崩れる順と、逃げ道③
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
ようやくここから物語が動き出します!
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
東の外れが近づくと、音が変わった。
瓦の音ではない。
もっと低い音。石が石に当たる音。鉄が曲がる音。
摩天楼の腹が、剥がれ続けていた。
柱が倒れて食い込んだ場所から、壁の化粧石が、一枚ずつ剥がれて落ちてくる。一枚剥がれると、その下の石が支えを失う。支えを失った石が、次に剥がれる。
上から、下へ。
そして、斜めに、樋。
壁に沿って走っていた鉄の樋が、留め金ごと外れかけていた。長い。三番街の家を三軒またぐほど長い。
真ん中が撓んで、垂れていた。
昨日の雨の残りが、撓んだところから滴になって落ちている。
撓んだ樋の下に、東の外れの三軒がある。
屋根の上に、白い光が当たっていた。横から来る、色のない光。
その光の中を、何かが歩いていた。
人の形をしている。
一体ではない。
柱が倒れた場所の、壁の剥がれた穴から。まるで戸口を通るように、一体ずつ出てきて、路地へ下りてくる。
足音がしない。
どれも、一箇所だけおかしかった。
腕の長さが左右で違う。顔の片側だけが、もう片側より下にある。背中の一箇所が、瘤のように膨らんでいる。
同じ形のものは、一つもなかった。
一体が、東の外れの一軒目の前で立ち止まった。
戸は閉まっていた。
それは戸に顔を近づけた。耳を当てるのではない。顔の、耳のない側を当てた。
しばらく、そうしていた。
それから、戸を押した。
押しただけだった。叩きもしない。体当たりもしない。手のひらで、ゆっくり押した。
閂のない戸が、内側に積んだ何かごと、ずるずると奥へずれていった。
中から、声がした。
それは中を覗かなかった。
戸が開いたのを確かめると、手を下ろして、また西へ歩き出した。
通れるかどうかを、確かめただけのように見えた。
それらは、リュカを見なかった。
すぐ脇を通り過ぎていった。
路地を、西へ。二十三軒のほうへ。
用があるのは、こちらではない。
――あそこから、入ってきてる。
柱が倒れた場所から。
倒れる前にも、いた。最初の一体が路地の入り口に立っていたのは、柱が倒れる前だ。
だが、こんなふうに列になって、途切れずに入ってきてはいなかった。
何のための柱なのか、リュカは詳しくは知らない。「あれがあるから安全なんだ」と誰かが言っていた。誰だったかは覚えていない。
だが、柱が倒れて、そこから入ってくる。
それだけは、見れば分かった。
---
三番目の水路の入り口は、東の外れにある。
井戸から百二十歩。
蓋が二枚、外れている場所。
リュカは、そこから三十歩手前の角で止まった。
止まらざるを得なかった。
入り口の真上に、壁の剥がれた場所がある。
石が、落ちてきていた。
一つ落ちる。
地面が揺れる。
間がある。
また一つ。
――間を、数える。
一つ落ちた。
一、二、三、四、五、六、七。
落ちた。
一、二、三、四、五、六。
落ちた。
一、二、三、四、五、六、七。
落ちた。
六つか、七つ。
壁が剥がれるのには、順番がある。一枚剥がれて、その下の石が支えを失うまでに、間がいる。石の大きさで、間が変わる。
六つか七つ。
三十歩を、走って、いくつで抜けられるか。
空き地の二十歩を、三年、毎朝測ってきた。杭を拾いに行くときの、自分の足の速さを知っている。
全力なら、三十歩は四つと少し。
だが、今は腕が振れない。
腕を振らずに走れば、脚だけで身体を運ぶことになる。重心が遅れる。遅れたぶん、一歩が短くなる。
――五つ。
五つで抜けられるなら、六つか七つの間に収まる。
足元も見た。
入り口までの石畳に、落ちた石の破片が散らばっている。大きいのが二つ。踏めば足をとられる。右に寄れば避けられる。右に寄ると、二歩ぶん遠回りになる。
――五つと、少し。
埃が、光の中で漂っていた。
風は、ほとんどなかった。雨の翌日は、風が弱い。
埃は、落ちた場所の近くに漂っているだけだ。こちらまでは来ない。
目は開けていられる。
落ちた直後に出れば、間に合う。
――間違えれば。
考えなかった。
背後で、翼の開く音がした。
屋根の上のものが、最後の屋根から跳ぼうとしている。
壁の上から、石が落ちた。
