↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 十日目には何も

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/165

崩れる順と、逃げ道①

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


ようやくここから物語が動き出します!

どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 窓枠が軋んだ。


 古い木だ。宿が建ってから一度も替えていないと、ヴェスナが言っていた。体重を全部かければ、たぶん保たない。


 だから半分だけ乗せた。


 残りの半分は、両手で窓の上の桟を掴んで支えた。


 下を見る。


 路地の石畳まで、二階ぶん。


 物干し綱は、窓の真下から向かいの家の軒へ斜めに渡してある。こちら側は宿の壁に打った鉄の鉤に結んである。向こう側は、軒を支える柱に巻きつけてある。


 ――どっちが先に抜ける。


 荷を吊るときと同じことを考えた。


 縄は切れない。切れるのは、縄を留めているほうだ。


 鉤は古い壁に打ち込まれている。壁土が古びて痩せている。柱のほうは太い。巻きつけてあるだけだが、巻き数が多い。


 抜けるなら、鉤だ。


 綱には、布が三枚かかったままだった。


 ヴェスナの敷布だ。夕方の掃除のあと、取り込むのを忘れたのか、それとも明日の朝まで干しておくつもりだったのか。白い布が、夜風に少しだけ揺れている。


 布の重さのぶん、綱はもう撓んでいる。


 撓んでいる綱は、引いたときに伸びる余地が少ない。


 ――それでも、ないよりいい。


 鉤が抜ければ、綱はこちら側だけ垂れる。向こうの柱に掴まっていれば、振り子になって、向かいの軒下へ流れる。


 ――向こう寄りを掴む。


 真下に下りるのではない。


 斜めに、滑らせる。


 窓の外の空気は、冷えていなかった。


 空層の夜は冷えるものだ。だが今夜は、肌に当たる空気がぬるかった。昨日の雨の湿り気が、まだ路地の底に溜まっている。


 路地のどこかで、戸を叩く音が続いていた。叩く者の声はしない。叩く音だけが、間を置いて、続いている。


 背後で、床板が鳴った。


 首の長いものが、廊下を進んできている。天井に首を擦る音がする。ざり、ざり、と。


 足音はしない。首の音だけがする。


 リュカは振り返らなかった。


 窓の外へ身体を出した。


 右手を綱へ伸ばす。届かない。指一本ぶん足りない。


 ――跳ぶ。


 窓枠を蹴った。


 木が割れる音がした。


---


 綱を掴んだ。


 両手で。掌が擦れて、焼けるように熱くなった。


 身体が振られた。綱が伸びる。伸びながら沈む。沈んだぶん、落ちる速さが削られていく。


 敷布が顔に当たった。乾いた布の匂いがした。昼の日向の匂いが、まだ残っていた。


 頭の上で、鉤の抜ける音がした。


 思ったとおりだった。


 綱のこちら側が外れて、リュカは向かいの軒下へ斜めに流れた。


 石畳が近づいてくる。


 手を離した。


 膝から落ちて、そのまま転がった。肩、背中、腰。一箇所で受けない。受ければそこが壊れる。


 籠から落ちかけた荷を、床に着く前に転がして逃がす。三年、そうやって割らずに下ろしてきた。


 止まった。


 息を吸った。


 痛い。膝と、右の肘。


 足首を回した。回る。膝を曲げた。曲がる。


 ――折れてない。


 立った。


 見上げると、宿の二階の窓から、首が一本出ていた。


 長い首だった。窓の幅いっぱいに頭を傾けて、こちらを見下ろしている。


 それ以上は出てこなかった。


 跳ばなかった。二階の高さから下りる、という考えがないようだった。階段で屈まなかったのと同じだ。知らないことは、しない。


 首は少しのあいだそこにあって、それから、ゆっくり引っ込んだ。


 ――戻る。


 階段を戻る気だ。土間を通って、割れた戸口から出てくる。


 割れた戸口の奥を見た。


 土間は暗い。その暗がりの、階段の下のあたりで、細い光が一本、動いた。


 金属のような光り方をする筋だった。


 もう一体が、そこにいる。階段に二体並んでは入れなかったほうだ。上を見上げたまま、動かない。


 土間には、ヴェスナがいる。


 リュカは宿の戸口を見た。


 その上の軒下も、目に入った。


 ルフがいつも丸まっている場所だ。瓦の端と壁のあいだの、掌二つぶんの窪み。


 空だった。


 さっき覗いたときも、いなかった。食べかけの石が二つ、残っていただけだ。


 その石も、もう見えなかった。暗いのか、誰かに蹴られたのか、分からない。


 暗い。何も聞こえない。


 確かめる時間はなかった。


---


 三歩で、リナンのところへ行った。


 彼女は路地の真ん中にしゃがんでいた。子供を二人、両腕に抱え込んでいる。


 井戸端の家の子だ。上が七つか八つ、下が五つくらい。名前は知らない。今朝、空き地に石を見せに来た二人かもしれない。暗くて、顔が分からない。


「リュカくん……」


 リナンの声が震えていた。


「上」


 リュカは言った。


 見上げなくても分かっていた。影が石畳の上を横切っている。


 鳥の形をしたものが、降りてくる。


 屋根の高さから、螺旋を描くように。急いでいない。一周ごとに少しずつ低くなる。骨だけの翼に膜が張ってあって、それが風を切るときだけ、かすかに音がした。


 翼のほかに、腕が二本。


 その腕の先に、指が開いている。


 リュカは彼女の前に立った。


 手が腰へ行った。


 投槍器はない。屋根裏だ。杭もない。屋根裏だ。


 袋はある。二十三個。


 ――効かない。


 四つ目も五つ目も、当たって、それだけだった。こちらを向かせることはできる。止めることはできない。


 向かせたところで、降りてくるのは同じだ。


 リュカは足元を見た。


 石畳。


 この路地の石畳は、二十三軒の前を通って、井戸端を過ぎ、東の外れまで続いている。三年、毎日歩いた。どこで段差があって、どこが割れて、どこが浮いているか、足の裏が覚えている。


