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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第二部 履いても灰は残る

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165/168

あいつと、兄弟弟子②

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 坂を下りた。


 ロアンはリュカの半歩後ろを歩いた。


 歩きながら見ていた。屋根のない家。半分だけ屋根のある家。竈の煙。井戸。


 見て何も言わなかった。


 軽口を言わなかった。


 石段を途中まで下りた。


 鍛冶場の前の広くなったところ。段の脇に石が十。


 トトが鑿を打っていた。


 かん。


 トトは顔を上げた。


 ロアンを見た。


 外套を。徽章を。


 鑿を持ったまま立ち上がった。


「……上のやつか」


「上のやつだ」


 ロアンは言った。


「鍛冶屋か」


「鍛冶屋だ」


 ロアンは段の脇の石の列を見た。


 いちばん下の平たい石から。十まで。


「……煙の柱か」


 トトの鑿を持った手が止まった。


「なんで分かる」


「石の並べ方で」


 ロアンはそう言って、自分で少しだけ黙った。


 黙ってそれから言った。


「……いや。分かんねえよ。当てずっぽうだ」


 トトはリュカのほうを見た。


 リュカは何も言わなかった。


 ――石の並べ方で分かる。


 きのう、あの男もそう言った。同じ言い方で。


 同じ言い方をロアンは、すぐに引っこめた。


 石段の上から足音がした。


 リナンが下りてきた。粉屋から戻る途中。手が白かった。


 リナンはロアンを見て止まった。


 ロアンもリナンを見た。


 リナンの背中の畳んだ翼を。


「よう。翼の子」


 ロアンは言った。


「……ロアンさん」


「さんは要らねえ」


 リナンは少しのあいだ黙っていた。


 それから、小さく頭を下げた。


「あの夜。百ごとに声を出してたの。上まで聞こえてたって、言ってくれました。数えてくれてたって、あとでリュカから聞きました」


「数えてたのは俺じゃねえ。アステナだ。俺は聞いてただけだ」


 ロアンはそう言って、少しだけ笑った。


「翼は」


「……畳めないままです。左の二つ目の節が」


「そうか」


 ロアンはそれ以上訊かなかった。


 リナンもそれ以上言わなかった。


 翼人と翼人だった。


 片方は上の外套を着て、もう片方は粉で手が白かった。


 リュカは二人を見ていた。


 見て何も数えなかった。


---


 石段を下りきった。


 広場を抜けた。


 宿の前を通った。


 ロアンが止まった。


 戸口の脇の焼け残った柱に板が一枚立てかけてあった。


 白い塊が描いてある板。上のほうが丸くて、下に線が三本と剥げた一本。左の端に黒い点が一つ。


 宿の看板だった。


 焼けた夜に軒ごと落ちた。煤をヴェスナが袖で拭いた。拭いて柱に立てかけた。それから、二年そこにあった。


 ロアンは看板の前にしゃがんだ。


 首を少し傾けた。


「……なんだこれ」


 戸口の中から声がした。


「羊だよ」


 ヴェスナが土間から出てきた。


 箒を持っていた。


 ロアンはヴェスナを見上げた。


 それから、看板をもう一度見た。


「羊」


「羊だよ」


「脚が三本だ」


「四本だよ。一本剥げてるだけだ」


 ロアンは反対側に首を傾けた。


「……塊だろ」


「羊だよ」


 ヴェスナは言った。


 即座に。二年前トトに言ったのと同じ速さで。


 ロアンは口を開きかけた。


 開きかけて閉じた。


 看板の白い塊を見ていた。


 丸い上のほう。短い線。黒い点。


「……雲羊じゃねえな」


 ロアンは言った。


 小さな声で。


「雲羊じゃないよ。羊だよ」


「雲羊ならもっと毛が長え。脚が見えねえくらい。目も毛に埋まってる」


 ヴェスナが箒を止めた。


「あんた、雲羊知ってるのかい」


 ロアンは答えなかった。


 立ち上がった。


