幕間 「ガヴェとロア」
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
柵の上にガヴェが座っていた。
片膝を立てて。立てた膝に片腕を載せて。
夜明けよりまだ前だった。
隣で柵が鳴った。
ロアがよじのぼってきた。
ガヴェの隣に腰を下ろした。それから、片膝を立てようとした。
立てた膝に腕を載せようとした。
柵が細かった。ロアの尻が柵の上で滑った。
ロアは柵の外側へ傾いた。
ガヴェは空を見たまま、片手を伸ばした。
ロアの襟を掴んだ。
引き戻した。
「……落ちてねえ」
ロアが言った。
「落ちてた」
「落ちる前に掴まれた。落ちてねえ」
「なら、落ちてねえ」
ガヴェは手を離した。
空を見ていた。
ロアはもう一度片膝を立てた。今度はゆっくり。柵を片手で握ったまま。
立てた膝にもう片方の腕を載せた。
顎を上げた。
ガヴェと同じ形になった。
ロアはしばらくそのまま、動かなかった。
動くとまた滑りそうだった。
「何が見える」
後ろで声がした。
親方だった。
柵に腕を載せていた。二人のあいだに。
ガヴェが言った。
「東が白い。雲が低い。昼までに上がる」
親方は何も言わなかった。
合っているときだった。
「ロアは」
「……羊が三十四。きのうより一つ多い」
親方は柵の向こうを見た。
暗い草の上に白い背中が並んでいた。
「一つ多いのは」
「夜のうちに生まれた。西の端の柵の角。まだ立ってねえ」
親方は少しのあいだ黙っていた。
それから言った。
「空を見ろって言ったんだがな」
「見た。見てから羊を数えた。羊は空で動くんだろ。だから羊を数えた」
ガヴェが笑った。
声を出して。
親方は笑わなかった。
笑わなかったがロアの頭に手を置いた。
「西の端の柵の角だな」
「角」
「見てくる」
親方は柵を離れた。
離れてから振り返らずに言った。
「ガヴェ。昼までに雲が上がらなかったら、羊を縁に寄せるな」
「上がる」
「上がらなかったらだ」
「上がる」
親方は何も言わなかった。
---
牧場の子供は長い名で呼ばれなかった。
里の大人がつけた名。生まれたときの名。ここへ来たときの名。
どれも長かった。
長い名は羊を追いながら呼べない。羊が散ってしまう。
だから短くした。
ガヴェ。
ロア。
ガヴェは潮の子とも呼ばれた。里の大人には。ガヴェはそれでよかった。
ロアにはそういう呼び名はなかった。ロアは里で生まれた子だった。里で生まれた子は、潮の子とは呼ばれない。
親方だけがときどき長い名で呼んだ。
叱るときだった。
ガヴェが羊を縁の近くで遊ばせたとき。
ロアが羊の数をごまかしたとき。一つ足りないのを一つ多い日の数で埋めた。
長い名が柵の向こうまで響いた。
響くと羊が顔を上げた。
長い名で呼ばれた日は、二人とも夕方まで口をきかなかった。
夕方に親方が柵の上で言った。
「ガヴェ」
短い名で。
それで終わりだった。
「ロア」
それで終わりだった。
二人は、短い名で呼ばれるために羊を追っていた。
そう思ったことはなかった。
思ったことがないまま、短い名で呼ばれていた。
---
夜中に目が覚めた。
十六になる少し前の春だった。
小屋の外へ出た。
柵の上に誰かが座っていた。
親方だった。
片膝を立てて。立てた膝に片腕を載せて。
顎を上げて。
ガヴェは小屋の戸口で止まった。
親方の背中を見ていた。
――同じだ。
自分の座り方と。
いつからそう座っていたのかガヴェは、覚えていなかった。気づいたらそう座っていた。親方の背中を後ろから見て、初めて自分の座り方を知った。
自分の座り方は親方の座り方だった。
ガヴェは戸口から柵まで歩いた。
親方の隣に座った。
片膝を立てて。
親方はこちらを見なかった。
「何が見える」
親方が言った。
ガヴェは空を見た。
星があった。雲の海の上のたくさんの星。
「……星」
「それだけか」
ガヴェは少しのあいだ黙っていた。
「親方の座り方」
親方は何も言わなかった。
しばらく何も言わなかった。
それから言った。
