正午と、いちばん強い時②
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
はじめは点だった。
縁の外のずっと下。雲の白の少し上。
黒い点が二つ。
動いていなかった。
羽ばたいていなかった。下から来る風の上に浮いていた。同じ高さに。
――じっと浮いてる。
イサが言ったとおりだった。
点が大きくなった。
浮いたまま近づいてきた。風に乗って。壁を這いのぼってくる風のいちばん強いところを選んで。
翼の形が見えた。
細かった。長かった。縁が薄く尖っていた。鎌の刃の形。
二羽。
リュカは杭を一本、抜いた。
投槍器につがえた。
右の手のひらの真ん中が冷たかった。
リナンが半歩、下がった。柱の陰に。
縁の上で男はまだ片膝を立てていた。
刃の柄に手を置いたまま。
動かなかった。
――正午。
日が真上に近かった。
縁の上の男の影が短かった。足もとに小さくまとまっていた。
二羽の鎌翼が縁の高さまでのぼってきた。
縁の外。十歩、外。
浮いていた。
羽ばたかずに。
黒い目がこちらを見ていた。
瞳があった。
二年前に落とした一羽にもあった。この世界の生き物には、みんな瞳孔がある。
――下に動くものがいると、翼を畳んで、落ちてくる。
縁の上で動くものは。
男は動かなかった。
リュカも動かなかった。
リナンの翼の付け根だけが少しだけ縮んだ。
一羽目が翼を畳んだ。
---
落ちてきた。
まっすぐ。
縁の上の男へ。
男が立った。
立ったのが見えなかった。片膝を立てていた男が次に見えたときには、縁の上にまっすぐ立っていた。
日の真下に。
影がなかった。足もとに黒い点が一つあるだけだった。
刃が上がった。
上がる途中で日を受けた。
白く光った。
光ったのは刃だけではなかった。
男のまわりの空気が揺れていた。夏の瓦の上の空気のように。熱いものの上で向こうが揺れて見えるあの揺れ。
男の胸のあたりから。
鎌翼が翼を広げた。
脚を前に出した。
掴むときの形。
刃が下りた。
音がしなかった。
しなかったのではなかった。リュカの耳に届く前に、終わっていた。
鎌翼が二つになった。
翼の付け根から。
二つになって、縁の外へ落ちていった。
雲の白のほうへ。
男は刃を下ろさなかった。
上げたままもう一羽を見ていた。
二羽目は畳まなかった。
浮いたまま横に流れた。
縁から柱のほうへ。
柱の脇のリナンのほうへ。
――三十歩の中。
リュカは撃った。
投槍器の革帯が鳴った。
杭が飛んだ。
まっすぐ。
鎌翼の翼の縁を掠めた。
当たらなかった。掠めただけだった。けれど、掠めたところで鎌翼の浮いていた形が崩れた。片方の翼が風を外した。
鎌翼が傾いた。
傾いて縁の内側へ落ちかけた。
男がそこにいた。
縁の上から一歩。
刃が横に走った。
鎌翼が落ちた。
縁の内側の石の上に。
一度、跳ねて動かなくなった。
杭が戻ってきた。
右の手のひらに。
冷たい真ん中に吸いこまれるように、戻ってきた。
リュカは握った。
握ったまま動けなかった。
---
男は刃を下ろした。
刃の背で自分の肩を一度、叩いた。
叩いて縁の石の上に置いた。
また片膝を立てて座った。
縁のぎりぎりに。
空を見上げた。
顎を上げて。
「いい時に来たな」
男は言った。
空に。
「……いい時」
リュカは言った。
声が少しだけかすれていた。
「正午だ」
男は言った。
「日がいちばん高え時。いちばんいい時に来た」
リュカは男の背中を見ていた。
まわりの空気はもう揺れていなかった。
さっき揺れていた。
男の胸のあたりから。
――日を受ける場所。
リュカは自分の右の手を見た。
杭を握った手。ひらの真ん中が冷たい手。
宿ったものが宿ったところで働く。
あの男のは胸で日を受けていた。
「……いちばんいい時じゃなかったら」