 リナンの足元から、二歩。そこに、踏むと傾く一枚がある。


 三年、荷を担いでそこを踏むたびに、膝に来た。だから避けて歩くようになった一枚だ。


 リュカは二歩ぶん横へ動いて、屈んだ。


 指を縁に掛ける。


 石と石のあいだに、土が詰まっている。爪の間に、湿った土が入った。


 手前の縁を持ち上げると、奥の縁が隣の石に噛んで止まった。いつもは、踏めば手前が沈む。沈むということは、奥が支点になっている。


 奥を支点にして、手前を起こす。


 起こしきったところで、膝を入れて、下から抱える。


 積み荷の木箱を、角から起こすのと同じ手順だった。


 持ち上がった。


 重い。


 二十貫近くある。籠に積むなら、二人がかりで運ぶ重さだ。


 ――投げられない。


 だから、掲げた。


 膝を落とす。腕は添えるだけ。重さを肩で受けて、膝で支える。腕で持つと、腕から先に負ける。


 荷を担ぐときの構えだった。


 そのまま二歩戻って、三人の前に立った。


 頭の上に、石の板がある。


 その向こうに、降りてくるものがいる。


 見えない。見えなくてもいい。


 ――真っ直ぐ来る。


 狙っているのは、しゃがんでいる三人だ。三人の前に立っているのは自分だ。なら、真上から来る。


 影が止まった。


 一瞬、音が消えた。


 来た。


---


 当たった。


 音はしなかった。


 衝撃だけが来た。石の板から肩へ、肩から背骨を通って、膝へ。膝が沈んだ。沈みきる前に、膝で押し返した。


 腕の中で、板が割れた。


 重さが、急になくなった。


 割れた石の片方が落ちて、足の甲をかすめた。もう片方は、弾かれたものと一緒に斜めに飛んだ。


 鳥の形をしたものが、向かいの家の屋根に叩きつけられた。


 瓦が鳴った。


 一枚ではない。当たった場所から、下へ向かって、順に。


 ずれた瓦が隣の瓦を押す。押された瓦が、その下の瓦を押す。軒先まで行って、並んだ瓦が五枚、六枚、まとめて路地へ落ちた。


 石畳の上で、割れた。


 リュカは膝をついていた。


 腕が上がらない。


 肩から先が、自分のものではないようだった。指を握ろうとした。握れたのかどうか、分からない。感覚がない。


 ――痺れてる。


 しばらくすれば戻る。重い荷を持ち損ねたときと同じだ。ただ、しばらくがどのくらいか、分からない。


 向かいの屋根の上で、それが起き上がった。


 腕と、翼の先の骨とで瓦を掴んで、首を振った。


 効いていない。


 弾いただけだ。


---


「リュカくん!」


 リナンが立ち上がっていた。


 子供を二人、抱えたまま。


 そして、翼を広げていた。


 彼女が翼を全部広げたところを、リュカは一度だけ見たことがある。


 半月前、綱を解いてやったときだ。付け根に食い込んでいた最後の綱が抜けて、地面に落ちた。その瞬間に、翼が開いた。視界いっぱいに広がった。朝の光が羽の間を通って、地面に縞の影を落としていた。


 あのときは、ただ伸びをするように開いただけだった。


 それからは、畳んでいるところしか見ていない。宿の階段で壁に擦っているところ。井戸端で水を汲むとき、背中で窮屈そうに縮めているところ。


 畳むのに時間がかかる翼だ。右はすぐ収まる。左が遅い。二つ目の節で、一度引っかかる。


 今夜も、大きかった。


 彼女の背丈の二倍近くある。路地の幅いっぱいに届いて、先が両側の壁を擦っていた。


 風切羽が一枚ずつ立っている。外側の三本だけが短い。折れて、そのまま長く使われてきた跡だった。


 先のほうが擦り切れている。飛ばないから、歩くたびに壁や地面に当たる。


 その翼が、下向きに曲がっていた。


 子供たちを、上から覆うように。


 飛ぶための形ではなかった。


 屋根の上のものが、また跳んだ。


 今度は螺旋を描かなかった。真っ直ぐ、斜めに、落ちてきた。


 リュカは立とうとした。


 膝が伸びない。


 腕をついて立とうとした。腕が言うことを聞かない。


 間に合わない。


 それが、リナンの翼に当たった。


 音がした。


 硬いものが、硬いものに当たる音。骨と骨の音。乾いた、短い音。


 リナンが呻いた。


 声は小さかった。歯を食いしばった奥から、息だけが漏れたような声だった。


 膝が沈んだ。


 だが、倒れなかった。


 翼の位置も、変えなかった。


 腕の中で、下の子が泣き出した。上の子は泣かなかった。リナンの服を掴んで、目を固く閉じていた。


 リナンの息が、短く、速くなっていた。


 吸って、吐いて、吸って。吐くたびに、肩が震える。


 だが、腕は緩めなかった。


 子供二人ぶんの重さを、翼人の細い腕で、抱えたままでいた。


 それは翼の上に乗ったまま、腕を伸ばした。


 指が、膜のない翼の縁をまさぐっている。隙間を探している。


 羽が一本、抜けて落ちた。


 白に近い灰色の羽が、石畳の上に落ちた。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。