正午と、いちばん強い時①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
石垣の根元に杭を刺した。
糸を結んだ。
上から。千五百で垂れて。三百で下から。
五日目だった。
五日同じだった。
リュカは顔を上げた。
石垣の上に男はいなかった。
ゆうべ、横になっていたところ。片膝を立てていたところ。
誰もいなかった。
刃物もなかった。
リュカは、石垣の上のいちばん高いところに手を置いた。
冷たかった。
夜の石の冷たさだった。
――いつからいない。
夜明けよりだいぶ前から。石が冷えきるくらい前から。
東の穴の向こうの空が白くなりかけていた。雲はきのうより高かった。
光が来た。
右の柱の根元から。
遅れなかった。
光は空き地の上を渡って、誰もいない石垣の上に当たった。
リュカは東の穴を見た。
穴の右の柱の根元の少し外。光の来るほうに小さな黒いものがあった。
動かなかった。
遠かった。人の形なのかどうかも分からなかった。光の中で黒い点が一つ穴の縁にくっついていた。
分からないものを数に入れずに持った。
空き地の入口から足音がした。
柄杓の子だった。桶を二つ提げていた。じいちゃんの水。
「兄ちゃん」
柄杓の子は石垣の上を見上げた。
「でかい人いないよ」
「……いない」
「東のほうに行った」
柄杓の子は桶を下ろした。
「まだ暗いとき。井戸で会った。刃物担いで、東のほうへ歩いてった。柱のとこ」
「柱」
「折れた柱。東の外れの」
――結界柱。
四日前の夜トトと二人で見に行った。背丈ほどの高さで折れた柱。上の半分は焼けた夜に壁に食いこんで、壁ごと剥がれた。剥がれたところは穴になって、外の空が見えた。
「何しに」
「訊いてない」
柄杓の子は桶をまた持ち上げた。
「訊いても天気で答えるから」
柄杓の子はそう言って、少しだけ笑った。
笑って井戸のほうへ歩いていった。
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詰所の前でドランが硬貨を数えていた。
「きのうの一つ」
十。
二百四十四に十。
二百五十四。
リュカは受け取って袋に入れた。
「あいつ」
ドランが言った。
「東の外れにいたぞ」
「……知ってる。柄杓の子が見た」
「俺も見た。夜明け前に、綱を見に坂の上に出たら、東の外れの柱のとこに影があった」
ドランは止め木の柄を握った。
「柱の向こうだ。剥がれた壁の穴の縁」
「縁」
「縁に座ってた。外を向いて」
ドランは少しのあいだ黙っていた。
「あそこの縁の向こうは何もねえ。摩天楼の腹の外だ。落ちたら下の雲まで何もねえ」
リュカは何も言わなかった。
「片膝立てて座ってた。縁のぎりぎりに」
ドランは荷札を取った。
「止めに行こうかと思った」
「……行ったのか」
「行かねえ。止めて聞くやつじゃねえ顔だった」
ドランは荷札をリュカに渡した。
「今日は下りが一つだ。朝の籠。昼前には戻れる」
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朝の籠で下りた。
白を数えた。二十三。
受け渡し場でバルが荷札を数えていた。
「兄ちゃんか」
「はい」
「足は」
「ついてます」
「ならいい」
荷を台に下ろした。
バルが荷札に印を押した。
「……東の岩場の男は」
バルが言った。
顔を上げずに。
「まだおるか」
「いる。名前はガヴェイル」
「訊けたか」
「訊けなかった。宿の婆さんが訊いた。一回で言った」
バルの手が少しだけ止まった。
それからまた動いた。
「言う相手を選んどる」
「……今朝は東の外れにいる。結界柱の向こうの穴の縁」
バルの手が止まった。
今度は動かなかった。
「穴の縁か」
「縁」
「あそこは鎌翼が来る穴だ」
バルは言った。
「二年前に兄ちゃんが一羽、落とした。あの穴から入ってきた」
――鎌翼。
焼けてまだひと月もたたないころ。東の柱の穴の上を黒いのが二つ回っていた。イサが見た。