 外套の膝を手で払った。


「……ちょっとな」


 それだけ言った。


 ヴェスナはロアンを見た。


 見て何も訊かなかった。


「羊だよ」


 ヴェスナはもう一度言った。


 箒を動かしながら。


「雲羊じゃない。羊だ。あたしがそう言ってんだから羊だよ」


 ロアンは笑った。


 声を出さずに。


「いい看板だ」


「お世辞は要らないよ」


「お世辞じゃねえ」


 ロアンはそう言って、看板から離れた。


 離れてから一度だけ振り返った。


 白い塊を。


 ――雲羊なら知ってる。


 リナンもそう言った。二年前に。わたしの里には、雲羊がいたんですけどと。


 リナンの里には雲羊がいた。


 ロアンの里にも、いたのかもしれなかった。


 リュカはそれを数に入れなかった。


 訊かなかったことは数に入れない。


---


 空き地へ下りた。


 ロアンがついてきた。


 ついてくると言ったのではなかった。リュカが歩くほうへロアンも歩いた。


 日が出ていた。


 昼の陰が終わっていた。上の層の向こうから日が斜めに低いところを通っていた。低い雲の下の縁が少しだけ明るかった。


 空き地の入口でロアンが止まった。


 リュカも止まった。


 崩れた石垣のいちばん高いところ。


 男が座っていた。


 片膝を立てて。立てた膝に片腕を載せて。


 顎を上げて。


 ロアンは動かなかった。


 外套の裾が少しだけ揺れた。風ではなかった。風は昼過ぎの弱い下からの風だった。ロアンの膝が揺れたのだった。


 石垣の上の男が空から目を下ろした。


 下ろして空き地の入口を見た。


 ロアンを見た。


 長いこと見ていた。


 空を見ているときと同じくらい長いこと。


 ロアンの口が動いた。


 声が出るまでに少しかかった。


「……ガヴェ」


 石垣の上の男は目を細めた。


 日に向かって細めるときと同じ細め方だった。


「おう」


 男は言った。


「ロアか」


 それだけだった。


 ロアンは何も言わなかった。


 石垣の上の男も何も言わなかった。


 空き地の真ん中を柄杓の子が走っていった。石を抱えて。こちらには気づかなかった。


 足音が遠ざかった。


 石垣の上の男がまた空を見上げた。


「いい天気だ」


 男は言った。


 ロアンは灰色の天井を見上げた。


 摩天楼の腹に塞がれた天井を。


 それから、東の穴の向こうの低い雲を。


「……曇ってんだろ」


 ロアンは言った。


「曇っててもいい天気だ」


「どこがだ」


「日が出てる」


「出てねえよ。雲の下からちょっと覗いてるだけだ」


「覗いてりゃ出てる」


 ロアンは口を開きかけた。


 開きかけて閉じた。


 閉じてそれから笑った。


 声を出して。


 人懐こい笑い方ではなかった。笑う前に何かを一度飲みこんだ笑い方だった。


「……変わんねえな」


「変わったぞ」


「どこが」


「背が伸びた」


「伸びてねえよ。最後に会ったときから同じだ」


「なら、変わんねえな」


 ロアンはもう一度笑った。


 今度は、飲みこまなかった。


---


 ロアンは、石垣の下のほうの崩れたところに腰を下ろした。


 片膝を立てて。


 立てた膝に片腕を載せて。


 顎を少しだけ上げて。


 石垣の上と下。


 二人とも同じ形で座っていた。


 リュカは空き地の入口に立ったまま、それを見ていた。


 ――片膝。


 東の岩場であの男がそう座っていた。塔の中でロアンもそう座っていた。


 同じだった。


 ――片手を上げて振らない。


 門の前でロアンがそうした。東の岩場の岩の向こうに消える前に、あの男がそうした。


 ――いい数だ。いい天気だ。


 同じ言い方。


 ――目尻の皺。


 ロアンの目尻の皺は年よりずっと深い。二年前路地の入口でそう思った。


 あの男の目の端の皺も笑ったときに、できる皺だった。


 同じところにあった。


 ――……ガヴェも。


 塔の中の夜。ロアンが言いかけて、止まった名前。


 ――あいつはまだ来ないのか。


 二年前この街の路地でロアンが灰色の天井を見上げて、言ったこと。誰に言ったのでもなかった。リュカには、誰の話なのか見当もつかなかった。


