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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 灰は軽く、風に乗る

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52/161

幕間 「籠を待つ列」

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 坂を二つ上がると詰所がある。


 詰所といっても、屋根と柱があるだけの小屋だ。その奥に街の外壁をくり抜いたような四角い穴が開いていて、穴の中に鉄の籠が下りてくる。


 柱に板が一枚打ちつけてあった。


 街が焼ける前にはなかった板だ。


 墨で字が書いてある。


 読める者は、列の中に二人か三人しかいなかった。


---


「なんて書いてあるんだい」


 列の後ろのほうで女が訊いた。


 前にいた男が振り返らずに答えた。


「片道、四百」


「……四百」


「昨日までは取らなかったのにね」


「三日だけだって、言ってたらしいよ」


「言ってたかい」


「知らないよ。そう聞いた」


 女はそれきり黙った。


 腕に布包みを一つ抱えていた。着替えと鍋とあとは何か。何が入っているのかは、女にしか分からない。


---


 列は坂の上から坂の途中まで伸びていた。


 二十人かそれより少し多い。


 荷を背負っている者。子供の手を引いている者。何も持っていない者。


 並んでいる順番は来た順番だった。誰が決めたわけでもない。先に来た者が前に立って、後から来た者が後ろに立った。


 三番街の人間は籠に乗らない。


 乗るのは荷運びと上から降りてくる者だけだ。生まれてから一度も籠に乗ったことがない者のほうがずっと多い。


 この列にいるのも、ほとんどがそういう者たちだった。


 籠の中がどうなっているのか知らない。上がどうなっているのかも、下がどうなっているのかも知らない。


 知らないところへ行くために並んでいた。


---


 列のいちばん前で若い男が布袋の口を開けていた。


 中身を掌の上に空ける。


 銅貨だった。一枚ずつ指で弾くようにして数えている。唇が動いていた。声は出していない。


 隣に女が立っていた。腹が少し大きかった。


 男の指が止まった。


 もう一度、最初から数えはじめた。


 女は男の手元を見なかった。坂の下を見ていた。


 坂の下には三番街がある。今は屋根がほとんどない。


 男が息を吐いた。


「……八百」


 女が男を見た。


「八百ある」


「……そう」


「二人ぶんある」


 男は銅貨を布袋に戻した。一枚ずつ落とさないように。


 女はそれを見ていた。


 見ていてそれからまた坂の下に目を戻した。


 八百は、二人が十日ずつ働いてためる額だった。


 それが籠一回でなくなる。


 男は布袋の口を固く縛った。


---


 列の真ん中あたりに母親と子供がいた。


 子供は五つか六つ。母親の外套の裾を掴んでいた。


「まだ?」


「まだ」


「籠、来ないの」


「来るよ」


「いつ」


「……もうすぐ」


 母親は懐から小さな袋を出した。


 振った。


 音が軽かった。


 母親は袋を開けなかった。開けなくても、中にいくらあるのかは知っていたからだ。


 袋を懐に戻した。


 しばらくして、母親は子供の手を引いて、列から外れた。


 後ろに並んでいた者が一歩ずつ前へ詰めた。


 誰も何も言わなかった。


 子供が振り返って籠の穴を見た。


「乗らないの」


「今日は乗らない」


「明日は」


「……明日もたぶん」


 母親は坂を下りていった。


 子供は何度も振り返った。


---


「上に行ってどうすんだい」


 列の後ろで年配の男が言った。誰に言ったのでもない。


「知り合いがいるんだよ」


 前の女が答えた。


「上に?」


「上に。姉さんの嫁ぎ先が」


「泊めてくれるのかい」


「分からないよ。行ってみないと」


「行って断られたら」


「……」


「帰りの四百はあるのかい」


 女は答えなかった。


 布包みを抱え直した。


「下へ行く者もいるんだろ」


 別の男が言った。


「地上層へ」


「地上層は広いって聞くよ。仕事もあるって」


「ここよりあるだろうね」


「ここよりないところなんかあるもんか」


 笑った者はいなかった。


---


 籠の穴のずっと上のほうで何かが動く気配がした。


 穴の奥の暗がりで太い綱が震えた。


 列が少しだけざわめいた。


「来るのかい」


「来る」


「上からかい下からかい」


「さあ」


 誰にも分からなかった。


 籠が上から来るのか下から来るのか。


 どちらへ行く籠なのか。


 それを知っているのは、籠を動かしている者だけだった。


---


 列のいちばん端に老人が一人座っていた。


 石の上に腰を下ろして、膝の上で両手を組んでいる。


 荷は何も持っていなかった。


 布袋もない。包みもない。杖だけが脇に立てかけてあった。


 老人は四日前から毎朝ここに来ていた。


 籠が来るたびに顔を上げた。


 乗る者が乗り籠が行ってしまうとまた顔を下ろした。


 自分は乗らなかった。


 列に並んでいる者の何人かは、それに気づいていた。


「爺さん」


 布包みの女が声をかけた。


「乗らないのかい」


「乗らん」


「じゃあなんで並んでるんだい」


「並んでない。座ってるだけだ」


「……ここに?」


「ここに」


 女は老人の顔を見た。


 煤はついていなかった。焼けた家から逃げてきた顔ではなかった。


「家は」


「坂の途中だ。焼けなかった」


「じゃあなんで」


