残った数と、消えた名②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
ようやくここから物語が動き出します!
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
リュカは西へ歩いた。
黒い小山は朝よりも低くなっていた。誰かが崩れた梁を路地の端へ寄せたらしい。人が一人通れる幅に黒い道が向こうまで抜けていた。
足の裏の痛むほうを浮かせるように越えた。
宿の前に出た。
一階の東側が焼け落ちている。傾いた二階の下に土間がある。
割れた戸口は、もう戸口の形をしていなかった。柱が一本斜めに残っているだけだ。
リュカは柱の脇から土間を覗いた。
あの夜、覗かなかった土間だ。
暗かった。二階の床板が斜めに降りてきて、天井を低くしている。
その下の焼け残った西の隅。
誰もいなかった。
誰もいなかった。
倒れている者もいなかった。
リュカは柱に手をついて、しばらくそこに立っていた。
いないということが何を意味するのか。
出ていったのか。運ばれたのか。
分からなかった。
分からないまま、いないということだけが分かった。
ザヴが紙に書かなかった空いた場所のことを思い出した。
土間の隅の焼け残った床の上に何かが落ちていた。
箒の柄の折れた先だった。
いつも戸口の脇に立てかけてあったあの箒の柄だ。穂のほうは見当たらなかった。
リュカはそれを拾わなかった。
拾ってどうするのか分からなかったからだ。
---
空き地へ行った。
誰かに言われたわけではない。気づいたらそこにいた。
空き地に面した長屋は、黒い低い山になっていた。
山のいちばん西の端。
軒の奥の壁と物置のあいだの隙間があった場所。
宿の側の軒の下を行け。空き地に面した長屋。いちばん西の端の軒の奥。
あの夜、一息で言った道順だった。
崩れてくるのはいちばん最後になる。そう言った。
崩れる順は合っていた。
火の順は合っていなかった。
リュカは山に近づかなかった。
近づけば掘りたくなる。
掘って何か出てきたらと思うと足が止まった。
杭を見た。
三本とも、昨日と同じ場所に同じように立っている。
二十歩、三十五歩、五十歩。
距離も変わっていない。
リュカはしゃがんだ。
石垣の崩れた面に手を当てる。
土が乾いている。昨日は雨が降らなかった。
――掘るか。
考えて手を止めた。
掘ってどうする。
考えてまた分からなくなった。
三年、毎朝ここで掘ってきた。掘る理由を考えたことがなかった。
今日は考えた。
答えが出なかった。
---
座り込んだ。
空き地から東を見た。
屋根がなくなったので、路地の奥まで見通せた。黒い柱の残り。崩れた壁。煙の筋がまだ三本四本と上がっている。その間を人がゆっくり動いている。何かを運んでいる者。立ったまま動かない者。しゃがんで、瓦礫の中を探っている者。
音が少なかった。
いつもなら、この時刻には鍛冶場の鎚の音がする。三度打って一度休む。井戸端で女たちの声がする。
坂の上の籠の綱の音は、もともとここまでは届かない。石段の途中で消えてしまう。
鎚の音も、女たちの声も今は聞こえなかった。
聞こえるのは、瓦を踏む音とときどき誰かが何かを落とす音だけだった。
懐から袋を出す。
からからと鳴った。
二十三個。五つ減っている。あの夜投げた分だ。
――拾いに行くか。
路地に落ちている。どこに落ちたかはだいたい覚えている。宿の前の路地の入り口のあたりに三つ。宿の戸口の近くに二つ。
五つとも形を覚えている。
リュカは立ち上がりかけてやめた。
路地には他にも落ちているものがある。
瓦。梁。割れた壺。焦げた布。
その中から五つの石を探す。
――できる。
できると思った。三年、土の中から探してきた。瓦礫の中でも探せる。
だがしなかった。
――探してる場合か。
初めてそう思った。
三年、石を探すことに理由は要らなかった。朝起きて撃って掘る。それだけだった。
今日は理由が要る気がした。
誰も咎めないだろう。咎める者は、それぞれ別のものを探している。
だが、自分で理由が要ると思った。
――今日じゃない。
そう決めた。
決めたことが少し嫌だった。
座ったまま動かなかった。
---
やがて、誰かが空き地に来た。
足音が軽かった。
ざっと擦れて少し止まる。止まってまた擦れる。
宿の階段で毎朝聞いていた音だった。
