台所と、空の棚①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
とん。
杭が二十歩の的に刺さった。
音が空き地に一度だけ響いて消えた。
リュカは投槍器を下ろした。
五日ぶりだった。
焼けてから一度も撃っていなかった。名簿の日もそれからの三日も。瓦を運んで、梁をどかして、日が暮れたら屋根裏で横になった。杭の袋は壁際に立てかけたままだった。
今朝、梯子を降りるとき、手が勝手に袋を掴んでいた。
三段目が鳴った。
空き地に来て、袋を下ろして、四十本を並べた。並べ終えてから並べたことに気づいた。
それで撃った。
一本目は、二十歩の的の窪みから指一本ぶん右に刺さった。
――ずれてる。
五日でずれた。
二本目を番えた。
指の腹の水ぶくれは潰れずに、固くなりかけていた。ミラに言われたとおり潰さなかった。投槍器の柄を握ると、固くなった皮が柄の溝に当たって、少しだけ引きつった。
二本目は窪みに入った。
三本目も。
四本目で三十五歩の的に移った。
とん。
とん。
少し間があってまたとん。
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一巡を撃ち終えて、杭を拾いに行った。
二十歩。三十五歩。五十歩。
抜いて袋に戻す。四十本。数えた。
折れた杭はなかった。トトが巻き直した杭だ。六百本と今朝の四十本。まだ一本も折れていない。
戻る途中で宿のほうを見た。
傾いた建物の焼け残った土間の戸口にリナンが立っていた。
こちらを見ていた。
目が合うと少しだけ頭を下げて、土間の中へ戻っていった。
宿はもともと三階建てだった。三階は使っていなかった。床が抜けているとヴェスナが言っていた。今はその使っていなかった三階も、二階ごと東へ傾いている。
屋根の残った半分の下に屋根裏がある。
その屋根裏から毎朝梯子を降りてきた。
今朝も降りてきた。
撃つ音が戻った。
それだけのことだった。
宿へ戻る途中路地の入り口のほうに目をやった。
あの夜、投げた石が三つ落ちているはずの場所だ。
瓦と梁は、この五日で路地の端に寄せられていた。寄せられた山のどこかに混じっているのかもしれない。まだ石畳の上にあるのかもしれない。
灰色の角の取れたもの。青みがかった平たいもの。尖ったもの。
形は覚えている。
探せば見つかる。
リュカは立ち止まらなかった。
宿の戸口の近くに落ちたもう一つも、探さなかった。
五つ目は、焼けていない物の山の上にまだある。壺の底と鉄の器のあいだに。
あれを置いた日から五日。
誰もあの石をどかしていなかった。
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土間に戻ると、ヴェスナが竈の前にしゃがんでいた。
竈は崩れていた。
土間の東の半分は、焼け落ちた一階の床板と上から落ちてきた梁で埋まっている。竈はその境目にあった。上から落ちたものに押されて、石が三つ外れて転がっていた。
ヴェスナは、転がった石を一つずつ拾い上げては元の場所に据え直していた。
腰に片手を当てたまま。
「婆さん」
「なんだい」
「手伝う」
「重いのだけでいい」
リュカは、いちばん大きい石を持ち上げた。竈の奥の火を受ける壁になっていた石だ。煤で黒い。
ヴェスナが指さした場所に据えた。
傾いていた。
ヴェスナは黙って、小さい石を一つ下に噛ませた。
傾きが直った。
「……それでいい」
竈の形が戻った。
戻ったが火は入っていなかった。
三年、毎朝この竈で湯が沸いていた。
リュカが梯子を降りる頃には、もう沸いていた。ヴェスナは日が昇る前に起きる。湯を沸かして、土間を掃いて、店先を掃いて、路地まで掃く。
焼けてから五日。
湯は一度も沸いていなかった。
湯はないよとヴェスナは毎朝言った。言うたびに声が少しずつ低くなっていった。
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「火種石は」
リュカが訊いた。
「ないよ」
ヴェスナは、竈の口を覗き込んだまま言った。
「棚に二つあった。焼けたのか割れたのか。探したけどなかった」
土間の奥に台所がある。
あったと言うべきかもしれなかった。
台所は土間の東の奥にあった。焼け落ちた側だ。
リュカは梁の隙間から中を覗いた。
壁に棚が三段残っていた。
棚そのものは焼け残っていた。板が焦げて、黒く縮れているが形はある。
棚の上には何もなかった。
壺も瓶も袋も。
上の段の端に割れた壺の底が一つ載っているだけだった。
「空だね」
ヴェスナがリュカの後ろから言った。
「……うん」
「豆が半袋あったんだよ。干し魚が三枚。油が壺に三合くらい。塩も」
