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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第一部 油の匂い、朝の匂い

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19/163

四人と、ひとつの街 ④

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


今はまだ第1部1章で、まだ物語の序章ですので大きな変化が見られるのをこうご期待!!


現在は、第4部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは5、6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 薬房に着いたのは、日が落ちてからだった。


 戸を叩くと、ミラが出てきた。前掛けを外している。もう店を閉めた後らしい。


「まだ何かあった?」


「これ」


 リュカは布包みを差し出した。


 ミラは受け取って、開けた。


 しばらく黙って中を見ていた。


「……買ってきたの」


「地上層で」


「いくら」


「十シャルド」


「あんたの日当、四十でしょ」


「はい」


「四分の一じゃない」


 彼女は包みを台に置いた。


「しかも今日、半日休んだんでしょ。三往復して四十」


「なんで知ってるんですか」


「井戸端」


 ミラは呆れた顔をした。


「三往復して四十もらって、そのうち十をここに置いていく」


「はい」


「割に合わないわよ」


 ミラはしばらく彼を見ていた。


 それから息を吐いて、包みを棚のほうへ持っていった。


「……葉のほうは正解。実のほうは種類が違うけど、まあ使える」


「そうですか」


「今度は訊いてから買いなさい。無駄になる」


「はい」


「あと」


 彼女は棚に薬草を並べながら言った。


「また来なさい。指を切ったときとか」


「金が」


「取らないとは言ってない。取るけど、来なさい」


「……はい」


「三年、一度も来なかったでしょ」


 リュカは驚いて彼女を見た。


「なんで知ってるんですか」


「客の顔は覚えるの。来なかった顔も覚える」


 ミラは束を吊るし終えて、手を払った。


「井戸端であんたの話は聞いてた。石を拾って、杭を数えて、荷を運ぶ子がいるって。でも一度も薬を買いに来ない」


「金が惜しくて」


「知ってる」


「……」


「だからね」


 彼女は振り返った。


「今日来たのは、あんたのためじゃないでしょ」


「はい」


「そういうのは、覚えとくの」


 リュカは何と答えていいか分からず、頷いた。


 薬房を出るとき、戸口の脇の棚を見た。


 葉が一束、増えていた。


---


 その帰り、鍛冶場の前を通った。


 まだ火が入っている。トトが炉の前にいて、何かを叩いていた。


 リュカは立ち止まった。


 鎚の音が規則正しい。三度打って、一度休む。また三度。


 ――数えてる。


 自分と同じだ、と思った。数えないと同じにならない仕事がある。


 トトが顔を上げて、こちらに気づいた。


「なんだ」


「通っただけだ」


「杭、持ってきたのか」


「明日でいい」


「明日は昼から来い。朝は親方がいる」


「親方って、あの人か」


「ザヴさん。知らなかったのか」


「顔は知ってる」


「名前は?」


「今」


 トトは呆れた顔をした。


「三年いて?」


「訊く用がなかった」


「杭、直してもらってるんだろ」


「杭の芯を、たまに」


「へえ」


 トトは意外そうな顔をした。


「金、取られるだろ」


「取られない」


「じゃあ何を」


「荷を一つ余計に運ぶ」


「ああ」


 彼は納得した顔をした。


「あの人、金は取らないけど貸しは作るんだ」


「そうなのか」


「そうだよ。返さないと次はない」


 リュカは思い出した。


 直してもらうたび、翌日に荷を一つ多く運んでいる。言われたことはない。最初の一度、そうしたら「そうか」とだけ言われた。それきり同じやり方が続いている。


「巻き直しは頼んだことがない」


「そりゃそうだ。四十本まとめてなんて、親方はやらねえ」


「なんで」


「面倒だからだよ」


 トトは笑った。


「俺がやる。俺は面倒じゃない」


「なんでだ」


「練習になるから」


 彼はあっさり言った。


「巻きは基本だ。四十本もやれば上手くなる」


 リュカは少し考えた。


「じゃあ、金は要らないんじゃないか」


「要る」


「なんでだよ」


「練習台に金を払うやつはいないだろ。逆だ、こっちが払うことになる。だから十でいい」


 理屈が合っているような、合っていないような話だった。


 だが十シャルドで四十本が巻き直せる。それは確かだった。


「明日、昼に行く」


「おう」


 リュカは歩き出して、それから振り返った。


「爪の話、ありがとう」


「あ?」


「ルフの。削るもんは削られるって」


「ああ」


 トトは鎚を置いた。


「あれな、親方が言ってたやつだ。俺が考えたんじゃない」


「そうか」


「でも覚えてた」


 彼は少し得意げに言った。


「覚えてりゃ、俺のだ」


---


 宿に戻ると、ヴェスナが店先を掃いていた。


 夕方の掃除だ。朝と夕方の二回、何十年も続けている。


「坊主」


「うん」


「薬房に行ったんだって」


「井戸端か」


「あたしが井戸端の元締めだよ」


 老婆は箒を止めた。


「ミラちゃんは、どうだった」


「治してくれた」


「そうかい」


「金は取らなかった」


「あの子はね」


 ヴェスナは煤を掻き出しながら言った。


「母親が長患いでね。薬を作るのは覚えたけど、治せなかったんだ」


 リュカは足を止めた。


「三年前だよ。それからずっと、あの店を一人でやってる」


