そうこの日までは①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
ようやくここから物語が動き出します!
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
その夜、三番街は静かだった。
リュカは屋根裏で、それに気づかなかった。
荷が八つあった日で、疲れていた。二往復して、坂を四回上って四回下りた。腕が痺れている。
彼は袋を枕の下に押し込んで、目を閉じた。
二十八個。からから、と鳴った。
シャツの内側に青い石。二日目。あと八日。
いつも通りだ。
眠りかけて、一つ思い出した。
床板に線を二本引いたままだ。昨日、記録を取ろうとして途中でやめた跡。
消し方が分からないので、そのままにしてある。
――明日、考える。
昨日もそう思った。
明日になれば考えるだろう。あるいは考えないだろう。どちらでも、たいして変わらない。
そう思って、眠った。
---
最初に気づいたのは、猫だった。
昇降機の綱に住み着いている黒い猫が、夜半を過ぎたころに綱を降りた。
誰も見ていない。
猫は詰所を抜けて、坂を下り、三番街の路地に入った。そして井戸端の屋根に登り、東を向いて座った。
動かなかった。
その姿勢のまま、半刻ほど。
尾も動かさない。耳も伏せていない。
怯えているのではない。
見ている。
猫は三年、この街にいる。あるいは別の猫かもしれないが、誰も区別していない。
溝鼠を捕る。綱の上で寝る。時々、下りてくる。
東を向いて座ったことは、一度もなかった。
猫は動物だ。人が気づかないものに気づく。
だが誰も見ていなかった。
夜中の井戸端を見ている人間は、この街にいない。
---
次に気づいたのは、鍛冶場だった。
トトは炉の番をしていた。夜通し種火を残すので、誰かが交代で見る。今夜は彼の番だった。
炭を足して、鞴を二度踏んだところで、手が止まった。
――音がしない。
炉の音は聞こえる。火が炭を舐める音。鞴の空気。
だが外の音がしない。
風の音も、猫の声も、酔って歩く足音も。
彼は戸口へ行って、外を見た。
路地は暗い。灯りは三軒。いつも通りだ。
だが静かすぎた。
――変だな。
そう思って、戻った。
炭を足して、また鞴を踏んだ。
三度踏んで、一度休む。また三度。
二年、毎日やっている。数えたことはない。数えなくても同じ間隔になる。
――親方、起きるかな。
ザヴは奥で寝ている。夜番は交代だ。明け方に起こす決まりになっている。
起こす時刻は決めていない。空が白みはじめたら起こす。それだけだ。
トトは炉を見た。
種火が赤い。落ちていない。
朝まで保つ。
――明日、あいつが来る。
杭を四十本、巻き直した。六百本撃って一本も折れなかったと言っていた。
千本撃ったら何本折れるか数えろと言った。
あいつは数えるだろう。
そういう男だ。
それが、彼がこの街で最後にした鍛冶仕事になった。
---
イサは眠れずにいた。
膝が痛む日は眠れない。雨の前と、冷える夜だ。今夜は冷えていない。だが痛んだ。
水を飲もうと思って起きた。
桶を持って、井戸端へ出た。
綱を下ろして、引き上げる。腕が慣れている。三十年、同じ井戸を使っている。
桶が上がってきた。
水面を見た。
揺れていない。
――変だね。
汲み上げた直後の水は揺れる。綱の振動が伝わるからだ。
今夜は、鏡のようになっていた。
彼女は屋根を見上げた。
黒い猫が座っている。東を向いて。
「あんた」
声をかけた。
猫は動かなかった。
イサは桶を置いて、同じ方向を見た。
摩天楼の柱と柱の隙間。
暗い。何も見えない。
――何を見てるんだい。
訊いても答えない。当たり前だ。
彼女は桶を持ち上げて、家へ戻った。
重い。昔はもっと軽かった。
