火と、鍛冶場③
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
ようやくここから物語が動き出します!
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
ザヴを、広場まで下ろすことにした。
ミラがそう決めた。
「坂の途中じゃ、上から降ってくる。ここなら水がある」
それから、リュカの腕を見た。
「……重いもの持つなって言ったばかりだけど」
ミラは、平らな声のまま言った。
「手が足りない。握らなくていい。腕に載せるだけにして」
「はい」
リュカが先に石段へ戻って、トトに伝えた。トトは「ミラさん、生きてたか」と言って、一度だけ目を閉じた。
リュカとトトで、運んだ。
リュカが膝の上と足首。トトが脇の下。さっきと同じ持ち方で、石段と小路を、四十歩ほど下りた。
薬房の前を通るとき、熱で顔を背けた。
戸口の脇の、薬草を干す棚が燃えていた。吊るしてあった束が、一つずつ火になって、縄から外れて落ちる。落ちた束が、石畳の上で、しばらく燃えてから黒くなった。
ザヴの足首を載せた腕が、熱で痛んだ。
顔を背けても、腕は背けられなかった。
小路の入り口を抜けて、広場に出た。
広場には、人がいた。
さっき東へ走り抜けたときには、誰もいなかった。今は、七人か、八人。戸口から出てきて、燃えていく屋根を見上げている。子供を抱えた男。毛布を頭から被った老婆。何も持たずに、立っているだけの女。
誰も、何もしていなかった。
何をすればいいのか、誰にも分からなかった。
リュカにも、分からなかった。
分かるのは、ザヴを下ろす場所だけだった。
井戸の脇に、ザヴを下ろした。
「板を二枚」
ミラが言った。
「まっすぐなの。膝の上から、足首の上まで届くの。それと、縛るもの」
リュカは広場を見回した。
燃えていない板。
広場の石畳の上に、桶が一つ、転がっていた。
さっき、東へ走り抜けたときにも転がっていた桶だ。
リュカは桶を拾い上げた。井戸で使う、背の高い桶だ。木の板を輪にして、箍で締めてある。
板の長さは、ザヴの膝の上から足首の上まで、ちょうど届くくらいだった。
「トト」
「おう」
トトが、桶を受け取った。
井戸の縁の石に、桶の縁を叩きつけた。
一度。二度。
三度目で、箍が弾けた。桶が、ばらばらの板に戻った。
トトが、その中からまっすぐな二枚を選んだ。
縛るものは、井戸の綱を使った。
トトが、綱を井戸の縁で擦り切った。三本ぶん。
ミラが、ザヴの脚の脇に膝をついた。
左腕は使えない。右手だけで、ザヴの脛に触れた。
ザヴが呻いた。
「ごめんね、ザヴさん。戻すわよ」
ザヴは返事をしなかった。
ミラが、トトの前掛けを外させて、丸めて、ザヴの口に噛ませた。
声は、さっきと同じように平らだった。
手だけが、速かった。迷いがなかった。ザヴの脛の、どこを触ればどう響くのか、最初から分かっている手だった。
薬がなくても、手は残っている。
そういう手だと、リュカは思った。
ミラは、リュカとトトの顔を順に見た。
押さえる手が要る。引く手が要る。自分は、片腕しか使えない。
広場の他の人間は、遠巻きに屋根を見上げているだけだった。
「リュカ。膝の上、押さえて。握らなくていい。体重だけかけて」
「はい」
リュカは両手をザヴの腿に置いた。握る力はない。だから、掌を当てて、体重を載せた。
「トト。足首。私が言ったら、まっすぐ引いて。ゆっくり。途中で止めないで」
「……おう」
トトの声が震えていた。
「今」
トトが引いた。
ザヴの身体が、弓のように反った。
前掛けを噛んだ奥から、声にならない声が漏れた。
リュカは体重をかけ続けた。
腿の筋肉が、掌の下で跳ねた。押し返してくる。押し返されないように、膝を石畳に突いて、肩から体重を落とした。
ミラの右手が、脛の上を滑った。