「俺の親方の座り方だ」
それだけ言った。
ガヴェは親方の親方を知らなかった。
親方もそれ以上言わなかった。
二人で片膝を立てて、星を見ていた。
小屋の戸口で何かが動いた。
ロアだった。寝ぼけた顔で戸口に立っていた。
ロアは柵の上の二つの背中を見た。
同じ形の二つの背中を。
見て何も言わずに、小屋へ戻っていった。
次の朝も、ロアは柵の上で片膝を立てようとして滑った。滑るのはそれから夏まで続いた。
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遠くの放牧地へ羊を出す朝があった。
牧場の縁をぐるりと回って、島の向こう側の草の深いところへ。行って戻るのに三日かかる。
十六になった年の夏だった。
ガヴェとロアが二人で行くことになった。
初めてだった。
柵の前に親方が立っていた。
羊が柵を出ていった。三十四。ロアが数えた。
ガヴェが最後の一頭の後ろについた。
ロアがその隣についた。
柵を出た。
振り返った。
親方が片手を上げていた。
少しだけ。
振らなかった。
上げてそれから下ろした。
二人は、少しのあいだ柵の前の親方を見ていた。
それから、前を向いて歩いた。
一刻ほど歩いたところでロアが言った。
「……なんで振らねえんだ」
「何を」
「手。親方。上げて下ろした。振らなかった」
ガヴェは空を見ていた。
「知らねえ」
「知らねえのか」
「訊いたことがねえ」
ロアは少しのあいだ黙っていた。
「訊いてくる」
「三日後だな」
「三日後に訊く」
三日後羊を連れて戻ってきた。三十四。一つも減らなかった。
柵の前でロアが訊いた。
親方は羊を数えながら言った。
「振ると戻ってきたくなる」
「……誰が」
「行くやつが」
親方はそれだけ言った。
三十四まで数えて柵を閉めた。
その夜ロアが柵の上で片手を上げて下ろした。
少しだけ。
振らなかった。
「何してる」
「練習」
「何の」
「見送る練習」
「誰を」
「知らねえ。いつか誰か」
ガヴェは笑った。
笑ってそれから自分も、片手を上げて下ろした。
空に。
振らなかった。
---
その年の秋に流れの鍛冶屋が来た。
背の低い男だった。腕だけが太かった。背中に鉄の道具の束を括りつけていた。
里の外れの小さな鍛冶場を借りた。里の鍛冶屋は、年寄りでもう鎚が上がらなかった。
流れの鍛冶屋は里の鎌を直した。鍋の取っ手を付け直した。羊の毛を刈る鋏を研いだ。
十日目に親方がガヴェを連れていった。
「こいつに一本」
親方は言った。
鍛冶屋はガヴェを見た。
上から下まで。
それから、ガヴェの胸を見た。
何も見えない胸を。
「……何か宿しとるな」
鍛冶屋は言った。
「顔の焼け方がほかの子と違う。日に向かっていく顔だ」
「日の石だ」
親方が言った。
鍛冶屋はそれ以上訊かなかった。
「何を斬る」
「羊を狙うものを」
親方が言った。
「鎌翼。縁の外から来る。日の高いうちに」
鍛冶屋は少しのあいだ黙っていた。
「幅の広いのがいいな。少し反らせる。上から下りてくるものを下から払う形だ」
鍛冶屋はそれから五日鎚を打った。
ロアが毎日見に行った。
ガヴェは行かなかった。羊がいた。
ロアが夕方に戻ってきて言った。
「叩いて折ってまた叩いてる」
「何回」
「数えた。きょうは三十一回、折った」
「三十一か」
「いい数だ」
ロアは言った。
ガヴェはロアを見た。
ロアは、自分で言ってから少しだけ黙った。
黙ってそれから笑った。
飲みこまずに。
「……ガヴェの真似」
「俺は数には言わねえ」
「知ってる。だから数に言った」
ガヴェも笑った。
声を出して。
柵の向こうで羊が顔を上げた。
---
六日目の昼に刃ができた。
幅の広い少し反った刃。
鞘はなかった。
「鞘は」
ロアが訊いた。
「あとで作る」
鍛冶屋は言った。
「先に試す。昼のうちに」
鍛冶場の外の草の上に太い丸太が一本立てられた。古い柵の柱だった。羊が何年も背中を擦りつけてきた柱。
鍛冶屋が刃を取った。
構えて振り下ろした。
