水と、夜明け①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
ようやくここから物語が動き出します!
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
七。
八。
水が温かくなった。
脛を洗う水の冷たさが一歩ごとに薄れていく。さっき広場の穴から下りたときは、足の指が縮むほど冷たかった。今は指が縮まない。
九。
十。
匂いが変わった。
水と石の匂いの中に焦げた木の匂いが混じってくる。湿った灰の匂い。燃えた漆喰が水に落ちたときの鼻の奥に刺さる匂い。
十二。
十四。
前のほうがぼんやりと明るかった。
水路の中に明かりがあるはずがない。蓋の外れた穴から落ちてくる明かりなら、四角く白く真上から来る。
この明かりは赤かった。
揺れていた。
十六。
十八。
音がした。
じゅうと長く。
水が何か熱いものに触れて、上げる音だった。
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二十歩で梯子に指が触れるはずだった。
指は触れた。
錆びた鉄のざらついた一段目。さっきここから上がった。
その先を見た。
水路の天井がなかった。
正確には天井の石が割れて、真ん中から落ち込んでいた。梯子から三歩ほど先で石組みの天井に大きな穴が開いている。穴の上から赤い光と熱と煙が斜めに差し込んでくる。
穴の真下に上から落ちてきたものが積み重なっていた。
燃えた板。割れた瓦。黒く焦げた梁の端。
水の中に半分沈んで、半分は水面から突き出している。突き出した部分がまだ赤く燃えていた。燃えている木の下で水が煮え立つように泡を立て、湯気が天井の穴へ吸い上げられていく。
――上の家が落ちてきた。
路地の入り口の西の脇。燃えながら軒ごと崩れて、梁が斜めに路地を塞いだ家。
その家は路地の上に崩れ落ちていた。
水路は路地の石畳の真下を通っている。
崩れ落ちた家の重さが石畳ごと水路の天井の石を割った。割れた穴から燃えた家の一部が水路の中まで落ちてきた。
リュカは梯子に掴まったまま、それを見ていた。
積み重なった燃え殻は、水路の幅いっぱいに詰まっていた。上は天井の割れ目まで届いている。下は水の底まで。
隙間はない。
何日か前二番街の裏を通る上の水路で詰まりを抜いたことがある。木片と布と泥が絡まって、水路の半分を塞いでいた。いちばん最後に引っかかったものから外していけば崩れる。そうやって四半刻で抜いた。
今度のは半分ではなかった。
全部だった。
そして燃えていた。
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それでも、手を伸ばした。
水面から突き出した板の端に指先をかけようとした。
熱が指先に届く前に来た。顔に腕に湯気が噴きつけてくる。息を吸うと喉が焼けるように痛んだ。
指が板の端に触れた。
触れた瞬間に引いた。
人差し指と中指の腹が白くなっていた。遅れて痛みが来た。
――抜けない。
抜くなら最後に引っかかったものから。
どれが最後に引っかかったのかは、見れば分かる。いちばん下の水に沈んだ梁の端だ。あれが水路の壁に斜めに噛んで、上のものを全部受け止めている。
あれを外せば崩れる。
だが、あれに触るには燃えている板の下に腕を入れなければならない。
リュカは水の中で足元を見た。
水が少しずつ上がってきていた。
脛の真ん中にあった水面が膝の下まで来ている。
燃え殻が水の流れを塞いでいる。西へ下るはずの水がここで止まって、溜まっていく。
このまま溜まれば、梯子の段が一つずつ水に沈む。
リュカは燃え殻の山をもう一度見た。
下の梁を外せば崩れる。崩れた燃え殻は流れに押されて、西へ流れる。
流れた先でまた詰まる。
詰まった場所から先の水路は、宿の裏の下を通っている。
燃えた木が宿の下で詰まれば、そこでも水が溜まる。
――荷は崩していい場所で崩す。
籠の中で荷が崩れかけたとき、崩す場所を選ぶ。崩れていい側に倒して、崩れてはいけない側を守る。三年、そうやって割らずに運んできた。
ここは崩していい場所ではなかった。
この先に行きたい場所がある。
リュカは手を引いた。
指の腹がずきずきと脈打っていた。
――翼のない者の道だった。
さっきそう思った。
その道が上から落ちてきたもので塞がった。
上から落ちてきたのは、翼のあるものではなかった。
ただの燃えた家だった。
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梯子を上がった。
指の腹が段に触れるたびに痛んだ。痛い指を浮かせて、掌と残りの指で段を掴んだ。
七段。
上の蓋は、さっき自分がずらしたままになっていた。
頭を出した。
熱が顔の前から来た。
路地の入り口の脇だった。坂の側の小路の角。
すぐ西に崩れた家があった。
