あいつと、兄弟弟子①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
石垣の根元に杭を刺した。
糸を結んだ。
下へなびいていた。上から。夜の風。
千五百で垂れた。
三百で上へ。
四日目だった。
四日同じだった。
リュカは顔を上げた。
石垣の上に男がいた。
ゆうべ、横になったところに今は座っていた。片膝を立てて。顎を上げて。
東の穴の向こうの空はまだ灰色だった。
灰色が低かった。
きのうの朝より空の灰色のところが下まで来ていた。東の穴の上の半分くらいまで雲がかぶさっていた。
――明日の朝は雲が低い。
ゆうべ、石垣の上で男はそう言った。
リュカは数えた。
百。二百。
灰色が白になった。
白が明るくなった。
――きのうはここで光が来た。
来なかった。
三百。四百。
右の柱の根元は白いままだった。
五百。
光が来た。
細い線。
低い雲の下の縁をくぐるようにして、横にまっすぐ空き地の上を渡ってきた。
石垣の上の男の顔に当たった。
男は目を細めた。
「ほらな」
男は言った。
リュカは何も言わなかった。
――日が出るのが少し遅れる。
五百、遅れた。
当たった。
空のことは当たった。
風のことは外れた。
――ここでは空は読めない。
きのうそう言った。
読めた。空は空のことだけは読めた。風は空から来ないから、読めなかった。
空から来るものは空で読める。
壁から来るものは壁で数えるしかない。
リュカは杭の糸を見た。
上へなびいていた。
「当たった」
リュカは言った。
男がこちらを見下ろした。
「日の出」
「当たったか」
「五百、遅れた」
「五百か」
男は少しのあいだ黙っていた。
「坊主は何でも数えるな」
「……数える」
「俺は数えねえ。見て言う。言ったことが当たったか外れたかも数えねえ」
「なんで」
「数えたら当たった数のほうを覚えちまう」
男はそう言って、また空を見上げた。
低い雲の下の日を。
「外れた数を忘れる。忘れたら空を見なくなる」
リュカは何も言わなかった。
言わずに糸を見ていた。
――当たった数を覚える。
リュカはきのう坊主の数が当たったと言われて、当たったとは思わなかった。三日同じだったことが四日目も同じだった。それだけだった。
数えるのと当てるのとは違った。
違うことをこの男は知っていた。
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詰所の前でドランが硬貨を数えていた。
「きのうの二つ」
二十。
二百二十四に二十。
二百四十四。
リュカは受け取って袋に入れた。
「あいつは」
ドランが言った。
「名前は訊けたか」
「……ガヴェイル」
「訊けたのか」
「訊いてない。ヴェスナが訊いた。一回で言った」
ドランは鼻で短く笑った。
「婆さんには勝てねえか」
「同じこと言ってた」
「だろうな」
ドランは荷札を取った。
「泊まったのか」
「泊まらない。石垣の上で寝た」
「石垣の上」
「空が見えるところ」
ドランは、少しのあいだ何も言わなかった。
それから、荷札をリュカに渡した。
「今日は下りが一つだ。昼前の籠」
――一つ。
十。
「上から下りてくる籠に乗れ。もう上で客が乗ってる」
「客」
「きのう、上から下りてきた荷の荷札の端に上の荷受けの字で書いてあった。下まで一人。運賃は上で払ってある」
ドランは止め木の柄を握った。
「坊主が乗る籠に乗ってくる。荷運びの邪魔はすんなよ」
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鍛冶場の前でトトが石に鑿を当てていた。
かん。
柄杓の子の祖父の鑿。
焼け跡の石の面を削っていた。黒い煤の下から白っぽい石の肌が出てきた。
かん。かん。
段の脇の石の列は十になっていた。
きのう八つ。今朝二つ増えていた。
「……二つ」
「あいつが朝のうちに持ってきた」
トトは鑿を止めずに言った。
「日が出てすぐ。長屋の山から。両手に一つずつ」
「両手に」
「片手に一つずつだ」
トトは鑿を置いた。
削った面に手のひらを当てた。