顔を上げるとリナンだった。
翼の外側が焼けていた。
もともと折れて短かった外側の三本のその内側の羽まで左も右も、何本かが焼けて短くなっていた。断面が黒い。畳んでも、焼けた部分だけが閉じきらずに広がっている。白に近い灰色だった羽の端のほうが煤の色になっていた。
リナンは、リュカの前で少しだけ立ち止まった。
口を開いて、何か言おうとして閉じた。
それから、何も言わずに、リュカの隣に座った。
二人ともしばらく黙っていた。
確かめていないものがまた一つ減った。
減ったのに、息が楽にならなかった。
---
やがて、リナンが言った。
「子供は二人とも無事です」
「そうか」
「一人は腕を」
「そうか」
「今は」
「西の横丁の奥の焼け残った物置で寝てます。近くの人が見てくれてます」
「……親御さんは」
リナンはそこで止まった。
続きを言わなかった。
リュカも訊かなかった。
リュカは袋を握っていた。
からからと鳴らないように、押さえていた。
「ミラさんが」
しばらくして、リュカが言った。
「見つけたら連れてこいって。翼診るからって」
「……あとで行きます」
「うん」
リュカはそれ以上言わなかった。
怪我してたら動かさないで呼んで、とミラは言っていた。
リナンはここまで自分で歩いてきた。
だから、あとででいいのだと思った。
---
「リュカくん」
「うん」
「石減ってますね」
リュカは袋を見た。
「五つ投げた」
「効きましたか」
「効かなかった」
「そうですか」
リナンは膝を抱えた。
焼けた翼の先が地面についている。
「わたし飛べたら」
言いかけてやめた。
リュカは待った。
三年、待つのは得意だった。石が応えるのを十日待つ。それを二十八回やってきた。
リナンは続きを言わなかった。
だから、リュカも言わなかった。
――飛べたら何だ。
考えて分かった気がした。
飛べたら子供を抱えて、上へ逃げられた。翼で庇う必要がなかった。
あるいは上から街を見られた。どこが燃えているか。誰が逃げ遅れているか。
だが飛ばなかった。
飛べないのではない。飛ばないのだと半月前に言っていた。理由がないことは説明できないんですと。
――今日もなかったのか。
訊かなかった。
訊けば答えるかもしれない。
だが、答えたところで昨日は戻らない。
リナンは膝を抱えたまま、翼の焦げた部分を指で触っていた。
何度も同じところを。
「ヴェスナさんは」
しばらくして、リナンが訊いた。
「……まだ」
リュカは言った。
「土間にはいなかった」
「いなかった」
「倒れてもいなかった」
リナンはそれを聞いて、指を止めた。
それから、また同じところを触りはじめた。
---
そのあとヴェスナが来た。
生きていた。
二階が傾いた宿から自分で出てきたらしい。腕に擦り傷がある。腰に片手を当てて、少し前に屈んで歩いていた。
腰を打ったそれだけだとあの夜戸の向こうで言っていた。嘘ではなかった。それだけでもなかった。
「坊主」
「うん」
老婆は空き地の入り口に立っていた。
箒を持っていた。
どこから持ってきたのか分からない。焼け残ったのか拾ったのか。
ヴェスナはリュカを見て、リナンを見た。
リナンの翼を見て、少しだけ目を細めた。
何も訊かなかった。
掃きはじめた。
焼けた瓦の破片を路地の端に寄せていく。
腰に片手を当てたまま片手で。
一人で。
穂の先が焦げて短くなった箒だった。どこかの家から拾ってきたのかもしれない。いつもの箒は、土間の隅で柄だけになっていた。
それでも、ヴェスナはいつもと同じ手つきで掃いた。
右から左へ。一度に同じだけ。
確かめていないものがなくなった。
四つとも確かめた。
確かめても、元に戻ったものは一つもなかった。
リュカは立ち上がった。
歩いていって瓦を拾った。
両手で抱えられるだけ抱えて、端に寄せた。水ぶくれの指は使わずに、掌と腕で抱えた。
二人とも何も言わなかった。
やることがあったからだ。
リナンはしばらく座ったまま、二人を見ていた。
それから立ち上がって、焼けた翼を背中で畳めるだけ畳んで、小さな破片を拾いはじめた。
---
誰かが来た。
トトだった。ザヴを坂の上まで運んで、戻ってきたのだ。煤だらけの顔のまま、片手に焼け跡から拾ってきた鉄の火掻き棒を持っている。
何も言わずに瓦を運びはじめた。
次に来たのはイサだった。布を巻いた手で桶を持っていた。