梁と柱と屋根板と瓦が路地の真ん中に崩れ落ちて、小山になっている。小山全体が燃えていた。炎はもう背の高さほどではない。膝の高さで低く這うように燃えている。低いぶん広がっていた。路地の端から端まで切れ目がなかった。
この家をリュカは知っていた。
知っていたのは窓の灯りだけだった。
三年、毎日この前を通った。朝、灯りを点す三軒のうちの一軒。子供が多いのかもしれないと思っていた。朝が早いから。
誰が住んでいるのか一度も確かめたことはなかった。
戸を叩けばいいと思った日もあった。
だが理由がなかった。
その家が今路地を塞いで燃えていた。
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リュカは蓋の縁から身体を引き上げて、路地に立った。
小山の向こうを見た。
炎と煙の隙間から宿が見えた。
入り口から西へ二十歩。
宿の屋根の東側の軒先に赤いものが揺れていた。
燃えている。
さっき広場から見たときには、まだ燃えていなかった軒だ。
小山の火が宿の東隣の荷車を引く男の家の軒を伝って、宿の軒まで届いていた。
「婆さん!」
叫んだ。
炎が声を食った。
「婆さん! リナン!」
返事はなかった。
聞こえないのか返事がないのか。
さっきと同じだった。
小山に足をかけてみた。
靴の底が瓦の上で滑った。滑った下から熾火の赤が覗いた。靴の底の革が焦げる匂いがした。
二歩目を踏むところで足の裏に熱が噛みついた。
跳ねるように足を引いた。
リュカは、小山の端を回れないかと路地の両側を見た。
路地の南側の家は軒が燃えている。北側の家は壁が崩れかけている。家と家のあいだに人が一人通れる隙間はない。二十三軒は肩を寄せて建っている。
本通りから脇へ入る横丁がいくつかある。
だが、どれも行き止まりだ。三年、荷を届けに何度も入った。どの横丁の奥に何軒あって、どこで行き止まるか足が覚えている。横丁は本通りから入って、本通りへ戻るしかない。
西へ抜ける道は、この本通りのこの小山の上にしかなかった。
上は燃えている。
下は塞がった。
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「あんた」
後ろから声がした。
振り返るとイサが立っていた。
両手に桶を一つずつ提げていた。どちらも井戸の綱に結んだ桶ではない。どこかの家の戸口から持ってきた桶だった。
二つとも水が入っていた。
イサはリュカの顔を見て、それからリュカの後ろの小山を見た。
「運びな」
片方の桶をリュカの胸に押しつけた。
リュカは受け取った。
重かった。水の重さだった。荷の重さとは違った。
「あそこへかけな」
イサが顎で小山を示した。
「あそこが消えりゃ向こうへ行ける」
それだけ言って、イサはもう片方の桶を提げたまま、小山のほうへ歩いていった。
自分でかけるつもりだった。
イサの家は広場の東側にある。その屋根はまだ燃えていなかった。
燃えていない家の者が燃えている家の火に水を運んでいた。
リュカは桶を抱えたまま、一拍だけ立っていた。
それから、イサの後を追った。
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小山の端に桶の水をかけた。
じゅうと音がした。
白い湯気がばっと上がった。
湯気が晴れると、水をかけた場所だけ炎が消えていた。
両手を広げたくらいの幅だった。
その両隣はまだ燃えていた。
一杯で両手を広げたくらい。
小山の端から端まで何杯要るのか。
リュカは考えるのをやめた。
空の桶を持って広場へ走った。
二十歩。
井戸の縁にイサが先に戻っていた。短くなった綱でもう桶を下ろしていた。
綱を引く。水の入った桶が上がってくる。
イサはそれをリュカの空の桶に移した。
「運びな」
またそれだけ言った。
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三杯目を運んで戻ってきたとき、井戸端に人が増えていた。
子供を抱えていた男が子供を毛布の老婆に預けて、鍋を持って立っていた。家の中から持ち出してきた煤けた鍋だった。
東の路地のほうから女が二人来た。二人とも水瓶を抱えていた。
トトがザヴのそばから立ち上がって来た。
「俺も」
「親方は」
「ミラさんがいる」
トトは自分の前掛けを井戸の水に浸して、絞って頭から被った。
誰かがそれを見て、同じようにした。
毛布の老婆が預かった子供を膝に抱いたまま、自分の毛布を半分ずつに裂いて、濡らしてかける男たちに一枚ずつ渡した。
裂くとき布の音がした。
老婆は、裂いた毛布の残りで子供の肩を包み直した。
小さな男の子がどこかの家から柄杓を持ってきて、井戸の脇に立った。十にもならない子だった。柄杓一杯の水を両手で持って、小山のほうへ走り出そうとした。
イサがその子の襟首を掴んだ。
「そこで濡らし役」
