↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 十日目には何も

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/161

影と、通り道②

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


ようやくここから物語が動き出します!

どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 静かになった。


 火の音だけが、残った。


 足音のしないものがいなくなると、足音のしない場所になった。誰も、動いていなかった。


 しばらくして、イサが、桶を井戸に下ろした。


 水の音がした。


 それが合図になったように、広場の人たちが、ゆっくりと息を吐いた。子供を抱えた男が、子供の頭から手を離した。子供は、泣きもせずに、父親の顔を見上げていた。


 子供を抱えた男の腕の中で、子供が、東の空を指さした。


「おおきいの」


 小さな声だった。


「おおきいの、いった」


 男は、子供の指を、そっと自分の手で包んで下ろさせた。


 何も言わなかった。


 トトが、ザヴの脇に戻って、しゃがみ込んだ。


 ザヴは、まだ目を閉じていた。息はしていた。


「なんだったんだ」


 トトが言った。


「分からない」


「何しに来たんだ」


「分からない」


「燃やしに来たのか」


「……分からない」


 燃やしたのは、上から降ってきた油だった。


 壊したのは、倒れた柱だった。


 それらは、人を払いのけて、戸を押し開けて、屋根を伝って、通り過ぎただけだった。


 燃やしに来たのではない、とリュカは思った。


 だが、そう言い切れるだけのものを、何も持っていなかった。


 ミラが、ザヴの額に手を当てたまま、言った。


「……終わったの?」


 誰も答えなかった。


 答えられる者がいなかった。


 広場の東の路地のほうから、女の声がした。


 名前を呼んでいる。


 一つの名前を、何度も。


 聞き取れなかった。聞き取れても、たぶん知らない名前だった。


 声は、東の路地の奥へ、呼びながら遠ざかっていった。


 リュカは、額の黒く濡れた男と、その頭を膝に抱いていた女のことを思い出した。


 あの声が、あの女なのかどうかは、分からなかった。


---


 坂の側の小路のほうから、音がした。


 瓦が崩れる音だった。


 だが、火の中で弾ける音とは違った。上から落ちてくる音でもない。


 誰かが、瓦の上を踏んで、崩している音だった。


 リュカは、小路の入り口のほうを見た。


 入り口の西の脇で、燃える梁はまだ炎を上げている。


 その向こう、小路の入り口の上の、屋根越しの空が、さっきより暗かった。坂の途中の高い位置で揺れていた、張り出しの火の照り返しが、消えている。


 ――火が、垂れてない。


 気づいた。


 張り出しから糸を引くように落ちていた火が、止まったのだ。


 油屋の壺が、全部割れて、全部燃え尽きたのだ。鍛冶場の壁も、さっき内側へ傾いていた壁も、音がしないのは、もう倒れ終わったからだ。


 燃えるものが燃え尽きて、崩れるものが崩れ終わった。


 小路の入り口から十歩の薬房も、もう炎は立っていないはずだった。落ちた屋根の下で、棚が燃え尽きて、熾火になっている。入り口のすぐ上の低いところに、薬房の熾火の赤だけが、鈍く残っていた。


 照り返しの消えた小路の奥から、瓦を踏む音が近づいてきた。


 一歩。瓦が滑る。


 また一歩。


 足音があった。


 足音のするものだった。


 足音は、急いでいなかった。


 一歩ずつ、足場を確かめて踏んでいる音だった。重いものを担いで石段を下りるとき、リュカも同じ踏み方をする。踏んだ瓦が滑らないか、次の段が崩れていないか。足の裏で一つずつ確かめてから、体重を載せる。