イサは、掃いているヴェスナの前で足を止めた。
ヴェスナも箒を止めた。
二人はしばらく互いの顔を見ていた。
「生きてたのかい」
「見りゃ分かるだろ」
「腰は」
「打った。あんたの手は」
「綱」
「そうかい」
それだけだった。
ヴェスナはまた掃きはじめた。イサは桶を置いて、細かい破片を拾いはじめた。
三十年、同じ路地で同じ井戸を使ってきた二人だった。
その次が名前を知らない男。
そのまた次が名前を知らない女。
昨夜桶を運んでいた男だった。朝名前を呼ばれて、「いる」と答えていた女だった。
名前は聞いたはずだった。
だが、覚えていなかった。
誰も何も言わなかった。
瓦を寄せて、梁をどかして、燃え残りを運んだ。
やり方を決めた者はいない。
だが自然と分かれた。重いものは男が持つ。細かいものは女が集める。運ぶ先は路地の端。焼けていない物は別にする。
――荷分けと同じだ。
リュカは運ぶ役をやった。得意だからだ。
途中で瓦の下から焼けた鎚の頭が出てきた。
トトに渡した。
「親方のだ」
「使えるか」
「柄が焼けてる。首は生きてる」
トトは鎚の頭を脇に置いた。焼けていない物の山に。
宿の戸口の近くで梁の下の瓦をどけていたとき、リュカの手が止まった。
瓦と瓦のあいだに石が一つ挟まっていた。
灰色で平たくて、片側の角だけが欠けている。
知っている形だった。
あの夜、筋の走ったほうに投げた五つ目の石だった。
当たって跳ねて、ここまで転がったのだろう。
リュカは石を拾った。
指の腹を使わずに、掌の付け根と薬指で挟んで。
袋に入れようとして手を止めた。
――今日じゃない。
そう決めたのは自分だった。
リュカは、石を焼けていない物の山の上に置いた。
壺の底と鉄の器のあいだに。
山の上で石は他のどれとも同じように、焼けずに残ったものの一つだった。
トトがそれを見ていた。
何も言わなかった。
そのうちその山が少しずつ増えていった。
壺の底。鉄の器。石の台。釘。焼けなかったもの。
――残るものと残らないものがある。
石は残る。木は残らない。
それだけのことだった。
昼が過ぎて日が傾いた。
日が傾きかけたころミラが空き地に来た。
記録の束を脇に抱えて、片腕の布をまた新しいのに替えていた。
「リナン」
リナンが破片を拾う手を止めた。
「あとで、って言ったでしょ。あとで、になったから来た」
リナンは少し笑おうとして、うまくいかなかった。
ミラはリナンの後ろに回って、焼けた翼を見た。
触らなかった。
それから、左の翼の二つ目の節のあたりを指の背でそっと押した。
リナンの肩がびくりと動いた。
「痛い?」
「……少し」
「こっちは」
ミラは少し外側を押した。
「そこは平気です」
「そう」
ミラは指を離した。
「骨は折れてない。打ったところが腫れてるだけ。焼けたところは冷やして。擦らないで。畳むときに無理に畳まないで」
「はい」
「何があったかは訊かないわよ」
ミラは言った。
「私が訊くのはどこが痛いかだけ」
リナンは頷いた。
ミラは記録の束を抱え直して、次の家へ向かった。
空き地の入り口で掃いているヴェスナとすれ違ったとき、一度だけ足を止めた。
「腰」
「打った」
「あとで見せて」
「あとでね」
ミラはそれ以上言わずに行った。
---
夕方近くになって、宿の軒下にルフが戻ってきた。
どこにいたのかは分からない。鱗が煤で汚れている。
尻尾の先が焦げていた。
リュカはしゃがんで鱗に触れた。
冷たい。いつも冷たい。
だが今日は少し温かい気がした。
――気のせいだ。
比べる道具がない。ミラの錘の糸なら呼吸は測れる。温度は測れない。
ルフはリュカの膝に前肢をかけて、それから離れた。
軒下の食べかけの石のところへ行って、また齧りはじめた。
かちり。
その音が街で唯一昨日と同じ音だった。
---
その日、リュカは杭を撃たなかった。
三年で初めてだった。
夜になって空き地に戻った。
的の杭が三本立っている。
二十歩、三十五歩、五十歩。
変わっていない。
袋を出して掌に空けた。
二十三個。
暗くて色は見えない。形だけを指で確かめる。水ぶくれのない薬指と小指で。
角の取れたもの。尖ったもの。平たいもの。丸いもの。
――全部、覚えてる。
いつ拾ったかは覚えていない。だが形は覚えている。
五つ足りない。
その五つの形も覚えていた。
シャツの胸に手を当てた。
青い石。三日目。あと七日。
