光と、油④
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
今はまだ第1部1章で、まだ物語の序章ですので大きな変化が見られるのをこうご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
油屋は二番街にある。
三番街から坂を一つ上がった先で、通りに面していない。裏の路地に入って、二つ目の戸だ。
リュカは戸を叩いた。
「開いてる」
中は暗かった。窓がない。灯りは油皿が一つだけで、それも小さい。
油屋なのに、明かりが少ない。
主人は痩せた男で、帳簿をつけていた。
「昇降機の分か」
「はい」
「一合で八だ」
「先週は六でした」
「上がった」
男は顔も上げずに言った。
「星降りが近い。上の連中が買い占めてる」
「いくつ買えますか」
「五十あるなら六合だ」
リュカは計算した。六合。昇降機の綱に使う量なら、ふた月は保つ。
「六合ください」
「まとめて持てるか」
「持てます」
男は奥から壺を出して、油を移しはじめた。
柄杓で量る。一杯、二杯。数を数えながら移す。
リュカはそれを見ていた。
柄杓が壺の口に当たる音。油が落ちる音。二つが交互に鳴る。
「おじさん」
「なんだ」
「なんで、ここは灯りが少ないんですか」
男は手を止めなかった。
「油屋だからだ」
「だから多いと思ってました」
「逆だ」
柄杓が三杯目を汲む。
「売り物を燃やす商売があるか」
「……ないですね」
「ないだろ」
彼は油を落とした。
「うちは日が入るうちに帳簿をつける。暗くなったら閉める。それで足りる」
「不便じゃないですか」
「不便だ」
男は四杯目を汲んだ。
「だが、不便なほうが儲かる」
リュカは黙った。
言われてみればそうだ。自分が使わない分を売る。使えば減る。減れば売る分がなくなる。
この街の商売は、たいていそうなっている。
鍛冶場は炉を落とさない。落とせば石が要る。石を買えば利が減る。
薬房は薬草を吊るし続ける。吊るす場所がなければ仕入れられない。
そして彼は、石を拾って、使わない。
――俺のは商売じゃないけどな。
六杯目が落ちて、男が柄杓を置いた。
「六合だ」
――同じだ。
彼も数える。杭も、歩数も、荷の数も。
数える仕事をしている人間は、街にいくらでもいる。
「六合」
「ありがとうございます」
「兄ちゃん」
「はい」
男が初めて顔を上げた。痩せた顔で、目の下が落ちくぼんでいる。
「昇降機、切らすなよ」
「はい」
「あれが止まると、この街は終わる」
言い方が静かだった。脅しでも忠告でもない。事実を言っただけの声だった。
「三年前に切れたとき、二日止まった」
「知ってます」
「その二日で、うちは半月分売れなかった」
男は帳簿を閉じた。
「油は運んでこないと入らない。運ぶのは昇降機だ。止まれば、この街は自分で何も作れなくなる」
「……はい」
「だから切らすな」
「切らしません」
男は頷いて、また帳簿を開いた。
それきり顔を上げなかった。
壺を受け取ると、重かった。両手で抱えないと持てない。
外へ出ると、日が落ちかけていた。
---
坂を下る。
油の壺は重い。途中で二度、置いて持ち直した。
二番街の通りを抜けるとき、灯りが点きはじめた。
二番街には灯柱がない。だが油皿の数が三番街より多い。通りの両側に等間隔で並んでいて、宿や店の前は特に明るい。
――金があると、明るくなる。
上層は星の光で明るい。二番街は油で明るい。三番街は暗い。
同じ層の、同じ街で。
リュカは壺を抱え直した。
六合。ふた月分。八シャルド掛ける六で四十八。ドランから預かった五十のうち、二シャルドが残っている。
――返さないと。
当たり前のことだ。だが一瞬、頭をよぎった。
二シャルドあればパンが半分買える。今日は昼を食べていない。
誰も数えていない。ドランは「足りなきゃ言え」としか言わなかった。
――数えてる。
自分が数えている。
それで十分だった。
