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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 十日目には何も

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幕間 「庇った娘」

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


ようやくここから物語が動き出します!

どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 井戸に屋根がなかった。


 四本あった柱のうち二本が折れて、石畳の上に黒く転がっている。残った二本の片方の根元に綱の端が結んである。


 綱は短かった。


 それでも、朝になると、人は桶を持って井戸へ来た。


 ほかに水の出るところがないからだ。


---


 列はいつもより短かった。


 並んでいる者の顔がどれも煤で黒い。前掛けが焦げている者。髪の端が縮れている者。裸足の者。


 綱を引いているのは、鍋を持った男だった。明け方に立っている家を数えていた男だ。


 イサは、井戸の縁に背中を預けて座っていた。


 両手に裂いた布が巻いてある。巻いた布の上から血がうっすら滲んでいた。


 綱を引く者が替わっても、イサはそこから動かなかった。


「籠もう動いてるって」


「怪我人を二人ずつ上へ運んでるって。夜が明けてすぐから」


「運賃取らないって」


「今日だけかい」


「知らないよ。今日は取らないって」


「上に医者がいるんだってね」


「上の医者がこっちの怪我人を診るもんかね」


「診ないなら、ドランさんが籠を下ろさないだろ」


 それで、その話は終わった。


「最初の籠で上がったのは、東の頭を打った人だって」


「ああ、あの人。奥さんが一晩じゅう名前を呼んでた」


「見つかったのかい」


「明け方に。自分で歩いて戻ってきたって。頭に布巻いて」


「それで上へ」


「奥さんも、詰所まで坂を歩いてついていったってさ。籠には二人しか乗れないから、次の籠を待つって」


「……そうかい」


 列に並ぶあいだすることがない。


 だから話す。


---


「見たかい翼の」


「翼人の娘だろ。宿の二階に泊まってた」


「そうあの子」


「子供を抱えてさ」


「二人だってね」


「翼をこう広げたんだって」


 女が桶を置いて、両腕を大きく広げてみせた。


「上から来たやつに翼をかぶせて」


「かぶせてどうすんだい」


「子供を隠したんだよ。上から見えないように」


「翼で?」


「翼で」


 聞いていた女が首を傾げた。


「翼人ってのは、翼が柔らかいんじゃないのかい」


「骨の音がしたって」


「誰が聞いたんだい」


「さあ。聞いた人がそう言ってたって」


---


「飛んだって聞いたよ」


 列の後ろから別の声がした。


「子供を二人抱えて、屋根の上までばあっと」


「屋根まで?」


「そのまま火の上を越えて、西のほうへ」


「翼人は長くは飛べないって聞くけどね」


「屋根くらいは越えられるだろ。翼があるんだから」


「そうかね」


「そうだよ」


 誰も見ていなかった。


 見た者から聞いた者から聞いた。


 誰から聞いたのかを訊くとたいてい誰かが「さあ」と言った。


---


「荷運びの小僧もいたってね」


「石拾いの?」


「そう。宿の坊主」


「あの子が何したんだい」


「石畳をひっぺがして、化け物を殴ったって」


「石畳ってあの一枚かい」


「あの一枚」


「あれ二十貫はあるよ」


「頭の上まで持ち上げて、ぶん殴って、屋根まで吹っ飛ばしたって」


「嘘だろ」


「嘘じゃないよ。瓦が落ちてきたのを見た人がいる」


「瓦は昨夜はどこでも落ちてたよ」


 笑い声が少しだけ起きた。


 すぐに消えた。


「化け物のほうはどうなったんだい」


「いなくなったよ。夜のうちにみんな」


「逃げたのかい」


「逃げたんじゃないって。帰ったんだって」


「どこへ」


「東へ。柱が倒れたとこから」


「人を襲わなかったって、うちの人が言ってた」


「襲ったろ。戸を破られた家があるよ」


「破ったんじゃなくて、押しただけだって」


「押して開けて、何もしないで出てったって」


「そんなわけあるかい」


「うちの人が見たんだよ」


「……じゃあ何しに来たんだい」


 誰も答えなかった。


「でっかい影を見たって人もいたね」


「影?」


「広場の上を通ってったって。空が暗くなったって」


「煙だろ」


「煙じゃないって」


「煙だよ。一晩じゅう煙だらけだったんだから」


 言い張った女のほうが声が大きかった。


 影を見たと言った女は、それ以上言い返さなかった。


---


「宿の軒下にいたあの鱗のは」


 誰かが思い出したように言った。


「石を食べるあれ」


「いないね」


「焼けたのかね」


「さあ。昨日の夕方にはいたけど」


「あの子が拾ってきたやつだろ」


「拾ったんじゃないよ。勝手に居ついたんだよ」


 話はそこで逸れて、戻ってこなかった。


「その坊主ならそこに寝てるよ」


 綱を引いていた男が顎で井戸の脇を示した。


 井戸の脇の石畳の上に少年が一人横になっていた。


 焦げた外套を着たまま、その上から濡れて乾きかけた毛布の切れ端が掛けてある。誰かが掛けたのだ。切れ端の裾から煤で黒くなった足が出ていた。靴の底が焦げて反り返っている。


