↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 十日目には何も

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/161

十日目と、何も④

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


今はまだ第1部1章で、まだ物語の序章ですので大きな変化が見られるのをこうご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 宿からに戻ったのは、日が落ちる前だった。


 軒下でルフが石を齧っている。かちり、かちり。


 リュカは梯子を上がった。


 屋根裏は薄暗い。板の隙間から夕日が入って、床に線を作っている。


 彼は座った。


 すぐには出さなかった。


 しばらく、床板を見ていた。


 古い板だ。節が三つある。三年、毎晩この板を見ている。どこに節があるかは覚えている。


 ――出せば、終わる。


 出さなければ、まだ十日目の途中だ。


 そういう理屈ではないと分かっている。時刻に関係なく、十日は十日だ。


 だが出す前と出した後では、違う気がする。


 彼は息を吐いた。


 シャツの内側から、灰白色の石を取り出した。


 十日間、肌に当てていた石だ。


 掌に乗せる。


 軽い。小指の先ほどの大きさで、表面がざらついている。色は灰白色。市場に出れば誰も見向きもしない色だ。


 温かい。彼の体温だ。


 ――何も起きてない。


 握ってみた。


 何も起きない。


 手のひらの温度が伝わるだけだ。握れば温かくなる。離せば冷める。石とはそういうものだ。


 目を閉じてみた。


 何も起きない。


 暗い。それだけだ。


 息を止めてみた。


 これには理由がない。ただ、何かを変えれば何かが起きるかもしれないと思った。


 何も起きなかった。


 ――馬鹿みたいだ。


 三年、同じことをしている。


 最初の頃は、もっといろいろ試した。


 水に浸けた。火に近づけた。月の出ている夜に外へ持ち出した。誰かに握らせた。


 どれも効かなかった。


 効かないと分かってからも、二年ほどは続けた。


 今はやらない。握って、目を閉じて、息を止める。それだけだ。


 やめてもいいのだが、やめると何かを飛ばした気がする。


 だからやる。


 ――終わりだ。


 三十秒ほど、そうしていた。


 それから彼は目を開けた。


 石はまだ掌にあった。灰白色のまま、何の光も出していない。


 夕日が板の隙間から入って、石の表面に細い線を作っている。


 その線が、少しずつ動いていく。日が沈んでいるからだ。


 線が石から外れたとき、彼は立ち上がった。


---


 外れた。


 二十八個目だ。


 彼は袋を出して、口を開けた。


 からから、と鳴った。


 灰白色の石を、指でつまんだまま、しばらく持っていた。


 入れれば終わる。


 入れなければ、まだ終わっていないことになる。


 ――理屈が変だ。


 入れようが入れまいが、外れたことに変わりはない。


 だが、入れるという動作には区切りがある。


 三年、二十七回、この区切りをつけてきた。


 最初の頃は、入れるのが嫌だった。


 入れれば「外れの石」になる。持っているうちは「まだ分からない石」でいられる。


 だから一日、二日と延ばしたことがある。


 延ばしても何も起きなかった。


 十一日目も、十二日目も、同じだった。


 ――延ばしても同じだ。


 それが分かってからは、十日目に入れることにした。


 彼は石を袋の口に近づけた。


 落とす。


 からん、と音がした。


 中で他の石に当たった音だ。二十七個の上に、一つ乗った。


 彼は紐を締めた。片手で解ける結び方。


 袋を振ってみる。


 からから、と鳴った。


 いつもと同じ音だった。


---


 梯子を降りると、リナンが戸口の外に立っていた。


 薬房の帰りらしい。乳鉢を抱えている。


「……どうでした」


「外れた」


「そうですか」


 彼女は俯いた。


 それから、顔を上げた。


「見せてください」


「何を」


「外れた石」


 リュカは袋を出した。


 中から取り出すのは難しい。今入れたばかりなので、いちばん上にあるはずだが、他の石と混ざっている。


 指で探して、一つ取り出した。


 灰白色。ざらついている。


「これだ」


 リナンは受け取って、掌に乗せた。


 夕日の中で見ている。角度を変えて、何度か。


「……綺麗ですね」


 リュカは彼女を見た。


「宿らなかったぞ」


「知ってます」


「外れだ」


「はい」


 彼女は石を返した。


「でも、綺麗です」


 二度目だった。