リュカは言った。
言ってから口を閉じた。
訊いていいことなのか分からなかった。
男は空を見たまま言った。
「昼に分かることは昼まで待ちゃいい」
おとといの朝空き地で言ったのと同じことを言った。
それ以上は言わなかった。
リナンが柱の陰から出てきた。
翼の付け根がまだ縮んでいた。
リナンは縁の内側の鎌翼を見下ろした。
黒い細い翼。縁が薄く尖った鎌の形。
嘴が少しだけ開いていた。裏に細かい歯が並んでいた。
「……二年前のと同じですね」
「同じ」
「煮ます」
リナンは言った。
「日が傾くまで。火から下ろさずに。急がないで。弱くしないで」
二年前と同じことを言った。
男が振り返った。
初めて縁の上で振り返った。
「煮るのかそれ」
「煮ます。硬いので」
「硬えか」
「硬いです。でも、煮れば」
男は少しのあいだリナンを見ていた。
それから笑った。
「なら、一杯もらう」
---
鎌翼はリュカが担いだ。
軽かった。翼の長さのわりに軽かった。骨が細い。細いのに硬い。
リナンが隣を歩いた。
柱の脇を抜けるとき、リュカは振り返った。
男は縁の上に座っていた。
日が少しずつ傾きはじめていた。
縁の上の男の影が少しずつ長くなっていた。
男は空を見ていた。
ずっと見ていた。
縁から下りなかった。
---
井戸の脇でイサが桶を引き上げていた。
リュカの肩の黒いものを見た。
桶を井戸の縁に置いた。
「……鎌翼かい」
「鎌翼」
「どこで」
「東の外れ。結界柱の向こうの穴の縁」
イサは黒い翼を見ていた。
縁が鎌の形に薄く尖った翼を。
「二年前と同じだね」
「同じ」
「何羽」
「二羽。一羽は外へ落ちた」
「落としたのかい。坊主が」
「……一羽はあの人が。もう一羽は二人で」
イサは東のほうを見た。
ここからは柱も穴も見えなかった。
「歯を見ときなって言ったね。二年前」
「言った」
「見たかい」
「見た。嘴の裏。細かいのが並んでた」
イサは頷いた。
「肉を裂く歯だよ」
それから、少しのあいだ黙っていた。
「結界の外の岩場でね。うちの人と見たのは、浮いてるとこだけだった。落ちてくるとこは見なかった。見たら終わりだから」
イサは桶を持ち上げた。
「見て終わらなかったんだね。今日は」
リュカは何も言わなかった。
イサはそれ以上訊かなかった。
---
昼過ぎに柄杓の子が鍛冶場に走りこんできた。
リュカは、鎌翼を宿に置いてから鍛冶場に来ていた。トトに話していた。縁のこと。刃のこと。
「でかい人血、出してる」
柄杓の子は息を切らしていた。
「腕。こっち。縁のとこで座って血、拭いてた」
トトが鑿を置いた。
「……行くか」
トトが言った。
リュカに。
「刃を見てえ」
途中の薬房の焼け跡でミラが草を束ねていた。
柄杓の子がミラにも言った。
ミラは束を置いて立ち上がった。
前掛けのポケットに何かを入れた。
四人で東の外れへ歩いた。
---
男は縁の上に座っていた。
左の前腕に細い赤い線が一本あった。
肘から手首のほうへ。指の長さくらい。
「……いつ」
リュカは言った。
「一羽目が落ちてくるとき。翼の縁が掠った」
男は腕を見もしなかった。
「掠っただけだ」
ミラが縁から三歩のところまで来た。
縁の向こうを一度だけ見た。
見てそれ以上近づかなかった。
「こっち来て」
ミラは言った。
「縁の上じゃ診られない。わたしが落ちる」
男は少しのあいだミラを見ていた。
それから、縁から下りた。
柱の根元に座った。
ミラはしゃがんで、男の腕を取った。
赤い線を見た。
指で線の両側を押した。
「……浅い」
ミラは言った。
「浅いけど長い。鎌翼の翼の縁は刃物と同じ。もう少し深かったら縫ってた」
ミラは、前掛けから小さな布の包みを出した。
開くと乾いた葉が何枚かあった。
葉を一枚手のひらで揉んだ。