イサは柄杓を取り上げずに言った。
「かける人の布が乾いたら、それで濡らしてやりな」
男の子は柄杓を握りしめたまま頷いた。
誰が並べと言ったわけでもなかった。
汲む者運ぶ者かける者。
気がつくと分かれていた。
汲むのはイサだった。短い綱で桶を下ろして上げる。上げた水を差し出された器に移す。桶でも鍋でも、水瓶でも何でもよかった。
かけるのは男たちだった。前掛けや布を濡らして被り小山のいちばん近くまで寄って、水を叩きつける。
運ぶのはその間を走る者たちだった。
リュカは運ぶ役になった。
誰にも言われなかった。
三年、荷を運んできた。運ぶのは得意だ。
それだけのことで身体が勝手にそこへ入った。
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水は荷と違った。
荷は積めば動かない。縄をかけて、重いものを下にして、揺れないように置けば籠の中で大人しくしている。
水は揺れる。
走ると桶の中で水が片側に寄る。寄った水が縁から跳ねる。跳ねたぶんだけ軽くなる。軽くなったぶんだけかける水が減る。
だから、走り方を変えた。
膝を柔らかく使って、上下に揺らさない。足の裏で石畳を撫でるように、滑らせて走る。
沈み《ハウ》の足の運びに近かった。足音を消すための歩き方が水をこぼさない走り方になった。
三年、溝鼠を追うときに、いつも使ってきた歩き方だった。
水を運ぶために使ったことは一度もなかった。
だが、身体に入ったものは使い道を選ばなかった。
二十歩。
小山の手前でかける男に桶を渡す。
空の桶を受け取る。
二十歩。
井戸の縁でイサに空の桶を渡す。
水の入った器を受け取る。
二十歩。
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何度やったのか覚えていない。
数えていなかった。
数える余裕がなかったのではない。
数えようとすると、手が止まりそうになった。
杭は四十本と決まっている。一巡で四十本撃てば拾いに行く。
荷はその日の数が朝のうちに決まっている。三つの日もあれば、八つの日もある。だが朝には今日は幾つか分かっている。
地上層の受け渡し場から第七通りの突き当たりまでは二百七歩と決まっている。
終わりが決まっているものは数えられる。
四十本目を撃てば一巡が終わる。八つ目の荷を下ろせばその日が終わる。二百七歩目で戸口に着く。
数えればあと幾つで終わるかが分かる。
これは決まっていなかった。
何杯かければ、小山の火が消えるのか。
何杯かければ西へ行けるのか。
誰にも分からなかった。
終わりが分からないものを数えると、数は増えていくだけで減っていかない。減っていかない数は、重くなるだけだった。
だから数えなかった。
---
――石は。
走りながらふと思った。
袋の石も終わりが決まっていない。
何個目で宿るのかリュカは知らない。宿らないまま、ずっと増えていくのかもしれない。
それなのに数えている。
二十三。二十八。
三年、ずっと数えてきた。一つ拾うたびに。一つ外れるたびに。
減っていかない数なのに。
終わりの分からない数なのに。
――なんでだ。
答えが出なかった。
答えが出ないまま、井戸の縁に着いた。
イサが水の入った鍋を突き出してきた。
受け取った。
考えるのをやめて走った。
---
小山の手前は熱かった。
水をかけるたびに湯気が噴き上がって、顔と腕を白く包む。包まれた一瞬目が開けていられない。目を閉じたまま桶を渡し、目を閉じたまま空の桶を受け取る。
足元の石畳は、かけた水と跳ねた水で濡れていた。濡れた石畳が熱で湯気を上げている。靴の中まで湯のような水が染みてくる。
かける男の一人が振り返らずに怒鳴った。
「次!」
リュカが桶を差し出す。
男がひったくるように受け取って、叩きつける。
じゅう。
「次!」
誰の名前も呼ばれなかった。
呼ぶ必要がなかった。次と言えば次が来た。
途中でトトとすれ違った。
トトは運ぶ役とかける役を行ったり来たりしていた。濡れた前掛けを被った顔が煤と湯気で目のところだけ白い。
「お前、指」
すれ違いざまにトトが言った。
「焼いた」
「どこで」
「水路で」
「……上はなって言ってたろ」
「言った」
「下も燃えてたのかよ」
「落ちてきた」
トトは何か言い返そうとして、桶の水をこぼしそうになってやめた。
二人とも走った。
途中で桶を渡してきた手を見た。
女の手だった。
指の節が太い。掌の皮が厚い。三十年、同じ井戸の綱を引いてきた手だった。
その掌が赤く剥けていた。
短くなった綱を何十回も、何百回も引いたからだ。剥けたところから血が滲んで、綱に黒い染みを作っていた。
イサは何も言わなかった。
リュカも何も言わなかった。
水の入った桶を受け取って走った。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




