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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 十日目には何も

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48/161

幕間 「飛べていた頃」

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 風は昼の少し前に来る。


 ウェントゥスの子供は、それを誰にも教わらずに知っている。


 島の縁に並んだ舟の帆が朝のうちは垂れている。帆柱の先の布切れも動かない。大人たちは網を膝に載せて、繕いながら待つ。舟を出すのは風が来てからだ。


 だから、この村は風待ちの村と呼ばれている。


---


 その朝、リナンは帆鳥の小屋にいた。


 十歳だった。


 小屋の中は羽と藁の匂いがする。止まり木に帆鳥が七羽。伝令に使う鳥で村の外から来た人が文を結びつけて放す。放された鳥は決まった島まで飛んで、決まった島から戻ってくる。


 隅の籠に雛が四羽いた。


 起きていて鳴いている。


 リナンは籠の前にしゃがんで、声を出した。


 低い音を三つ。


 同じ三つを繰り返す。


 歌というほどのものではない。村の子供は皆これを歌と呼んでいる。雛を寝かせるための歌だ。


 一羽が首を垂れた。


 二羽目。三羽目。


 四羽目がなかなか寝なかった。リナンは三つの音を少しだけ遅くした。


 四羽目も首を垂れた。


 小屋の外で帆が一度鳴った。


 リナンは立ち上がった。


---


 背の開いた上衣の翼の付け根のところが少しほつれていた。


 縫い直すのは午後にする。今は風だ。


 小屋を出ると、垂れていた帆がゆっくりと膨らみはじめていた。帆の真ん中に縫い込まれた星が布と一緒に持ち上がる。


 ウェントゥスの舟の帆には、どれにも星が一つ縫ってある。


 一枚に一つ。


 二つ縫う舟はない。なぜ一つなのかリナンは訊いたことがない。訊かなくても一つだった。


 大人たちが網を置いて、立ち上がりはじめた。


 子供たちはもう走っていた。


---


 島の東の縁に崖がある。


 崖の下は雲だ。


 晴れた日には、雲の切れ目からずっと下のほうに別の島の影が見える。もっと遠くには、空の底から空の天井まで一本に伸びた細い灰色の線がある。


 摩天楼だと大人は言う。


 空と地上と海の底を一本で繋いでいる柱だ。この島もあの柱から見れば、ずっと端のほうにある。そう聞いた。


 リナンにはただの線に見えた。


 崖の縁にはもう六人いた。


「来た」


「来た来た」


「高いのが来た」


 子供たちがリナンを見て言った。


 村では子供を名前で呼ぶことが少ない。


 呼ぶときはその子がすることで呼ぶ。速いの。遠いの。よく落ちるの。


 リナンは高いのと呼ばれていた。


 名前で呼ばれるのは、母親に叱られるときくらいだった。


---


 崖の縁に立つと下から風が吹き上げてくる。


 昼の少し前に来る風だ。島の腹に当たって、崖を這い上がり縁で一気に空へ抜ける。


 翼人は長く飛べない。


 骨が軽いぶん身体が保たない。遠くへ文を届けるのは帆鳥の仕事で舟は漁にしか出さない。翼人が自分で行けるのは、せいぜい隣の岩場までだ。


 だが上には行ける。


 風に乗れば。


「今日の印は」


 リナンが訊いた。


「帆柱」


 年上の男の子が答えた。


「いちばん高い舟の帆柱の先。あれより上に行ったら上」


「分かった」


 男の子は足首が細かった。


 村でいちばん速い子だった。速いのと呼ばれている。飛ぶのも速いし喋るのも速い。


「おまえ昨日も上だったろ今日は俺が先に行くからなおまえは後な風がいちばん強いのは最初のやつだから」


「うん」


 聞き取れたのは半分くらいだった。


 それでよかった。


---


 速いのが先に跳んだ。


 崖を蹴って翼を広げる。風が彼の身体を掬い上げる。


 速い。


 あっという間に崖の上を斜めに横切っていく。


 だが高くはならない。


 帆柱の先には少し届かなかった。速いのはそのまま横へ滑って、隣の岩場の手前で身体を返して戻ってきた。


 次の子が跳んだ。その次の子も。


 誰も帆柱には届かなかった。


 リナンの番が来た。


 崖の縁に立って下を見なかった。


 下を見る理由がなかった。


 風を待った。


 顔に当たる風が一度弱くなる。


 弱くなって、次に強くなるその手前。


 ――今。


 跳んだ。


---


 翼を広げた瞬間風が来た。


 下から翼の裏を押し上げてくる。羽の一枚一枚の間に風が入ってくる。付け根から先まで翼全体がぐっと持ち上がる。


 リナンは翼を動かさなかった。


 羽ばたくと風から外れる。


 広げたまま角度だけを変える。風が一番強く当たる向きに少しずつ。


 身体が上がる。


 崖の縁が足の下を過ぎていった。


 子供たちの頭が小さくなった。


 帆柱の先の布切れが目の高さに来た。


 過ぎた。


 下で誰かが何か叫んだ。


 聞こえなかった。


 風の音しか聞こえなかった。


 浜のほうで網を担いでいた大人が一人足を止めて見上げた。隣の大人も見上げた。


「高いのがまた上だ」


 誰かがそう言ったのが後になって子供たちの口から伝わってきた。


 大人たちはしばらく見上げていた。


 それから、網を担ぎ直して、浜へ下りていった。


 見上げてもらえるのは、上に行った子だけだった。


---


 上は冷たかった。


 息を吸うと喉の奥がすっとする。指の先が冷える。翼の先の羽が風に震えて、細かく鳴っている。


 リナンは下を見た。


 怖いから見るのではない。見たいから見た。