彼は坂を下りきった。
リュカは坂を下りきって、三番街に入った。
路地の三軒に灯りがある。朝と同じ三軒だ。鍛冶場と、宿と、名前を知らない家。
三軒目の家の前で、リュカは少し足を緩めた。
窓から光が漏れている。中に人がいる。何人いるかは分からない。
三年、毎日この前を通っている。
――誰が住んでるんだ。
子供が多いはずだと思っていた。朝が早いから。
だが確かめたことはない。
今日は確かめられそうな気がした。戸を叩けばいい。
だが理由がない。
油の壺が重かった。彼はそのまま歩いた。
残りはまだ暗い。日が落ちきってから点す。そのほうが油が減らない。
宿の前を通ると、ルフが軒下から顔を出した。
朝と同じ場所ではない。空き地から戻ってきたのだろう。
「食ったか」
それは顔を上げて、それからまた丸くなった。
置いた石を見ると、三つとも消えていた。
彼は詰所まで歩いて、壺を置いた。
ドランはもういなかった。
代わりに、籠の上に猫が寝ていた。
リュカは懐から二シャルドを出した。
釣りだ。四十八使って、二枚残った。
置いていく場所を探した。工具箱の上に置けば、風で飛ぶかもしれない。壺の脇なら濡れる。
彼は工具箱を開けて、中の布の下に挟んだ。
明日、蓋を開ければ出てくる。
――言わなくても分かる。
三年、そうやってきた。
リュカは壺の蓋を確かめて、詰所を出た。
坂を下りたところで、リナンに会った。
薬房の使いの帰りらしい。空の乳鉢を抱えている。
「リュカくん」
「うん」
「重いもの持ってました?」
「なんで分かる」
「腕が」
彼女は自分の腕を指した。
「震えてます」
言われて気づいた。指先が小刻みに動いている。六合の壺をふた坂ぶん運んだせいだ。
「油を買ってきた」
「昇降機の?」
「うん」
「ドランさんに頼まれたんですか」
「……いや」
リュカは少し言い淀んだ。
「自分から言った」
「そうなんですか」
リナンは目を丸くした。
「珍しいですね」
「珍しいか」
「珍しいです」
彼女は言い切った。言い切るときの彼女は、引かない。
「リュカくん、頼まれたことはやるけど、自分からは言わないので」
「……そうか」
「はい」
二人で路地を歩いた。
三軒の灯りの前を通る。鍛冶場の火が見える。トトがまだ働いている。
「今日、上で人と話した」
「え」
「灯柱を触る人」
リナンが顔を上げた。
「話しかけたんですか」
「うん」
「リュカくんから?」
「うん」
彼女はしばらく黙っていた。
それから、小さく言った。
「……何かありました?」
「ない」
「本当ですか」
「ない」
リュカは自分でも、なぜ話しかけたのか分からなかった。
昨日、トトに「三年いて?」と言われた。それだけだ。
それだけで、今日は三つ変わった。
「でも」
リナンが言った。
「そういう日、あります」
「どういう日だ」
「急に、できるようになる日」
彼女は乳鉢を抱え直した。
「わたしも、あります。何もなかったのに、急に手が動く日」
「歌か」
「歌もです」
リナンは薬房のほうを見た。
「あと、縫うのも」
それきり、二人とも黙って歩いた。
宿の前で別れるとき、彼女が振り返った。
「明日も空き地にいますか」
「いる」
「じゃあ」
それだけだった。
---
宿に戻ると、ヴェスナが戸口を掃いていた。
「坊主」
「うん」
「油を買いに行ったんだって」
「井戸端か」
「あたしが井戸端の元締めだよ」
老婆は箒を止めなかった。
「いくらだった」
「一合で八」
「上がったねえ」
「先週は六でした」
「毎年そうだよ。星降りの前は上がる」
ヴェスナは煤を掻き出した。
「降ったら下がる。それまでの辛抱だ」
「毎年ですか」
「毎年だよ」
彼女は箒を持ち直した。
「あんたが来る前から、ずっとそうだ」
リュカは戸口の脇に立った。
「婆さん」
「なんだい」
「星降りって、何が起きるんですか」
箒が止まった。
「見たことないのかい」
「ないです」
「そうかい」
彼女は箒を壁に立てかけた。
「見えないよ、ここからは」
