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星降譚―STELLA NOMINA―  作者: うめこまち
第二部 履いても灰は残る

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163/165

日の高さと、男②

只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ


どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!


現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!

残すは6、7部。

先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)


皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!

 昼過ぎにリナンが粉屋から戻ってきた。


 手が白かった。


 空き地の入口で止まった。


 石垣の上に男がまた座っていた。陰の中で片膝を立てて。顎を上げて。


 リナンは男を見た。


 それから、リュカを見た。


「……あの人」


「東の岩場の」


「ですよね」


 リナンは少しだけ黙った。


 男がこちらを見た。


 リナンを。


 リナンの背中の畳んだ翼を。


「翼の嬢ちゃんか」


 男は言った。


「北の風はどうだった」


 リナンは、少しのあいだ何も言わなかった。


 言わずに男を見ていた。


「……北から吹きました」


 リナンは言った。


「あの夜。当たりました。背中を北に向けませんでした」


「そうか」


「翼に来ました。前から」


「前から来る風は、畳んだ翼の上の縁に当たる」


 男は言った。


「痛えだろ」


 リナンの左の翼の二つ目の節が少しだけ動いた。


「……少し」


「少しで済んだならいい」


 男はそう言って、また空を見上げた。


 リナンはリュカの隣に来た。


 小さな声で言った。


「覚えてたんですね。北の風のこと」


「覚えてた」


「二年も」


「……天気のことは覚えてるんだと思う」


 リナンは少しだけ笑った。


「名前は」


「まだ」


「訊きました」


「四回」


 リナンは石垣の上の男を見上げた。


「里にいました。そういう人」


 二年前と同じことを言った。


「名前を呼ぶと雲の話をするんです」


---


 午後男は石垣から下りた。


 刃物を石垣に立てかけたまま。


 空き地の向こうの長屋の黒い山へ歩いていった。


 柄杓の子が黒い山の端でしゃがんでいた。


 きのうの石。拳、四つの石。柄杓の子が持てなかった石。


 柄杓の子はまだその石の前に、しゃがんでいた。両手をかけては離していた。


 男は柄杓の子の後ろに立った。


 柄杓の子が振り返った。


 見上げた。


 ずっと上まで見上げた。


「……おっきい」


 柄杓の子が言った。


「でかいか」


「でかい」


 男はしゃがんだ。


 柄杓の子と同じ高さになった。


「これどこへ運ぶ」


「……鍛冶屋の兄ちゃんのとこ。煙の柱の石」


 男は石の下に片手を入れた。


 片手で。


 持ち上げた。


 膝の高さ。腰の高さ。


 腰の高さで止めた。


 止めて柄杓の子の顔の前に、差し出した。


「測れ」


 柄杓の子は目を丸くした。


 丸くしたまま拳を石に当てた。


「……四つ」


「四つか」


「四つ。きのうと同じ」


 柄杓の子は、それから男の手に拳を当てた。


 石を持っていないほうの手に。


 男は手を開いて、柄杓の子の前に出した。


 柄杓の子は、自分の拳を男の手のひらに当てた。


 当てて並べた。


「……二つ」


 柄杓の子が言った。


「兄ちゃんの手おれの拳二つぶん」


「二つか」


「二つ。鍛冶屋の兄ちゃんより大きい」


 男は笑った。


 石を片手で持ったまま。


「この石は誰の家のだ」


 柄杓の子は少しだけ黙った。


「……知らない。鍛冶屋の兄ちゃんが言う」


「言うのか」


「言う。一つずつ。誰の家のか。言わないとただの石になるって」


 男は少しのあいだ何も言わなかった。


 石を見ていた。


 片手の上の黒い石を。


「……そうか」


 男は立ち上がった。


 石を肩に載せた。


「石段はどっちだ」


 柄杓の子が指さした。


 男は歩きだした。


 柄杓の子がその後ろを走って、ついていった。


 リュカは石垣の刃物を見た。


 置いていった刃物。


 鞘のない刃。


 誰も触らなかった。


---


 石段の途中の広くなったところ。


 リュカが追いついたときには、男は石を段の脇に下ろしていた。


 七つの石の端に。


 八つ目。


 トトが戸口から出てきた。


 石を見た。


 男を見た。


 柄杓の子が男の後ろから顔を出した。


「鍛冶屋の兄ちゃん。この人片手で持った」


 トトは何も言わなかった。