 初めて袋を見せたときも、同じことを言われた。


 あのときは「うん」としか答えなかった。


 今日は違うことを訊いた。


「なんで綺麗だと思うんだ」


 リナンは少し考えた。


「……色が」


「灰色だぞ」


「灰色の中に、少し白いのが混ざってます」


 彼女は石を指した。返したあとなので、リュカの掌の上だ。


「あと、表面がざらざらしてるところと、つるっとしてるところがあります」


「見てたのか」


「見てました」


 彼女は当たり前のように言った。


「見ないと、綺麗かどうか分からないので」


 リュカは石を見た。


 十日間、肌に当てていた。毎晩、掌に乗せて確かめた。


 ――色の混ざりは、見てなかった。


 何が起きるかばかり見ていた。何も起きないことばかり確かめていた。


 石そのものは、拾った日以来、ちゃんと見ていない。


「……そうか」


「はい」


---


「リュカくん」


「うん」


「悔しくないんですか」


 彼は袋に石を戻した。


 からから、と鳴った。


「悔しい」


「そうなんですか」


「うん」


 言ってから、少し驚いた。


 悔しいと言ったのは初めてだった。三年、誰にも言ったことがない。


 言われたことはある。「残念だったね」「次があるよ」「いつか当たるさ」。


 全部に「うん」と返してきた。


 悔しいとは言わなかった。


 言えば、期待していたことになるからだ。


 期待していないふりをしていれば、外れても平気な顔ができる。


 平気な顔をしていれば、誰も何も言わない。


 三年、そうやってきた。


 ――誰にも訊かれなかったしな。


 「残念だったね」とは言われる。「悔しいか」とは訊かれない。


 訊かれたのは、今日が初めてだった。


「でも」


「はい」


「悔しくても、明日また拾う」


「はい」


「それだけだ」


 リナンは頷いた。


 それから、乳鉢を抱え直した。


「明日、次のを試すんですか」


「試す」


「もう決まってるんですか」


「今朝、拾った」


 リュカは懐から青みのある石を出した。


 小さい。角が取れている。透けない。


「これだ」


「青いですね」


「うん」


「当たるといいですね」


「当たらない」


 言ってから、彼は少し笑った。


 笑ったのは久しぶりだった。


「たぶん当たらないけど、試す」


「はい」


「それが、俺の仕事みたいなもんだ」


 言ってから、少し違うと思った。


 仕事ではない。金が入らない。誰にも頼まれていない。


 ――仕事じゃないな。


 仕事は荷運びだ。日当が四十シャルド出る。


 石を拾うのは、何だろうか。


 趣味と言うには重い。癖と言うには長い。


 名前がない。


「リュカくん」


「うん」


「明日も空き地にいますか」


「いる」


「明日は、二日目ですね」


「二日目だ」


 リナンは頷いた。


「じゃあ、九日後に」


「何が」


「外れるところ、また見に来ます」


 リュカは彼女を見た。


「外れるのを見に来るのか」


「はい」


「変だぞ」


「変ですか」


「変だ」


 彼女は少し笑った。


「でも、一人で外れるより、いいと思って」


 リュカは何も言えなかった。


 三年、一人で外してきた。


 誰も見ていなかった。見せようとも思わなかった。


 だが昨日、見られていたと分かった。ヴェスナに。


 そして今日、見に来ると言われた。


「……勝手にしろ」


「はい」


 彼女は乳鉢を抱え直して、薬房のほうへ歩いていった。


 途中で一度振り返って、頭を下げた。


 リュカは手を上げかけて、下ろした。


 上げ方が分からなかった。


---


 リナンが薬房へ戻ったあと、ヴェスナが戸口から出てきた。


 箒を持っている。夕方の掃除だ。


「坊主」


「うん」


「外れたのかい」


 リュカは足を止めた。


「なんで分かる」


「今朝、早く起きてただろ」


 老婆は箒を石畳に当てた。


「あんた、十日目の朝は早い」


「……気づいてたんですか」


「三年見てりゃ気づくよ」


 彼女は掃きはじめた。


「最初の頃はね、十日目の夜に梯子を降りてこなかった。だから分かった」


「降りてなかったですか」


「降りてこなかったよ。二回か三回」


 リュカは覚えていなかった。


 だが言われてみれば、そういう日があった気がする。誰にも会いたくなかった日が。


「今日は降りてきたね」


「うん」


「そうかい」


 ヴェスナはそれ以上言わなかった。


 煤を掻き出す音が、規則正しく響く。


「婆さん」


「なんだい」


「何個目か、数えてる?」


 箒が止まった。


「数えてないよ」


「そうですか」


「あんたが数えてないのに、あたしが数えてどうする」


 老婆は箒を持ち直した。


「数えてほしいのかい」


