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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 油の匂い、朝の匂い

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お前と、名前①

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


今はまだ第1部1章で、まだ物語の序章ですので大きな変化が見られるのをこうご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 朝、詰所に着くと、ドランが油壺を持っていた。


「差すんですか」


「昨日、乾いてると言ったろ」


「言いました」


「だから差す」


 男は綱に布を当てて、手繰りはじめた。油が繊維に染みていく。


 リュカは荷を確かめながら、その音を聞いていた。


 差す前と後で、音が変わる。高い軋みが、少しずつ丸くなっていく。


「音、戻りました」


「だろ」


 ドランは布を絞って、油壺に戻した。


「坊主。お前、耳がいいな」


「そうですか」


「音で気づくようになるまで、普通は五年かかる」


「早いんですか」


「早い」


 男は油壺の蓋を閉めた。


「もっとも、五年続けるやつがいねえけどな」


「何人いたんですか」


「十年で七人だ。残ってるのはお前だけ」


 それきり何も言わなかった。


---


 下りの荷は、上りより気を使う。


 上りは綱が引く。速さが一定で、揺れも予測できる。


 下りは重さに任せる。止めるときに荷が一度浮く。把手の引き方を間違えれば、積んだものが跳ねる。


 三年前、最初に教わったのがそれだった。


 五つのうち三つが陶器だった。地上層《テラ・グラーヴィス》の窯元へ返す不良品らしい。割れているものを、割らないように運ぶ。おかしな話だとリュカは思ったが、聞かないのが流儀だ。


