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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 十日目には何も

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39/166

火と、鍛冶場②

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


ようやくここから物語が動き出します!

どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 坂を、さらに下った。


 二十歩ほど下りたところで、張り出しの真下から外れた。上から降ってくる火が、ここまでは届いていない。


 石段の上に、段と平行になるように、ザヴを下ろした。折れた脚が、段の角に掛からないように。


 下ろすときも、膝の上と足首を同時に下げた。


 トトが、その場に座り込んだ。


 膝に手をついて、肩で息をしている。


「……助かった」


「うん」


「一人じゃ、あれ以上引けなかった」


「うん」


 それから、急に立ち上がりかけた。


「道具」


「なに」


「親方の道具箱。奥の棚の下にある。鏨と鑢と、型が」


 トトは鍛冶場のほうへ一歩出た。


 リュカは、その前掛けの紐を掴んだ。


 掴んだつもりだった。指に力が入らず、紐は指の間を滑った。


 だから、身体ごと前に出て、トトの前に立った。


「屋根がない」


「知ってる」


「壁が残ってる。次は壁が落ちる」


 屋根が落ちれば、支えを失った壁が内側に倒れる。荷の山と同じだ。上の荷を抜けば、横の荷が崩れてくる。


 トトは、リュカの肩越しに鍛冶場を見た。


 燃えている壁が、ゆっくり、内側へ傾きはじめていた。


 トトは、座り直した。


「……鉄は、燃えねえもんな」


 自分に言い聞かせるような声だった。


 トトは両手を見た。


 掌が赤く腫れていた。梁をどけようとしたのだ、とリュカは思った。


「炉の番、してたんだ」


 トトが言った。


「種火、落とさないように。鞴、踏んでた。そしたら、上で音がして」


「うん」


「屋根が、鳴ったんだ。雨みたいに。ぱたぱたって」


 トトは鍛冶場のほうを見た。


 屋根のなくなった鍛冶場の中で、炎が真っ直ぐ上に伸びていた。


「雨かと思った。昨日も降ったし」


 トトは、鍛冶場から目を離さなかった。


「それで外に出ようとしたら、戸口の上から火が垂れてきた」


「上から」


「上から。油の匂いがした。すげえ匂いだった」


 トトは鼻の下を擦った。煤が伸びた。


 声が、少し上ずった。


「親方、奥で寝てたんだ。夜番は交代で、明け方に起こす決まりなんだ。まだ明け方じゃなかった。でも起こしに行った」


 トトの声が、少しずつ速くなった。


「起こしに行ったら、梁が」


 そこで言葉が切れた。


 リュカは何も言わなかった。


 言うことがなかった。


 ザヴが、目を開けた。


 石段の上から、燃えている鍛冶場を見上げた。


 しばらく見ていた。


「……炉は」


 掠れた声だった。


「知らねえよ、炉なんか」


 トトが言った。泣きそうな声だった。


「炉は、燃えん」


 ザヴは言った。


「石だ」


 それだけ言って、また目を閉じた。


 トトが、口を開けたまま固まった。


 それから、息を吐いた。笑ったのか、泣いたのか、分からない息だった。


 ザヴの目が、もう一度だけ開いた。


 今度は、リュカを見ていた。


「……借りだ」


 一言だった。


 リュカは頷いた。


 三年、杭の芯を直してもらうたびに、翌日、荷を一つ余計に運んできた。言われたことは一度もない。


 今夜、初めて、向こうから言われた。


---


「おい」


 トトが、坂の下を見ていた。


「薬房」


 リュカも見た。


 坂の下、小路の入り口の手前。


 薬房の屋根が、燃えていた。


 さっき前を通ったときには、燃えていなかった屋根だ。


 瓦の継ぎ目という継ぎ目から、火が噴いている。屋根の真ん中が、もう沈みかけていた。


 ザヴを運び出しているあいだ、坂の下を一度も見なかった。そのあいだに、ここまで燃えていた。


 上から降ってきた火が、坂を伝って流れてきたのか。張り出しから飛んだ火の粉が落ちたのか。


 分からない。


 分かるのは、さっきは燃えていなかったということだけだった。


 ――通り過ぎた。


 戸を叩かなかった。


「ミラさんは」


「知らねえ」


 トトが首を振った。


「見てない。こっちに来てない」


 リュカは立ち上がった。


「ここにいろ」


「おい」


「薬房を見てくる」


「一人でか」


「お前は、親方を見てろ」


 トトは何か言いかけて、やめた。


 ザヴの脚を見た。


 動かせない。放っておけない。


 それが答えだった。


「……すぐ戻れよ」


「うん」


 トトは、自分の前掛けの紐を解きかけて、手を止めた。


「お前の杭」


「ん」


「千で何本折れるか、数えるって言ったろ」


「屋根裏だ」


「……そうか」


 トトは、なぜかそれで少しだけ肩を下ろした。


「なら、まだ数えられるかもしれねえな。行け」


---


 坂を下った。