水の量は変わっていない。腕が変わった。
戸を閉める前に、もう一度だけ振り返った。
猫はまだ座っていた。
――風がないね。
そのとき初めて、そう思った。
三十年、この井戸を使っている。夜は風がある。物干し綱が鳴る。
鳴っていなかった。
宿の二階の窓が開いているのも見えた。
――翼の子、風が入るだろうに。
閉め忘れたのだろうと思った。
声をかけようかと思って、やめた。
夜中に人の窓へ声をかける者はいない。
彼女は戸を閉めた。
閂をかけた。
かけてから、なぜかけたのか分からなくなった。
この街で、夜に閂をかける習慣はない。
---
空が光ったのは、そのすぐ後だった。
三番街で、それを見た者は多くない。
夜中に空を見る習慣がないからだ。
見えるのは摩天楼の腹だけで、星も月もない。見上げても何もない。
摩天楼の腹に塞がれた、狭い空。
そこが白くなった。
落雷ではない。音がしない。
光は一度きりで、すぐに消えた。
街の何人かが、それを見た。
見た者は、たいてい「星降りか」と思った。
時期が近いと聞いていたからだ。
---
リュカは、光で目を覚ました。
屋根裏の板の隙間から、白い線が入ってきた。
夜中に光が入ることはない。
月は摩天楼に隠れて見えない。星も見えない。路地の油皿は、屋根裏まで届かない。
三年、夜中に光を見たことがなかった。
彼は起き上がった。
板に手をついた。昨日、線を二本引いた場所だ。指が跡をなぞった。
まだ消していない。
窓へ行く。窓といっても、板を一枚外しただけの穴だ。
外を見た。
――何もない。
路地は暗い。灯りは三軒。
鍛冶場と、宿と、名前を知らない家。
昨日と同じだ。いや、昨日は四軒あった。誰かが油を買えたと思った日だ。
今夜は三軒に戻っている。
――買えなかったのか。
そんなことを考えた。
こんな夜中に、どうでもいいことを。
だが空の色が違った。
摩天楼の腹の向こう、いつもなら真っ黒な部分が、薄く光っている。
何かが燃えているような光ではない。もっと冷たい。
――星降りか。
そう思った。
思って、少し嬉しかった。
三年、一度も見たことがない。今年も見られないと思っていた。
だが今、空が光っている。
彼は梯子を降りた。
三段目が鳴った。
---
梯子を降りた。三段目が鳴った。
土間に灯りはない。ヴェスナは起きているはずだが、火を点していない。
――点さないのか。
油がもったいないからか。あるいは、点したくないのか。
彼は土間を抜けて、外へ出た。
軒下を覗いた。
ルフがいない。
置いた石が二つ残っている。食べかけだ。
――逃げたか。
獣は先に気づく。
彼は路地を見回した。暗くて分からない。
呼ぼうとして、やめた。
呼べば来る。来れば、こちらへ寄ってくる。
――来ないほうがいい。
そう思った。
半月で、そう思うようになった。
名をつけたのはリナンだ。呼べば反応する。三日目からそうだった。
今夜は呼ばない。
それが正しいのかどうか、分からない。
だが呼ばなかった。
顔を上げたとき、二階の窓が目に入った。
開いている。
――閉め忘れか。
彼女は毎晩閉める。翼のある者は風を嫌う。半月で、一度も開けたままにしたことがない。
だが今夜は開いていた。
そのときは、それだけだった。
外に出ると、ヴェスナが戸口に立っていた。
箒を持っていない。手ぶらで、空を見上げている。
「婆さん」
「坊主」
「星降りですか」
老婆は答えなかった。
彼女は空を見たまま、しばらく黙っていた。
それから言った。
「違うよ」
「え」
「星降りは、こんな光り方はしない」
「見たことあるんですか」
「ないさ」
ヴェスナは戸口の柱に手をかけた。
「見たことがないから分かる」
「……どういう意味ですか」
「六十八年、この街で夜を過ごしてきた」
彼女は空を見たまま言った。
「見たことのない光だよ」