 リュカは答えなかった。


 答えが分からなかった。


 数えてほしいのかもしれない。数えられたくないのかもしれない。


 どちらもありそうだった。


「まあ」


 ヴェスナが言った。


「数えるなら、当たったときにしな」


「当たらないかもしれない」


「かもしれないね」


 彼女は掃きはじめた。


「だから今は数えないんだよ」


---


 その夜、リュカは新しい石をシャツの内側に入れた。


 一日目。あと九日。


 それから、少し考えた。


 ――書くか。


 ミラに言われたことが引っかかっていた。効かなかった記録がないと、同じことを繰り返す。


 繰り返している。


 だが書けない。


 字を習ったことがない。名前すら書けない。


 ――ミラさんに頼むか。


 考えて、やめた。


 二十八個ぶんを人に書いてもらうのは、話が長すぎる。いつ拾ったかも覚えていない。


 ――床でいいか。


 屋根裏の床板は古い。彫れば跡が残る。


 彼は杭の先で、板の隅を軽く引っ掻いてみた。


 線が一本ついた。


 もう一本引いた。二本になった。


 ――二十八本か。


 引きはじめて、手が止まった。


 二十八本引いても、それは数でしかない。どの石がいつ外れたかは分からない。


 記録にならない。


 彼は線を二本のまま残した。


 消し方が分からなかったからだ。


 ――明日、考える。


 字が書けるようになれば、書けるのかもしれない。


 だが習うには誰かに頼まなければならない。


 ミラは忙しい。ヴェスナは目が悪い。ドランは教えるのが下手そうだ。


 ――リナンは。


 考えて、また止めた。


 彼女が書けるかどうかを知らない。


 そう思って、袋を枕の下に押し込んだ。


 袋を枕の下に押し込む。二十八個。からから、と鳴った。


 音が少し変わった気がした。


 ――増えたからか。


 重さが変わると、音が変わる。二十七と二十八では、たぶん違う。


 だが聞き分けられるほどの差ではない。


 気のせいだろう。


 彼は目を閉じた。


 軒下から、かちり、と音がした。


 路地では油が燃えている。三軒。いや、今日は四軒だ。


 ――増えてる。


 誰かが油を買えたらしい。


 いい日だった、ということだ。その家にとっては。


 リュカにとっては、何も起きなかった日だった。


 外れを一つ、増やしただけの日。


 だが悪い日ではなかった。


 初めて「悔しい」と言った。石を「綺麗だ」と言われた。次の石が決まった。


 ヴェスナが十日目を数えていたと分かった。数えていないと言いながら、朝の様子で気づいていた。


 ――見られてたんだな。


 三年、誰にも見られていないと思っていた。


 実際は、見られていた。数えられてはいなかったが、見られていた。


 その違いが、少し嬉しかった。


 彼は寝返りを打った。


 枕の下の袋が硬い。二十八個。


 シャツの内側に青い石。一日目。あと九日。


 ――九日後には、また外れてる。


 たぶんそうだ。二十八回そうだった。


 だが九日後に何をしているかは、分からない。


 九日先のことなど、考えたこともなかった。


 明日のことしか考えない。荷がいくつあるか、杭が何本折れたか、石が出るかどうか。


 それで足りていた。


 ――星降り。


 あと二日か三日だとドランは言った。


 毎年来る。毎年、彼は行かない。


 四百シャルド。往復で八百。二十日分の日当。


 二年前に貯めようとして、四十日目に崩れた。


 ――また貯めるか。


 考えて、やめた。


 明日から貯めても、間に合わない。


 来年なら間に合うかもしれない。一日十シャルドずつ残せば、八十日で届く。


 だが去年もそう思った。一昨年も思った。


 思うだけで、三年経った。


 ――見たのは、よかった。


 ドランはそう言った。四百出して外れたのに、見たのはよかったと。


 何が見えるのかは教えてくれなかった。自分で見ろ、と言われた。


 見に行くには、金が要る。


 金を作るには、時間が要る。


 時間は減るだけで、なくならない——石屋の男はそう言った。


 ――減ってはいる。


 三年減った。


 ――明日も同じだ。


 そう思って、目を閉じた。


 軒下から、かちり、と音がした。


 それきり静かになった。


 この夜が、この街の最後から二番目の夜だということを、彼はまだ知らない。


 知っていたら、何かしただろうか。


 たぶん、しなかった。


 何をすればいいか、分からなかったはずだ。


 ――十日目だ。


 それだけの日だった。


 二十八個目が外れて、二十九個目が始まった日。


 そういう日が三年続いて、明日も続くはずだった。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。