一日と、二十三軒③
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
今はまだ第1部1章で、まだ物語の序章ですので大きな変化が見られるのをこうご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
夕方、鍛冶場へ行った。
昼に行くと言ったのに、荷が四つあったので遅れた。日が傾いてから着いた。
トトは炉の前にいた。
「遅い」
「荷が四つあった」
「親方、帰ったぞ」
「そうか」
「別にいいけどな。巻きは俺の仕事だ」
彼は作業台を顎で示した。
リュカは杭の袋を置いた。四十本。
トトが一本抜いて、芯を見た。
「これ、何年使ってる」
「二年」
「二年で四十本?」
「折れたのは替えてる」
「じゃあ何本替えた」
「今年に入って百四十本」
トトが手を止めた。
「百四十」
「うん」
「一日いくつだ」
「四本前後」
「……数えてんのかよ」
「数えてる」
「気持ち悪いな」
「そうか」
「褒めてる」
彼は紐を出して、巻きはじめた。
手が速い。芯に沿って一定の角度で巻いていく。重ならず、隙間も空かない。
「上手いな」
「これは上手い。他は下手だ」
「なんで巻きだけ」
「毎日やってるからだよ」
トトは手元から目を離さずに言った。
十一本目を巻きはじめる。
紐の端を芯に当てて、親指で押さえる。そこから先は、指が勝手に動いているように見えた。目は見ているが、確認していない。
「何本目から速くなった」
「知らねえよ」
「数えてないのか」
「数えるかよ、そんなの」
彼は笑った。
「でもな、巻いた数だけ上手くなるのは分かる。それだけだ」
リュカは頷いた。
自分も同じだ。杭を何本撃ったかは数えている。だが何本目から当たるようになったかは覚えていない。
気づいたら当たっていた。
「お前、投げるやつ」
「投槍器」
「あれ、何本撃った」
「今日で」
リュカは計算した。
一日百二十本。三年。休んだのは、数えるほどしかない。
「……十三万本くらい」
トトの手が止まった。
「十三万」
「たぶん」
「それも数えてんのか」
「掛け算しただけだ」
「十三万撃って、何本折れた」
「四千くらい」
「……三十本に一本だな」
「そうなる」
トトは巻いている手を見た。
「それが巻きの甘さだ。俺がやれば、六十本に一本にはなる」
「半分か」
「半分だ。年に七十本浮く」
リュカは計算した。
七十本で三百五十シャルド。巻き直し代が十シャルド。
「……安いな」
「だから言ったろ」
「気持ち悪いな」
「褒めてるのか」
「今のは褒めてない」
「親方は、俺に巻きしかやらせない。二年ずっと」
「刃は」
「触らせてもらえない」
「なんで」
「下手だからだろ」
彼はあっさり言った。
「でも巻きは、今は俺のほうが速い」
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十本目を巻き終えたところで、トトが手を止めた。
「火、落ちる」
炉の奥が暗くなっていた。
彼は火種石を取り出した。二つ。
「二つ使うのか」
「炉は大きいからな。一つじゃ点かない」
トトは一つ目を割って、炭の上に落とした。赤い点が広がる。
二つ目も割って、別の場所に落とした。
二つの赤い点が、ゆっくり大きくなって、繋がった。
「四シャルドだ」
「高いな」
「炉を落とすほうが高い」
彼は鞴を踏みはじめた。
「一度落とすと、次に点けるのに石が五つ要る。十シャルドだ。だから落とさない」
「一日中?」
「一日中。夜も、種火だけは残す」
リュカは炉を見た。
赤い点が、炭の間で息をしている。
――この街の火は、全部そうだ。
朝に点して、夜まで残す。消せば金がかかる。だから消さない。
上層の灯柱は違う。星の光で満ちるので、消えない。消える心配をしなくていい。