 島が全部見えた。


 家の屋根。帆鳥の小屋。崖。網を担いで浜へ下りていく大人たち。


 浜に並んだ舟が一斉に帆を上げていた。


 膨らんだ帆の一枚一枚に星が一つずつ縫ってある。


 上から見ると、それが雲の上に散らばって見えた。


 白い雲の上に星が並んでいる。


 空の上に空があって、その空に星が出ているようだった。


 ――きれい。


 そう思った。


 思っただけで誰にも言わなかった。言う相手がここにはいなかった。


 遠くにあの灰色の線が見えた。


 ここから見ても線だった。


 下からでも、上からでも、同じように細い。


 もっと上に行けば太く見えるのかもしれない。


 リナンは翼の角度を少しだけ変えた。


 風がもう一段身体を持ち上げた。


 羽の震える音がふっと止んだ。


 風の中心に入ったのだと身体で分かった。押し上げられているのに揺れない。どこにも引っ張られていない。


 ただ浮いている。


 上も下もなかった。あるのは風と自分の翼だけだった。


 リナンはしばらくそのまま、じっとしていた。


 息をするのも少し忘れていた。


---


 降りるときは風から外れればいい。


 翼を半分畳むと身体が落ちはじめる。落ちながら広げ直して滑る。崖の上を大きく一回りして、縁から少し離れた草の上に脚を着いた。


 着いたとき膝が少しだけ笑った。


 子供たちが走ってきた。


「帆柱の倍だ」


「倍はない」


「倍はあった」


「倍なんてあるかよ見てたけど倍はない一倍半だ俺が見てたんだから」


 速いのが息を切らせて言った。


 それから、少しだけ黙った。


 速いのが黙るのは珍しかった。


「……なんでそんな上まで行けるんだよ」


「風が来るから」


 リナンは言った。


「来たら乗る。それだけ」


「俺だって乗ってる」


「乗ってから動かないの。動くと落ちる」


「……ずるい」


「ずるくない」


 リナンは言い切った。


 言い切るのに何も要らなかった。


---


 浜への坂を下りる途中に網小屋がある。


 小屋の前に、年寄りが一人座っていた。


 帆を繕っている。膝の上に帆布を広げて、星の縫い目のほつれたところを細い針で一目ずつ直していた。


 背中の翼はきちんと畳まれていた。


 畳まれたまま動かない。


 大人たちは浜へ下りていくとき、年寄りの前を通った。


 誰も声をかけなかった。


 目も向けなかった。


 避けているのとは違う。そこに座っているのが当たり前だから見ないのだ。帆柱や網小屋の壁と同じように。


 リナンは年寄りの前で足を止めた。


 この年寄りの名前をリナンは知らなかった。


 子供たちは下の人と呼んでいた。


 飛ばない人のことをこの村ではそう呼ぶ。


「それ星?」


 リナンは帆布を指さした。


 年寄りは顔を上げなかった。針を動かしながら言った。


「星だ」


「なんで一つなの」


 訊いたことがなかったことを訊いた。


 年寄りの針が一度だけ止まった。


「二つ縫うとどっちの星か分からなくなる」


 それだけ言って、また針を動かした。


 リナンには意味が分からなかった。


 分からなかったが覚えた。


「わたし付け根ほつれてる」


 背中を向けて見せた。


 年寄りはちらりと見た。


「午後に持ってこい」


「分かった」


---


 家に戻ると、母親が鍋をかけていた。


 雲羊の肉を煮ている。浮島の肉は硬い。だから長く煮る。朝から火にかけて、昼を過ぎてもまだ煮る。


 蓋を開けると、湯気と一緒に甘いような匂いが立った。


「今日も上?」


「上」


「帆柱は」


「倍」


「倍はないでしょ」


「一倍半」


 母親は笑った。


 笑って鍋に水を足した。


「リナン」


 名前で呼ばれた。


 リナンは身構えた。叱られるのかと思った。


「上ばっかり見てると、足元の卵割るよ」


 竈の脇の籠に帆鳥の卵が並んでいた。殻が薄い。持ち上げるだけで指の形に凹みそうな卵だ。


「割らない」


「昨日一つ割った」


「……割らない」


 母親はまた笑った。


 叱られなかった。


 リナンは籠の卵を一つずつ数えた。九つ。


 昼のうちに、竈から離れた棚の上へ移しておく決まりだった。竈の熱が当たると殻の中が傷む。


 一つずつ両手で包んで運んだ。指に力を入れない。持っているのかいないのか分からないくらいの力で包む。


 九つとも割らなかった。


 上にいるときと少しだけ似ていた。力を入れると落ちる。


---


 午後、リナンは網小屋の前に座って、年寄りに上衣の付け根を縫ってもらった。


 縫うところを隣で見ていた。


 針の入れ方。糸の引き方。翼が擦れても裂けないように、内側に一枚布を足すやり方。


「次は自分でやれ」


「できる」


「できるか」


「できる」


 年寄りは何も言わなかった。


 糸の端を歯で切って、上衣を返してよこした。


---


 日が傾くと風が止む。


 舟が浜に戻ってくる。帆が下ろされて、星が一つずつ畳まれていく。


 リナンは帆鳥の小屋へ行って、また三つの音を歌った。


 雛が四羽首を垂れた。


 小屋を出ると、崖のほうから夕方の風がかすかに吹いていた。昼の風ほど強くない。乗れる風ではない。


 リナンは崖のほうを見た。


 帆柱の先を見た。


 それから、その上の何もない空を見た。


「明日は倍」


 誰にでもなく言った。


 言い切った。


 その頃のリナンは、何を言うときも最後まで言った。


 言葉が途中で止まるということをまだ知らなかった。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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