誰もが信じて疑わない③
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
今はまだ第1部1章で、まだ物語の序章ですので大きな変化が見られるのをこうご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
昇降機の詰所は、三番街を出て坂を二つ上がった先にある。
着いた頃には日が完全に昇っていた。
坂は二つとも急だ。一つ目は石段で、四十二段ある。二つ目は舗装が割れていて、荷車が通れない。だから詰所への荷は、全部人が担いで上がる。
リュカはこの坂を、一日に四回上る。空で二回、荷を担いで二回。
詰所といっても屋根と柱があるだけの小屋で、その奥に、街の外壁をくり抜いたような四角い穴が開いている。
昇降機。
鉄の籠だ。人が十人、荷なら重さで決まる。太い綱が上へ伸びて、摩天楼の腹の中に消えている。この籠が、シャルディアと上層を、そして下の地上層を繋いでいる。
運賃は片道四百シャルド。
十日ぶんの日当だ。だから三番街の人間は、まず乗らない。生まれてから一度も乗ったことがない者のほうが多い。
荷運びは別だ。荷を運ぶ人間からは取らない。運賃は荷にかかるからだ。
リュカが層をまたげるのは、そのためだった。
綱は三本ある。一本が主綱で、二本が予備だ。予備は常に張ってあるが、力はかかっていない。主綱が切れたときに受け止めるためのものだ。
三年前に一度、主綱が切れた。夜中だったので誰も乗っていなかった。
整備をしているのはドラン一人だ。
この昇降機を、十年以上見ている。前任者から引き継いだと聞いた。前任者がどうなったかは知らない。
その籠の下に、男が潜り込んでいた。
「ドランさん」
「おう」
油まみれの手が突き出て、ひらひらと振られた。中年の、痩せた男だ。籠の底板に頭から突っ込んだまま、返事だけをよこす。
「今日は?」
「上に三。下は明日だ。上のはネビュラまで持ってけって話だったが、断った」
「なんで」
「馬鹿。ネビュラだぞ。王城の下だ。お前みたいなのが荷持って歩いてたら、衛士に三度は止められる」
ドランが這い出てきた。肩の関節が鳴る。
「アステル区までだ。そこで向こうの運び屋に渡せ」
「分かった」
リュカは籠の脇に積まれた荷を見た。
荷は毎日違う。だが分類は決まっている。
上へ行くのは、地上層の産物が多い。食い物、布、木材。下へ行くのは、上層で作られたもの。加工品と、書類と、たまに石。
三番街に止まる荷は、ほとんどない。
この街は、通り道だった。
木箱が二つと、布で厳重に包まれた長いもの。木箱には焼き印がある。上層の商会の印だ。中身は聞かない。聞かないのが荷運びの流儀だと、この男に最初に教わった。
「重さは」
「箱が一つ十二貫、もう一つが九貫。長物は軽い。だが折れる」
リュカは頭の中で足した。二十一貫と、長物が二貫ほど。
籠の上限は三十貫だ。余裕がある。
だが余裕があっても、積み方は変えない。上限に近い日と同じように積む。癖にしておかないと、混んだ日に間違える。
「折れるものが一番厄介だ」
「分かってんじゃねえか」
ドランが笑った。前歯が一本欠けている。
三年前に欠けたらしい。綱が切れた夜、慌てて走って転んだのだと本人は言っている。
だが別の説もある。井戸端では「酔って階段から落ちた」ということになっている。
どちらが本当かは、リュカも知らない。
リュカは長物を先に籠へ入れ、壁に立てかけた。それから木箱を重い順に下へ。上に軽いほうを載せる。籠は上がるときに揺れる。揺れたときに動くのは上のものだ。だから軽いほうを上にする。動いても被害が小さい。
積み終えて、リュカは縄を掛けた。
箱の上を二本、交差させる。長物は別に一本。縛り方は自分で考えたものだ。片手で解ける結び方にしてある。片手が塞がっていることが多いから。
最後に縄を引いて、緩みを確かめた。指一本が入る程度。締めすぎると箱が歪む。
それから、リュカは籠の四隅を順に見た。
「ドランさん。北東の留め具、緩んでる」
「あ?」
男が覗き込む。指で弾く。かすかに、澄んだ音がした。
「……ほんとだ」
