そうこの日までは③
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
ようやくここから物語が動き出します!
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
「婆さん、走れ!」
初めて大声を出した。
三年、この街で大声を出したことがない。必要がなかった。
荷運びは声を使わない。数を確かめるのに大声は要らない。石を拾うのも一人だ。
声が出る仕組みは持っている。だが使ってこなかった。
使ってこなかったものは、いざというとき出ない。
ヴェスナは動かなかった。
いや、動けなかった。
老婆は戸口の柱を掴んでいた。膝が折れかけている。
六十八歳だ。走れない。
――知ってた。
三年、毎朝見ていた。箒を持つときに腰を庇う。坂を上がらない。井戸へは行かず、リュカが水を運ぶ。
走れないことは、知っていた。
知っていたのに、走れと言った。
――他に言うことがなかった。
止まれとは言えない。隠れろと言っても、隠れる場所がない。
この街の家は、どこも一部屋か二部屋だ。隠れる場所を作るほど広くない。
だから「走れ」と言った。
走れないと知っていて。
リュカは駆け寄って、腕を取った。
軽い。思っていたより、ずっと軽い。
骨が細い。掴んだところに肉がない。
――こんなに軽かったのか。
三年、この人の宿に住んでいる。毎日話している。
だが触ったことは、一度もなかった。
引っ張って、戸の内側へ押し込んだ。
「入ってろ」
「坊主」
「入ってろ」
彼は戸を閉めた。
閂はなかった。宿の戸に閂はついていない。
六十八年、かける必要がなかったからだ。
閉めて、振り返った。
影が三歩のところにいた。
リュカは戸の前に立った。
――退け。
声に出そうとして、出なかった。
喉が動かない。
三年、この街で大声を出したのは、さっきが初めてだった。
二度目は出なかった。
影が一歩、前に出た。
二歩。
リュカは動かなかった。
動けば、戸が空く。
――ここから動けない。
初めて、動けない場所に立った。
荷運びは、いつでも降りられる。籠から降りれば、それで終わる。
石拾いも同じだ。掘らなければいい。
だが今は、動けない。
動けば、後ろの人が死ぬ。
三歩目が来た。
腕が上がる。
リュカは構えた。
構えたところで、どうにもならない。分かっている。
だが構えた。
――当たる。
目を閉じなかった。
閉じれば、何も分からなくなる。
開けていれば、少なくとも見える。
腕が振り下ろされた。
リュカは横へ跳んだ。
跳んだ先に、戸がある。
――ここじゃない。
方向を間違えた。戸のほうへ逃げてしまった。
腕が戸に当たった。
板が割れた。
折れた板が内側へ飛んだ。
中で音がした。人が倒れる音だ。
それから、悲鳴。
ヴェスナの声だった。
三年、一度も聞いたことのない声だった。
---
隣の路地から悲鳴が上がった。
一つではない。三つか四つ、重なった。
その次に、もっと遠くからも聞こえた。
――こっちだけじゃない。
三番街には路地が七本ある。
どの路地にも、同じものが入っているらしい。
数が分からない。十体か、二十体か、もっとか。
分かるのは、一体では済まないということだけだった。
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そのとき、上から何かが落ちてきた。
音がした。大きい。
リュカは見上げた。
摩天楼の壁面から、何かが剥がれて落ちている。石だ。建材が崩れている。
――柱か。
三番街の東の外れに、結界柱が一本立っている。
街を覆う結界を中継する塔だ。三年、毎日その下を通ってきた。
何のためにあるのかは、詳しく知らない。
「あれがあるから安全なんだ」と誰かが言うのを聞いたことがある。誰が言ったかは覚えていない。
それが倒れていた。
根元から折れたのではない。
途中で折れて、上半分が斜めに倒れ込んでいる。
壁に食い込んで、そこから壁ごと剥がれた。
音が届くまでに、少し間があった。
地面が揺れた。
一度ではない。三度。柱が折れて、壁に当たって、地面に落ちた。
足の裏から伝わってきて、膝まで上がった。
立っていられたのは、荷運びの癖で膝を緩めていたからだ。
揺れる籠の中で三年過ごしていれば、身体が勝手にそうなる。
――倒れた。
倒れたらどうなるのかを、彼は知らなかった。
だが、いいことではないと分かった。
路地のあちこちで、同じように空を見上げている者がいた。
誰も走らなかった。
走る先がないからだ。
柱は東にある。街の外れだ。倒れたなら、そこへ行っても仕方がない。
かといって、西へ逃げても何もない。西は壁だ。
三番街は袋小路にある。
昇降機を使わなければ、どこへも行けない。
――逃げ場がない。
初めて、そう思った。
三年住んでいて、そう思ったことがなかった。
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影が、そちらを向いた。
腕を下ろした。
リュカから離れて、東へ歩き出した。
足音がしない。
三歩、五歩、十歩。
振り返らなかった。
助かった、とは思わなかった。
――なんで行った。
こちらに用があったはずだ。戸を割った。中に人がいる。
だが行った。
柱が倒れたほうへ。
――あっちに用があったのか。
だとすれば、こちらには用がなかったことになる。
用のないものを、なぜ襲ったのか。
――襲ったんじゃないのか。
そう思った。
通っただけなら、そこにいた者が邪魔だっただけだ。
人を殺しに来たのではなく、人が邪魔だった。
それは同じことのようでいて、違う。
違うが、死ぬことに変わりはない。
彼は戸を見た。
割れている。板が二枚、内側へ折れている。
「婆さん」
返事がない。
「婆さん!」
中から音がした。