ヴェスナは指を折りながら言った。
折った指をゆっくり戻した。
「全部あったんだ。あの日の朝までは」
リュカは棚を見ていた。
空の棚は何かがあった形のまま、残っていた。
壺の底の丸い跡が焦げた板の上に白く抜けていた。ここに壺があったと分かる跡だった。
跡だけが残っていた。
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懐の硬貨を数えた。
屋根裏の板の隙間に隠していた分と懐に入れていた分。
合わせて十七枚。
焼けた日にもらった日当とそれまでの残り。そこから焼けてから四日でパンを何度か買った。
残りがこれだった。
焼けてから日当は一度も出ていない。荷がないからだ。ドランは荷はまだないと言った。明日もたぶんないと。
パンは、詰所の脇で上から来た男が売っている。
一つ七シャルド。
前は三シャルドだった。
昨日一つ買った。ヴェスナとリナンと三人で分けた。
十七枚ではパンが二つ。
――二つ。
三人で二日。
その先はない。
リュカは硬貨を懐に戻した。
「火種石買ってくる」
「いくらだい」
「二つで四」
「……頼むよ」
土間の戸口にリナンが立っていた。
さっき空き地を見ていたときと同じ場所だった。
「撃つの聞こえました」
「うん」
「……五日ぶりですね」
「五日ぶり」
リナンは少しだけ頷いた。
それ以上は何も言わなかった。
ヴェスナは竈の前に座り直した。
何も入っていない竈の口をしばらく見ていた。
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路地でイサに会った。
布を巻いた手で桶を提げていた。桶の中には水ではなく袋が入っていた。
「坊主」
「うん」
「宿の婆さん竈は」
「直した。火種石買いに行く」
「そうかい」
イサは桶の中の袋を顎で示した。
「うちの豆だよ。一袋、残ってた」
「……」
「うちの竈は崩れてないけどね。一人で煮てもしょうがない」
リュカは、何と言えばいいのか分からなかった。
「婆さんに持ってく」
イサはそう言って、宿のほうへ歩いていった。
リュカはその背中を少しだけ見ていた。
それから、坂の側の小路へ入った。
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詰所の前に列ができていた。
十人ほど。荷を背負った者子供の手を引いた者。
柱に板が一枚打ちつけてあった。墨の字。読めない。だが数字は読める。四百。
昨日から運賃を取っている。
列の端の石の上に老人が一人座っていた。杖を脇に立てかけて、膝の上で手を組んで、籠の穴のほうを見ていた。
荷は何も持っていなかった。
リュカはその老人の顔を知っていた。坂の途中の家の人だ。三年、荷を担いで坂を上るたびにその家の前を通った。戸口に座っているのを何度か見た。
名前は知らない。
今は戸口ではなく詰所の脇に座っていた。
籠の下から脚が二本出ていた。
ドランの脚だった。籠の底に潜って、何かを締めている。
「ドランさん」
「坊主か」
脚が動いて、ドランが籠の下から顔を出した。煤は落ちていた。前腕の切り傷に布が巻いてある。
「荷は」
「まだだ」
「明日は」
「たぶんまだだ」
ドランはそれだけ言って、また籠の下に潜った。
リュカは、しばらく籠の下から出ている脚を見ていた。
それから、パン売りの隣で火種石を並べている男から火種石を二つ買った。四シャルド。
十三枚になった。
帰りにパン売りの前を通った。
パンが五つ並んでいた。値札の字は読めない。だが数字は読める。七。
台の前でリュカは足を止めなかった。
止めたら買ってしまいそうだった。
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土間に戻ると人が増えていた。
イサが竈の脇に豆の袋を置いていた。
その隣に西の横丁の女が立っていた。リナンが子供を預けた人だ。手に干し魚を二枚持っていた。
「うちの人が焼け跡から拾ってきた。焦げてるけど食べられる」
女の後ろに子供が二人いた。
広場の家の子だった。上の子は左腕に布を巻いていた。下の子は女の外套の裾を掴んでいた。
リナンが土間の奥から出てきた。
子供を見て二人の名前を呼んだ。
下の子が女の裾を離して、リナンのところへ駆けていった。
リュカはその名前を初めて聞いた。
聞いて覚えようとした。
覚えられるかどうかは分からなかった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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