一日と、二十三軒②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
今はまだ第1部1章で、まだ物語の序章ですので大きな変化が見られるのをこうご期待!!
現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは5、6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
詰所へ行くと、ドランが綱の点検をしていた。
「坊主、今日は上に四つだ」
「四つ」
「星降りが近い。上の連中が備蓄しはじめてる」
「何を」
「食い物と、油と、石だ」
ドランは綱に手を添えて、ゆっくり手繰った。ささくれを探している。
「星が降ると、しばらく市が閉まる。上の連中は先に買い込むんだよ」
「なんで閉まるんですか」
「降ったもんを拾いに行くからだ」
男は手を止めた。
「拾い手が出払う。店番がいなくなる。だから閉まる」
「下は」
「下は閉まらん」
ドランは笑った。
「閉める店がねえからな」
男は綱を手繰り終えて、油壺を取った。
「坊主、油差すか」
「やります」
リュカは壺を受け取った。
綱に油を差すのは、二月に一度くらいの作業だ。手伝ったことは何度もある。
布に油を含ませて、綱に当てる。そのまま手繰ると、油が繊維に入っていく。
「音、変わったか」
「高くなってました」
「だろ」
ドランは満足そうに言った。
「乾くと高くなる。切れる前は低くなる」
「低く」
「繊維が緩むとな。重い音になる」
男は滑車のほうを見た。
「三年前、切れる前の日に低かった。気づいてたのに、明日でいいと思った」
「……」
「翌日、切れた」
リュカは手を止めた。
三年前。ヴェスナが言っていた年だ。彼が荷運びを始めた年。
「誰か、乗ってたんですか」
「乗ってねえ。夜中だ」
「よかったですね」
「よかねえよ」
ドランは油壺を受け取った。
「乗ってたかもしれねえんだ」
それきり何も言わなかった。
リュカは油の染みた布を返して、籠に荷を積んだ。
---
籠が上がっていく。
荷は四つ。いつもより一つ多いが、日当は四十のままだ。
リュカは荷を押さえながら、綱の音を聞いていた。
規則正しい軋み。滑車が回るたびに、同じ間隔で鳴る。
――昨日より、少し高い。
音が高くなるのは、綱が乾いているときだ。ドランがそう言っていた。乾くと繊維が硬くなって、音が変わる。
油を差す時期かもしれない。
三番街と二番街の境目で、籠が一度だけ大きく揺れた。
継ぎ目だ。壁の石積みが変わる場所で、いつも揺れる。
リュカは荷を押さえた。四つのうち上の二つが軽いので、押さえるのは下の二つだけでいい。積み方は昨日のうちに考えてある。
重いものを下、軽いものを上。割れるものは、さらにその上。
三年やって、一度も落としたことがない。
落とせば弁償になる。弁償できなければ、この仕事を失う。
――だから落とさない。
単純な理屈だった。
滑車の上で、綱猫が寝ていた。
この猫は、綱が動いている間も動かない。回転する芯のすぐ横で、平然と寝ている。落ちないのか、落ちても平気なのか、分からない。
リュカが見上げると、片目だけ開けた。
それから、また閉じた。
---
アステル区の受け渡し場は、いつも明るい。
灯柱が切れ目なく並んでいて、昼でも点いている。循環石を使っているので、星の光を浴びれば何度でも満ちる。油も火種石もいらない。
だから消えない。
リュカは荷を下ろしながら、灯柱の根元を見た。
誰かが手入れをしている。台座が磨かれていて、埃がない。
その誰かが、ちょうど通りかかった。
白っぽい衣の男だ。年齢が分からない。灯柱の一本一本に手を触れながら歩いていく。触れると、光が少しだけ強くなる。
――何をしてるんだ。
見ていると、男が気づいた。会釈された。
リュカも会釈を返した。
それだけだった。男は次の灯柱へ行き、同じことをして、通りの奥へ消えた。