「昨日はしなかった」
「よく気づくな、お前」
「音が違う」
ドランは工具箱から鉄棒を出し、留め具を締め直した。もう一度弾く。今度は鈍い、詰まった音がした。
「これでいい」
「うん」
「――いいか、坊主」
男は鉄棒で籠の縁を軽く叩いた。
「昇降機ってのはな、上げるより下ろすほうが怖い。上げるのは綱が引っ張ってくれるが、下ろすのは重さに任せるからだ。だから止め方を覚えろ。動かし方は誰でも覚える。止め方を知ってるやつが、金を取れる」
「うん」
「聞いてるか」
「聞いてる。三度目だ」
「三度目?」
「去年の冬に一度。春に一度。今」
「……数えてんのか」
「数えてる」
「じゃあ言ってみろ」
リュカは籠の脇の把手を示した。
「まず、こっちを半分だけ。一気に引くと綱が跳ねる。半分で速さを落として、籠が床から拳一つ分のところで、残りを引く。床に着けるんじゃなくて、着く直前に止める」
「なんで直前だ」
「着けてから止めると、荷が一度浮くから」
ドランは何も言わずに、リュカの肩を鉄棒の柄で軽く突いた。
褒めているのだと、それは分かる。
この男は褒め言葉を言わない。三年で一度も「よくやった」と言われたことがない。
代わりに、肩を突く。あるいは何も言わずに次の仕事を渡す。それが褒めているということだと、いつからか分かるようになった。
「ドランさん」
「なんだ」
「綱、乾いてます」
「音か」
「高くなってました」
ドランは籠を見上げた。
「そうか」
それだけ言って、工具箱から油壺を出した。
「明日やる」
「今日は」
「今日は荷がある」
男は油壺を戻した。
「明日でいい」
---
籠が上がりはじめた。
石で動く。籠の下、鉄枠の中に嵌め込まれた循環石が、鈍い唸りを上げている。星の光を浴びせれば何度でも戻る石だ。だから昇降機は動き続けられる。
リュカは荷の脇に膝をつき、長物を手で押さえていた。
上りは片道で小半時ほどかかる。座っていてもいいのだが、彼は膝をついている。
長物は縄で縛ってあるが、揺れたときに角度が変わる。変わると木箱に当たる。当たれば傷がつく。傷がつけば弁償になる。
――押さえてれば、変わらない。
三年、そうしてきた。
壁が下へ流れていく。
最初は石を積んだだけの粗い壁。次に、下水の樋が横切る。そこから先は継ぎ接ぎだ。何度も直された跡がある。ドランが直した跡もあるはずだが、どれがそうかは分からない。
途中で一度、綱が鳴った。
高い音だった。乾いている。今日は晴れが続いているので、綱の繊維が硬くなっている。
――そろそろ油を差す時期だ。
ドランに言おうと思って、覚えておくことにした。忘れないように、頭の中で三度繰り返す。
やがて壁が途切れて、光が入った。
中層だ。籠は摩天楼の腹を通り抜けている最中で、隙間から街が見えた。上下に折り重なった通りと、洗濯物と、鉄の梯子。三番街よりは明るい。灯柱が三本に一本くらいの割合で立っている。
さらに上がる。
空気が変わった。冷たくて、乾いている。油の匂いがしない。
アステル区。
籠が止まると、光が正面から差し込んできた。
石畳が白い。継ぎ目が揃っている。灯柱が、通りの両側に、切れ目なく立っている。まだ朝なのに、その全部に光が灯っていた。誰も消していない。消す必要がないのだ。
リュカは荷を下ろしながら、その光を一度だけ数えた。
――見えるだけで、三十四本。
三番街には、一本もない。
夜は油皿だ。一つ点すのに火種石が二シャルド、油が一合で六シャルド。朝に点して、昼まで種火を残す。消えたら、その日は煮炊きができない。
ここでは、消えない。
消える心配をしなくていい明かりが、通りの両側に、切れ目なく並んでいる。
「おい」
声がした。向こうの運び屋だ。革の前掛けをした、若い男。
「シャルディアから?」
「はい」
「遅い」
「上の指定がネビュラだったのを、アステル区までに変えてもらったので」
「ああ、それか。聞いてる」
男は木箱の焼き印を確かめ、長物の布を少しだけめくって、すぐ戻した。
「いい。持ってけ」
運び屋が荷札を渡してくる。
木の札に、受け取りの印が二つ押してある。これをドランに渡せば、今日の分が済む。