「じゃあ、どうやって分かるんですか」
「話が回る」
老婆は路地を見た。
「浮島で拾った、誰が当てた、いくらで売れた。そういう話が、三日くらいかけて下りてくる」
「下りてくる」
「そうだよ。上から順に、話だけが下りてくる」
リュカは頷いた。
荷と同じだ。上で扱われたものが、順に下へ流れてくる。
「婆さん」
「まだあるのかい」
「行ったことは」
「ないよ」
彼女は即答した。
「六十八年、この街から出たことがない」
「一度も?」
「一度もだ」
ヴェスナは箒を取った。
「出る理由がなかったからね」
「……」
「あんたは出てるだろ。毎日」
「仕事なので」
「理由があるってことだよ」
老婆は掃きはじめた。
「理由があるうちは、出てりゃいい」
---
屋根裏で、リュカは袋を出した。
二十七個。並べて、拭いて、戻す。
今日は一つも拾っていない。掘る時間がなかった。
――時間は減るだけ。
石屋の男の言葉を思い出した。
なくなるのは金だ。時間は減るだけで、最後まで残る。
だから拾え、と言われた。
彼は袋の紐を締めた。からから、と鳴った。
今日、増えたものが一つある。
バルという名前だ。
三年、名前を知らずに木札をやりとりしてきた男。向こうから訊かれて、答えて、名乗られた。
――四人。
昨日、名前を知ったのは四人だった。ミラ、トト、イサ、ザヴ。
今日は一人。
二日で五人。三年で五人だったのに。
――増えすぎか。
増えすぎということはない。増えたら増えただけだ。
だが、覚えていられるだろうか。
二十七個の石は覚えている。形で分かる。
人の名前は、形がない。
窓の外を見る。
路地の灯りが、いくつか増えていた。日が落ちきって、点した家がある。
数えると九つ。昨日と同じだ。
――明日も同じだ。
そう思って、少し違うとも思った。
今日、上で灯柱の男に話しかけた。石屋の男と長く喋った。ドランに油を買いに行くと言った。
三年、しなかったことを三つした。
どれも大したことではない。
だが、しなかったことをした。
彼はシャツの内側に手を当てた。
灰白色の石。試して七日目。あと三日。
何も起きる気配はない。
いつも通りだ。
---
目を閉じる前に、もう一度だけ窓を見た。
摩天楼の腹が空を塞いでいる。星は見えない。
この街から星が見えたことは、一度もない。
――上からは見えるのか。
考えたことがなかった。アステル区でも、空は摩天楼の上のほうに隠れている。
見えるのは、もっと上だ。
行ったことがない。行く運賃がない。
だが、降ってくる。
毎年、どこかに。
彼は目を閉じた。
軒下から、かちり、と音がした。ルフが石を齧っている。
路地では、まだ油が燃えている。
上では、灯柱が消えずに点いている。
同じ夜の、同じ国の、違う明かりだった。
---
眠りかけて、一つ思い出した。
第七通りの家。扉が二つあった。
――なんで二つなんだ。
大きいほうと、小さいほう。
小さいほうは、人が屈まないと通れない。
考えて、思い当たった。
荷を入れる口だ。
人が通る扉と、物が通る口。分けてある家がある。上層では珍しくないのかもしれない。
だとすれば、箱はそっちに入れるべきだった。
――明日、確かめよう。
だが明日は、あの通りに用がない。
次に荷が出るまで、行く理由がない。
そのうち忘れる。
三年、そうやって忘れてきたことが、たぶん何百とある。
彼は寝返りを打った。
枕の下の袋が硬い。二十七個。
からから、と鳴った。
それを聞いてから、目を閉じた。
外はまだ静かだった。
明日も同じ朝が来る。
三軒に火が入って、残りは暗い。子供が空き地に来て、イサが桶を持って井戸へ行き、ドランが籠の下に潜る。
その次の日も、その次の日も。
誰もが、そう思っていた。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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