火と、鍛冶場①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
ようやくここから物語が動き出します!
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
指先に、針が刺さりはじめた。
痺れが抜けていくときの痛みだった。重い荷を持ち損ねた翌朝に、何度も味わってきた。一本ずつ、細い針で内側から突かれるような痛み。
痛いということは、戻ってきているということだ。
リュカは水路の蓋の脇に立ったまま、掌を開いて、閉じた。
開く。閉じる。
三度目で、小指が遅れずについてきた。
顔を上げた。
路地を、誰かが走っていった。桶を抱えている。水は入っていない。空の桶を抱えたまま、どこへ行けばいいのか分からないように、広場のほうへ走って、また戻ってきた。
反対側から、足音のしないものが一体、歩いてきた。
煙の中を、まっすぐに。咳もしない。目を細めもしない。
桶の男とすれ違った。男は悲鳴を上げて壁に貼りついた。それは、男を見なかった。
そのまま、東へ歩いていった。
リュカは、壁に背をつけて、それが通り過ぎるのを待った。
一つ。二つ。三つ。
足音がしないので、数えるしかなかった。
坂の側の小路の奥で、光が揺れている。
東では、壁の剥がれる音。
西には、リナンとヴェスナ。
――近いものから。
籠に荷を積むとき、足元の荷を確かめてから、奥の荷に手を伸ばす。奥を先に見に行って、足元の荷を蹴って崩す者はいない。
いちばん近いのは、坂の側だった。
小路の入り口から、薬房まで十歩。そこから坂を上がって、鍛冶場まで三十歩。
リュカは、壁から背を離して、歩き出した。
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小路に入ると、音が籠もった。
両側の壁が近い。荷を担いで通るとき、肩の荷が擦らないように身体を斜めにする幅だ。三年、一日に四回、ここを上ってきた。
十歩で、薬房の前に出た。
戸口の脇に、薬草を干す棚がある。この店には看板がない。棚が目印になっている。
戸は閉まっていた。
窓も暗い。灯りはない。
屋根を見上げた。
燃えていない。
瓦の上に、灰が薄く積もっているだけだ。
――ミラさん。
戸を叩こうとして、手が止まった。
上から、熱が降りてくる。坂の上のほうが、ずっと明るい。
燃えていないものより、燃えているものが先だ。
そう思った。
リュカは戸を叩かずに、坂を上がった。
薬草の匂いが、背中のほうへ遠ざかっていった。
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小路は、薬房の先で石段になる。
四十二段。上りきった先が二番街だ。詰所へ上る、一つ目の坂。
鍛冶場は、その石段の途中にある。段の脇が一か所だけ広くなっていて、そこに戸口が面している。荷を担いで上るとき、ちょうど最初の休み場所になる。
戸口に立つと、段の下に、路地の屋根が並んで見える。夜なら、灯りのある家が数えられる。坂を下りてくるとき、路地の灯りと一緒に、鍛冶場の灯りが目に入るのはそのためだ。
坂を上がるほど、熱が強くなった。
石段が、足の裏越しに温い。夜の石が温いことはない。
灰が降っている。
雪のように、ではない。もっと重たく、黒い。肩に落ちると、外套の布に黒い筋を残して崩れる。
鍛冶場の手前で、リュカは足を止めた。
屋根が燃えていた。
炉ではない。
水路から出たとき、あれは炉の光だと思った。毎朝前を通るときに見る、あの赤だと。
違った。
炉の火は、鍛冶場の奥の、地面に近いところにある。今燃えているのは、その真上。屋根だった。
瓦の継ぎ目から、火が噴き出している。瓦そのものは燃えない。燃えているのは、瓦の下に葺いてある板だ。熱で瓦が弾け、ぱん、と乾いた音を立てて割れる。割れた隙間から、また火が噴く。
――なんで、屋根から。
炉の火が飛べば、まず床が燃える。棚が燃える。天井まで上がるには時間がかかる。
だが、屋根から燃えていた。
上から来た。
リュカは見上げた。
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鍛冶場の屋根の、さらに上。
二番街の建物の裏側が、崖のように張り出している。
三年、この坂を一日に四回上ってきた。その上に何があるのか、見上げたことはなかった。
荷を担いでいるときは、足元しか見ない。
張り出した裏側の、ちょうど鍛冶場の真上にあたる場所が、燃えていた。
窓のない壁。
――油屋だ。
二番街の、通りに面していない裏の路地。二つ目の戸。窓のない、灯りの少ない店。
あの店の裏が、ここの真上にあったのだ。
張り出しの縁から、火が垂れていた。