同じ「明かり」でも、下では金がかかり、上ではかからない。
「なに見てんだ」
「火」
「火を見て何が面白いんだよ」
「……別に」
リュカは答えなかった。
うまく言葉にならなかった。
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四十本を巻き終えたのは、日が完全に落ちてからだった。
トトが最後の一本を置いて、腰を伸ばした。
「終わり」
「早いな」
「言ったろ、速いって」
リュカは十シャルドを出した。
トトは受け取って、数えずに懐に入れた。
「数えないのか」
「十枚だろ」
「数えてないのに分かるのか」
「見りゃ分かる」
彼は作業台を片づけはじめた。
「お前が数えてるからな。間違ってるわけがない」
リュカは杭を袋に戻した。
一本ずつ確かめる。巻きが揃っている。指で触ると、どれも同じ感触だった。
「……ありがとう」
「また来い」
「うん」
「三月くらいで緩む。そしたら来い」
「分かった」
鍛冶場を出ると、外は暗かった。
路地の油皿に、ぽつぽつと灯りが点いている。
朝に点した火が、まだ残っている家だ。消えた家は暗い。
明かりのある窓と、ない窓が、交互に並んでいた。
リュカは数えた。
この路地に二十三軒。灯りがあるのは九軒。
朝は三軒だった。日が昇ってから点した家が六軒。残りの十四軒は、今日は一度も火を使わなかったか、もう消したかのどちらかだ。
――十四軒。
明日の朝、そのうち何軒が火種石を割るのか。
二シャルド。パン一つ。
彼は歩きながら考えた。
この路地だけで、毎朝十軒が石を割るとすれば、一日で二十シャルド。
三番街には路地が七本ある。全部が同じなら、一日で百四十。ひと月で四千二百。
――一年で、五百ステラ。
三番街だけで、銀貨五百枚ぶんの火を燃やしている。
上層の灯柱は、燃やさない。星の光で満ちるからだ。
同じ明かりを、片方は買い、片方は買わない。
計算しても意味がないと分かっていた。
それでも計算した。数えるのは癖だ。
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宿に戻ると、ヴェスナが戸口で待っていた。
「坊主」
「うん」
「水路、直したんだって」
「井戸端か」
「あたしが井戸端の元締めだよ」
老婆は箒を持っていなかった。代わりに布包みを持っている。
「これ」
「なに」
「パンだよ。二つ」
リュカは受け取った。まだ温かい。
「なんで」
「井戸端の連中が、少しずつ出し合ったんだと」
「金は要らないって言いました」
「金じゃないよ。パンだよ」
ヴェスナはそう言って、戸口の内側へ引っ込んだ。
「あの連中はね、金を出すのは嫌がるけど、物なら出すんだ」
「なんでですか」
「金は減るからね」
老婆は笑った。
「パンは、また焼けばいい」
パンは四つ買える金額ではなかった。二つだ。
だが二つでも、井戸端の連中が出し合ったのだとすれば、一人あたり一シャルドにも満たない。
――何人で出したんだ。
十人なら一人二シャルド弱。二十人なら一シャルド。
どちらにしても、大した額ではない。
だが大した額ではないからこそ、出せる。
金は減るが、減る額が小さければ出せる。
――そういうことか。
リュカは布包みを持ったまま、少し立っていた。
「婆さん」
「なんだい」
「誰が出したか、聞いてますか」
「聞いてないよ」
ヴェスナは戸口の中から答えた。
「井戸端で誰かが言い出して、そこにいた連中が出した。それだけだ」
「名前は」
「訊いてないね」
老婆は少し笑った。
「訊いたら、みんな『大したことしてない』って言うからね」
「……」
「あんたも言うだろ」
リュカは何も言わなかった。
「だから訊かないんだよ」
彼女はそう言って、戸を閉めかけた。
「婆さん」
「まだあるのかい」
「灯り、点けないんですか」
宿の窓は暗かった。二階の一つだけ、リナンの部屋に灯りがある。