リュカは老婆を見た。
怖がってはいなかった。
驚いてもいない。
ただ、見ていた。
「婆さん」
「なんだい」
「中に入ったほうが」
「そうだね」
そう言って、動かなかった。
「入らないんですか」
「入るよ」
彼女は空を見ていた。
「見てからね」
「危ないです」
「危ないだろうね」
老婆はあっさり言った。
「だが、あたしが入っても入らなくても、来るものは来る」
「……」
「戸は薄い。閂もない」
彼女は自分の宿を見た。
「六十八年、閂をつけなかった。つける必要がなかったからね」
リュカも戸を見た。
薄い板だ。蹴れば割れる。
この街の戸は、どれもそうだ。
盗む者がいないからではない。盗むほどのものがないからだ。
リュカは何と言っていいか分からなかった。
――なんで見るんだ。
訊けなかった。
訊いても、答えは分かる気がした。
六十八年、見たことのないものだから。
---
二度目の光が来た。
今度は長かった。
空が白く保たれて、十を数えるあいだ消えなかった。
十を数えたのは、数える癖があるからだ。
数えている自分に気づいて、少し変な気がした。
こんなときに数えている。
だが数えていないと、どれくらい続いたか分からない。
――十。
長い。
落雷なら一瞬だ。火なら揺れる。
これは揺れない。同じ明るさで、十のあいだ保たれた。
路地が明るくなった。二十三軒の輪郭が全部見えた。瓦の並び。割れた石畳。井戸端の屋根。
昼のようだった。
だが昼とは違う。
色がない。
昼の光には色がある。瓦は赤茶けているし、木は茶色いし、壁は灰色だ。
この光の下では、全部が白と黒に見えた。
――絵みたいだ。
絵を見たことはほとんどない。上層の壁に描いてあるのを、荷運びの途中で見たくらいだ。
あれも色が薄かった。
街が、絵になっていた。
だが影が違う。
日の光は上から差す。影は下に落ちる。
この光は、横から来ていた。
影が壁に伸びている。
リュカは振り返った。
東。摩天楼の柱と柱の隙間。
そこから光が来ていた。
だが、光源は見えない。
隙間の向こうは暗い。何もない。
なのに、そこから光だけが差している。
――おかしい。
光は、出どころがあるから光る。油皿には火がある。灯柱には石がある。日には太陽がある。
あの隙間には、何もない。
彼は目を細めた。
何かが動いている気がした。
輪郭がはっきりしない。距離が分からない。近くにいるようにも、遠くにあるようにも見える。
――人の形か。
そう思った瞬間、光が消えた。
街が暗くなった。
目が慣れるまで、しばらく何も見えなかった。
その間に、足音のしないものが入ってきた。
---
誰かが叫んだ。
最初の声は、井戸端のほうからだった。名前は分からない。悲鳴でもなく、呼びかけでもなく、ただ声が出たという種類の音だった。
それから、いくつも重なった。
戸が開く音。走る音。物が倒れる音。
三軒だった灯りが、十軒に増えた。火を点したのではない。戸を開けたから、中の灯りが漏れているのだ。
この路地だけではない。隣の路地からも、その隣からも声がした。
リュカは動かなかった。
何が起きているか分からなかったからだ。
――走るべきか。
どこへ。
分からなかった。
逃げ場所を考えたことがない。
三年、この街で危ないことは二つしかなかった。溝鼠と、火だ。
溝鼠は仕留める。火は水をかける。
どちらも、逃げる必要がない。
だから、逃げ方を知らなかった。
――水路か。
最初に浮かんだのはそれだった。狭いところへ入れば、大きいものは入れない。
だが何が来るのかが分からない。
小さいものだったら、水路のほうが危ない。
彼は動かなかった。
動けなかったのではない。決められなかった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