その一羽を杭で落とした。芯が翼の骨に当たって曲がった。木が縦に裂けた。
「二年来とらんのか」
「……見てない」
「見とらんだけかもしれん」
バルは荷札を揃えた。
「鎌翼は焼けた匂いに寄ってくる。焼け跡の匂いが薄くなったら、寄ってこん。けど」
「けど」
「煙が立つとまた寄ってくるかもしれん。焼けた匂いと似とるからな」
――煙。
五日前にトトの炉に火が入った。太い煙が石段から立った。
――柱を立てたら。
煙の柱が立ったら。
バルはそれ以上言わなかった。
荷札を数えた。
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昼前の籠で上がった。
坂を下りた。石段を途中まで下りた。
鍛冶場の前に石が十一。
トトが鑿を打っていた。
かん。
「坊主」
トトは鑿を止めなかった。
「あいつけさは石を持ってこなかった」
「……東の外れにいる」
「知ってる。柄杓の子が言いに来た」
かん。
「柱の向こうだとよ。結界柱の」
トトは鑿を置いた。
削った石の面を手のひらで撫でた。
「あそこの石は積まねえ、って言ったな」
「言った」
「あいつに言っとけ。あそこの柱には触るなって」
「……触らないと思う」
「なんで分かる」
リュカは少しだけ黙った。
「空を見に行ったから」
トトはリュカを見た。
それから、また鑿を取った。
「見るだけならいい」
かん。
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東の外れへ歩いた。
広場を東へ抜けた。横丁を一本、二本。焼けた家の土台が並ぶところ。
街の東の外れ。
柱が立っていた。
背丈ほどの高さで折れた四角く積んだ黒い石の柱。折れ口がぎざぎざに空を向いていた。
柱の向こうに穴があった。
摩天楼の壁の穴。
焼けた夜に柱の上の半分が倒れこんで、壁に食いこんで、壁ごと剥がれた。剥がれたところは、それから二年穴のままだった。
穴の向こうは外だった。
外の空。
穴の縁に男が座っていた。
片膝を立てて。
縁のぎりぎりに。
縁の先には何もなかった。摩天楼の腹の外。足の下は、ずっと下まで空でずっと下に白いものが広がっていた。雲だった。
リュカは柱の脇で止まった。
縁までは十歩あった。
十歩近づけなかった。
足が動かなかったのではなかった。近づく理由がなかった。
「おう」
男が言った。
振り返らずに。
「坊主か」
「……ドランが止めに行こうかと思ったって」
「来なかったな」
「止めて聞くやつじゃない顔だったって」
男は笑った。
声を出して。
「いい整備士だ」
リュカは柱の脇に立っていた。
男の背中の向こうの空を見ていた。
広かった。
東の穴の向こうの空よりずっと広かった。空き地から見る空は、柱と柱の隙間の細い空だった。ここからは隙間がなかった。縁から先が全部、空だった。
「ここだけだ」
男は言った。
「この街で昼が来るのは」
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男は右の腕をまっすぐ前に伸ばした。
空き地でしたように。
指を横に揃えて。
日と何かのあいだを測っていた。
リュカは男の伸ばした腕の先を見た。
日があった。
高かった。
空き地で見るよりずっと高かった。
「指、五本」
男は言った。
「空き地ならここで隠れる。上の層の腹の向こうに」
男は腕をそのまま、上へ上げていった。
指を一本ずつ重ねながら。
六本。七本。
日は隠れなかった。
「……隠れない」
「隠れねえ」
男は言った。
「ここは腹の外だからな。上の層が頭の上にねえ」
リュカは見上げた。
頭の上。
摩天楼の壁があった。けれど、壁は後ろにあった。縁から外へ出たところの空には、上に何もかぶさっていなかった。
上の層は、後ろの壁のもっと上で腹を出していた。その腹の縁のさらに外に空があった。
日はそこをのぼっていた。