刃は丸太の半ばまで食いこんで止まった。
鍛冶屋は刃を抜いた。
刃先を見た。
欠けていなかった。
「……いい」
鍛冶屋は言った。
言ってから刃をガヴェに渡した。
「振ってみろ」
ガヴェは刃を受け取った。
重かった。
重かったが手に合った。
日が真上にあった。
雲は一つもなかった。
ガヴェは丸太の前に立った。
胸が熱かった。
日に当たっていた。
ガヴェは刃を上げた。
上がる途中で刃が日を受けた。
白く光った。
下ろした。
音はあとから来た。
丸太が二つになっていた。
鍛冶屋が切ったところの少し上で。斜めに。
上の半分が草の上に倒れた。
ロアが口を開けたまま、動かなかった。
親方も動かなかった。
鍛冶屋は、倒れた丸太の切り口を見ていた。
長いこと見ていた。
それから、空を見上げた。
真上の日を。
「……刃は同じだ」
鍛冶屋は言った。
「俺が振っても、お前が振っても同じ刃だ」
鍛冶屋はガヴェを見た。
ガヴェの胸を。
「同じ刃で違う。違うのは刃じゃねえ」
鍛冶屋は少しのあいだ黙っていた。
「正午だな」
それだけ言った。
それから、古い言葉で何か言った。長い言葉だった。
「メリディエス」
鍛冶屋はもう一度言った。
短く切って。
「その刃の名だ。古い言葉で正午。日がいちばん高え時」
「……名前」
「刃物には名をつける。名で呼ばれて来る」
鍛冶屋は、道具の束を背中に括りつけはじめた。
「鞘は」
ロアが言った。
「作るって」
鍛冶屋は括る手を止めなかった。
「要らねえ。こいつには」
鍛冶屋はガヴェを顎で示した。
「日が高えうちは短え。抜いてるあいだに日が傾く」
鍛冶屋は括り終えた。
立ち上がった。
親方が言った。
「代金は」
「鎌と鍋と鋏でもらった」
「刃のぶんは」
「刃のぶんはもう見た」
鍛冶屋はそう言って歩きだした。
里の外れの道のほうへ。
「名前は」
ロアが言った。
鍛冶屋の背中に。
鍛冶屋は振り返らなかった。
片手を上げた。
少しだけ。
振らなかった。
上げて下ろした。
それだけだった。
ロアは長いことその背中を見ていた。
「……親方と同じ」
ロアが言った。
「振らねえ」
ガヴェは刃を持ったまま、空を見ていた。
日はまだ高かった。
---
夕方二人で柵の上に座った。
片膝を立てて。立てた膝に片腕を載せて。
顎を上げて。
同じ形だった。
ロアはもう滑らなかった。
ガヴェの脇に刃が立てかけてあった。
鞘のない刃。
日が雲の海の西の縁に近づいていた。
「ガヴェ」
ロアが言った。
「ん」
「その刃。夜はどうなる」
ガヴェは空を見ていた。
「夜は寝る」
「刃が」
「俺が」
ロアは少しのあいだ黙っていた。
「……刃は同じだって言ってた」
「言ってた」
「違うのは刃じゃねえ、って」
「言ってた」
ロアはそれ以上訊かなかった。
日が雲の海に触れた。
沈んでいった。
半分。細い線。
消えた。
ガヴェの胸の熱が少しだけ静かになった。
消えたのではなかった。熱いものが温かいものになった。
二年前のあの朝から毎日そうだった。
ガヴェは気にしなかった。
「いい天気だった」
ガヴェは言った。
空に。
ロアが隣で少しだけ笑った。
「沈んでから言うのかよ」
「沈んだから言える。一日ぶん全部、見た」
ロアは少しのあいだ何も言わなかった。
それから言った。
「なら、俺も」
ロアは、柵の向こうの暗くなりはじめた草を見た。
白い背中が並んでいた。
ロアは数えた。
口の中で。
「三十五」
「三十五か」
「けさ、生まれたのがもう立った」
ロアは言った。
「いい数だ」
二人は柵の上で片膝を立てたまま、動かなかった。
星が出はじめていた。
後ろで柵が鳴った。
親方が腕を載せていた。
二人のあいだに。
何も言わなかった。
言わなかったのは、合っているときだった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
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