仕事の人だ、とリュカは思った。
肌の色が少し違う気がしたが、灯柱の光のせいだろうと思った。この区画では何もかもが明るく見える。
三番街の連中を上層に連れてきても、同じように見えるはずだ。
この区画には、そういう人が何人もいる。灯を点す人。道を掃く人。窓を拭く人。全員が同じような白っぽい衣を着ていて、全員が黙って働いている。
名前は知らない。
――訊く用がない。
昨日トトに言ったのと同じ言葉が、頭に浮かんだ。
三年いて、名前を知らない。三番街でそうだったのと、同じことがここでも起きている。
だがここは自分の街ではない。荷を運ぶだけの場所だ。
――それなら、なおさら訊く用がない。
彼は荷札を確かめた。
四つのうち三つは商会宛て。一つは個人宛てで、「アステル区第七通り」とだけ書いてある。番地がない。
この区画では、番地を書かなくても届く。誰がどこに住んでいるかを、届ける側が知っているからだ。
三番街とは逆だった。あちらは番地がないのではなく、そもそも通りに名前がない。
彼は荷を所定の台に並べて、籠に戻った。
戻る途中、灯柱の一本に手を触れてみた。
温かくもなく、冷たくもなかった。ただ光っている。
手を離しても、明るさは変わらなかった。
――さっきの人は、変わってた。
気のせいだろうと思った。
通りの向こうで、荷車が止まっていた。
商会の荷らしい。木箱が積んである。その脇で、使用人が二人、荷を確かめていた。
片方が手元を照らすのに、石を割った。
リュカは目で追った。
火種石ではない。割ったのに火が出ない。代わりに白い光が出て、手元だけを明るくしている。
閃光石だ。市で十五シャルド。
目潰しに使う石だ。戦うときに投げる。
それを、荷札を読むために割っていた。
――十五シャルド。
二シャルドの火種石でも同じことができる。火を点して、布に移して、手で囲えばいい。
だがそれは手間がかかる。
十五シャルドを一瞬で捨てるほうが、早い。
使用人は荷札を読み終えて、次の箱へ移った。光はもう消えている。
リュカはしばらくそこに立っていた。
それから籠に戻った。
---
昼前に一度、薬房の前を通った。
戸が開いていて、リナンが棚に薬草を吊るしているのが見えた。踏み台に乗っている。翼があるので、乗ると背中が壁に当たる。
当たるたびに、少しずつ位置を直していた。
リュカは荷を担いだまま、しばらく見ていた。
声はかけなかった。作業中に声をかけると、踏み台から落ちるかもしれない。
そのまま通り過ぎようとして、彼女が気づいた。
「あ」
「……見てただけだ」
「言ってくれればいいのに」
「落ちると困る」
「落ちません」
彼女は踏み台から降りた。
「三日前、屋根から落ちてました」
「あれは、猫が」
「猫のせいか」
「猫のせいです」
言い切った。
リュカは荷を担ぎ直した。
「じゃあ」
「はい」
彼女は棚のほうへ戻りかけて、それから振り返った。
「リュカくん」
「うん」
「今日、ミラさんが言ってました」
「何を」
「あの、薬草。葉のほう、よく効いたって」
リュカは足を止めた。
「効いたのか」
「昨日、火傷した人が来て。それに使ったそうです」
「……そうか」
「よかったですね」
「俺は買っただけだ」
「はい」
リナンは頷いて、それ以上は言わなかった。
彼女は言わないほうを選ぶことが多い。リュカも同じだ。だから会話が短い。
だが短くても、足りていた。
---
昼、三番街に戻ると、井戸端が混んでいた。
水汲みの列だ。朝の混雑は過ぎているはずだが、今日は人が多い。
イサがいた。桶を二つ持っている。
「あら、石拾いの」
「何かあったんですか」
「上の水路が詰まったんだと。三番街の分が来ない」
言われて井戸を見ると、水位が低かった。普段より腕一本ぶん下がっている。
「詰まった?」
「そう聞いたよ」
「誰が直すんですか」
「知らないよ」
イサは桶を地面に置いた。
「上の水路は二番街の持ちもんだ。うちらのじゃない」