 その踏み方を、リュカは知っていた。


 三年、毎朝、詰所の籠の床板を、同じように踏んで確かめる男がいる。


 小路の入り口の角に、人影が出てきた。


 痩せた男だった。片手で壁を探りながら、もう片方の腕を、身体の脇に抱えるようにしていた。


 顔が、煤で真っ黒だった。


「……坊主」


 ドランだった。


 リュカは、自分の肩から、何かが一つ下りたのを感じた。


 確かめていないものの数には、入れていなかった。坂の上の詰所は、火から遠い。昇降機は石の中にある。だから、ドランは大丈夫だと、どこかで決めていた。


 決めていたことが、今、確かめられた。


 確かめられて初めて、決めていただけだったと分かった。


---


 リュカは、広場から入り口のほうへ、何歩か歩いた。


「ドランさん」


「生きてたか」


「生きてます」


 ドランは、入り口の角で立ち止まった。


 抱えていた腕を見た。前腕に、長い切り傷がある。血は、もう固まりかけていた。


「石段で、鍛冶場の壁を越えてきた」


 ドランは言った。


「瓦で切った。大したことはない。薬房の前は、熾火だけだ。熱いが、通れる」


「油屋は」


「燃え尽きた。張り出しの床が抜けて、石段に落ちてる」


「主人は」


「見てない」


 ドランは、それだけ言った。


「石段で、張り出しの下を通った。もう何も落ちてこなかった。店の中がどうなってるかは、下からじゃ見えん」


 見えないのか、見に行かなかったのか。ドランは言わなかった。


 リュカも、訊かなかった。


 それから、顔を上げて、広場を見た。


 燃えている屋根を見た。井戸の焼けた屋根を見た。倒れた梁を見た。ザヴと、トトと、ミラを見た。


 しばらく、何も言わなかった。


 言葉が、出ないようだった。


 リュカも、何も言わなかった。


 ドランの目が、広場の東の端で止まった。


「ザヴか」


「脚が折れてます。ミラさんが、添え木を」


 ドランは、ザヴのほうへ歩いていった。


 ミラの前でしゃがんで、添え木の綱の結び目を、指で一つずつ確かめた。


「……いい結び方だ」


「私が言ったの。締めたのは、私とトト」


「そうか」


 ドランは立ち上がった。


「怪我人は、何人いる」


 ミラに訊いた。


「分かってるのは、ザヴさんと、私。他は、まだ分からない」


「東で、頭を打った男がいます」


 リュカが言った。


「広場から東へ二十歩。女の人が、膝に抱いてました」


 ミラは、東の路地のほうを一度だけ見た。


「……じゃあ、三人」


「籠は三十貫までだ」


 ドランは言った。


「ザヴは重い。一人で一回。軽い者なら、二人ずつだ」


「何回、往復できるの」


「上の医者が、どれだけ受けるかによる」


 ドランは、それ以上は言わなかった。


 三十貫。籠の上限は、リュカも知っている。荷を積むとき、頭の中で足してきた数だ。


 人を、荷と同じ数で数えるのを、初めて聞いた。


「昇降機は」


 リュカが訊いた。


「無事だ」


 ドランは即答した。


「綱も、籠も、滑車も。音も変わってない。さっき確かめてきた」


「動きますか」


「動く」


 ドランは、坂の上のほうを見上げた。


「動かす。夜が明けたら、動かす」


「荷は」


「荷じゃない」


 首を振った。


「怪我人だ。上に医者がいる。ザヴと、ミラの腕と。他にもいるだろう」


「運賃は」


「取らん」


 即答だった。


 ドランは、それ以上、何も付け足さなかった。


---


「あいつら」


 ドランが言った。


「街のほうに来た。詰所には、来なかった」


「一体も?」


「一体もだ。詰所の窓から、見えた。二番街のほうから、何体か、坂をこっちへ下りていくのを」


 ドランは、切り傷のある腕を、もう片方の手で押さえた。


「それからは戸を閉めて、籠の芯の脇にいた。綱の音を聞いてた。あいつらが綱に触ったら、音が変わる」


「変わりましたか」


「変わらなかった」


 ドランは、少しだけ息を吐いた。


「一度も。あいつら、昇降機には見向きもしなかった」


 それは、ドランにとっては、よかったことのはずだった。


 だが、そう言うドランの声は、少しもほっとしていなかった。


 昇降機に用がない、ということは、層をまたぐのに、籠も綱も要らないということだ。


 あいつらは、昇降機を使わずに来て、使わずに出ていった。