 しゃがんで、八つ目の石に手を置いた。


「……長屋の西から五軒目だ」


 トトは言った。


 それから名を言った。


 リュカの知らない名だった。


「焼けた夜に二人ともいなくなった家だ」


 柄杓の子が黙った。


 男も黙っていた。


 黙ってトトの手の下の石を見ていた。


 トトは手を離した。


 立ち上がって男を見上げた。


「あんた。さっきの渦の上ってのはどこだ」


 男は石段の上の家々の屋根を見上げた。


 屋根のない家と半分だけ屋根のある家。いちばん高い屋根の棟。


「あの棟に俺の背を一つ足せ」


 男は言った。


「そこから上は風がまっすぐだ」


 トトは棟を見た。


 男の背を見た。


 もう一度棟を見た。


 リュカも見ていた。


 ――棟に背を一つ。


 決まった。


 高さが決まった。


 きのう数えなかった。石の大きさも、柱の太さも決まっていなかったから。決まっていないものは数えられない。


 高さが決まった。


「太さは」


 リュカは言った。


 トトに。


 トトは炉の口を見た。


「炉の口より太く。中が拳、四つ。壁が石、一つぶん」


 ――中が拳、四つ。壁が石、一つ。


 リュカは八つの石を見た。


 拳三つと半分から四つ。両手で抱えるくらいの石。


 一段に石がいくつ。


 炉の上から棟まで。棟から背、一つ。


 段がいくつ。


 リュカは指を折った。


 折ってまた折った。


「……百は要る」


 リュカは言った。


「百と少し。もっとかもしれない。石の大きさが揃ってないから」


 トトは何も言わなかった。


 八つの石を見ていた。


 百のうちの八つ。


 男が笑った。


「百か」


「百と少し」


「数えたか」


「……数えた。今」


 男はトトのほうを見た。


「数える坊主と覚えてる鍛冶屋か」


 トトは男を見上げた。


「あんた、名前は」


 男は空を見上げた。


「夕方に雲が下りてくる」


 トトは鼻を鳴らした。


「天気で答えるやつは」


 トトは言った。


「石を置いていけ。明日も」


 男は笑った。


 声を出して。


 笑ってそれから石段を下りていった。空き地のほうへ。


 柄杓の子がまた後ろからついていった。


---


 夕方の少し前に、ミラが空き地を通った。


 薬房の焼け跡からイサの家へ草の束を運ぶ途中だった。束が三つ。胸に抱えていた。


 ミラは、石段から戻ってきた男と空き地の入口ですれ違った。


 すれ違って止まった。


 振り返った。


「ちょっと」


 ミラは言った。


 男が止まった。


「その腕」


 ミラは束を抱えたまま、男の腕を見た。焼けた腕の薄く光っているところを。


「何塗ってるの」


 男は自分の腕を見下ろした。


「日除けだ」


「日除けなのは見れば分かるわよ。何でできてるのか訊いてるの」


 ミラは一歩、近づいた。


 鼻を少しだけ動かした。


「……獣の脂。羊ね。それに何か苦い草。根を煮て混ぜてる」


 男は少しのあいだミラを見ていた。


「鼻がいいな」


「薬房よ」


 ミラは言った。


「焼けたけど」


「焼けた薬房か」


「焼けた薬房。屋根はないけど薬房は薬房」


 ミラはもう一度男の腕を見た。


「その草ここでは採れないわ。下の市にもなかった。どこの」


 男は空を見上げた。


 東の穴の向こうの空を。


「雲が低くなってきたな」


 ミラはリュカのほうを見た。


 リュカは石垣の根元で糸を見ていた。


「……こういう人なの」


「こういう人」


 リュカは言った。


「天気で答える」


 ミラはふうんと言った。


 言って束を抱え直した。


「羊の脂に苦い根。日に焼けすぎないように。焼けても皮が剥けないように」


 ミラは男の焼けた腕をもう一度見た。


「よく日に当たる仕事の人が使う油ね。雲の上とか」


 男は何も言わなかった。


 空を見ていた。


 ミラはそれ以上訊かなかった。


 イサの家のほうへ歩いていった。


 歩きながら一度だけ振り返った。


 男の顎の下を見たようだった。


---


 日が傾いていた。


 昼過ぎにまた出てきた日は、低いところを斜めに通っていた。


 男は宿の前に立っていた。


 焼け残った柱の脇に。


 ヴェスナが店先を掃いていた。


 穂の先の焦げた箒で。


 ヴェスナは、男の足元まで掃いてきて止まった。


 止まって男の足を見た。それから膝を。腰を。胸を。顔を。


 ずっと上まで見上げた。


「でかいね」


 ヴェスナは言った。


「よく言われる」


「何の用だい」


 男は宿の二階を見上げた。


 東へ傾いた二階。


「東向きの部屋はあるか」


 ヴェスナは箒を止めたまま言った。


「東は焼けたよ」


 男は少しのあいだ黙っていた。


「焼けたか」


「一階の東が焼け落ちて、二階が傾いた。東の部屋はもう部屋の形をしてないよ。あるのは西の土間と屋根の半分」


「西か」


「西だよ。日は入らないね」


 男は宿の焼け落ちた東の半分を見た。


 梁が三本。その奥のきのうリュカが掘った灰の山。


「……そうか」


