崩れる順と、逃げ道②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
ようやくここから物語が動き出します!
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
リュカは立った。
どうやって立ったのかは覚えていない。
腕は上がらないままだった。石も効かない。
――退け。
声にならなかった。喉が閉じていた。
だから、走った。
四歩。
屈んで、それの腹の下へ潜り込んだ。
肩から当たった。腕が使えないので、肩と背中と、腰と、脚。全部の重さを一点に乗せた。
籠の奥に詰まった荷を押し出すときと同じだ。腕で押すと動かない。身体ごと入れて、脚で押す。
それは、倒れなかった。
硬かった。石の板よりも硬い気がした。
だが、ずれた。
翼の上から、半歩ぶん。
体勢を戻そうとして、腕の爪と翼の骨が石畳を掻いた。
その隙に、リナンの翼が浮いた。
「行け」
声が出た。
自分の声だと思えないくらい、低かった。
リナンは子供を抱え直した。立ち上がって、翼を半分畳んだ。左が二つ目の節で引っかかる。畳みきれないまま、彼女は振り返った。
「どこへ……」
「西」
「西は、壁です」
「壁だから」
リュカは東を見た。
摩天楼の柱と柱の隙間。そこから、まだ白い光が差している。
その光の中で、何かが落ち続けていた。
音が届く。一つ、間があって、また一つ。
結界柱が倒れてから、ずっと続いている。
「崩れてるのは東だ」
言いながら、頭の中で並べていた。
柱が倒れた。壁に食い込んで、壁が剥がれた。剥がれた壁の下に、何がある。
樋がある。摩天楼の腹を伝って、二番街の水を三番街へ落とす鉄の樋。壁に留めてある。壁が剥がれれば、樋が外れる。
樋の下に、東の外れの三軒の屋根がある。
屋根が抜ければ、梁が落ちる。梁が落ちれば、隣の家の壁を押す。
二十三軒は、肩を寄せて建っている。
――荷と同じだ。
積んだ荷が崩れるときには、順番がある。
まず縄が鳴る。次に角の箱が潰れる。潰れた箱に上の荷が滑る。滑った荷が隣の列を押す。
一度に全部は崩れない。
崩れはじめた場所から、隣へ、隣へ。
東から、西へ。
「西がいちばん最後に崩れる」
リナンが、息を呑んだ。
「最後……」
最後に崩れる、というのは、崩れない、ということではない。
それは、リュカにも分かっていた。
彼女にも、分かったのだと思う。
だが、他にない。
「宿の側の軒の下を行け。軒が深い。上から見えない」
一息で言った。
三年、荷を担いで歩いた道だ。どの軒が低くて、どの軒が深いか。雨の日にどこを通れば濡れないか。
全部、足が覚えている。
「空き地に面した長屋。いちばん西の端の、軒の奥。壁と物置のあいだに隙間がある。狭い」
リナンの翼を見た。
「畳めば、入れる」
二十三軒のうち、いちばん西だ。崩れてくるのは、いちばん最後になる。
あの長屋の軒は深い。半月前、リナンが瓦を滑らせて落ちた屋根だ。軒の奥は、屋根の上からは見えない。
空き地には隠れる場所がない。石垣の下の窪みは、ルフが潜り込めるくらいの大きさしかない。
宿の階段を、半月、毎日上がってきた翼だ。
擦りながら。立ち止まりながら。
あの首の長いものは、屈み方を知らなかった。
リナンは知っている。
「リュカくんは」
「東」
「東って――」
「こっちを見てる」
屋根へは戻っていなかった。体当たりを受けたそれが、腕と翼の骨で体勢を戻して、首をこちらへ回していた。
目があった。
瞳孔がない。黒い点が一つあるだけの目だった。
初めて、こちらを見ていた。
「……子供たちの、家は」
リナンが訊いた。
上の子が、目を開けた。井戸のほうを見た。
井戸端の家は、井戸の広場に面している。開けていて、上から見える場所に。
「後で」
リュカは言った。
上の子が、リュカを見た。
何か言うかと思った。言わなかった。唇を噛んで、また目を閉じた。
リナンは、まだ動かなかった。
子供を抱えて、半分畳んだ翼を震わせて、リュカを見ていた。
何か言おうとして、口を開いた。
言わなかった。
下の子が、しゃくり上げた。
リナンは子供を抱え直して、背を向けた。
走った。
西へ。
翼の先が、壁を擦る音がした。
宿の階段で、毎朝聞いていた音だった。
ざっ、と擦れて、少し止まる。止まって、また擦れる。
その音が、路地の奥へ遠ざかっていく。
十歩。十五歩。
二十歩のあたりで、下の子の泣き声に紛れて、聞こえなくなった。
---
リュカは足元の石を拾った。
腕が少しだけ戻ってきていた。肘から先が、痺れたまま、動く。
袋の石ではない。さっき割れた石畳の破片だ。
投げた。
力が入らない。放っただけに近い。
それの肩に当たって、落ちた。
効かない。