平らかどうかを手で確かめていた。
「誰の家のかは俺が言った。あいつは黙って聞いてた」
「……聞いてた」
「聞いてそれから石を置いた。置いてまた空を見に行った」
トトはもう一度鑿を取った。
「天気で答えるやつは、石を置いていけって言った。置いていった」
「名前は」
「聞いた。ゆうべ、宿の前で婆さんに言ったって。けさ、宿の前を通ったら、婆さんが言ってた」
かん。
「ガヴェイル」
トトは言った。
鑿を打ちながら。
「名前で呼ぶほどまだ知らねえ」
かん。
柄杓の子が石段の上から走ってきた。
十個目の石の前にしゃがんだ。拳を当てた。
「三つ。三つと少し」
「少しはいくつだ」
「……指、二本」
「指で言えるようになったか」
トトは少しだけ笑った。
柄杓の子は、それから石垣のほうを振り返った。
ここからは見えない。
「あのでかい人。きょうもいる」
「いる」
「ずっといるの」
トトは鑿を止めた。
リュカも何も言わなかった。
――ずっと。
誰も知らなかった。
あの男がいつまでここにいるのか。何のために来たのか。
四百を払って、荷も持たずに、降りてきた。降りて空を見ている。
それだけしか誰も知らなかった。
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昼前の籠が上から下りてきた。
詰所の前で止まった。
ドランが止め木を引いた。
戸が開いた。
中に子供が一人座っていた。
壁際の板の腰掛けに。両手を膝の上に揃えて。
小さかった。柄杓の子と同じくらいか少し小さい。十かそこら。
髪が長かった。薄い色のまっすぐな髪。
顔は子供だった。目だけが子供ではなかった。何をとは言えなかった。ただ、子供の目の見方ではなかった。
子供は戸が開いても、こちらを見なかった。
前を見ていた。籠の向かいの壁を。
リュカは荷を担いで乗った。
子供の向かいの壁際に荷を下ろした。
戸が閉まった。
籠が沈んだ。
壁の割れ目の光が一つずつ減っていった。
白に入った。
リュカは数えた。
口の中で。
一。二。三。
白は白かった。割れ目の外が何もない白になる。光が白に溶けて、壁の内側まで薄く白くなる。
十。十一。
子供がこちらを見ていた。
いつから見ていたのかは、分からなかった。
顔は前を向いたままだった。目だけがこちらに来ていた。
左の目だけが。
右の目は前の壁を見ていた。左の目だけがリュカの口元にあった。
――数えてるのを見てる。
リュカは口を閉じた。
口の中だけで数えた。
十五。十六。
子供の左の目は、まだリュカの口元にあった。
口を閉じても離れなかった。
見ているのは、口ではないのかもしれなかった。
何を見ているのかは分からなかった。
二十。
二十一。
子供の腰に何か吊ってあった。
輪だった。
平たい金属の輪。手のひらより少し大きい。縁が薄く光っていた。
研いである縁だった。
二十二。
二十三。
白が終わった。
割れ目の外に色が戻った。
子供の左の目がリュカの口元から離れた。
前の壁に戻った。
――二十三。
二人で数えても、一人で数えても、二十三だった。
今日は、もう一人数えていたのかもしれなかった。
子供は何も言わなかった。
リュカも何も言わなかった。
籠が止まった。
戸が開いた。
受け渡し場の蓋の下の薄い明るさ。
子供は立ち上がった。
リュカより先に戸を出た。
出るとき一度だけ振り返った。
リュカをではなかった。
籠の中を。
リュカが座っていた壁際を。荷を下ろした床を。籠の天井を。
見回してそれから前を向いた。
歩いていった。
受け渡し場の台の脇を抜けて。下の市とは反対のほうへ。
足音が軽かった。
軽かったが迷いがなかった。
---
「兄ちゃんか」
「はい」
「足は」
「ついてます」
「ならいい」
荷を台に下ろした。
バルが荷札に印を押した。
リュカは受け渡し場の向こうを見た。
子供の背中はもう見えなかった。
「……子供が一人、乗ってた。上から」
リュカは言った。
「髪の薄い小さいのか」
「小さい。目が子供じゃなかった」
バルは荷札を揃えた。
「森精だ」
「……森精」
「下の層の森の者だ。小さくて長生きする」