肌の温度のままだった。
---
石を袋に戻した。
からからと鳴った。
昨日と同じ音ではなかった。
五つぶん軽い音だった。
空を見上げる。
摩天楼の腹に塞がれて、星は見えない。
昨日の朝一つ見えた。雨上がりで空気が澄んでいたからだ。
今朝は見なかった。
見る余裕がなかった。
――明日はどうだろう。
考えて分からなかった。
空き地を出た。
宿の一階は焼けている。二階が傾いている。
宿の前でヴェスナが焼け残った土間の西の隅に毛布を敷いていた。
どこかからもらってきた毛布だった。
「婆さん」
「なんだい」
リュカは何か言おうとした。
何を言おうとしたのかは、分からなかった。
あの夜、戸の向こうで腰を打ったそれだけだと言った。覗かなかった。後でと思った。
後でになった。
「……名簿」
「なんだいそれ」
「昼に名前を呼んでた。婆さんのとこザヴさんが書かなかった」
「そうかい」
ヴェスナは毛布の端を手で伸ばした。
「あたしは呼ばれても、いなかったからね。夜は宿の裏の崩れた塀の陰にいた」
「……」
「朝からは箒を探して、横丁を歩き回ってたんだよ。掃くものがあっても、箒がなけりゃ掃けないだろ」
それだけ言って、老婆は毛布の上に座った。
「ここの隅なら、上の床は落ちてこないよ」
傾いた二階の床板を顎で示した。
「寝な坊主」
「うん」
リュカの屋根裏は、屋根の残った半分の下にあった。
梯子を上がる。
三段目が鳴った。
鳴った。
そのことにリュカは少し安心した。
ずっと緩んでいる段だ。直そうと思われて、直されないまま、今日も鳴った。
屋根裏は無事だった。
板も隙間も天井の低さも。傾いたぶん床が少し斜めになっているだけだった。
杭の袋が壁際にあった。
手を入れて数えた。
四十本。
投槍器もその横にあった。
数え終えてから数えたことに気づいた。
身体が勝手に数えた。
板の隙間から夜が見えた。いつもは真っ暗な隙間に今夜は、遠くの熾火のかすかな赤が滲んでいた。
枕があって、その下に袋を入れる場所がある。
横になった。
袋を押し込む。
からからと鳴った。
昨日は二十八個だった。今日は二十三個。
――減った。
三年で初めて減った。
増えたことは何度もある。減ったことはなかった。
捨てたことがないからだ。
今日は捨てたのではない。使った。
効かなかったが使った。
――使えるものだったんだな。
三年、袋の中に入れていただけだった。
入れて鳴らして、数えないようにして、持ち歩いていた。
投げれば飛ぶ。当たれば音がする。
当たり前のことだ。
だが、やったことがなかった。
---
この日を境に街の名前が使われなくなる。
シャルディア。
シャルドという通貨の名と同じ語からきているらしい。欠片という意味だと誰かが言っていた。
誰も口にしなくなった理由は、言わなくても分かった。
名前で呼べばあった頃の街を思い出す。
だから呼ばない。
名前のない街に人が残った。
残った理由を誰も口に出さなかった。
出ていく者もいた。
その日のうちに三人。次の日に五人。
出ていく者は、たいてい朝早くに坂を上がっていった。荷を背負って、子供の手を引いて、振り返らずに。
振り返る者もいた。
振り返って、焼けた路地を見て、それから何も言わずに、また坂を上がっていった。
最初の三日ドランは運賃を取らなかった。怪我人と行く当てのある者を運んだ。
四日目から取るようになった。
取らなければ、昇降機を動かす油が買えないからだ。油は運んでこないと入らない。運ぶのは昇降機だ。
運賃はと訊かれて、取らんと即答した男が四日目から取るようになった。
誰も責めなかった。
そこから先は、四百シャルド持っている者だけが出ていった。
持っていない者が残った。
それが理由のすべてではない。
だが、理由の一つではあった。
リュカは残った。
四百シャルドを持っていなかった。
持っていたとしても、出ていったかどうかは分からない。
考えたことがなかったからだ。
紙の上の空いた場所のことをときどき思い出した。
紙はミラの記録の束の間に挟まれて、ザヴは籠で上へ運ばれていった。
あの場所にあとから誰かが書き足したのだろうか。
いると。
リュカは訊かなかった。
訊かなくても、ヴェスナは毎朝路地を掃いていた。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




