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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 灰は軽く、風に乗る

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49/168

灰と、軽さ①

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 壁と物置のあいだは、思っていたより狭かった。


 リナンは翼を畳めるだけ畳んで、背中を壁に押しつけた。右はすぐ収まった。左は二つ目の節で一度引っかかった。肩を少し動かして、位置を直して、もう一度折り込んだ。


 宿の階段で毎朝そうしてきた。


 だからできた。


 膝の上に下の子がいた。腕の中に上の子がいた。


 二人とも震えていた。


 下の子は泣くのをやめていた。泣きやんだのではなく泣く力がなくなったのだとリナンは思った。上の子はずっと目を閉じていた。閉じたまま、リナンの服の胸のあたりを握って、離さなかった。


 軒が深かった。


 リュカくんが言った通りだった。


 見上げても、屋根の裏の板しか見えない。上から覗かれても、こちらは見えない。


 ――宿の側の軒の下を行け。


 一息で言った。


 あの人は言い切る。


 普段はほとんど喋らないのに、ああいうときだけ一息で全部言い切る。どの軒が深くて、どこに隙間があって、どこなら入れるか。


 迷っている声ではなかった。


 言われて先に走り出したのは、自分のほうだった。


 路地を少し行ったところで一度だけ振り返った。


 あの人が足元の何かを拾って投げるのが見えた。それから、東へ走っていった。崩れているほうへ。わざと足音を立てて。鳥のようなものがその足音のほうへ首を向けたのが見えた。


 囮になったのだとあとで分かった。


 そのときは分からなかった。ただ、背中が遠ざかっていくのを見ていた。


 だからついてきた。


 ついてきたというより言われた通りに走っただけだった。


 でも、言われた通りに走れた。


 それが少し不思議だった。


---


 遠くで何かが崩れる音がした。


 東のほうだった。


 低い音が一つ。間があってまた一つ。


 そのたびに上の子の指が服を強く握った。


「……だいじょうぶ」


 リナンは言った。


 言ってからだいじょうぶかどうか、分からないと思った。


 分からないのに言った。


 上の子は目を閉じたまま、小さく頷いた。


 頷いてくれたので、リナンはもう一度だけ言った。


「だいじょうぶだと思う」


 今度は語尾が消えた。


 いつもの話し方に戻っていた。


---


 崩れる音はしばらく続いた。


 それから、別の音が混じりはじめた。


 ぱんと。


 乾いた音。瓦が割れる音だった。一つ。少ししてまた一つ。


 だんだん近くなった。


 匂いが来た。


 煙の匂い。それから油の匂い。宿の土間でヴェスナさんが火種石を割るときの匂いを何十倍にも濃くしたような匂い。


 リナンは軒の外を見た。


 屋根と屋根のあいだの細い空が赤かった。


 崩れる音のする東の外れからではなかった。もっと近い宿のあたりから。軒から軒を伝ってこちらへ。


 ――西がいちばん最後。


 リュカくんはそう言っていた。崩れるのは東からと。


 崩れる音は東から来ていた。


 でも、この赤は東からではなかった。


 ぱん。


 頭の上で音がした。


 この軒だった。


---


 見上げる前に分かった。


 熱が上から降りてきた。首の後ろに翼の付け根にじりじりと当たる。


 屋根板の隙間が赤く光っていた。


 瓦の下の板が燃えている。


「……立って」


 リナンは言った。


 下の子を膝から下ろした。上の子の手を服から外そうとした。外れなかった。握ったまま上の子が目を開けた。


「立てる?」


 上の子が頷いた。


 下の子を抱き上げた。重かった。翼人の腕は力はある。持ち上げるだけならできる。長くはもたない。


「こっち」


 隙間から出た。


 出た瞬間に上から何かが落ちてきた。


 燃えた板だった。


 考えるより先に翼が動いた。


 畳んでいた左の翼が開いた。二つ目の節でまた一度引っかかった。引っかかったまま、半分だけ開いて、上の子の頭の上にかぶさった。


 右も開いた。こちらはすぐ開いた。


 落ちてきた板が翼の上で跳ねた。


 熱かった。


 熱いという言葉では足りなかった。羽の一本一本の根元のほうまで熱が入ってきた。痛いのではなかった。自分の身体の端が自分のものでなくなっていく感じがした。


 匂いがした。


 知らない匂いだった。


 燃えた木の匂いではない。油の匂いでもない。


 羽が焦げる匂いだった。


 自分の羽が焦げている匂いだった。


---


 走った。


 下の子を抱えて、上の子の手を引いて、翼を広げたまま。


 広げた翼が路地の両側の壁を擦った。擦った場所から火の粉が散った。


 空き地は開けていた。


 燃えるものがない。屋根がない。


 でも、開けているぶん上から見えた。


 ――上から見えない。


 リュカくんは軒の深い道を選んだ。上から見えないから、と言っていた。


 開けている場所はその逆だ。


 あの鳥のようなものがまだどこかにいるかもしれない。


 リナンは空き地を横切らなかった。


 空き地の縁を壁に沿って走った。


 空き地の手前で本通りから脇へ入る行き止まりの細い横丁がある。いちばん西の横丁。昼に洗濯物を干しに来たとき、一度だけ覗いたことがあった。奥に石を積んだ物置が一つあった。


