灰と、軽さ③
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
黙っていると、リュカくんの手の中の袋が目に入った。
「リュカくん」
「うん」
「石減ってますね」
毎日、からからと鳴っていた袋だった。宿の階段ですれ違うとき、空き地で杭を拾うとき。いつも同じ音がしていた。
さっき鳴りかけた音が違った。
少し軽かった。
「五つ投げた」
「効きましたか」
「効かなかった」
「そうですか」
効かなかったと言う声がいつもと同じだった。
荷の数を言うときと同じ声。
リナンは膝を抱えた。
焼けた翼の先が地面についた。
――わたしも。
わたしも効かなかった。
翼で庇った。二度、打たれた。それしかできなかった。
燃える板が落ちてきたときも、翼を広げることしかできなかった。
もし。
「わたし飛べたら」
言いかけてやめた。
飛べたら子供を抱えて、上へ行けた。
飛べたら上からあの人がどこにいるか見えた。
飛べたら声のするほうへ壁も火も越えて行けた。
――でも飛ばない。
飛べないじゃなくて。飛ばない。
理由はない。
理由がないことは説明できない。
だから、続きを言わなかった。
リュカくんは待っていた。
続きを言うのを待っているのが分かった。急かさないでただ待っていた。
石が宿るのを十日待つと前に言っていた。それを何十回もやってきたと。
この人は待つのが上手いのだと思った。
リナンは続きを言わなかった。
リュカくんも何も言わなかった。
訊かなかった。
---
――訊かないんだ。
リナンは膝を抱えたまま、それを思った。
半月前に屋根から落ちたときも。飛ばないんですと言ったときも。この人はそれ以上訊かなかった。
そうかと言って、それで終わりにした。
里では皆、訊いた。
どうして飛ばないの。どこか痛いの。怖いの。昨日まで飛べたのに。
訊いて答えられないと分かると、今度は訊かなくなった。
訊かなくなって、見るようになった。
網小屋の前のあの年寄りを見ないようにするのと同じ目で。
この人は最初から訊かない。
見ないようにもしない。
――石が宿らないんだこの人は。
知っていた。三番街の人たちがそう言っていた。三年、何十も試して、一つも宿らない。
理由は誰にも分からない。
本人にも。
それでも拾う。十日待つ。外れる。また拾う。
理由がないまま続けている。
この人の隣にいると、理由がないことを説明しなくていい。
リナンは焦げた羽の先を指で触った。
何度も同じところを。
---
「ヴェスナさんは」
しばらくして訊いた。
「……まだ」
リュカくんが言った。
「土間にはいなかった」
「いなかった」
「倒れてもいなかった」
リナンは指を止めた。
倒れてもいなかった。
この人は見てきたのだ。土間を。倒れている人がいないかを。
いないことを確かめてきた。
それでまだと言った。
いないとは言わなかった。
リナンはまた指を動かした。
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そのあとヴェスナさんが来た。
空き地の入り口に立っていた。
箒を持っていた。穂の先が焦げて、短くなった箒だった。腕に擦り傷があって、腰に片手を当てて、少し前に屈んでいた。
生きていた。
リナンは息を吐いた。吐いてからずっと止めていたのだと気づいた。
「坊主」
「うん」
ヴェスナさんはリュカくんを見て、それからリナンを見た。
リナンの翼を見て、少しだけ目を細めた。
何も訊かなかった。
掃きはじめた。
焼けた瓦の破片を路地の端に寄せていく。腰に片手を当てたまま片手で。
リュカくんが立ち上がった。
歩いていって瓦を拾いはじめた。指を使わないで、掌と腕で抱えられるだけ抱えて。
二人とも何も言わなかった。
リナンは座ったまま、二人を見ていた。
宿の朝と同じだった。
ヴェスナさんが掃いて、リュカくんが何かを運んで、どちらも何も言わない。半月、毎朝、見てきた。
宿は傾いている。土間は半分焼けている。
でも、朝と同じだった。
リナンは立ち上がった。