 老人は、組んだ手の指をゆっくり組み替えた。


「倅が上にいる」


「……会いに行くのかい」


「行かん」


「なんで」


「四百ない」


 老人はそれだけ言った。


「あっても行かんかもしれん」


「どうして」


「行って倅が困ったら困る」


 女は何か言おうとしてやめた。


 老人はまた穴のほうを見た。


「倅は籠で上に行った。二十年前だ。それから、一度も下りてきてない」


「……」


「下りてくるなら、ここから下りてくる」


 老人は籠の穴を顎で示した。


「だから、ここに座ってる」


---


 綱の震えが大きくなった。


 穴の奥から鉄の擦れる音がした。


 籠が下から上がってきた。


 鉄の格子が穴の縁に並んだ。


 籠の中に人が乗っていた。


 地上層から上がってきた者たちだった。荷を担いだ見たことのない顔の荷運びが一人。見慣れない服の男が二人。


 籠の戸が開いて、三人が降りてきた。


 荷運びは荷を担いだまま、詰所の脇を抜けて、坂を下りていった。地上層の荷運びなのだろう。この坂を上り下りする顔ではなかった。


 見慣れない服の男たちは坂の上に立って、下の三番街を見下ろした。


 しばらく見ていた。


 何か言い交わした。何を言ったのかは聞こえなかった。


 それから、二人ともまた籠に乗り込んだ。


 降りてきて、見てそれで終わりだった。


「……見物かい」


 布包みの女が呟いた。


 誰も答えなかった。


---


 列の前のほうが動いた。


 八百を数えた若い男が女の手を引いて、籠の戸へ向かった。


 詰所の柱の脇に木の台が一つ置いてある。


 男は布袋の口を解いて、布袋ごと台の上に置いた。


 袋は台の上から詰所の奥の暗がりへ引き取られた。


 しばらくして、空になった袋だけが台の上に戻ってきた。


 そのあいだ男はずっと女の手を握っていた。


 女は籠の中を見ていた。


 初めて乗る籠だった。


 鉄の格子の向こうに何があるのか見ようとしていた。


 数え終わった。


 二人は籠に乗った。


 列の何人かがその背中を見ていた。


 見ていて自分の懐にそっと手を当てていた。


---


 籠が行くと列は少し短くなった。


 短くなった分だけみんな前へ詰めた。


 詰めてからまた待った。


 老人は座ったままだった。


 籠が来るたびに顔を上げて、降りてくる者の顔を一人ずつ見た。


 知っている顔はなかった。


 今日もなかった。


「爺さん、倅の顔覚えてるのかい」


 布包みの女がまた訊いた。


「覚えてる」


「二十年だろ」


「二十年でも覚えてる」


「向こうは爺さんの顔覚えてるかね」


 老人は少しだけ笑った。


「さあな」


 それだけ言って、また穴のほうを見た。


---


 昼を過ぎて、布包みの女の番が来た。


 女は懐から布の袋を出した。


 中を数えた。


 数えてもう一度数えた。


 三度目に数えたとき、女の手が止まった。


 列の後ろから誰かが小さく咳払いをした。


 女は振り返らなかった。


 袋を柱の脇の台の上に置いた。


 袋は詰所の奥の暗がりへ引き取られた。


 しばらくして、袋は台の上に戻ってきた。


 空になっていなかった。


 女は袋を手に取って、重さを確かめた。


 出したときと同じ重さだった。


 それで分かった。


 女は袋を懐に戻して、列から外れた。


 布包みを抱えたまま、坂の途中の老人の隣まで歩いてきて、そこで立ち止まった。


「……足りなかった」


 誰に言うのでもなく言った。


「三十足りなかった」


 老人は何も言わなかった。


 女は老人の隣の石に腰を下ろした。


 布包みを膝の上に置いた。


 二人並んで穴のほうを見た。


---


 日が傾くまでに籠は何度か上がって、何度か下りた。


 乗った者が何人かいた。


 乗れなかった者が何人かいた。


 乗れなかった者の何人かは、坂を下りていった。


 何人かは坂の途中に座った。


 明日また並ぶのか並ばないのか。


 それは、座っている者にもまだ分からなかった。


 噂が一つ列の中を回った。


 翼人の娘は上に帰らないらしい。


 宿の婆さんと焼けた土間で寝ているらしい。


 石拾いの坊主も残るらしい。


「残ってどうすんだい」


「知らないよ」


「上から来た子なのに」


「上から来たから帰らないのかもしれないね」


「どういうことだい」


「……さあ」


 噂はそこで途切れた。


 誰も続きを持っていなかった。


---


 最後の籠が行ったあと老人は杖を取って、立ち上がった。


 膝が少し鳴った。


「明日も来るのかい」


 布包みの女が訊いた。


「来る」


「倅は下りてこないかもしれないよ」


「かもしれんな」


「それでも」


「それでも、ここから下りてくるならここだ」


 老人は杖をついて、坂を下りはじめた。


 女はしばらく座ったまま、その背中を見ていた。


 それから、布包みを抱えて、立ち上がった。


 どこへ帰るのか女はまだ決めていなかった。


 坂の上から三番街が見えた。


 屋根のない家が並んでいた。


 その中の何軒かに灯りが点きはじめていた。


---


 老人は、それからも毎朝詰所の脇に座った。


 籠が来るたびに顔を上げて、降りてくる者の顔を見た。


 倅が下りてきたかどうかをこの列の誰も、確かめなかった。


 確かめる前に、列に並ぶ者の顔ぶれが少しずつ変わっていった。


 老人が詰所の脇に座らなくなる日のことをまだ誰も知らない。


 知っていたとしても、たぶん誰もその名前を訊かなかった。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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