揉んだ葉を線の上に当てた。
布を巻いた。
巻きながら、ミラは線をもう一度見た。
巻く手が少しだけゆっくりになった。
「……もう塞がりかけてる」
ミラは言った。
「掠ったのはいつ」
「正午だ」
「まだ一刻もたってない。普通はまだ血が滲んでる」
男は何も言わなかった。
「日に当たってるうちは」
ミラは言いかけた。
言いかけて止まった。
布の端を結んだ。
結んで男の顔を見た。
「……なんでもない」
「よく見てるな」
男は言った。
「薬房よ」
ミラは立ち上がった。
「焼けたけど」
ミラはそれ以上何も言わなかった。
言わなかったが立ち上がってから一度だけ男の胸のあたりを見た。
見てそれから空を見上げた。
穴の向こうのまだ高い日を。
---
トトが縁の石の上の刃を見ていた。
しゃがんで。
触らずに。
「……触っていいか」
「いいぞ」
トトは刃の背に指を当てた。
背から刃先のほうへ指の腹を滑らせた。刃先の手前で止めた。
刃を日にかざした。
刃の面にうっすらと波のような模様があった。
「焼きがいい」
トトは言った。
「刃先だけ硬え。背は柔らけえ。叩いて折り返してまた叩いてる。何回も」
「分かるか」
「分かる。俺の親方がそうやって打ってた。打つのは見てた。俺はまだ打てねえ」
トトは刃を縁の石の上に戻した。
「鞘は」
「ねえ」
「なんでねえ」
「抜く時間が惜しい」
男は言った。
「日が高えうちは短え。抜いてるあいだに日が傾く」
トトは男を見た。
「……正午にいちばん切れるって、坊主が言ってた」
「言った」
「刃はいつでも同じだ。正午だから切れる刃なんてねえ。焼きは昼も夜も変わらねえ」
「刃はな」
男は言った。
それだけ言った。
トトは少しのあいだ黙っていた。
「……刃じゃねえのか」
男は答えなかった。
空を見上げた。
「夕方に雲が西から来る。今日のは薄い。夜は晴れる」
トトはリュカのほうを見た。
「天気で答えた」
「天気で答える」
リュカは言った。
トトは鼻を鳴らした。
鳴らしてそれから刃をもう一度見た。
「打った鍛冶屋の名は」
「知らねえ。牧場に来てた流れの鍛冶屋だ。名前を言わずに行っちまった」
「牧場」
男は口を閉じた。
閉じて少しだけ笑った。
「……雲が西から来る」
トトはそれ以上訊かなかった。
柄杓の子が縁からずっと離れたところで男の巻かれた腕を見ていた。
「痛い」
「痛くねえ」
「血、出てた」
「出てた。もう止まった」
「早い」
柄杓の子は言った。
「おれが転んだときは、三日止まらなかった」
男は笑った。
「坊主は日に当たってねえからだ」
言ってから男は口を閉じた。
空を見上げた。
それ以上は言わなかった。
---
東の外れから宿に戻った。
土間に鍋の匂いがもうしていた。
リナンは、昼に戻ってすぐ鎌翼を捌いていた。ヴェスナが包丁を貸した。鍋に水を張って、肉を入れて、火種石を割って、竈に落とした。
ヴェスナが竈の脇で言った。
「二年ぶりだねこれ」
「二年前もあんたが煮たね」
「……はい」
「上手くなったよ」
リナンは何も言わなかった。
リナンは竈の前に座った。
座って鍋の底を見ていた。
鍋の底から小さな泡がぽつりぽつりと上がる加減。
それを日が傾くまで守る。
リュカは土間の戸口に立っていた。
戸口の焼け残った柱に背中を預けていた。
「あの人」
リナンが言った。
鍋を見たまま。
「縁から下りませんでしたね」
「下りなかった」
「さっきも」
「……昼過ぎに行ったときも縁の上にいた。ミラに下ろされるまで。下ろされてまた上がった」
リナンは少しのあいだ黙っていた。
「日があるうちは」
それだけ言った。
続けなかった。
リュカも訊かなかった。
---
日が傾きかけたころドランが宿の戸口に来た。
工具を腰に差したまま。
土間の鍋を見た。鍋の中の黒い骨の細い肉を。