「……知らなかった」


「訊いてないだろ」


「うん」


「三年前ってのはね」


 ヴェスナは煤を掃きながら言った。


「あんたが荷運びを始めた年と、同じだ」


 リュカは足を止めた。


 三年前。ドランに「働くか」と訊かれた年だ。


「そうなんですか」


「あんたが働きはじめて、あの子の母親が死んで、それから昇降機の綱が切れて、ドランが直した」


「同じ年に」


「同じ年だよ。そういう年ってのがある」


 老婆は箒を持ち直した。


「いいことも悪いことも、まとめて来る年がね」


「訊けとは言わないよ。訊かれたくない話もあるからね」


 老婆は箒を持ち直した。


「でもね、あの子は取れるもんは取るよ。今日取らなかったのは、あんたが子供だからじゃない」


「じゃあ何ですか」


「さあね」


 ヴェスナは笑った。


「あたしは宿の女で、薬師じゃないからね」


---


 軒下でルフが石を齧っていた。


 角のない、丸い石だ。リュカが夕方に選んで置いたもの。角のあるものは避けた。


 かちり、かちり。


 いつもの音だった。


 リュカは梯子に足をかけて、それから振り返った。


 三番街の路地に、灯りが点きはじめている。油皿の灯りだ。上層のような石の光ではない。煤が出て、匂いがして、朝には吹き消される。


 鍛冶場の煙突から、細い煙が上がっていた。トトが片づけをしているのだろう。


 薬房の窓に、まだ灯りがある。ミラが薬草を仕分けているのかもしれない。


 宿の二階の窓にも、灯りがあった。


 薬房の窓に、影が動いた。


 ミラが棚の前に立っている。今日買ってきた葉を、吊るし直しているのかもしれない。あるいは別の作業か。


 一人でやっている。三年、ずっと。


 ――母親が長患いでね。


 ヴェスナの言葉を思い出した。薬を作るのは覚えたけど、治せなかった。


 それでも店を続けている。


 今日、彼女は「分からないものは分からない」と言った。効くかどうかも、治るかどうかも。それでも何かする。しないよりましだから。


 三年前に治せなかった人が、今日、何かを治した。


 ――竜だけど。


 それでも治した。


 リュカは灯りを見た。


 ――五つ。


 数えるつもりはなかったのに、数えていた。


 鍛冶場、薬房、宿、宿の二階、それから詰所のほう。ドランはまだ籠の下にいるかもしれない。


 自分の分を入れて、六つ。


 ――いや。


 彼は数え直した。


 今日、名前を知ったのは四人だ。ミラ、トト、イサ、ザヴ。


 顔は前から知っていた。三年、毎日どこかで見ていた。だが名前は知らなかった。


 知らなくても暮らせた。


 荷札に書かれた数を守っていれば、日当は入る。それで足りていた。


 今日、四つ増えた。


 この街には数百人以上住んでいる。灯りはもっとたくさんある。路地の油皿も、窓の明かりも、数えれば何十とある。


 だが名前と顔が一致するのは、この数だけだった。


 三年住んでいて、十。


 この街に来た日のことは、あまり覚えていない。


 覚えているのは、昇降機の音と、油の匂いと、ドランが「働くか」と訊いたことだけだ。答えた記憶はない。頷いたのかもしれない。


 それから三年、毎日同じことをしてきた。


 朝、練習して。荷を運んで。石を拾って。夜、袋を確かめて眠る。


 ――誰とも、あまり話さなかったな。


 話す必要がなかった。荷札に書かれた数を守っていれば、日当は入る。それで足りていた。


 今日は違った。


 三年住んでいて、十。


 少ないのか多いのか、比べる相手がいないので分からなかった。


 ――増えたのは、今日か。


 朝はミラを知らなかった。トトの顔は知っていたが、名前は知らなかった。イサ、ザヴも同じだ。


 一日で四つ増えた。


 石は十日で三つ増えた。人は一日で四つ。


 どちらも数えている。どちらも減らない。


 ――今のところは。


 リナンが二階の窓から顔を出した。


「リュカくん」


「うん」


「ルフ、大丈夫でした?」


「食べてる」


「よかった」


 彼女は窓枠に手をかけたまま、しばらくそこにいた。


「あの」


「うん」


「ミラさんに、言われたこと」


「歌のことか」


「はい」


 リナンは少し黙った。


「歌は出た、って」


「言ってたな」


「……忘れてました」


 彼女は窓の下を見た。灯りが逆光になって、表情が見えない。


「里にいたとき、毎日やってたので。歌えるのが当たり前で」


「うん」


「石が宿ってから、そっちばかり気にしてました。何も出ないって」


「うん」


「出てるものが、あったのに」


 リュカは何か言おうとした。


 だが言葉が出てこなかった。彼にも同じことがある。杭を撃つ技術も、荷の積み方も、水路の音の読み方も、全部「石がない」という一点の下に埋もれている。


 できることは、たくさんある。


 だがそれは「石が宿らない」ことの埋め合わせにはならない。


「……そうだな」


 それだけ言った。


「はい」


 リナンは頷いて、それから窓を閉めかけて、止めた。


「おやすみなさい」


「うん」


 窓が閉まった。


---


 リュカは梯子を上がった。


 枕の下の袋が硬い。二十七個。いつも通りだ。


 シャツの内側に、灰白色の石がある。試して五日目。あと五日。


 昨日は四日目だった。数えているので分かる。


 何も起きる気配はない。


 彼は目を閉じた。


 軒下から、かちり、と音がした。


 それから、しばらくして、もう一つ。


 角のない石を選んで置いた。三つ。全部食べるまで、あと二つ。


 数えているつもりはなかった。


 だが数えていた。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在4部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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