 リュカは数に入れずに、持っていたものを並べた。


 片膝。片手。いい○○だ。目尻の皺。ガヴェ。あいつ。


 並べたら一つになった。


 ――あいつ。


 あいつはガヴェイルだった。


 ロアンが二年前に、まだ来ないのかと言った相手。塔の中で言いかけて止めた名前。


 来た。


 ここに来ていた。


 リュカは数えなかった。


 数える前に分かっていた。分かってから数に入れた。


 一つ。


---


 ロアンはしばらく座っていた。


 石垣の上の男は空を見ていた。


 ロアンは灰色の天井を見ていた。


 二人とも何も言わなかった。


 言わないまま、日が少しずつ低くなった。


「上はどうだ」


 石垣の上の男が言った。


 空を見たまま。


「明るい」


 ロアンは言った。


「夜でも明るい。灯柱がある」


「夜でも明るいか」


「明るい。星は見えねえ」


「そうか」


 石垣の上の男はそれだけ言った。


 ロアンはそれ以上言わなかった。


 ロアンが立ち上がった。


 外套の裾を手で払った。


 払って空き地の入口のリュカのほうへ歩いてきた。


 リュカの横で止まった。


 小さな声で言った。


「あいついつからいる」


「……おとといの夜。最後の籠で上がってきた。下から」


「下から」


「地上層から。四百、払って」


 ロアンは少しのあいだ黙っていた。


「どこで会った。二年前に」


「……東の岩場。塔から戻る道で」


 ロアンの目が少しだけ動いた。


「あそこにいたのか」


「いた。名前を三回、訊いた。答えなかった」


 ロアンは鼻で笑った。


「答えねえよあいつは。名前を訊くと雲の話をする」


 リナンと同じことを言った。


「坊主」


「……」


「来てねえやつの話はしねえって、決めてたんだがな」


 ロアンは言った。


 石垣のほうを見ずに。


「来ちまった」


 リュカは少しのあいだ黙っていた。


 それから言った。


「……あいつはまだ来ないのか」


 ロアンがこちらを見た。


 目尻の皺が動かなかった。


「二年前。路地で。言ってた」


 ロアンは長いことリュカを見ていた。


「……覚えてたか。それも」


「覚えてた」


「誰の話か分かんねえまま」


「分からないまま」


 ロアンは笑わなかった。


 笑わずにリュカの頭に手を置いた。


 一度だけ。重さを確かめるように。


「坊主」


「……」


「あいつのこと俺に訊くなよ」


「訊かない」


「訊かれたら話しちまう。話すと長え」


 ロアンは手を離した。


「話すなら酒が要る。上の高え酒が」


---


 日が隠れる前に、ロアンは坂を上がっていった。


 日暮れの籠で上へ。


「帰りも四百か」


 坂の下でロアンは言った。


「八百で半日。高え昼寝だ」


「……昼寝」


「昼寝だよ。石垣の下で座ってただけだ」


 ロアンはそう言って、坂を二歩、上がった。


 三歩目で止まった。


 振り返った。


 リュカをではなかった。


 空き地のほうを。


 ここからは石垣の上は見えなかった。家の壁の向こうだった。


 ロアンは片手を上げた。


 少しだけ。


 振らなかった。


 上げて下ろした。


 見えない石垣のほうへ。


 それから、坂を上がっていった。


 リュカは空き地へ戻った。


 石垣の上で男が空を見ていた。


 片手が上がっていた。


 少しだけ。


 振っていなかった。


 空を見たまま、上げてそれから下ろした。


 ――見えてない。


 坂は家の壁の向こうだった。石垣の上からも坂は見えない。


 見えないところへ同じ手を上げていた。


 同じ時に。


 リュカは石垣の根元にしゃがんだ。


 杭の糸。


 影が空き地に入ってきた。


 日が隠れた。


 百。


 糸が下へなびいた。


 上から。


 夕方の風。


 坂の上で籠の綱が鳴った。


 上へ引かれていく音だった。


 石垣の上の男は、その音のほうを見なかった。


 空を見ていた。


---


 夜になった。


 リュカは宿へ戻りかけて、石垣の下で止まった。


 石垣の上で男が横になっていた。


 刃物を脇に。腕を頭の下に。