骨の向きを、指で確かめている。
「……いい。止めて。そのまま」
トトが止まった。
ミラが、板を二枚、脚の両側に当てた。
「綱」
リュカが綱を渡した。指で掴めないので、手首に引っかけて渡した。
ミラは、右手と歯で綱を締めた。
膝の上で一箇所。足首の上で一箇所。脛の真ん中で一箇所。
締めるたびに、ザヴの身体が震えた。
三箇所目を締め終えたとき、ザヴの身体から、力が抜けた。
気を失ったのだと、リュカにも分かった。
「……息は」
トトが訊いた。
ミラが、ザヴの口元に手をかざした。
「してる」
トトが、その場に尻をついた。
両手で、顔を覆った。
しばらくして、手を下ろした。ザヴの口から、噛ませていた前掛けを外した。井戸の縁に這い寄って、残った綱の端にその前掛けを結び、井戸に下ろして水に浸した。引き上げて、絞って、ザヴの唇に当てた。
ザヴの唇が、少しだけ動いた。
「……親方」
トトが呼んだ。
返事はなかった。だが、唇はもう一度だけ、水を吸うように動いた。
ミラは、何も言わなかった。
井戸の綱の残りを、ザヴの足首の近くに置いた。それから、自分の左腕の布を、右手で締め直した。
血が、また滲んだ。
「ミラさん、それ」
「後でいい」
「でも」
「切っただけ。深くない。私が言うんだから」
彼女は、右手でリュカの手首を、もう一度握った。
さっきより、握り返す力が戻っていた。
「……戻ってきてる。よかった」
それだけ言って、手を離した。
---
広場の東側の戸が開いて、女が一人、出てきた。
イサだった。
桶を持っていた。井戸の脇にザヴが寝かされているのを見て、ミラの腕を見て、それからリュカを見た。
何も訊かなかった。
井戸の縁に寄って、綱を掴んだ。
綱の端に、濡れた前掛けが結んだままになっていた。イサはそれをほどいて、黙ってトトの膝の上に置いた。
綱は、途中で短くなっていた。トトが三本ぶん擦り切った跡だ。
イサは、切れた端を見た。
それから、何も言わずに、残った綱の端を桶の取っ手に結び直した。短くなった綱で、桶を井戸に下ろした。
水の音がした。
引き上げた。
イサは、桶の水を、広場に面した家の軒に向けて、ばしゃりとかけた。
届いたのは、軒の端までだった。
屋根の上の火には、届かなかった。
イサはもう一度、桶を下ろした。
三十年、同じ井戸を使っている腕だった。
届かないと分かっていて、もう一度、下ろした。
---
リュカは立ち上がって、振り返った。
燃えている。
さっきまで、小路の奥だけが明るかった。
今は、違った。
坂の上から降ってきた火が、坂の側の小路を伝って、小路の入り口まで下りてきていた。入り口の両脇の家の屋根が、燃えている。
そこから、並んだ屋根を伝って、火が横へ走っていた。
二十三軒の屋根は、隙間なく並んでいる。軒と軒が、ほとんど触れ合っている。
一軒の軒から、隣の軒へ。
リュカは、数えていた。
小路の入り口の、東の脇の家。一軒。
その隣。二軒。
火が軒から軒へ移るまでに、二十か、三十数えるほど。
崩れる順を数えたときと、同じ数え方だった。
違うのは、崩れるほうは東の外れで止まるが、火のほうは、どこで止まるのか分からないということだった。
瓦が弾ける。ぱん、ぱん、と。割れた隙間から、下の板の火が噴く。噴いた火が、隣の軒の板を舐める。
東へ。
そして、西へ。
燃えている軒の下を、足音のしないものが一体、歩いていった。
火の粉が肩に落ちても、払わなかった。燃えている梁の下を、屈みもせずに通り抜けた。
熱くないのか。熱いということを、知らないのか。
それは、火のない東へ向かって歩いていった。
――西。
リュカは、小路の入り口の向こうを見た。
入り口から西へ、二十歩ほどで、宿がある。
その先、五十歩で、空き地に面した長屋がある。
崩れるのは、東から西へ。
だから、西がいちばん最後になる。