 右手が胸の上に置かれていた。


 人差し指と中指の腹に白い水ぶくれが二つ並んでいた。


「明け方にあの黒い山の上で倒れたんだって」


「運んでもらったのかい」


「鍛冶場の見習いと誰かが」


「……ずっと桶を運んでたからね」


 イサが座ったまま言った。


 言ったのはそれだけだった。


 列の女たちはしばらく少年を見ていた。


「起こして訊いてみるかい」


「何を」


「石畳本当に持ち上げたのかって」


「寝かしときな」


 イサが言った。


 誰も起こさなかった。


 列の脇に柄杓を握った男の子が立っていた。十にもならない子だ。


「その兄ちゃんずっと走ってたよ」


 男の子が言った。


「桶持ってこぼさないでずっと」


「そうかい」


「こうやって走るんだよ。足こう」


 男の子が柄杓を持ったまま、膝を曲げて石畳の上を滑るように歩いてみせた。


「こぼさないんだよ」


「はいはい」


 女の一人が男の子の頭を撫でて、列の前へ押し出した。


「あんたの家の分先に汲んでもらいな」


 男の子は、まだ何か言いたそうに少年のほうを振り返った。


 誰も続きを訊かなかった。


 石畳を持ち上げたかどうかの話のほうがずっと面白かったからだ。


---


「でその娘は」


 最初に翼の話をした女が桶を持ち直して言った。


「子供を隠して、それからどうしたんだい」


「西へ行ったって」


「西は壁だよ」


「長屋のほうへって聞いた」


 女が口を開けて閉じた。


 列の何人かが同じ方を見た。


 路地の西のほう。黒い炭の小山のそのまた向こう。


 空き地に面して、長屋が建っていた場所。


 今は黒い低い山があるだけだ。


「……長屋は」


 誰かが言いかけてやめた。


 言わなくてもここから見えた。


---


「子供ってのはどこの子だい」


 しばらくして、別の女が訊いた。


「広場の。あの家の」


 訊いた女が広場に面した家を見た。


 壁が一枚だけ立っている。その向こうに朝の光が素通りしていた。


「……あの家の子なら、上が七つで下が五つだよ」


「そうだったかね」


「親は」


 答える者はいなかった。


 綱を引く音だけがした。


 桶が上がってきて、水が器に移される音がした。


---


「宿の婆さんは」


 列のいちばん後ろの老人がぽつりと言った。


 誰も答えなかった。


 何人かが宿のほうを見た。


 二階が東へ傾いていた。一階の東側が黒く抜けている。傾いた二階の下に土間がある。


 毎朝、その土間の前から路地の端まで掃いていた老婆がいた。


 今朝、路地は誰にも掃かれていなかった。


「……見た者は」


「知らないね」


「そうかい」


 老人はそれきり黙った。


「二番街の油屋も燃えたって」


 別の男が話を逸らすように言った。


「あそこから火が降ってきたんだろ」


「そう聞いた」


「店ごと落ちたって」


「主人は」


「さあ。上の街のことはこっちじゃ分からん」


「分からんね」


 二番街は坂を一つ上がった先にある。


 ここから路地の入り口まで二十歩。小路を十歩。その先の石段を四十二段。


 それだけの距離の街の人間のことをこの井戸端の誰も、名前で知らなかった。


---


 話が途切れた。


 途切れたまま、誰も新しい話を始めなかった。


 翼の娘が飛んだかどうか。坊主が石畳を持ち上げたかどうか。


 さっきまでそういう話をしていた。


 今は誰もそういう話をしなかった。


 訊けば次の名前が出てくるからだ。


 隣の家の。向かいの。坂の途中の。


 出てきた名前に誰かが「知らない」と答えなければならなくなる。


 だから、誰も訊かなかった。


 列が少しずつ進んだ。


 桶が一つ満ちるたびに一人ずつ黙って、器を抱えて帰っていった。


 帰る先の家が立っているのかどうかは、誰も訊かなかった。


---


 イサの前を女が一人通り過ぎかけて、足を止めた。


 最初に、翼を広げてみせた女だった。


「イサさん」


「なんだい」


「その手」


「綱だよ」


「……一晩?」


「一晩」


 女は自分の桶の水を少しだけイサの膝の脇の鍋に移した。


 何も言わなかった。


 イサも礼を言わなかった。


 女は残りの水を抱えて、東の路地へ帰っていった。


---


 広場の東の端を薬師の娘が片腕に布を巻いたまま、家から家へ回っていた。


「薬全部燃えたんだって」


「じゃあ何しに回ってるんだい」


「診てるんだよ。見て冷やせとか動かすなとか言って回ってる」


「薬がないのに」


「ないのに」


 女は少し黙ってから言った。


「うちの人の火傷見てもらった。水かけとけって。それだけ」


「それだけかい」


「それだけ。でも、見てもらったら、うちの人少し静かになったよ」


---


 昼が近づくと列はまた少しだけ長くなった。


 誰かが紙を持ってこいと言った。


 誰かが鍛冶場の親方なら書けると言った。


 誰かが数えるのかいと訊いた。


 訊かれた者は答えなかった。


 答えなくても、みんな分かっていた。


 三年、この井戸端では名前を知らなくても、暮らしていけた。


 「鍛冶場の」「薬房の」「石拾いの」で通じた。


 今日は通じない。


 今日は名前を呼んで、返事を待たなければならない。


---


 翼人の娘が本当に翼で子供を庇ったのかどうか。


 坊主が本当に石畳を持ち上げたのかどうか。


 列に並んだ者たちは誰も知らなかった。


 知っている者は、井戸の脇で毛布の切れ端を掛けられて眠っていた。


 右手を胸の上に置いたまま。


 誰にも起こされないまま。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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