地面が揺れた。
リュカは、走った。
一。
二。
三。
頭の上で、次の石が剥がれる音がした。
四。
――早い。
六つの間が、五つだった。
蓋の外れた場所が見えた。暗い口が、地面に開いている。
跳んだ。
足から入った。
入った瞬間、背後で石が落ちた。
水路の中まで、揺れが来た。
石組みの天井から、砂が降ってきた。
そして、もう一つ。
蓋の縁に、何かが当たる音がした。
硬いものが、石に当たる音。骨と石の音。
リュカは振り返った。
入り口の四角い空に、翼の膜が見えた。
骨の先が、蓋の縁に引っかかっている。
入ろうとしていた。
翼を畳めば入れる。
だが、畳まない。
畳み方を、知らないのかもしれない。
あるいは、畳むという考えがないのかもしれない。
翼の膜が、ばさり、と一度だけ鳴った。
それから、入り口の空が、白い光だけになった。
――入れない。
この街は、翼のない者向けにできている。
三年、それを不便だと思ったことはなかった。
リナンが水路を覗き込んでいた日のことを思い出した。翼が邪魔で、うまく屈めていなかった。中を見たことがないと言っていた。
あのとき、ここは彼女が入れない場所だった。
いまも、そうだ。
だから、自分だけが、ここにいる。
---
水路の中は暗かった。
天井が低い。腰を屈めないと進めない。幅は人ひとりぶん。
足が、水に入った。
脛の半ばまである。昨日の雨が、まだ抜けきっていない。冷たい。靴の中まで、すぐに染みた。
流れは、ゆるい。東から西へ。足首を押す程度だ。
火種石は持っていない。持っていたとしても、腕が上がらない。
だが、要らなかった。
七本とも、中を知っている。三年で何度も入った。溝鼠が出るたびに呼ばれるからだ。
息を整えた。
水路の中は、上より冷たかった。水と石の匂いがする。汗が冷えて、背中に張りついた。
耳を澄ませた。
ずっと遠くで、聞き慣れた音がするはずだった。
坂の上の詰所。昇降機の綱が、滑車を通るときの音。低くも高くもない、三年、毎日聞いてきた音。
夜は籠が止まっている。だから、しないのが当たり前だ。
分かっていても、聞こうとした。
しなかった。
右手を、壁につけた。
左手を、前に出した。
肘から先は、まだ痺れている。指先の感覚が薄い。濡れた壁の冷たさだけが、遠くで分かる。
歩いた。
水の中では、歩数が乱れる。一歩ごとに、足の裏で底を確かめてから踏む。
十歩。
二十歩。
このあたりで、前に溝鼠を仕留めた。杭が壁で跳ねて、首の付け根に入った。壁が乾いていたから、跳ねた。
今夜の壁は濡れている。杭を持っていても、跳ねない。
三十歩。
頭の上で、音がした。
水路の天井は、路地の石畳の真下にある。上で起きていることが、石を伝って聞こえてくる。
低い音。
どん、と。
間があって、また、どん。
壁が剥がれる音だ。さっきより遠い。
それから、別の音。
長く、引きずるような、鉄の音。
――樋。
撓んでいた樋が、とうとう外れたのだと思った。
音が、斜めに降りてきた。
そして、重いものが、何かの上に落ちた。
屋根が抜ける音がした。
木が折れる音。瓦が崩れる音。梁が落ちて、壁を押す音。
押された壁が、隣の家の柱に当たる音。
東の外れの、一軒目。
二軒目。
リュカは、立ち止まって聞いていた。
三軒目で、音が止まった。
止まったのではない。遠くなっただけかもしれない。
――順に、崩れてる。
思ったとおりの順番だった。
当たったからといって、何も嬉しくなかった。
ドランに教わったことがある。
音が違えば、どこかが傷んでいる。綱も、滑車も、籠の床板も。傷んだところは、壊れる前に必ず音を変える。だから毎朝、耳で確かめる。
三年、昇降機の音でそれをやってきた。
街の音で、それをやったことはなかった。
街が、一軒ずつ音を変えていく。
変わった音は、もう元に戻らない。
---
四十歩。
五十歩。
水は、少しずつ深くなっていた。西へ下っているのだ。脛から、膝の下へ。
膝の擦り傷に、水が沁みた。
上では、街が崩れている。
自分は、水の深さと歩数のことを考えている。
だが、そういう頭しかなかった。
どこに何があって、何歩で、どちらへ曲がるか。
それだけを、三年、覚えてきた。
六十歩。
七十歩。
頭の上で、足音のない何かが通り過ぎた。
足音はしない。だが、石畳の上に何かが乗ると、天井の石が、ほんのわずかに沈む。砂が一粒、首筋に落ちた。