「油がもったいないよ」
「……そうですか」
「暗くても歩けるからね。三十年住んでりゃ、目をつぶっても動ける」
戸が閉まった。
---
屋根裏で、リュカはパンを二つに割った。
片方を布に包んで、枕元に置いた。明日の朝の分だ。
もう片方を食べる。冷めかけているが、まだ柔らかい。
軒下でルフが石を齧る音がした。角のない石を三つ、夕方に置いてきた。
彼は袋を出して、板の上に並べた。
二十七個。
今日は一つも拾っていない。子供の石を見て、水路を掘って、鍛冶場にいた。掘る時間がなかった。
――半月で三つ、のはずだったのに。
増えない日もある。減りはしない。
彼は石を戻した。からから、と鳴った。
シャツの内側の灰白色は、試して六日目。あと四日。
何も起きる気配はない。
窓の外を見た。
路地の灯りが、一つ消えた。誰かが寝たのだろう。
朝に点した火が、そこで終わる。明日また、二シャルドを使って点し直す。
この街の一日は、そうやって始まって、そうやって終わる。
三年、毎日ここにいた。
だが数えたのは今日が初めてだった。
路地に二十三軒あること。灯りが九つしかないこと。水路が六十歩で詰まること。上の連中が十五シャルドの石を荷札に使うこと。
全部、前からそうだったはずだ。
――見てなかっただけか。
彼は寝返りを打った。
明日も、同じ朝が来る。
三軒に火が入って、残りは暗い。日が昇ってから六軒が点す。残りは点さない。
子供が空き地に来て、石を並べる。イサが桶を持って井戸へ行く。ドランが籠の下に潜る。ミラが棚を開ける。トトが炉の種火を起こす。
同じ朝が来る。
だが明日は、たぶん、もう少し見える。
そう思って、目を閉じた。
だが目を閉じてから、一つ思い出した。
ドランの言葉だ。切れる前は低くなる。気づいていたのに、明日でいいと思った。
――音は聞いてる。
毎日聞いている。今日は高かった。乾いていた。油を差した。
それでいい。
だが「明日も同じ」とは、誰にも言えないのかもしれない。
彼は寝返りを打った。
枕の下の袋が硬い。二十七個。
軒下から、かちり、と音がした。
それきり静かになった。
リュカは起き上がって、梯子を降りた。
軒下を覗く。ルフが丸くなっていた。置いた石は三つとも消えている。
「食い終わったか」
それは目を開けた。
彼はしゃがんで、鱗に触れた。冷たい。いつも冷たい。だが今日は、朝より少しだけ温かい気がした。
――気のせいか。
比べる道具がない。ミラの錘の糸なら呼吸は測れるが、温度は測れない。
彼は座り込んだ。
路地は静かだった。灯りは二つに減っている。宿の二階と、どこか遠くの一軒。
星は見えない。摩天楼の腹が空を塞いでいる。
――十日以内だとベルタ婆が言った。
星が降る。どこかの浮島に。四百シャルド出せば行ける。出せないので行かない。
三年、一度も行っていない。
だが毎年、降っている。
彼は袋を出して、掌に空けた。暗いので色は見えない。形だけが分かる。
二十七個。
どれも、誰かが拾い損ねたものだ。降ったときに拾われず、転がって、流されて、彼の手元に来た。
――当たりは、上で拾われてる。
そう言われたことがある。市の連中に。上層の連中が浮島で拾って、残りが下に流れてくる。だから下で拾える石は外れだけだ、と。
たぶん正しい。
それでも拾っている。
ルフが鼻先を寄せてきた。掌の石を嗅いでいる。
「やらない」
それは嗅ぐのをやめなかった。
「やらないぞ」
彼は石を袋に戻した。からから、と鳴った。
ルフは諦めて、また丸くなった。
リュカはしばらくそこに座っていた。
それから梯子を上がって、寝床に戻った。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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