 石なら燃えない。


 横丁に入った。


 両側の壁が近かった。翼を広げたままでは通れなかった。


 畳もうとした。


 右は畳めた。


 左が二つ目の節で引っかかった。


 引っかかったまま、焦げた羽の先が壁に当たった。


 痛かった。


 今度は痛かった。


 それでも畳んだ。肩を動かして、位置を直して、もう一度折り込んだ。


 宿の階段で毎朝そうしてきた。


 だからできた。


---


 物置の戸は開いていた。


 中は暗かった。石の壁と土の床。古い樽が二つと縄の束。人はいなかった。


 リナンは子供を二人とも中に入れて、自分も入った。


 戸を閉めた。


 閉めると火の音が少し遠くなった。


 暗い中で下の子がまた泣きはじめた。


 今度は、泣く力が戻ってきたのだと思った。


 暗さに目が慣れてからリナンは訊いた。


「……名前、教えて」


 上の子が小さな声で自分の名前を言った。それから、下の子の名前も言った。


 リナンは、二つの名前を口の中で一度ずつ繰り返した。


 繰り返してから胸の中でもう一度ずつ。


 里では子供を名前で呼ぶことが少なかった。することで呼んだ。高いの。速いの。


 この子たちは、何と呼ばれているのだろうと思った。


 石拾いのと呼ばれている人がいる。翼の子と呼ばれている自分がいる。


 名前で呼ぼうと思った。


 上の子が左の腕を押さえていた。


「……どうしたの」


「当たった」


「何が」


「わかんない。さっき。上から」


 リナンは上の子の腕に触れた。


 肘の少し上が熱を持って、腫れていた。子供は触れられて、歯を食いしばった。


 折れているのかどうか、リナンには分からなかった。


 ミラさんなら分かる。


 ミラさんはここにいない。


「……動かさないで」


 ミラさんがそう言うのを薬房で何度も聞いた。


「そっとしてて」


 上の子は頷いた。


 下の子がしゃくり上げながら言った。


「かあちゃんは」


 リナンは答えられなかった。


 答えを持っていなかった。


---


 泣き声が止まらなかった。


 リナンは、しばらく下の子の背中を撫でていた。


 撫でても止まらなかった。


 それで声を出した。


 低い音を三つ。


 同じ三つを繰り返す。


 里で毎朝帆鳥の雛を寝かせるときに出していた音だった。歌というほどのものではない。風の音に似ている。


 雛はこれで首を垂れた。


 ルフもこれで動きを止めた。


 人の子供に効くのかどうかは、分からなかった。


 下の子の泣き声が少しずつ低くなった。


 三つ。また三つ。


 上の子の腕を押さえる力が少しだけ緩んだ。


 二人ともいつの間にかリナンの両脇で寄りかかって、目を閉じていた。


 リナンは声を止めなかった。


 止めたら自分のほうが何かを考えはじめてしまいそうだったからだ。


---


 どれくらい経ったのか分からなかった。


 瓦の割れる音の向こうで何かが聞こえた気がして、リナンは声を止めた。


 耳を澄ませた。


 そのとき聞こえた。


「――リナン!」


 遠かった。


 火の音と瓦の割れる音の向こうから千切れるように。


 リュカくんの声だった。


 あの人があんなに大きな声を出すのを初めて聞いた。


「……ここ」


 リナンは言った。


 言ってから声が小さすぎると思った。


「ここです!」


 もう一度言った。


 物置の石の壁に声が跳ね返って、戻ってきた。


 外まで届いたかどうか、分からなかった。


 たぶん届いていなかった。


 リナンは戸に手をかけた。


 開けて走っていけば声のするほうへ行ける。


 両脇で子供が二人寄りかかって眠っていた。


 上の子の腫れた腕がリナンの膝に乗っていた。


 リナンは戸から手を離した。


 行けなかった。


 行かなかったのではなかった。


 行けなかった。


 しばらくして、外の音が変わった。


 瓦の割れる音が減って、代わりに水の音がした。遠くのほうで。何かに水をかけるじゅうという音。人の声。何人もの。


 誰かが火を消しているのだと思った。


 あの声のしたほうから聞こえてくる気がした。


---


 物置の壁の上のほうに石が一つ抜けた穴があった。


 そこから外が見えた。


 空だった。屋根と屋根のあいだの細い空。


 その空を何かが上っていくのが見えた。


 灰だった。


 燃えた屋根から燃えた板から白いような灰色のような薄いものがふわりと浮いて、上っていく。


 風に乗っていた。


 羽ばたいていない。ただ、下から来る熱い風に身を任せて上へ上へ。


 屋根を越えて。摩天楼の腹の暗がりのほうへ。


 軽いものは上へ行く。


 ――わたしも軽いのに。


 翼人は骨が中空だ。持ち上げると、驚くほど軽いと言われる。リュカくんも綱を解いてくれたとき、そういう顔をしていた。


 軽いのに。


 灰は上へ行く。


 わたしはここにいる。


 リナンは穴から目を離した。


 膝の上の焦げた羽の先を指で触った。


 ざらりとした。


 羽の手触りではなかった。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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