だが、それは首を傾けて、リュカだけを見た。
――それでいい。
リュカは東へ走った。
足音を立てて。
あれは足音がしない。自分はする。三年、石畳を踏んできた足だ。どう踏めば音が消えるかも知っている。沈み《ハウ》なら、消せる。
消さなかった。
後ろで、翼の開く音がした。
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路地は、東へ行くほど暗かった。
灯りが消えている。戸を開けて逃げ出した家の油皿が、倒れて、消えている。
一軒目。宿の隣。荷車を引いている男の家だ。
戸が閉まっている。内側から何かを積んだ跡がある。戸の隙間から、息を殺している気配がした。
路地の入り口を過ぎた。
坂の側の小路が、脇に口を開けている。暗い。少し上がったところに、鍛冶場の炉の赤が小さく見えた。夜通し残しておく種火だ。いつもと同じ大きさだった。薬房は暗い。
油の匂いが、いつもより濃かった。
立ち止まらなかった。
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頭の上で、瓦が割れた。
鳥の形をしたものが、屋根伝いについてきている。
路地の上を飛ぶのではなく、屋根に降りて、跳んで、また降りる。そのたびに、瓦がずれる。
三番街の屋根は軽い。瓦を並べて、漆喰で留めてあるだけだ。重いものが乗るようにはできていない。
乗った場所から、瓦が滑る。
リュカは頭の上を見なかった。
音で分かった。
瓦が一枚ずれるときの音。それが隣を押す音。軒先へ向かって、並んで滑っていく音。
滑りきった瓦が、落ちてくるまでの間。
――三つ。
ずれた音から、三つ数えると、路地に落ちる。
一つ目で、軒の深い側へ寄った。
二つ目で、身体を壁に貼りつけた。
三つ目で、目の前に瓦が四枚、落ちて割れた。
破片が脛に当たった。
また走った。
宿から四十歩。井戸端の広場に出た。
狭い路地が、そこだけ膨らんでいる。二十三軒のちょうど真ん中あたりで、朝と昼には桶を持った人が列を作る場所だ。今は誰もいない。桶が一つ、転がっている。
広場の真ん中に、井戸がある。四本の柱に、軽い板屋根を載せただけの屋根がかかっている。その上に、黒いものが座っていた。
猫だった。
昇降機の綱に住み着いている、名前のない猫。たまに街まで下りてくる。半月前、リナンが屋根の上で追いかけていたのも、たぶんこの猫だ。
だが、夜中に下りてきているのを見たことはなかった。
その猫が、井戸端の屋根の上で、東を向いて座っていた。
逃げていなかった。
屋根の上を跳んでいくものを、目で追いもしなかった。
ただ、東を見ていた。
広場に面した家の一軒が、戸が開いたままだった。
子供たちの家だ。中に灯りはない。誰もいない。
――後で。
リナンに、そう言った。
広場を抜けて、東へ二十歩ほど行った家の前で、女が一人、座り込んでいた。
膝の上に、誰かの頭を抱えている。落ちた瓦に当たったのか、額が黒く濡れている。女は顔を上げて、走ってくるリュカを見た。
口が動いた。
声は聞こえなかった。
リュカは止まらなかった。
止まれば、上のものがここへ降りる。
女のうしろの家の戸口から、男が一人、顔を出していた。女を見て、それからリュカを見て、それから屋根の上を見た。
男は、戸を閉めた。
閉める音は、しなかった。そっと閉めたのだ。
女の横を、走り抜けた。
振り返らなかった。
――後で。
ヴェスナの戸口でも、そう思った。
子供たちの家でも。
後でが、三つになった。
外にいな、とヴェスナは言った。外なら逃げられる、と。
外にいる。
逃げている。
逃げながら、置いていっている。
外にいるというのは、こういうことなのだと思った。
中にいれば、置いていかれる側になる。外にいれば、置いていく側になる。
どちらがましなのかは、分からなかった。
---
その先の角で、軒が落ちた。
支えの木が一本、腐っている軒だ。三年、雨の日はそこを避けて通ってきた。
上で跳んだものの重さに、耐えきれなかった。支えの木が折れて、軒ごと斜めに垂れ下がって、角を塞いだ。
上で跳んでいたものが、落ちた軒と一緒に路地へ滑り落ちかけて、翼を広げて持ちこたえた。
持ちこたえて、また屋根へ戻った。
戻るまでに、四つ数えるほどかかった。
その四つのぶん、リュカは前へ出た。
塞がった角の脇を、身体を横にしてすり抜けた。
――西へ行かせた。
こっちではない。
そう思ってから、西でも軒が落ちていないとは言えない、と思った。
確かめられない。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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