バルはそう言って、少しだけ口の端を動かした。
「森精の見た目の歳は数えるな。兄ちゃんの三つか四つ倍生きとるのが子供の顔で歩いとる」
リュカは何も言わなかった。
「渡し場へ行く客だ」
バルは言った。
「浮島へ渡る船の。ここから歩いてだいぶある。運賃が高い。籠の四百より高い」
「……浮島」
「雲の上の島だ。牧場の島もあれば、森の島も湖の島もある」
バルは荷札の束を台の端に寄せた。
「森精はときどき行く。何をしに行くのかは訊かん。訊いても昔のことしか言わん」
「……昔のこと」
「昔のことしか言わん。森精はそういうもんだ」
リュカは、受け渡し場の向こうをもう一度見た。
――籠の中を見回していた。
左の目で。
何を見ていたのか。
分からなかった。
分からないものを数に入れずに持った。
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昼過ぎの籠で上がった。
空の籠だった。荷も客もなかった。
詰所で降りた。
ドランが止め木を引いた。
「あの子供は」
「渡し場へ行った。バルが言った」
「そうか」
ドランはそれだけ言った。
籠はそのまま、上へ引かれていった。アステル区まで。
リュカは坂を下りかけた。
「坊主。止め木の油」
ドランが言った。
詰所の工具箱の脇に油の壺があった。リュカは布に油を含ませて、止め木の軸に差した。一本ずつ。ドランが軸を回した。回るたびに軋みが少しずつ小さくなった。
四本目の軸に油を差しているとき、綱が鳴った。
上から。
籠が戻ってきていた。アステル区まで上がって、もう下りてきていた。昼過ぎの上からの籠。
ドランが止め木の前に戻った。
詰所の脇にカイの女房が立っていた。いつからいたのかは分からなかった。籠が来る音がすると、どこからか来ている人だった。
籠が止まった。
ドランが止め木を引いた。
戸が開いた。
男が一人降りてきた。
外套を着ていた。上の揃いの外套。肩に徽章。
徽章が少しだけ曲がっていた。
腰の後ろに弦を張ったものを提げていた。
男は降りて、詰所の屋根の下に立った。
立って見回した。
坂を。坂の下の屋根のない家々を。摩天楼の腹に塞がれた灰色の天井を。
カイの女房が男の顔を見た。
見て少しのあいだ止まって、それから離れた。
――カイじゃない。
口には出さなかった。
男の目がリュカに来た。
目尻の皺が深かった。年よりずっと深い皺。
「よう」
男は言った。
軽い声だった。
「坊主じゃねえか」
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「……ロアン」
リュカは言った。
男は笑った。
人懐こい笑い方だった。
「名前を覚えてたか。二年も」
「覚えてる」
「そりゃどうも」
ロアンは詰所の柱に肩を預けた。
柱の板。片道、四百。墨の字。
ロアンはそれを横目で見た。
「四百、払ったぜ。上からここまで。降りるのに四百」
「……何しに」
「見に」
ロアンは言った。
「下の街を。見に来た」
「誰に言われて」
「誰にも。誰にも言わずに来た」
ロアンは口の端を上げた。
「言ったら止められる。止めるやつが二人いる。一人は止めるって言わずに止める。もう一人は止める理由を三つ数える」
――ゼクスとアステナ。
リュカは何も言わなかった。
「坊主はここで何してる」
「荷運び」
「まだ荷運びか」
「荷運び」
ロアンはリュカの肩の石の袋を見た。
「まだ拾ってるか」
「拾ってる」
「そりゃよかった」
ロアンはそう言って、柱から肩を離した。
「でここは何て街だ」
ドランが止め木の前で言った。
「ニヒロだ」
ロアンはドランを見た。
それから、柱の板の墨の字をもう一度見た。
「……ニヒロ」
ロアンは言った。
「何もねえ、か」
「何もねえ、だ」
ドランは言った。
「文句があるか」
「ねえよ」
ロアンは笑った。
「いい名だ」
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
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