「じゃあ、二番街が直す?」
「直さないね」
「なんで」
「二番街には水が来てるからだよ」
リュカは理解した。
詰まりは二番街の下流にある。だから二番街は困らない。困らなければ直さない。
「じゃあ、ずっとこのままですか」
「そのうち誰かが直すよ」
「誰が」
「困った人が」
イサはあっさり言った。
「うちらだね」
リュカは考えた。
上の水路。三番街に水を引いている経路は、二番街の裏を通っている。詰まるとすれば、曲がり角か、蓋の外れた場所か。
「見てきます」
「あんたが?」
「場所が分かるので」
イサが桶を置いた。
「一人で?」
「はい」
「じゃあ、これ持っていきな」
彼女は懐から何か出した。
火種石だ。一つ。
「暗いだろ、中は」
「……いいんですか」
「二シャルドだよ。詰まりが直れば元が取れる」
リュカは受け取った。
掌に乗せると、軽い。爪で弾けば割れる。割れば熱が出る。それだけのものだ。
だが二シャルドは二シャルドだった。
---
水路の蓋を三つ外して、中に入った。
腰を屈めて進む。天井が低い。四十歩ほど行ったところで、光が届かなくなった。
リュカは火種石を取り出した。
爪で弾く。薄い破片が落ちて、赤く光った。
持ってきた布の端に落とすと、燻って、小さな火になった。手で囲えば消えない。
明るくはない。だが足元と、一歩先の壁は見える。
それで十分だった。
――この先だ。
水音が変わっている。流れる音ではなく、溜まる音。
リュカは足を止めて、火を掲げた。
壁に線が引いてある。水位の跡だ。いつもはこの高さまで来る、という線が、腰のあたりに残っている。
今日は足首までしかない。
その上に、乾いた帯が見えた。普段は水に浸かっている壁が、乾いている。
――半日は止まってるな。
朝の時点で詰まっていたことになる。井戸端の連中が気づいたのは昼だった。
彼は進んだ。
四十五歩で、曲がり角。ここが最初の候補だった。だが詰まっていない。水は流れている。細いが、流れている。
五十歩で、蓋の外れた場所。上から落ちたゴミが溜まりやすい。だがここも通っている。
――もっと先か。
六十歩で、詰まりに当たった。
木片と布と泥が絡まって、水路の半分を塞いでいた。上流から流れてきたゴミが、曲がり角で引っかかったらしい。
リュカは火を蓋の上に置いて、両手で作業した。
順序がある。
上から抜くと、下が締まる。荷紐と同じだ。いちばん最後に引っかかったものから外す。
どれが最後かは、水の流れ方で分かる。流れが当たっている面が新しい。
彼は右側の木片から手をつけた。
抜く。次は布。引っ張ると、泥が一緒に来た。冷たい。水温が低い。指が痺れてくる。
三つ目は、抜けなかった。
板きれだ。両端が壁に食い込んでいる。上流から流れてきて、ちょうど曲がり角で突っ張った形になっている。
力任せに引けば折れる。折れれば破片が下流へ流れて、また別の場所で詰まる。
――回す。
板の端を掴んで、少しずつ回した。一方の端を壁から離して、それから引く。
抜けた。
火が細くなっていた。布が湿ってきている。
急ぐ必要があった。
四半刻かかった。
最後の木片を抜いたとき、水が一気に流れた。足首まで来て、それから膝の下まで上がって、引いた。
――通った。
火を拾い上げようとして、消えているのに気づいた。
水がかかったのだ。
火種石はもうない。一つしか持っていない。
リュカは布を絞って、立ち上がった。
天井が低いので、腰を屈めたまま進む。
手を壁につけた。右手だけ。左手は前に出して、頭より高い位置に置く。天井の梁に当たらないためだ。
一歩ずつ数える。
五歩で足元が深くなった。泥が溜まっている場所だ。行きは避けて通った。膝を上げて越える。
十五歩で壁が途切れた。曲がり角。右へ。
三十歩で、足の裏が硬いものを踏んだ。抜いた木片だろう。蹴って脇へ寄せた。
四十五歩で、上から風が来た。蓋の外れた場所だ。ここから光が入るはずだが、日が高いので届いていない。