そう言った。
崩れる順は、合っていた。
だが、火は、東から来たのではなかった。
坂の上から来た。小路の入り口から、左右に分かれて広がっていく。
入り口から近いのは、東の外れではない。
宿だった。
リュカは、走り出そうとした。
足が一歩、前に出た。
その目の前で、小路の入り口の脇の家の軒が、燃えながら落ちた。
梁ごとだった。
燃えた梁が、路地を斜めに塞いだ。瓦と板が、その上に崩れ落ちた。
火の壁ができた。
広場から西へ行く道は、そこしかない。
熱で、近づけなかった。
「婆さん!」
叫んだ。
炎の爆ぜる音に、声が千切れた。
「リナン!」
返事は、聞こえなかった。
聞こえないのは、返事がないからなのか、火の音が大きすぎるからなのか、分からなかった。
どちらでも、同じだった。
届いていないことに、変わりはなかった。
---
頭の上で、ぱちり、と音がした。
井戸の屋根だった。
四本の柱に、軽い板を載せただけの屋根。そこに火の粉が落ちて、板の端が、赤く光っていた。
屋根の上にいた黒い猫が、立ち上がった。
ずっと東を向いて座っていた猫だった。
猫は、一度だけこちらを見た。
それから屋根から跳び降りて、広場を横切り、燃えていない東の路地へ走っていった。
振り返らなかった。
井戸の屋根の板が、端から、ゆっくり燃えはじめた。
「……屋根」
ミラが見上げた。
「落ちてくる前に、ザヴさんを」
トトが、顔から手を離した。
二人で、ザヴを井戸から離した。広場の東の端、燃えていない家の前へ。
リュカは、手伝わなかった。
身体が、西を向いたまま動かなかった。
広場の真ん中に立って、西を見ていた。
燃えた梁の向こう。
炎の隙間から、宿の屋根が、ほんの少しだけ見えた。
まだ、燃えていなかった。
まだ。
---
確かめていないものを、数えた。
鍛冶場は、確かめた。トトも、ザヴも、生きている。
薬房は、確かめた。ミラも、生きている。
戸を叩かずに、前を通り過ぎた薬房だった。
燃えていないものより、燃えているものが先だと思った。
順番は、間違っていなかったのかもしれない。ミラは、自分で出てきていた。
だが、戸を叩かなかったことは、変わらなかった。
残りは、四つ。
ヴェスナ。
リナン。
子供たちの家。広場に面した、戸の開いたままの家は、もう屋根から煙を上げている。中に誰もいないことだけは、さっき見た。
東の、額を濡らした男と、膝に抱いていた女。
四つのうち、二つは、燃えた梁の向こうにある。
足元を見た。
井戸の脇の石畳に、四角い穴が開いている。
蓋の外れた場所だ。
さっき水路の中を歩いたとき、百十五歩目で風が来た場所。上に出れば井戸端の脇に出る、と分かっていて、出なかった穴だ。
この下を、西へ二十歩行けば、小路の入り口の脇の梯子がある。
梯子の先も、水路は続いている。宿の裏の下を通って、空き地の手前まで。梯子から、あと七十歩。
三年、溝鼠を追って、何度も歩いた道だ。どこが狭いか、どこで曲がるか、足が覚えている。
水は、西へ下るほど深くなる。空き地の手前は、雨の翌日には、いつも腰まで来る。
今夜は、昨日の雨の翌日だ。
上は燃えている。
下は、水だ。
頭の上で、井戸の屋根の板が一枚、燃えながら外れて、井戸の中へ落ちていった。
水の音がした。
じゅっ、と。
それから、静かになった。
リュカは、穴の縁に指をかけた。
指は、もう、ちゃんと曲がった。
背後で、トトが呼んだ。
「おい。どこ行く」
リュカは振り返らなかった。
「西」
「西は、燃えてる」
「上はな」
戻ってきたばかりの指で、石の縁を掴んで、足を穴の中へ下ろした。
足の先が、水に触れた。
下から、水の匂いが上がってきた。
冷たい、暗い、翼のない者のための道の匂いだった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