焼けた翼を背中で畳めるだけ畳んだ。右はすぐ畳めた。左は二つ目の節で引っかかった。直して折り込んだ。焦げたところだけが閉じきらずに、少し開いたままになった。
それで、いいことにした。
小さな破片を拾いはじめた。
拾いながら、ときどき横丁のほうを振り返った。
あの子たちはまだ眠っているだろうか。起きてまたかあちゃんは、と訊いていないだろうか。
トトさんが来て、イサさんが来て、知らない人たちが来た。
誰も何も言わなかった。重いものは男の人たちが運んで、細かいものは女の人たちが集めた。焼けていないものは、別の山に積まれていった。
宿の戸口の近くでリュカくんの手が止まったのをリナンは見た。
瓦のあいだから、何かを拾い上げていた。
石だった。
灰色で平たい石。
リュカくんは、それを袋に入れかけて止めた。
それから、焼けていないものの山の上に置いた。壺の底と鉄の器のあいだに。
――どうして。
袋に戻せばまた一つ増えるのに。
リナンには分からなかった。
分からなかったけれど、それを見て、少しだけ自分の翼の焦げたところが痛くなった気がした。
置いていくものと持っていくものがある。
あの人も、今日何かを一つ置いたのだと思った。
---
日が傾きかけたころミラさんが来た。
「リナン」
リナンは破片を拾う手を止めた。
「あとで、って言ったでしょ。あとで、になったから来た」
笑おうとした。
うまくいかなかった。
ミラさんは後ろに回って翼を見た。
触らなかった。見ているだけの時間が長かった。
それから、左の翼の二つ目の節のあたりを指の背でそっと押した。
肩がびくりと動いた。
「痛い?」
「……少し」
「こっちは」
少し外側を押された。
「そこは平気です」
「そう」
指が離れた。
「骨は折れてない。打ったところが腫れてるだけ。焼けたところは冷やして。擦らないで。畳むときに無理に畳まないで」
「はい」
無理に畳んでいた。
宿の階段で毎朝。物置の横丁で昨夜。
畳まなければ、通れなかったからだ。
「何があったかは訊かないわよ」
ミラさんが言った。
「私が訊くのはどこが痛いかだけ」
リナンは頷いた。
頷いてそれで胸の奥の何かが少しだけほどけた。
この街の人は訊かない。
訊かないでそこにいる。
---
ミラさんが行ってしまってからリナンは、一度横丁へ戻った。
物置の前で横丁の女の人が腰を下ろしていた。
「起きてるよ二人とも」
女の人は顎で戸の中を示した。
「上のは腕が痛いって。下のはあんたはどこかって」
リナンは戸を開けた。
下の子が顔を上げた。
リナンはその子の名前を呼んだ。
夜のうちに、胸の中で繰り返しておいた名前だった。
下の子は呼ばれて、少しだけ目を丸くした。それから、這うようにして、リナンの膝に来た。
上の子の名前も呼んだ。
上の子は腫れた腕を抱えたまま頷いた。
「……かあちゃんは」
下の子がまた訊いた。
リナンは答えをまだ持っていなかった。
「あとで、一緒に探そうね」
言い切れなかった。
それでも、下の子はリナンの焦げていないほうの羽を握って、離さなかった。
しばらくして、女の人にもう一度だけ二人を頼んだ。
「夜はどこで寝るんだい」
「……宿の土間で」
「子供たちはうちで寝かせるよ。狭いけど屋根はある」
「ありがとうございます」
女の人は手を振った。礼は要らないという振り方だった。
---
夕方近くになって、宿の軒下にルフが戻ってきた。
鱗が煤で汚れて、尻尾の先が焦げていた。
リュカくんがしゃがんで、鱗に触れていた。
ルフはリュカくんの膝に前肢をかけて、それから離れて、軒下の石のところへ行った。
かちりと音がした。
リナンは、その音を少し離れたところで聞いていた。
――あの子も戻ってきた。
焦げて汚れて戻ってきた。
どこへ行っていたのか誰も知らない。訊いても答えない。
答えないまま、いつもの場所でいつもの音を立てていた。
---
日が落ちてからリナンは、宿の前に立った。
二階が東へ傾いていた。
自分の部屋の窓が見えた。毎晩閉めていた窓。あの夜、開けたまま出てきた窓。
窓の枠が斜めになっていた。
部屋の中には荷物がある。多くはない。着替えが二枚と布で巻いたものが一つ。