 積み方を変えた。


 普段は重いものを下、軽いものを上にする。だが割れ物が三つあるので、今日は違う。


 三つを籠の中央に寄せて、周りを他の二つで囲んだ。挟めば動かない。動かなければ当たらない。


 縄は緩めに掛けた。締めすぎると、揺れたときに縄自体が圧をかける。


 籠が下がっていく。


 壁が上へ流れ、光が減り、増え、また減る。


 中層を抜けると空気が重くなった。湿っている。上の乾いた冷たさとは逆だ。


 耳が詰まる。下りるときはいつもそうだ。唾を飲むと戻る。三年やっても慣れないが、対処は覚えた。


 綱が軋む音の合間に、別の音が混ざった。

 爪が金属を掻く音。


 リュカは天井を見上げた。


 籠の上、綱の巻き付いた滑車のあたりに、黒い影がうずくまっている。


 籠の天井には格子が入っている。荷が飛び出さないためのものだ。その隙間から、上が見える。


 綱猫《フニクルス》だ。


 昇降機の綱には、たいてい一匹住み着いている。溝鼠を捕るので誰も追い出さない。名前もない。詰所の連中は「猫」としか呼ばない。


 どこから乗ったのかも分からない。上にいることも、下にいることもある。籠が動いていても平気で寝ている。


 ドランは「三年前からいる」と言った。彼が来たのと同じ年だ。


 だが本当に同じ個体なのかは、誰も確かめていない。


 影がこちらを見下ろした。目が光る。

 瞳孔が、縦に細い。


 リュカは少しだけ手を上げた。


 猫は動かなかった。


 三年、毎日のように会っている。挨拶をする間柄でもない。だが手を上げる癖がついた。


 最初にやったとき、猫が尻尾を一度だけ振った。それ以来、続けている。


 今日は振らなかった。


---


 地上層の受け渡し場は、昇降機の真下にある広い土間だった。


 天井が低い。石ではなく木の梁で組んである。木は上層では高価だが、ここでは足元に生えている。


 湿っている。空層の乾いた冷たさとは違う、重い湿り気だ。壁に苔がついている場所もある。


 この土間に慣れるまで半年かかった。空気の重さで、頭が痛くなる日があった。今はもう何も感じない。


 籠が止まった。


 把手を半分引いて、速さを落とす。拳一つ分のところで残りを引く。床に着く直前で止める。


 荷は一度も浮かなかった。


「五つ、確かに」


 受け取りの男が荷札に印を押した。太い指だった。肌が薄く鉱質化している。岩人だ。


「上まで割らずに来たか」


「揺れる前に固定したので」


「利口だな」


 男は木札を一枚、リュカに投げてよこした。受け取りの証だ。これをドランに渡せば仕事は終わる。


 この岩人とは三年の付き合いになるが、名前を知らない。向こうも知らないはずだ。


 「五つ」「確かに」「利口だな」。だいたいそれで終わる。


 一度、雨の日に雨宿りを勧められたことがある。それが最も長い会話だった。


 リュカは土間の入り口から外を見た。


 空がある。


 摩天楼の柱が遠くに何本も立っていて、そのあいだに、ただの空がある。上層から見下ろす雲海ではなく、下から見上げる空だ。


 こちらのほうが広い。

 いつ見てもそう思う。


 空層では、空が上にある。当たり前のことだ。だが摩天楼の腹の下にいると、空は屋根で塞がれている。


 地上層には屋根がない。


 見上げれば、ずっと上まで続いている。雲があって、その向こうに空層の底が見えることもある。灰色の塊として。


 ――あそこに住んでる。


 毎日そう思う。そして毎日、少し変な感じがする。


 自分の住んでいる場所が、下から見ると塊にしか見えない。


---


 昇降機の待ち時間は、次の籠が来るまで小半時ほどある。


 リュカは土間の裏手に回った。ここの地面は土だ。シャルディアのように石畳で固めていない。雨のあとは掘り返される。


 この土間の裏手を、リュカは三年見てきた。


 地上層の土は、空層のものと違う。黒くて、湿っていて、掘ると虫が出る。石が出る確率は空層より低い。だが出るときは、粒が大きい。


 理由は考えたことがない。ただそうだと知っている。


 しゃがんで、指で土をかいた。


 爪の先に土が入る。指の腹は、もうずいぶん前から荒れている。杭の握りと、石の縁で。指紋が薄くなっていると宿の婆さんに言われたことがあるが、自分では確かめようがない。


 三つ出た。二つは何でもない小石。三つ目は、赤みのある粒だった。


 拳の中で転がして、光にかざす。透けない。だが赤が濃い。


 赤い石は珍しい。袋の中に一つあるが、それは二年前に拾ったもので、色がもっと薄い。


 これは濃い。血の色に近いというより、焼けた鉄に近い。


 リュカはそれを腰の袋に入れた。

 からから、と鳴った。


 袋は三つ下げている。杭の袋、石の袋、日用品の袋。


 位置も決まっている。杭は右腰、石は懐、日用品は左腰。右利きなので、右腰のものは素早く取れる。


 石の袋だけが、年々重くなっていく。


 試すのは十日に一つと決めている。今は灰色のやつを持っているから、この赤いのは順番待ちだ。あと九日ある。それでも拾う。


 背後で笑い声がした。


 振り返ると、荷運びの男が三人、樽に腰かけてこちらを見ていた。顔は知っている。名前は知らない。


「また拾ってら」


「石拾いの小僧だ」


「おい坊主。上でこの前、良い石が出たってよ。買いに行けばいいのに」


 リュカは何も言わずに袋の口を絞った。


 言い返す言葉はある。だが言えば長くなる。


 長くなれば、籠が来る。籠が来れば乗らなければならない。乗り遅れれば、次は小半時後だ。


 ――割に合わない。


 黙っているほうが早い。三年で覚えたのは、そういうことばかりだった。


 悪気はない。この人たちは本当にそう思っている。

 金がないから拾っているのだと。


 この三人も、たぶん何年か前までは石を探していたはずだ。若い頃は誰でも探す。そして諦める。


 諦めた人間から見れば、諦めていない人間は「まだ金がない」ように見える。


 それが順序だと、みんな思っている。


 半分は当たっている。半分は違う。

 その半分を説明する言葉を、リュカはまだ持っていなかった。


---


 籠を待つ間に、市の端まで歩いた。


 地上層の市は、受け渡し場から三十歩ほどのところにある。荷運びが待ち時間に覗くには近い。


 石を売っている店が一軒あった。


 台の上に、未鑑定のものが並んでいる。大きさ順。値札は一つ一ステラから。


 リュカは値札だけを見た。手に取らない。手に取れば買う気があると思われる。


 一ステラ。百シャルド。二日半ぶんの日当。


 ――買ったことはない。


 三年、一度も。


 台の上には、三十ほど並んでいた。


 大きさ順に並べてあるが、値段は大きさで決まらない。小さくても高いものがある。色や、光り方や、出所で決まるらしい。


 ――出所。


 昨日、荷札の裏で見た記号を思い出した。所有者不明。


 石にも、出所が書かれているのだろうか。


「兄ちゃん、見るだけかい」


 店主が声をかけてきた。年配の男だ。


「見るだけです」


「毎回そう言うな」


 覚えられていた。


「買わないのか」


「買えないので」


「そうかい」


 男は笑わなかった。責めるでもなく、ただ台の布を直した。


「買ってもな」


「はい」


「外れるぞ」


 リュカは顔を上げた。


「十のうち九は外れる。うちで買った客で、当たったのは三年で二人だ」


「二人」


「そう。二人だけ」


 男は台の石を指で押して、並びを整えた。


「あんた、拾ってるんだろ」


「はい」


「拾うのは正しい。金がかからん」


「でも出ません」


「出るまで拾えばいい」


 男は台を拭いた。


「うちで買う客はな、三つ買って三つ外れると、四つ目を買わん」


「なんでですか」


「三百シャルド損したと思うからだ」


 彼は布を絞った。


「あんたは損してない。拾ったものは、外れても損しない」


「……そうですか」


「当たる確率は同じだ。買っても拾っても」


 リュカは台の石を見た。


 市で売られている石と、自分が土から掘り出した石。並べれば、たぶん見分けがつかない。


 値段だけが違う。


「じゃあ、なんで売れるんですか」


「待てないからだよ」


 男はあっさり言った。


「拾うのは時間がかかる。買えば今日手に入る。金のあるやつは、時間を買ってる」


 リュカは礼を言って、籠へ戻った。


 三十歩。数えて戻った。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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