「……鎌翼か」
「鎌翼」
リュカは言った。
「東の外れの穴から。二羽」
ドランは、少しのあいだ何も言わなかった。
「二年来なかった」
「バルが見てないだけかもしれないって」
「見てねえだけだ」
ドランは言った。
「来てた。来て回って帰ってた。焼け跡の匂いが薄くなったから、降りてこなかっただけだ。上で回ってるのは何度か見た」
ドランは戸口の柱に手を置いた。
「結界がねえってのはこういうことだ。来たいときに来る」
ドランは鍋の匂いを少しだけ嗅いだ。
「……あいつが落としたのか」
「一羽は。もう一羽は二人で」
「坊主も撃ったか」
「掠っただけ」
「掠りゃ十分だ」
ドランは柱から手を離した。
「煙の柱が立ったら、また来るかもしれねえな。焼けた匂いと似てる」
「……バルもそう言ってた」
「なら、そうなんだろ」
ドランはそれだけ言って、坂のほうへ戻っていった。
---
日が傾いた。
鍋の匂いが土間に満ちた。
柔らかくなったのは、日が石段の上の家々の向こうに隠れる少し前だった。
ヴェスナが椀を出した。
四つ。
それからもう一つ。
「あのでかいののぶんだよ」
ヴェスナは言った。
「一杯もらうって言ったんだろ。言ったなら来るよ」
来なかった。
日が隠れた。
百。
戸口から上からの風が入ってきた。
来なかった。
五つ目の椀は、竈の縁に置かれたままだった。
湯気が少しずつ細くなった。
リュカは立ち上がった。
五つ目の椀を持った。
「……持っていく」
ヴェスナは何も言わなかった。
言わずにもう一杯汁を足した。
---
東の外れは暗かった。
折れた柱の黒い影。
その向こうの穴。穴の向こうの外の空。暗い紺色。
縁の上に男はいなかった。
縁の内側。柱の根元。
男は柱に背中を預けて、座っていた。
片膝を立てずに。両足を投げ出して。
刃物は脇にあった。
「……持ってきた」
リュカは言った。
椀を差し出した。
男は少しのあいだ椀を見ていた。
それから受け取った。
両手で。
「来るの忘れてた」
男は言った。
「日が沈むのを見てた」
「……ここからは見えない」
「見えねえ。外の空は東だ。日は背中のほうに沈む」
男は椀に口をつけた。
「見えねえけど沈むのは分かる」
汁をすすった。
肉を噛んだ。
「……硬えな」
「硬い」
「でも、煮てある」
「日が傾くまで。リナンが」
「翼の嬢ちゃんか」
男はもう一口すすった。
リュカは男の横に立っていた。
男の声は昼より少しだけ低かった。
低いのか夜だから、そう聞こえるのか分からなかった。
――胸のあたりから。
昼に空気が揺れていた。
今は揺れていなかった。
夜は揺れないのが当たり前だった。夜は何も揺れない。
リュカは数えなかった。
確かめていないことは数えない。
男は椀を空にした。
リュカに返した。
「うまかったって言っとけ」
「……自分で言えば」
「明日、言う」
男は柱に頭を預けた。
目を閉じた。
「明日の昼に」
---
屋根裏で横になった。
三段目が鳴った。
板の隙間に指を当てた。上から。
数えた。
二百五十四。自分の金。
五十二。街の金。
柱の石十一。
鎌翼、二羽。一羽は雲の白へ。一羽は鍋へ。
杭十本と曲がった一本。一本、撃った。一本、戻った。
――指、五本。
空き地では指五本で日が隠れる。
縁では七本でも隠れなかった。
――メリディエス。正午。
正午にいちばんよく切れる。
いちばんいい時に来た。
いちばんいい時じゃなかったら。
訊きかけてやめた。
あの男は、昼に分かることは昼まで待てばいいと言った。
昼でないことは昼でないときに分かる。
――明日の昼に。
あの男はそう言った。
明日の昼まで待つ。
――籠はあと九日。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