 リュカは考えた。


 詰所は、坂を二つ上がった先にある。昇降機で、よそから来るなら、必ずそこを通る。


 だが、通らなかった。


 東の外れの柱の穴から入ってきたものもいた。二番街のほうから坂を下りてきたものもいた。どちらも、詰所には寄らずに、この街の中を通って、また東へ出ていった。


 ――街の中に、何か。


 考えて、思い当たらなかった。


 三番街の真ん中には、井戸と、この広場しかない。


「坊主」


「はい」


「聖石を、知ってるか」


「名前だけ」


「国の宝だ。結界の元になってると聞いてる」


 ドランは、坂の上の、そのまた上のほうを見た。


 さっき金色の光が広がってきた方角だった。


「どこにあるのかは、知らん。いちばん上の、王城だろうな」


「じゃあ、ここは関係ないんじゃ」


「関係あるさ」


 ドランは首を振った。


「結界は、国全体を覆ってる。元が一つ抜ければ、端から順に割れる」


「端」


「ここだ」


 ドランは、広場を見回した。


「三番街は、端の端だ。だから、真っ先に割れた」


 端の端。


 上の人間が、この街を小銭の街と呼んでいるのを、リュカは知っている。荷を受け取るとき、上の商人がそう言うのを何度も聞いた。


 小銭は、財布の底に溜まる。落としても、拾いに戻らない。


 端の端というのは、そういう場所だった。


 ドランは、それを悪く言う声では言わなかった。


 綱のどの位置が一番擦り切れやすいかを言うときと、同じ声だった。


「上は」


 リュカは訊いた。


「上は、大丈夫なんですか」


 ドランは、坂の上のそのまた上を見たまま、しばらく答えなかった。


「詰所の窓から、見えた」


 ようやく言った。


「金色が消えたとき、この辺りの空から、色がなくなった。二番街の上も、詰所の上も」


「……」


「だが、摩天楼の壁の中は、まだ明るかった」


 ドランは、そこで言葉を切った。


 それが何を意味するのか、ドランにも分かっていないようだった。分かっていないことを、分かっていないまま言う男だった。


「見えたことだけ言った。理由は知らん」


 リュカは、広場を見た。


 井戸と、焼けた屋根と、倒れた梁。


 何もない。


「じゃあ、ここに、何かあったわけじゃ」


「ない」


「なんで、来たんですか」


 ドランは、少しだけ黙った。


 それから、言った。


「通り道だったんだろ」


 それだけだった。


---


 ドランは、坂の側の小路のほうへ戻りかけた。


「戻るんですか」


「昇降機を見てる」


「でも、街が」


「街は、ここにいる者で見る。俺の持ち場は、坂の上だ」


 ドランは、入り口の角で、一度だけ振り返った。


「婆さんは」


 リュカは、燃える梁のほうを見た。


「……まだです」


「まだ?」


「確かめてません」


 ドランは、梁の向こうを見た。


 炎の向こうに、宿の屋根が、ほんの少しだけ見えていた。


 ドランは、何も言わなかった。


 責める顔でも、急かす顔でもなかった。


 昇降機の綱の音を聞くときと、同じ顔だった。


「夜明けに、籠を下ろす」


 それから、少しだけ間を置いて、言った。


「坊主。明日の荷はない」


「はい」


「明後日も、たぶんない」


「……はい」


「だから、今夜は、荷のことは考えるな」


 それだけ言って、ドランは暗い小路の奥へ戻っていった。


 瓦を踏む音が、遠ざかっていった。


---


 通り道。


 リュカは、その言葉を、口の中で転がした。


 この街は、いつも通り道だった。


 荷が、下から上へ行く。上から下へ行く。三番街から担ぎ上げる荷も、三番街へ下ろす荷もある。だが大半は、詰所で積み替えられて、そのまま別の層へ行く。


 荷は、通り過ぎていく。


 荷を運ぶ者も、通り過ぎていく。


 今夜、来たものたちも、通り過ぎただけだった。


 戸を押して、屋根を伝って、柱を倒して、人を払って。


 この街に、用があったのではなかった。


 この街の、先に用があった。


 だから、通り過ぎた。


 通り過ぎたあとに、焼けた屋根が残った。


 荷を運ぶとき、途中で落とした釘や、ほどけた紐の切れ端を、拾う者はいない。運んでいる者は、先を見ている。落としたことにも気づかない。


 拾うのは、そこに住んでいる者だけだ。


 この街の人間は、落ちたものを拾う。瓦でも、釘でも、紐の切れ端でも。