六十歩。
外した蓋の位置に着いた。
数えているので、迷わなかった。
---
井戸端に戻ると、水位が上がっていた。
「直ったよ」
イサが言った。
「知ってます」
「あんたか」
「はい」
列に並んでいた連中が、こちらを見た。
「何があったんだ」
「ゴミが詰まってました」
「誰が頼んだ」
「誰も」
答えると、場が少し静かになった。
それから、誰かが言った。
「金は」
「要りません」
「そうか」
それで話は終わった。
だが終わったあとで、女の一人が言った。
それから、また誰かが言った。
「火種石、使ったのかい」
「使いました」
「一つで足りたかい」
「足りました」
イサが桶の陰から言った。
「あたしが渡したんだよ」
「あんたが出したのかい」
「二シャルドだよ。詰まったままなら、明日も水が来ない」
誰も反論しなかった。
二シャルドで一日ぶんの水が戻るなら、安い。この街の連中は、そういう計算には強い。
「あんた、濡れてるじゃないか」
「入ったので」
「風邪ひくよ」
「翼人は、あんまりひかないらしいです」
言ってから、自分は翼人ではないと気づいた。
リナンが言っていたのを、そのまま使った。軽いから乾くのも早いのだと。
女たちが笑った。
「あんた、翼あるのかい」
「……ないです」
「じゃあひくよ」
もう一人が桶から布を出して、投げてよこした。
「拭きな」
「洗濯物じゃないですか」
「まだ使ってない分だよ」
リュカは布を受け取って、腕と足を拭いた。
濡れた布を返そうとすると、「持っときな」と言われた。
リュカは自分の桶を持って、列の最後に並んだ。
すると前の男が場所を譲った。
「先でいい」
「いえ」
「濡れてんだろ。冷えるぞ」
言われて、断る理由が思いつかなかった。
彼は前に出て、水を汲んだ。
桶が二つ。片方は宿の分だ。ヴェスナが朝に汲むのを、たまに代わる。
持ち上げると重い。水は重い。
両手に一つずつ持って、路地を戻った。
――四十歩。
宿まで四十歩ある。途中に段差が二つ。一つ目は跨げる。二つ目は跨げないので、いったん置いて、越えてから持ち直す。
三年やっているので、どこで置くかは決まっている。
宿の戸口に着いたとき、腕が痺れていた。
ヴェスナが出てきて、桶を受け取った。
「悪いね」
「いえ」
「今日、井戸が遠かっただろ」
「同じです」
「列が長かったって聞いたよ」
「並びました」
老婆は桶を中へ運びながら言った。
「あんた、並ぶのが上手いね」
「並ぶのに上手いも下手もないです」
「あるよ」
戸の内側から声が返ってきた。
「文句を言わない奴は、上手い」
---
水を汲み終えるころ、井戸端の話題が星降りに移っていた。
「今年はいつだい」
「上の連中は、十日以内だって言ってるよ」
「誰が言ってんだい」
「浮島に婆さんがいるだろ。星読みの」
「ああ、ベルタさんか」
「そう。あの人の言うことは当たるからね」
「会ったことあるのかい」
「あるわけないだろ」
女は笑った。
「上の連中が言ってるのを、市で聞いただけだよ。そういうのは、金持ちのほうが早く知る」
リュカは桶を持ち上げながら、聞いていた。
星降りは年に一度。空層のどこかに、石が降る。
降った場所へ行けば拾える。だが浮島は遠く、昇降機の運賃がかかる。三番街の人間は、たいてい行かない。
「行くのかい、あんた」
イサが訊いた。
「行きません」
「なんで」
「運賃が」
「そうだねえ」
彼女は納得した顔をした。
「四百シャルドだもんねえ」
十日分の日当だ。往復なら二十日分。
拾えるかどうか分からないものに、二十日分は出せない。
「でもねえ」
イサが続けた。
「上の連中は、行くんだよ。毎年」
「知ってます」
「四百なんて、あの人らには昼飯代だからね」
誰も何も言わなかった。
それが当たり前だったからだ。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