里から一つだけ持ってきたもの。
リナンは窓を見上げた。
見上げて足が止まった。
傾いた二階。斜めの床。その上の斜めの窓。
高かった。
宿の階段なら毎日上がれた。壁があって、手すりがあって、足の下に段があった。
傾いた二階にはそれがない。
――あとで。
明日。明後日。誰かに頼めば。
リナンは窓から目を離した。
あの布で巻いたものがまだそこにあるのかどうか。
確かめないまま背を向けた。
確かめないままにしておけることが今は少しだけありがたかった。
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土間の焼け残った西の隅にヴェスナさんが毛布を敷いていた。
リュカくんは、もう屋根裏へ上がったらしかった。梯子の三段目がさっき鳴るのが聞こえた。
「ヴェスナさん」
「なんだい」
「……わたしもここでいいですか」
ヴェスナさんは、毛布の端を伸ばす手を止めずに言った。
「屋根は半分だよ」
「はい」
「二階の部屋は傾いてる」
「……はい」
「上へ帰る籠は明日も出るよ」
リナンは答えなかった。
帰るという言葉が少し変に聞こえた。
上へ行けば渡し船がある。渡し船で浮島へ戻れる。ウェントゥスへ。
帆に星を一つずつ縫った舟が並ぶ浜。帆鳥の小屋。長く煮る鍋。
上ばっかり見てると、足元の卵割るよ。
母はそう言って笑った。
上を見なくなってからは、母はそう言わなくなった。卵は一つも割らなくなった。それでも母は笑わなくなった。
高いのと呼ばれていた崖。
名前で呼ばれるのは、叱られるときだけだった村。
飛ばなくなってからは名前でも、高いのでも、呼ばれなくなった村。
網小屋の前の年寄りと同じ場所に座るようになる前に、出てきた村。
――置いてきた。
高いのという呼び名を置いてきた。
母の鍋を置いてきた。
雛の小屋を置いてきた。
見上げてもらえる場所を置いてきた。
置いてきて、翼人の一人もいない街に来た。
誰も飛ばない者を見る目を持っていない街に。
ここでは飛ばない翼人を誰も見上げないし、見ないようにもしない。
ただ翼の子と呼ぶ。
それでよかった。
「……ここでいいです」
リナンは言った。
ヴェスナさんは、毛布を半分横にずらした。
「狭いよ」
「はい」
「あたしは寝返りを打つよ。腰が痛いからね」
「……はい」
リナンは毛布の端に座った。
翼を無理に畳まずに、少しだけ開いたまま、背中を壁に預けた。
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横になっても、すぐには眠れなかった。
天井が斜めだった。二階の床板が斜めに降りてきている。その上にリュカくんのいる屋根裏がある。
上からからからと音がした。
枕の下に袋を押し込む音だった。
軽い音だった。
五つぶん軽い。
リナンはその音を聞いて、目を閉じた。
――ついていこう。
そう思った。
どこへとは思わなかった。
この人がどこへ行くのかは知らない。この街に残るのかどこかへ出ていくのか。
知らなくてもいいと思った。
この人は理由を訊かない。
訊かないで待つ。
石が宿らないまま拾い続ける。
理由がないまま、続けている人の隣なら、理由がないまま、歩ける気がした。
――理由は言わないでおこう。
言えないからだけど。
土間の外で夜風が焼け跡の灰を舞い上げていた。
戸口の隙間からそれが少しだけ見えた。
白いような灰色のような薄いもの。
ふわりと浮いて上っていく。
軽いものは上へ行く。
リナンは行かなかった。
ここにいた。
それで、いいことにした。
小さく声を出した。
低い音を三つ。
同じ三つを繰り返す。
ヴェスナさんが寝返りを打った。何も言わなかった。
上の屋根裏から何の音もしなかった。
聞こえているのかどうかは、分からなかった。
分からないまま、リナンは三つの音をもう一度だけ繰り返した。
この夜から二人になった。
そのことをまだどちらも口にしていなかった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