札の裏に、四文字の記号があった。**T.R.O.D.**
荷の分類記号だ。取扱注意、返送不可、所有者不明、破損あり——のどれか、あるいは全部。
意味は三年前に教わった。だが誰が決めた記号なのかは、ドランも知らないと言っていた。
リュカはそれを受け取り、袖に挟んだ。
それだけだ。会話はそれで終わる。相手の名前も知らない。この仕事を始めて三年、この男とは二十回以上顔を合わせているが、名前を訊いたことがない。訊く理由がない。
籠に戻ろうとして、足が止まった。
通りの向こうから、三人が歩いてくる。
揃いの外套を着ていた。肩に何かの徽章。若い。自分と同じくらいか、少し上に見える。
その一人が、歩きながら手のひらを上に向けた。
何もない空中に、小さな光が生まれた。青白い、針の先のような光。それが指の間を渡り、跳ねて、消えた。
残った三人のうち、誰も見ていなかった。慣れているのだろう。
技ですらない。手慰みだ。
石を宿している者にとって、あれは指を鳴らすのと同じことらしい。意識せずにやる。やっていることに気づいてすらいないかもしれない。
リュカは十日に一つ、石を肌に当てている。二百日以上そうしてきた。
一度も、何も出たことがない。
通りを歩く人々が、当たり前のようによけていく。よけながら、一度だけ振り返る者もいる。
三番街では、こういう光景を見ない。
適合者がいないわけではない。だが、いても目立たない。技を使う場面がない。溝鼠を仕留めるのに石を使う者はいないし、荷を運ぶのにも要らない。
石があってもなくても、下の暮らしは変わらない。
上では違うらしい。
三人は近づいてきた。
リュカは籠の脇に寄った。通りの幅は十分にあるが、荷運びは端を歩くものだと決まっている。誰に言われたわけでもない。上層で三年働いていれば、自然とそうなる。
三人は彼を見なかった。
見ないというより、視界に入っていない。石畳の模様や、街灯の柱と同じ扱いだ。
すれ違いざま、会話の断片が聞こえた。
「――だから、来年の選抜の話だろ」
「まだ決まってない」
「決まるさ。制度が要るって、ネビュラが言い出してる」
通り過ぎた。
選抜。制度。
聞き慣れない言葉だった。上層ではそういう話が回っているらしい。
リュカは荷札を袖の奥へ押し込み、籠へ戻った。
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下りは、上りより速い。
ドランの言った通りだ。重さに任せるから、速い。リュカは把手に手を掛けたまま、壁が上へ流れていくのを見ていた。
光が減っていく。
中層。継ぎ接ぎの壁。下水の樋。粗い石積み。
油の匂いが戻ってきた。
この匂いで、どのあたりかが分かる。
最初に来るのは煤の匂い。次が油。最後に、三番街特有の——湿った石と、水路の匂いが混じる。
目を閉じていても、どの高さにいるか分かる。三年乗っていれば覚える。
籠が床に近づく。リュカは把手を半分だけ引いた。速さが落ちる。拳一つ分。残りを引く。
籠は、床に触れる直前で止まった。
荷は一度も浮かなかった。
「上出来だ」
ドランが柱にもたれていた。いつからいたのか分からない。
「見てた?」
「音でな」
男は懐から布袋を出し、中を覗いて、指で何枚か数えた。
「四十」
差し出された硬貨を、リュカは受け取った。四十シャルド。銅の縁が擦り切れた、薄い貨幣が四十枚。数えなくても手の重さで分かる。
この四十で、一日が回る。
内訳は決まっている。
パンが三。火種石は使わないので、なし。杭の補充が平均三。水は井戸なので無料。宿代はヴェスナが取らない。
残りは三十四。
だが月に一度、鍛冶場に払う。芯の交換や、革帯の修理。平均して百五十シャルド。日割りにすると五。
残りは二十九。
三年で一度も貯まらなかったのは、この二十九を毎日どこかで使っているからだ。
――何に使った。
思い出せない日が多い。
杭は撃てば拾う。無くなるのは折れた分だけだ。数日に一本、平均して三シャルド。宿代を入れずに済むのは、ヴェスナが屋根裏を貸してくれているからだ。パンが三シャルド。火種石が二シャルド。あとは、鍛冶場に払う細々したもの。