 顔は上を向いていた。


 低い雲が東の穴の向こうにまだあった。星は見えなかった。


「坊主」


 石垣の上から声がした。


「……」


「ロアは笑ってたか」


 リュカは少しのあいだ黙っていた。


「笑ってた」


「どんなふうに」


 リュカは考えた。


 空き地の入口でロアンが笑った。一度目は何かを飲みこんでから笑った。二度目は飲みこまなかった。


「……二回、笑った」


「二回か」


「一回目は何か飲みこんでから。二回目は飲みこまないで」


 石垣の上の男は何も言わなかった。


 しばらく何も言わなかった。


 それから言った。


「二回目のほうがあいつの笑い方だ」


「……」


「飲みこまねえで笑うのがあいつだ」


 男はそう言ってまた黙った。


 リュカは石垣の下に立っていた。


 訊かなかった。


 ――あいつのこと俺に訊くなよ。


 ロアンはそう言った。


 この男にも訊かなかった。


 訊かれないまま男は言った。


「笑ってたならいい」


 男の声はそれで終わった。


 寝息にはまだならなかった。


 空を見ているのだと思った。


 星の見えない低い雲の空を。


---


 宿の土間に入った。


 竈の火はもう落ちていた。灰の下に赤いところが少しだけ残っていた。


 土間の西の隅でリナンが毛布の上に座っていた。


 膝の上に弦を張ったものを載せていた。里から持ってきたもの。弦を一本だけ替えたもの。


 弾いてはいなかった。指を弦の上に置いているだけだった。


「……おかえりなさい」


「ただいま」


 リナンは弦から指を離した。


「ロアンさん帰りましたか」


「日暮れの籠で」


「そうですか」


 リナンは少しのあいだ黙っていた。


「空き地の入口で。井戸へ水を汲みに行くとき。少しだけ見ました」


「……見てたのか」


「見えたんです。石垣の上と下で」


 リナンは毛布の端を指でつまんだ。


「同じ座り方でした」


 リュカは何も言わなかった。


「片膝を立てて。膝に腕を載せて。顎を少しだけ上げて」


 リナンは言った。


「里では同じ座り方をするのは、同じ人に教わった子です。崖の縁で風を待つときの座り方。教えた人の座り方がうつるんです」


「……うつる」


「うつります。わたしも母の座り方で待ってました。飛べてた頃は」


 リナンはそれだけ言って、また弦の上に指を置いた。


「あの二人は誰に教わったんでしょうね」


 リュカは少しのあいだ黙っていた。


「訊かない」


「訊かないんですか」


「訊くなって言われた」


「ロアンさんに」


「ロアンに」


 リナンは少しだけ笑った。


「じゃあわたしも訊きません」


 リナンは弦を一本だけ弾いた。


 小さな音だった。


 土間の低い天井に当たって消えた。


 梁の上でセイルが首を傾げた。


 傾げて何も言わなかった。


 ――同じ人に教わった。


 リュカは梯子の一段目に足をかけた。


 訊かないことは数に入れない。


 でも、リナンの言ったことはリナンが言ったことだった。訊いたことではなかった。


 ――持っておく。


---


 屋根裏で横になった。


 三段目が鳴った。


 板の隙間に指を当てた。上から。


 数えた。


 二百四十四。自分の金。


 五十二。街の金。


 膠、四十。柱の石十一。


 ――あいつ。


 ガヴェイル。


 二年前路地でロアンがまだ来ないのかと言った。塔の中でガヴェもと言いかけた。


 まだ来ないと言っていた男のところにロアンのほうが来た。


 来て名前を一つずつ呼んで、天気の話をして、帰っていった。


 ――最後に会ったときから同じだ。


 ロアンはそう言った。


 最後に会ったのがいつなのか。そのとき、何があったのか。


 リュカは知らなかった。


 ――訊くなよ。


 訊かないと言った。


 訊かないことは数に入れないで、持っておく。


 持っておくものが一つ増えた。


 ――籠はあと十日。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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