 走った。


 十歩のはずだった。


 数えなかった。


 数えようと思わなかった。


 足が、勝手に速くなった。最後の段の角で、一度つまずいた。三年上ってきた石段で、初めてつまずいた。


 手をついた。掌を擦りむいた。痛みは遠かった。


 立ち上がって、また走った。


 薬房の前に着いた。


 屋根が、落ちていた。


 さっき見上げた瓦が、全部、店の中に落ちていた。落ちた瓦の下で、板が燃えている。


 戸口が開いていた。


 さっきは閉まっていた戸だ。内側から、誰かが開けたのだ。


 中で、棚が燃えていた。


 天井まで組んであった棚だ。壺と、瓶と、束ねた草。棚ごと傾いて、壁に寄りかかって燃えている。


 匂いがした。


 薬草の匂いだった。いつも戸口から漂ってくる、あの苦い匂い。それが、焦げた匂いに変わっていく途中の匂いだった。


 苦いまま、焦げていく。


「ミラさん!」


 返事はなかった。


 戸口に近づいた。


 熱い。顔の皮膚が、縮むように熱い。三歩手前で、それ以上進めなくなった。


「ミラさん!」


 二度目も、返事がなかった。


 中は見えない。煙と炎で、奥が見えない。


 奥に、誰かが倒れていても、分からない。


 ――入るか。


 ミラは、たぶん、この店で寝起きしている。日が昇ってから棚を開けて、日が落ちてからも窓に灯りがある店だ。


 夜中だ。奥で寝ていたなら、まだ奥にいる。


 戸が開いているのは、出てきたからか。出ようとして、出られなかったからか。


 外套を頭から被れば、三歩は行ける。


 三歩で奥まで届くかどうかは、分からない。


 届かなければ、出てこられない。


 リュカは外套の襟に手をかけた。


 息を吸った。


 三度目を叫ぼうとした。


「ここよ」


 後ろから、声がした。


 小路の入り口のほうからだった。


---


 振り返った。


 小路には、誰もいない。


 声は、入り口の向こうから来ていた。


 リュカは、小路を十歩戻った。入り口の角を出て、路地を東へ見た。


 広場の真ん中。


 井戸の脇に、ミラが座っていた。


 前掛けが焦げている。髪の端も、ちりちりに縮れている。顔が煤で汚れて、目だけがこちらを見ていた。


 座っていた。


 リュカは、外套の襟から手を離した。


 膝から、力が抜けそうになった。


 抜けなかった。


 抜けないように、膝を固めて、歩いた。


 二十歩歩いて、広場に入った。


「生きてます?」


「生きてる」


 ミラは、自分の腕を見ていた。


 左腕に、布を巻いている。前掛けの端を裂いたものだ。血が滲んで、布が黒くなっている。


 右腕には、何かを抱えていた。


 紐で綴じた、紙の束だった。端が焦げている。


「棚が倒れた」


「折れてますか」


「折れてない。切っただけ」


 ミラは立ち上がろうとして、よろけた。


 リュカが支えた。


 支えた手に、力が入らなかった。ミラの肘を、手首の外側で受けるような支え方になった。


 ミラは、それに気づいた。


「……あんた、腕」


「痺れてるだけです」


「どこから」


「肩から。今は、肘の先まで戻ってます」


「何を持ったの」


「石畳」


 ミラは一瞬、黙った。


「……一枚?」


「一枚」


 彼女は何か言いかけて、やめた。


 代わりに、リュカの手首を握った。指で、脈を探っている。


「戻る。今は、重いもの持たないで」


「さっき、ザヴさんの脚を」


「持ったの?」


「腕に載せて」


 ミラが、顔を上げた。


「ザヴさんが、どうしたの」


「梁で。右脚が、膝から下で折れてます。坂の途中にいます。トトが見てます」


「折れてる向きは」


「外に」


「血は」


「見えなかったです」


 ミラは、紙の束を抱え直した。


「リナンは」


 訊かれた。


 リナンは、この半月、薬房に出入りしていた。ミラの使いで、鍛冶場まで何度も走っていた。


「西です」


 リュカは言った。


「空き地の長屋の、軒の奥に行かせました」


「行かせた」


「子供を二人、連れてます」


「……そう」


 ミラは、それ以上訊かなかった。


 訊かれなかったことに、リュカは少しだけ救われた。


 たどり着いたかどうかを訊かれたら、分からないと答えるしかなかった。


 ミラは、薬房のほうを見なかった。


「薬は」


 リュカが訊いた。


「全部燃えた」


 ミラは言った。


 声が、平らだった。


「母親が集めた分も、全部」


 それだけ言って、黙った。


 しばらくして、もう一言だけ言った。


「一番上の棚。あれは、母親の字で書いた壺だったの」


 リュカは、薬房の棚を思い出した。天井まで組んであって、窓の光を遮っていた棚。壺には、読めない字が書いてあった。


 一番上の段までは、見上げたことがなかった。


 リュカも、何も言わなかった。


 言うことがなかった。


 抱えている紙の束のことは、訊かなかった。


 訊かなくても、分かった。


 効いたのも、効かなかったのも、全部書いてある束だ。


 薬の入った壺は置いてきて、あれだけを持って出てきたのだ。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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