リュカは息を止めた。
一つ。二つ。三つ。
砂は、それ以上落ちてこなかった。
通り過ぎた。
西へ。
――リナン。
息を吐いた。
宿の側の軒の下。空き地に面した長屋。軒の奥の隙間。
たどり着いたかどうか、分からない。
ヴェスナ。
土間にいたはずだ。階段の下には、筋の走ったほうが立っていた。首の長いものも、階段を戻っていった。二体とも、土間を通って、割れた戸口から出たはずだ。
通るとき、何があったのか、分からない。
子供たちの家。額の黒く濡れた男と、膝に抱いていた女。
分からない。
――確かめてないものが、四つ。
数えていた。
数えたくて数えたのではなかった。
杭を数えるように、石を数えるように、勝手に数が出てきた。
八十歩。
九十歩。
百歩。
百十五歩で、風が来た。
顔に当たった。湿った、埃っぽい風だった。
蓋の外れた場所だ。上に、四角く、夜が見える。
井戸端の脇に出る場所だ。前に溝鼠を仕留めた日も、ここから上がった。
出なかった。
井戸端は、屋根が軽い。上から見える。
通り過ぎた。
百二十歩。
百三十歩。
百三十五歩で、手を伸ばすと、石組みの壁が途切れて、上へ抜ける梯子の一段目に指が触れた。
路地の入り口の脇に出る梯子だ。
鉄の梯子だった。錆びて、濡れて、ざらついている。
痺れた指で、握った。
握れた。
握れたことを、確かめた。
指を一本ずつ、動かしてみた。親指。人差し指。中指。
小指だけ、まだ動きが遅い。
――戻ってきてる。
戻ってきたからといって、何ができるわけでもない。
だが、梯子は上がれる。
---
梯子は七段ある。
一段ずつ、上がった。腕は、まだ半分しか言うことを聞かない。肘を段に掛けて、脚で押し上げた。
三段目で、錆が剥がれて掌に刺さった。
痛みは、遠かった。痺れの向こうで、誰か別の人の手が痛がっているような感じがした。
四段目。五段目。
上から、砂ではないものが落ちてきた。
灰だった。
蓋に、頭が当たった。
この蓋は外れていない。
肩で押した。
重い。石の蓋だ。
膝で段を踏みしめて、首と肩で押し上げた。石が、少しずつ持ち上がる。隙間から、夜の空気が流れ込んできた。
匂いが違った。
さっき入った場所では、砂と石の匂いがした。壁が剥がれるときの、粉っぽい匂い。
ここは違う。
煙の匂いだった。
それと、油。
蓋を横へずらして、リュカは顔を出した。
路地の入り口の脇だった。坂の側の小路が、目の前で口を開けている。
さっき走り抜けたときは、種火の赤が小さく見えただけの小路だ。
顔を上げた。
空が、明るかった。
だが、さっきの光ではなかった。
横から差す、色のない、白と黒だけの光ではない。
この光には、色があった。
赤い。橙色。揺れている。
建物の輪郭が、揺れる光の中で、黒く浮いていた。
顔に、熱が当たった。
まだ遠い。それでも分かるほどの熱だった。朝、炉の前を通るときに頬が温まる、あの熱を、何倍にも薄めずに浴びせられているような。
ぱち、と音がした。
火の粉が、光の中を上へ昇っていった。一つ。三つ。数えられないほど。
上へ昇って、摩天楼の腹に当たって、消えていく。
路地の向こうを、人影が走っていった。
光に向かって走る影と、光から逃げる影が、すれ違っていた。
誰かが、誰かの名前を叫んでいた。
聞き取れなかった。
光は、坂の途中から来ていた。
小路を少し上がったあたりから、上へ。
日の光とも、灯柱の光とも違う。
リュカは、その光を知っていた。
毎朝、見ている。
炉の光だった。
ただ、あまりにも大きかった。
――鍛冶場。
光の真ん中が、鍛冶場のある場所だった。坂を下りる途中の、あの戸口。
トト。
ザヴ。
リュカは、蓋の縁に手をついて、身体を引き上げた。
膝が、石畳に着いた。
腕が震えていた。
確かめていないものが、五つになった。
---
東で、また、壁の剥がれる音がした。
坂の上で、炎の爆ぜる音がした。
西には、リナンと、ヴェスナがいる。
崩れる順は、分かっている。
だが、どこへ行けばいいのかは、分からなかった。
逃げ道は、二本しか見つけられなかった。
一本はリナンに渡した。
もう一本は、翼のない者のための道だった。
夜明けまで、あと五時間と少し。
荷を六つ運ぶには、足りる。
リュカは、立ち上がった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




