の綱の音は、爺さんがいたときと同じだった。


 ドランは自分の工具箱を開けて、鉄棒を出して、留め具を叩いた。


 澄んだ音がした。


 締めた。


 詰まった音になった。


 それから、ドランが籠の爺さんになった。


 まだ三十三だったが三番街の者は、しばらく籠の爺さんの代わりのと呼んだ。そのうちただドランさんと呼ぶようになった。


 名前で呼ばれるようになったのは、爺さんが名前で呼ばれなかったからだとドランは思っている。


---


 荷運びを雇ったのは、爺さんが来なくなって一年目の春だった。


 一人では荷を籠に積んで、止め木を握って、下の受け渡し場で荷を下ろすまでが回らなかった。


 最初に雇ったのは、二番街の若い男だった。力があった。半年で辞めた。籠の中で揺れるのがどうしても駄目だったらしい。


 二人目は三番街の中年の男だった。一年続いた。地上層に仕事を見つけて、降りたまま戻らなかった。


 三人目は日当が安いと言って、ひと月で辞めた。


 四人目は上から来た男だった。上の商会の荷を中身を訊かずに運べなかった。訊いて怒鳴られて辞めた。


 五人目は女だった。よく働いた。二年目の冬に嫁いで上へ行った。


 六人目は何も言わずに、来なくなった。


 十年で六人だった。


 六人とも籠の動かし方は覚えた。


 止め方を覚えた者は一人もいなかった。


 教えなかったからだ。


 止め方は辞めない者にしか教えない。爺さんがそうだった。爺さんはドランが一年いて、二年目に入ってから止め木の柄を初めて握らせた。


---


 七人目を雇ったのは三年前だ。


 十二の子供だった。


 痩せていて爪の間が黒かった。市の裏手で捨てられた投槍器の革を縫い直しているのを一度、見かけた。


 半月ほどしてまた見かけた。


 同じ場所に座っていた。杭は持っていなかった。直し終えた投槍器を使う当てもないまま、膝の上に置いていた。


 ドランはその前で足を止めた。


「働くか」


 それだけ訊いた。


 子供は顔を上げて、しばらくドランを見ていた。


 それから頷いた。


 なぜ訊いたのかをドランは誰にも言っていない。


 訊かれたこともない。


 名前はその日に聞いた。リュカと子供は言った。姓も言ったような気がするがドランは覚えていない。


 宿の婆さんのところへ連れていって、屋根裏を貸してやってくれと頼んだ。リュカだと一度だけ言った。


 それから三年坊主と呼んでいる。


---


 三年経った。


 子供は十五になった。


 辞めなかった。


 荷の積み方を一度教えたら、二度目からは自分で考えるようになった。重いものを下に。軽いものを上に。折れるものは壁に立てかけて、別に縄を掛ける。


 縄の結び方は、ドランが教えたものではなかった。片手で解ける結び方を自分で考えていた。


 留め具の音を聞き分けるようになった。


「音が違う」


 去年の冬の朝子供がそう言って、籠の留め具を一つ指さした。ドランが弾くと澄んだ音がした。前の日にはしなかった音だった。


 ドランより先に気づいた。


 二年と少しでドランより先に。


 その冬からドランは、止め方の話をするようになった。


 上げるより下ろすほうが怖い。動かし方は誰でも覚える。止め方を知ってるやつが金を取れる。


 爺さんの言葉をそのまま。


 この春にもした。


 ついこのあいだ北東の留め具の緩みを子供がまた音で言い当てた朝にもした。


 子供はその三度目に聞いたとき、「三度目だ」と言った。


 いつ聞いたか全部覚えていた。


 去年の冬に一度。春に一度。今。


 数えていたのだとドランは思った。


 この子は数える。杭を数えて、歩数を数えて、聞いた言葉の回数まで数える。


 数える者は辞めない。


 辞めない者にしか止め方は教えない。


 止め木の柄はまだ握らせていない。


---


 籠の下で最後の留め具を叩いた。


 詰まった鈍い音がした。


 それでいい。


 ドランは足で底板を押して、籠の下から滑り出た。


 足から入って足から出る。


 爺さんに引きずり出されてから十一年、一度も肩をつかえたことがない。


 油皿を拾い上げて、詰所の柱のほうを見た。


 柱に板が一枚打ちつけてある。片道、四百。自分で書いた字だ。


 板を打ちつけてから二日で何人かがその前で足を止めて、引き返していった。


 何人かが四百を置いて、籠に乗った。


 籠を止めるのはドランの仕事だった。


 乗せるか乗せないかを決めるのは、板の字と置かれた袋の重さだった。


 ドランは字を書いて、袋の重さを量って、止め木を握るだけだった。


 それだけのことで籠に乗れる者と乗れない者が分かれた。


 四百を取らなければ籠は止まる。


 籠を上げる巻き上げの輪の芯には、石が一つ嵌めてある。循環石だ。星の光を浴びれば、また力が戻る石。だが、この街の空は摩天楼の腹に塞がれていて、星はほとんど見えない。


 だから、力の戻った石を上から買う。石は運んでこないと入らない。運ぶのはこの籠だ。


 焼けてから上から石が下りてこない。


 芯の石は少しずつ弱っている。


 巻き上げの輪を回すたびに手に返ってくる重さで分かる。昨日より今日のほうがほんのわずかに重い。


 誰にも言っていない。


 あの夜、化け物どもは籠にも綱にも触らなかった。


 ドランは詰所の戸を閉めて、籠の芯の脇で化け物どもがいなくなるまで綱の音を聞いていた。音は一度も変わらなかった。


 化け物に壊されなかった籠が今石が尽きて止まろうとしている。


---


 詰所の脇の石の上を見た。


 昼間、そこに老人が一人座っている。


 坂の途中の家の老人だ。倅が二十年前に上へ行ったきりだと聞いた。焼けてから毎朝来て、籠が来るたびに顔を上げて、最後の籠が行くと杖をついて坂を下りていく。


 ドランは老人に声をかけたことがない。


 老人もドランに何も言わなかった。


 二十年前なら、籠を動かしていたのは爺さんだった。


 爺さんがその倅を乗せて、止め木を握ったのだ。


 ドランは油皿の火を指で摘んで消した。


 暗くなった。


 綱の音だけが残った。


 低くも高くもない音。十一年、毎朝毎晩聞いてきた音。


 今夜の音も、昨日とほとんど変わらなかった。


 ほとんどだ。


 ドランは、暗がりの中で綱のほうに顔を向けた。


 耳を澄ませた。


 しばらくして、首を振った。


 ――明日の朝いちばんに聞く。


 工具箱の蓋を閉めた。


 一つしかない工具箱だった。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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