残るのは、いい日で十シャルドほど。悪い日はゼロだ。
貯めようとしたことはある。
二年前の春から、一日十シャルドずつ残すと決めた。浮島の星降りを見に行こうと思った。往復で八百。八十日で届く。
四十日目で崩れた。
その年は曇天が続いて、循環石が満ちなかった。昇降機が五日止まって、日当が入らなかった。
貯めた四百は、その五日で消えた。
それきり貯めていない。
未鑑定のヒドゥンが、市で一つ一ステラから。安いほうで百シャルド。
二十日ぶんだ。しかも、そのほとんどが外れる。
鑑定済みの――当たると分かっている石は、安いもので数十ルミナから。
ルミナは、シャルドにして一万枚。
二百五十日働いて、一枚に届かない。
届かないと分かっている。分かっていて、毎朝、土を掘っている。
掘れば出ることがある。出たものが当たりだったことは、一度もない。
「なあ」
ドランが言った。
「お前、なんで昇降機の仕事を選んだ」
リュカは硬貨を握ったまま、少し考えた。
「選んでない。ドランさんが拾った」
「そうだったか」
「そうだった」
男は笑って、それから真顔になった。
「上に行けるからじゃないのか」
リュカは答えなかった。
答えなかったが、たぶん、当たっている。
この街の人間の大半は、生まれた層から一歩も出ずに死ぬ。層をまたぐには金がいる。昇降機に乗るだけで、片道で日当の半分が飛ぶ。
でもリュカは、仕事として毎日それに乗っている。
上にも行くし、下にも行く。
この街で、それができる人間は多くない。
「別に」
ようやくそう言った。
「上の光を、たまに見るだけだ」
ドランは何か言いかけて、やめた。
代わりに、工具箱の蓋を閉めた。
男は蓋を閉めてから、一つだけ言った。
「見るのは、いいことだ」
「そうか」
「見てりゃ、そのうち行くからな」
リュカは答えなかった。
行けるとは思っていない。片道四百シャルド。十日分の日当。それを出して行った先に、何があるわけでもない。
だが「行かない」とも言わなかった。
「明日も来い。下に五、明日は自分で運べ」
「うん」
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夕方、リュカは空き地に戻った。
杭を四十本、袋から出して数える。四十本。折れなかった。
布袋を懐から出し、口を開ける。からから、と鳴った。
シャツの内側から、朝の灰色の石を取り出した。
あと九日。
いつも通りだ。
リュカは石を陽にかざした。
夕日の中で、断面の鈍い光が、朝より少しだけ濃く見えた。
光の角度が変わったせいだと分かっている。
朝は東から、夕は西から差す。同じ石でも、違って見える。二百日ぶん、毎日そうやって見てきた。
濃く見えた日も、薄く見えた日も、結果は同じだった。
――綺麗だな。
それだけを思って、リュカは石をポケットに戻した。
街に油の匂いが立ちはじめている。どの家も、そろそろ火を入れる時刻だ。
路地の三軒に、もう灯りが見えた。鍛冶場と、宿と、名前を知らない家。
残りはまだ暗い。日が落ちきってから点す。そのほうが油が減らない。
空はまだ明るい。星は見えない。
リュカは空き地を出た。
途中で、鍛冶場の前を通った。まだ火が入っている。中で誰かが鎚を振っているのが、音で分かる。三度打って、一度休む。また三度。
薬房の前も通った。戸が閉まっている。今日はもう終わったらしい。
井戸端に人はいなかった。朝と昼は混むが、夕方は誰も来ない。
宿の前で、ヴェスナが箒を使っていた。朝と同じ場所を、もう一度掃いている。
「坊主」
「うん」
「明日も早いのかい」
「早い」
「そうかい」
それだけだった。
毎日そうだ。朝に一度、夕方に一度。同じやりとりをして、それで終わる。
リュカは梯子を上がった。
屋根裏は狭い。手を伸ばせば屋根の裏に届く。寝返りを打つと板が鳴る。
彼は袋を枕の下に入れて、横になった。
からから、と鳴った。
――明日も同じだ。
そう思った。
誰もが、明日も同じ朝が来ると信じて疑わなかった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