ぽたり、ではない。糸を引くように、次から次へと。燃えながら落ちてくる。落ちた先で、鍛冶場の瓦の上を這うように広がって、継ぎ目に吸い込まれていく。
壺が割れる音がした。
上で。
一つ。少し間があって、二つ。三つ。
割れるたびに、張り出しの縁から落ちる火の量が増えた。
――売り物だ。
あの男は、柄杓で一杯ずつ数えながら油を移していた。六杯で六合。一合で八シャルド。
売り物を燃やす商売があるか、と言っていた。
だから、灯りを一つしか点さなかった。
その売り物が、今、雨のように降っていた。
あの男は、帳簿を閉じながら、別のことも言っていた。
昇降機、切らすなよ、と。
あれが止まると、この街は終わる、と。油は運んでこないと入らない。運ぶのは昇降機だ、と。
六合の壺を、ふた坂ぶん運んで、ドランに届けた。
あの壺の油は、今夜も詰所で、昇降機の綱に差してあるはずだ。
あの男がどこにいるのかは、分からなかった。
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鍛冶場の戸口に、人影があった。
二つ。
一つが、もう一つを引きずっている。
「トト!」
引きずっているほうが、顔を上げた。
煤で顔が真っ黒になっていた。目の周りだけが白い。汗が煤を洗って、頬に筋を作っている。
「……お前か」
声が掠れていた。
「親方が」
引きずられているのは、ザヴだった。
寝ていたときの格好のままだ。薄い肌着に、裸足。トトが両脇の下に腕を入れて、後ろ向きに引いている。
ザヴは動かなかった。
目を閉じている。
リュカは駆け寄った。
「生きてるか」
「生きてる」
トトは即答した。
「息してる。さっき、呻いた」
戸口の中から、熱が吹きつけてきた。
鍛冶場の中が見えた。
炉が、奥にある。石を積んだ炉だ。その中の種火は、いつもと同じ大きさで赤く光っていた。
炉だけが、いつも通りだった。
その周りが、全部燃えていた。
鞴が燃えていた。巻き直しの日に、トトが火種石を炭に落としてから踏みはじめた鞴だ。革の袋が熱で膨らんで、裂けて、裂け目から火を吸い込んでいた。
金床が、赤く照らされていた。燃えてはいない。鉄は燃えない。だが、壁に掛けた鉄の道具の柄が、一本ずつ燃えて、落ちていた。落ちるたびに、鉄の頭が床の石に当たって、鈍い音を立てた。
天井の梁。壁に掛けた革の前掛け。炭を入れた俵。作業台。
作業台の上で、何かが縮れて燃えている。
細い紐の束だった。
杭を巻く紐だ。四十本を巻き直した日、トトがあの台で、あの紐を使っていた。
「脚だ」
トトが言った。
「梁が落ちてきた。親方の脚の上に」
リュカはザヴの脚を見た。
右脚の、膝から下が、おかしな向きに曲がっていた。
――折れてる。
「持つ」
リュカは脚のほうへ回った。
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手を伸ばして、止まった。
腕が、まだ半分しか戻っていない。握る力が弱い。
握力のない手で脚を掴めば、滑る。滑れば、折れた場所が振られる。
――長物と同じだ。
籠に長物を積むとき、真ん中を持たない。両端を持つ。真ん中を持つと、両端が垂れて、そこから折れる。
折れているものは、折れている場所を動かさない。
膝の上と、足首。二箇所を、同時に支える。
リュカは屈んで、左の前腕をザヴの膝の裏に差し入れた。右の前腕を足首の下に。
指で掴むのではない。腕に載せる。
荷を肘に載せて運ぶときと同じ持ち方だった。
「上げる」
「おう」
「せえの、は要らない。俺が上げたら、引け」
「分かった」
リュカは膝で立ち上がった。
重い。
ザヴは岩人ではない。人族だ。背もリュカとそう変わらない。だが鍛冶で鍛えた身体は、見た目の倍重かった。
腕が震えた。
震えを、肩で止めた。
「引け」
トトが後ろ向きに下がった。
リュカは脚を浮かせたまま、それに合わせて前へ出た。
一歩。
二歩。
ザヴが呻いた。
目が開いた。何か言おうとして、歯を食いしばった。
「動かすな、って言いたいんだろうけど」
トトが引きながら言った。
「動かさねえと焼けるんだよ、親方」
ザヴは何も言わなかった。
三歩。四歩。
戸口を出た。
五歩。六歩。
石段を、一段ずつ、下のほうへ。
十歩ほど下がったところで、背後で音がした。
大きな音だった。
鍛冶場の屋根が、落ちた。
熱風が来た。
背中から、押された。二人とも、ザヴの上に屈み込むようにして顔を伏せた。
髪の先が焦げる匂いがした。
火の粉が降ってきた。リュカの外套の裾に落ちて、布が赤く光った。
前腕で叩いて、消した。
叩いたところに、黒い穴が残った。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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