何かを動かす音。
「……生きてるよ」
声が震えていた。
「怪我は」
「ないよ」
「本当に」
「腰を打った。それだけだ」
リュカは割れた戸に手をかけた。
隙間から覗けば見える。
中は暗いが、形くらいは分かるはずだ。血が出ているかどうかも。
――確かめろ。
そう思った。
三年、そうしてきた。ルフのときも呼吸を数えた。ミラに言われて、朝と夕で比べた。
言葉だけでは足りない。確かめる。
だが手が止まった。
路地の反対から、足音のしないものが近づいていた。
――後で。
彼は覗かなかった。
「開けるな」
中から声がした。
「なんで」
「あんたが入れば、あんたも中にいることになる」
老婆の声は、まだ震えていた。
「外にいな。外なら逃げられる」
リュカは手を止めた。
――逃げられない。
逃げ場がないことは、さっき分かった。
だが言わなかった。
言えば、老婆が外へ出てくる。
出てくれば、走れない人が外に立つことになる。
「分かった」
嘘をついた。
三年で、初めてこの人に嘘をついた。
考える間もなく、次が来た。
路地の反対側から、二体。
どちらも人の形をしている。
片方は首が長い。人の倍ほどある。それ以外は普通だ。
もう片方は、皮膚の下に何かの筋が走っている。金属のような光り方をする筋だ。腕にも脚にも、同じ筋が通っている。
――違う。
最初の一体とは違う。
最初のは関節が多かった。この二体は関節が普通だ。代わりに別のところがおかしい。
全部が同じ形ではない。
一体ずつ、違うところが違う。
――何体いるんだ。
数えようとして、やめた。
数えている場合ではない。
二体が近づいてくる。首の長いほうが先だ。
リュカは下がった。
戸の前から離れる。
――こっちへ来い。
初めて、そう思った。
戸はもう割れている。守れるものではない。
だが中に人がいる。
そこから遠ざければ、それだけ時間が稼げる。
彼は石を一つ投げた。
二十八個のうち、四つ目だ。
当たった。効かない。
だが、こちらを向いた。
――効いた。
止められないが、向かせることはできる。
それが分かった。
三年、石は袋の中にあるだけだった。
数えて、拭いて、また戻す。それだけのものだった。
いま、使っている。
――減る。
減ることを、三年考えなかった。
増えるものだと思っていた。
五つ目を投げた。
筋の走ったほうに当たった。それもこちらを向いた。
――五つ。
数えていた。
こんなときでも数えている。
二体とも来る。
――来い。
彼は路地の奥へ下がった。
一歩下がれば、一歩遠ざかる。
それだけのことだった。
三体目が屋根の上にいた。
鳥のような形をしている。翼がある。だが翼人ではない。羽が生えていない。骨の形だけがある。
骨に膜が張っている。蝙蝠に近い。
だが蝙蝠でもない。首の下に腕がある。翼とは別に、腕が二本。
――四本か。
翼が二本、腕が二本。
人にはない形だ。獣にもない。
それが動いた。
屋根の上を、横に歩いた。爪が瓦を掻く音がした。
そして止まった。
首を動かして、下を見た。
――何を見てる。
リュカは、そちらを見た。
宿の二階。
窓が開いていた。
さっき見たときと同じだ。
――リナン。
それが飛んだ。
---
リュカは走り出した。
二体が追ってくる。首の長いほうと、筋の走ったほう。
だが速くない。
――走れないのか。
歩く速さで来る。急いでいない。
宿の戸口は割れている。板が内側へ折れたままだ。
彼はそこから入った。
土間を抜けて、階段の下へ。
階段は狭い。肩幅ぎりぎりだ。
二体とも、並んでは入れない。
――ここなら。
一体ずつになる。
だが一体でも止められない。分かっている。
彼は階段を駆け上がった。
壁に擦り跡がある。半月ぶんの跡だ。
毎日、彼女がここで翼を擦っていく。
――今日も擦ったか。
走って上がったなら、擦り方が違うはずだ。
そんなことを考えながら、上がった。
三段目で、後ろから音がした。首の長いほうが入ってきた。
首が長いので、階段の天井につかえている。
屈まない。屈み方を知らないらしい。
首を曲げたまま、進んでくる。
――遅い。
リュカは上まで駆け上がった。
二階の廊下。左が客室、右が物置。
奥がリナンの部屋だ。
戸を開けた。
いない。
布団がめくれている。窓が開いている。
――外か。
彼は窓から下を見た。
いた。
路地に、彼女がいた。
子供を二人、抱えている。
その上に、翼のあるものが降りてきていた。
まだ距離がある。屋根の高さから、ゆっくり下りてくる。
急いでいない。
――なんで急がない。
獲物が逃げないと分かっているからだ。
子供を二人抱えていれば、走れない。
それを分かっている。
――考えてる。
そう思った。
考えるものが、人の形をして、街に入ってきている。
---
階段のほうで、音がした。
首の長いものが上がってきている。
前と後ろ。
――どっちも塞がってる。
彼は窓枠に手をかけた。
下は路地だ。二階ぶんの高さがある。
落ちれば足を折る。
折れば、動けなくなる。
動けなくなれば、下にいる三人も助からない。
――物干し綱。
半月前、彼女がそこに落ちてきた綱だ。
まだ張ってある。
彼は窓枠に足をかけた。
――落ちるんじゃない。下りるんだ。
荷と同じだ。真っ直ぐ落とせば壊れる。縄をかけて、滑らせながら下ろす。
三年、一度も落としていない。
自分も荷だと思えばいい。
背後で、首の長いものが廊下に出た。
東の空は、まだ光っている。
三度目の光は、まだ来ていない。
――まだ続くのか。
続いた。
この夜が明けるまで、あと六時間あった。
長いのか短いのか、彼には分からなかった。
六時間で何ができるかを、考えたことがない。
荷を八つ運ぶには足りる。
それくらいしか、比べるものがなかった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