「三日前の夜に降りた」
男は言った。
「降りて空き地で空を見た。狭え空だった。おとといの昼空き地で日が指五本で隠れた。この街に正午は来ねえと思った」
男は腕を下ろした。
「でも、空き地から見える東の穴の向こうは外の空だ。外の空には正午が来る。穴のこっち側じゃ上の層の腹がかぶさる。なら、穴の縁まで出りゃいい」
男は縁の外を見た。
「ゆうべ、夜中に歩いて来た。空き地から見えてたあの穴の縁まで」
「……結界柱が倒れた穴」
「結界柱か」
男は後ろの折れた柱を振り返った。
背丈ほどの黒い石の柱。
見て何も言わなかった。
また前を向いた。
「ここだけ昼が来る」
男はもう一度言った。
---
男の脇に刃物が置いてあった。
縁の石の上に。
幅の広い少し反った刃。
鞘はなかった。
日が刃に当たっていた。
当たって跳ね返って、リュカの目に来た。
リュカは目を細めた。
――刃物の名前。
ロアンが言っていた。二年前、路地で。うちのはな全部名前が長いんだ。誰も覚えてねえ。
リュカは投槍器をペルカと呼んだ。そのままじゃねえかとロアンが笑った。
「その刃物」
リュカは言った。
「……名前は」
「メリディエス」
男は言った。
すぐに。
空も見ずに。
リュカは、少しのあいだ何も言わなかった。
「……自分の名前は」
「ん」
「自分の名前は四回、訊いた。四回天気だった」
男は笑った。
声を出して。
縁の外へ笑い声が出ていった。外の空には何も当たるものがなかった。声は戻ってこなかった。
「刃物の名は隠すもんじゃねえ」
男は言った。
「刃物は名で呼ばれて来る。隠したら来ねえ」
「……自分の名前は」
「自分の名は俺が呼ばれて、行くもんだ」
男はそう言ってまた笑った。
「行きたくねえとこから呼ばれたら困るだろ」
リュカは何も言わなかった。
――行きたくないところ。
あの男が行きたくないところがどこなのか。
分からなかった。
「メリディエスってのは」
男は刃を指で軽く叩いた。
かんと細い音がした。
「正午って意味だ」
「……正午」
「日がいちばん高え時」
男は空を見上げた。
顎を上げて。
日が男の顔に当たった。焼けた顔に。白い顎の下にも。
「つけたのは俺じゃねえ。打った鍛冶屋がつけた」
「……なんで正午」
男は少しのあいだ黙っていた。
「正午にいちばんよく切れるからだ」
男はそれだけ言った。
---
柱の脇から足音がした。
リナンだった。
粉屋から戻る途中ではなかった。手は白くなかった。
「……ネラさんが今日は臼休みでいいって。麦が切れたって」
リナンは言った。
「柄杓の子がこっちだって」
リナンは柱の脇で止まった。
リュカの隣。
縁の男を見た。
縁の向こうの空を見た。
翼が少しだけ動いた。
畳んだまま。付け根が縮んでまた伸びた。
「……風が」
リナンが言った。
「下から来てます。縁の向こうから」
「下から」
「摩天楼の壁に当たって、上にのぼってくる風。日に温められた壁の」
リナンは、左の翼の二つ目の節に手をやった。
「ざわざわします」
リュカは杭の袋に手をやった。
――下から来る風。
空き地では昼に風が止まる。
ここでは止まっていなかった。縁の外で壁を這いのぼって、下から来ていた。
――岩場の縁の風が吹き上がってくるところにじっと浮いてるんだ。
二年前イサがそう言った。
鎌翼のことを。
男が縁の上で顎を下ろした。
空を見るのをやめた。
見るのをやめて、縁の外の下のほうを見ていた。
「坊主」
男は言った。
振り返らずに。
「杭は何本ある」
「……十本。それと曲がったのが一本」
「届くのは」
「三十歩」
「三十歩か」
男は片膝を立てたまま、右の手を刃の柄に置いた。
「なら、三十歩の中に来たら撃て。外は俺がやる」
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
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