 明日から、この街は、落とされたものを拾うことになる。


 荷運びは、荷を通すための者だ。


 受け取って、運んで、渡す。自分のところに残る荷は、一つもない。三年、そうやって、上へ下へ、荷を通してきた。


 通すほうの側にいると、通り道がどういう場所なのか、考えたことがなかった。


 通り道に住んでいる者のことを、考えたことがなかった。


 自分も、そこに住んでいたのに。


---


 やがて、東の空に、何かが見えた。


 柱と柱の隙間の、そのまた向こう。摩天楼の壁が夜に溶けて見えなくなる、そのさらに上。


 見上げても首が痛くなるほど高いところに、光の塊があった。


 さっきの金色とは違う。白でもない。色の名前が分からない光だった。


 小さかった。遠すぎて、小さく見えるのだと分かった。


 それが、ゆっくりと、上へ遠ざかっていく。


 摩天楼のいちばん上よりも、さらに上へ。空の、そのまた先へ。


 広場の人たちが、それを見上げていた。


 イサが、井戸から引き上げかけた桶を、縁の上で止めた。水が、桶の縁から少しずつこぼれて、石畳に落ちた。


 トトは、ザヴの肩に手を置いたまま、首だけを上に向けていた。


 ミラは、見上げなかった。ザヴの額に手を当てたまま、ザヴの顔を見ていた。


 誰も、何も言わなかった。


 リュカも、見上げていた。


 それが何なのかは、分からなかった。


 分かるのは、ずっと後になってからだ。


 この夜、三つの国から、聖石が奪われた。


---


 光の塊が見えなくなったとき、リュカは、首が痛いことに気づいた。


 下を向いた。


 足元に、井戸の脇の穴がある。


 蓋の外れた、四角い穴。さっき、つま先だけ浸けた水が、下で揺れている。


 確かめていないものは、四つ。


 ヴェスナ。


 リナン。


 子供たちの家。


 東の、男と女。


 足音のしないものたちは、いなくなった。


 だが、火は、いなくなっていない。


 小路の入り口の西の脇で、燃える梁が、まだ道を塞いでいる。その向こうで、屋根から屋根へ、火がまだ西へ移っている。


 宿まで、入り口から二十歩。


 長屋まで、そこから五十歩。


「リュカ」


 ミラが呼んだ。


 ザヴの額に手を当てたまま、顔だけこちらに向けていた。


「リナン、見つけたら、ここへ連れてきて」


「はい」


「怪我してたら、動かさないで。呼んで。私が行く」


「薬、ないですよね」


「ないわよ」


 ミラは言った。


「手はある」


「……はい」


「……行くのか」


 トトが、ザヴの脇から言った。


「行く」


「今度こそ、か」


「今度こそ」


 トトは、しばらくリュカを見ていた。


 それから、ザヴの肩に置いた手に、少しだけ力を入れた。


「俺は、ここにいる」


「うん」


「親方が起きたら、お前が水路に潜ってったって言っとく」


「うん」


「……戻ってこいよ」


 さっき、薬房へ行くときには、すぐ戻れよ、と言われた。


 あのときは、戻ってきた。


「戻る」


 リュカは言った。


 言い切った。


 リュカは、穴の縁に手をかけた。


 さっきと同じ場所に。


 足を下ろした。


 冷たい水が、脛まで来た。


 もう片方の足も下ろした。


 穴の底に立つと、頭の上に、四角く、燃えている夜が見えた。


 水路の中は、さっきと変わらなかった。


 冷たくて、暗くて、水と石の匂いがする。


 頭の上の四角い穴から、火の明かりが、水面に落ちている。その明かりの中で、水がゆっくりと西へ寄っていくのが見えた。


 上では、足音のしないものがいなくなった。


 下には、最初からいなかった。


 この下は、ずっと、翼のない者の道だった。


 足音のするものの道だった。


 リュカは、右手を濡れた壁につけた。


 西を向いた。


 一歩目を、数えた。


 一。


 二。


 水が、脛の真ん中で揺れた。


 三。


 頭の上の明かりが、背中のほうへ遠ざかっていった。


 四。


 五。


 上で、火が瓦を弾く音が、石を伝って聞こえた。さっき水路を歩いたときに聞いた、崩れる音とは違う。燃える音だった。


 燃える音は、西へ動いている。


 リュカの足と、同じ方へ。


 六

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。