 男は言った。


 ヴェスナはまた箒を動かした。


 一度掃いて止めた。


「泊まるなら名前を言いな」


 ヴェスナは言った。


「あたしは、名前を知らない客は泊めないよ」


「ガヴェイル」


 男は言った。


 すぐに。


 空も見ずに。


 リュカは、石垣の側の路地の角に立っていた。


 立ったまま動かなかった。


 ――ガヴェイル。


 東の岩場で三回。今朝、一回。


 四回、訊いた。


 四回天気が返ってきた。


 ヴェスナが一度、訊いた。


 一度で返ってきた。


 ――ガヴェ。


 塔の中のてっぺんから下りる途中の夜。火種石の火の向こうでロアンがそう言いかけた。言いかけて止まった。誰だと訊くとなんでもねえ、と言った。


 ガヴェ。ガヴェイル。


 同じ音で始まっていた。


 同じ人なのかは分からなかった。


 リュカは路地の角から宿の前へ歩いた。


 男の横に立った。


「……四回、訊いた」


 男はリュカを見下ろした。


 見下ろして笑った。


 目の端に皺が寄った。


「宿の婆さんには勝てねえ」


「婆さんで合ってるよ」


 ヴェスナが言った。


 箒を動かしながら。


「名前はヴェスナだ。名前をもらったら、名前を返すもんだ」


「ヴェスナ」


「そうだよ」


「いい名だ」


「お世辞は要らないよ」


 ヴェスナは店先の端まで掃いた。


 掃いて箒を焼け残った柱に立てかけた。


「で泊まるのかい」


 男は宿の西の土間を覗いた。


 暗かった。


 傾いた二階の床が天井を低くしていた。土間の西の隅にリナンの毛布。梁の上にセイル。


 男は少しのあいだ土間を見ていた。


 それから、空き地のほうを見た。


 崩れた石垣のほうを。


「……空が見えるとこで寝る」


 男は言った。


「石垣の上で。雨は今夜は降らねえ」


 ヴェスナは男を見た。


 長いこと見ていた。


「泊まらないのかい」


「泊まらねえ」


「名前だけ置いてくのかい」


「置いてく」


 ヴェスナは鼻で笑った。


「名前だけ取られたねあたしは」


 ヴェスナはそう言って、土間へ入っていった。


 入りかけて振り返らずに言った。


「湯は朝、沸くよ。椀は自分で持ってきな」


---


 日が隠れた。


 石段の上の屋根のない家々の向こうに。


 リュカは石垣の根元にしゃがんでいた。


 杭の糸。


 石垣の上に男が座っていた。片膝を立てて。


 糸は少しだけ上へなびいていた。


 影が空き地に入ってきた。


 糸が垂れた。


 リュカは数えた。


 口には出さなかった。


 百。


 糸が下へなびいた。


 ――上から。


「百か」


 石垣の上から声がした。


 男が糸を見下ろしていた。


「……数えてたのか」


「坊主の唇が動いてた」


 リュカは口を閉じた。


 動いていたとは思っていなかった。


「日が隠れて百で上から」


 男は言った。


 リュカが朝言ったことを。同じ順番で。


「夜は上から。明ける前に、止まって三百で下から」


「……覚えたのか」


「覚えた。天気のことは覚える」


 男はまた空を見上げた。


 東の穴の向こうの暗くなりかけた空を。


「空を見て言うのは俺のほうが早え」


 男は言った。


「けど、ここでは坊主の数のほうが当たる。空が狭えからな。狭え空は嘘をつく」


 リュカは何も言わなかった。


「明日の朝も数えるのか」


「数える」


「何日、数える」


「……分からない。同じじゃなくなるまで」


 男は少しのあいだ黙っていた。


 それから笑った。


 小さな声で。


「同じじゃなくなるまでか」


「同じなら続ける」


「いい数え方だ」


 ――いい。


 いい数だとロアンが言った。


 いい天気だと東の岩場でこの男が言った。


 同じ言い方だった。


 二年前もそう思った。


 思ったが数に入れなかった。


 今も入れなかった。


---


 夜になった。


 男は石垣の上に横になった。


 刃物を脇に置いて。腕を頭の下に組んで。


 顔は上を向いていた。


 東の穴の向こうの夜の空を。


 星がいくつかあった。狭い空にいくつか。


 リュカは宿へ戻りかけて止まった。


 振り返った。


 男はもう目を閉じていた。


 閉じているのか閉じたふりをしているのかは、分からなかった。


 リュカは石垣に近づいた。


 男が昼に座っていたところ。片膝を立てていたところ。石垣のいちばん高いところの少し手前。


 そこに手を置いた。


 左の手を。


 温かかった。


 夜の石は冷える。空き地の石垣も夜には冷える。三日夜明け前に、背中を預けて、知っていた。


 男が座っていたところだけが温かかった。


 人が座っていたぶんというのより少しだけ。


 ――日の匂い。


 干した布の匂い。宿の屋根の上で昼に瓦が出す匂い。


 ニヒロに昼の日は来ないのに。


 右の手を近づけた。


 置かなかった。


 二年前も置かなかった。


 手のひらの真ん中の冷たさが石垣の温かさのほうへ少しだけ縮んだ気がした。


 縮んだのかそう思っただけなのかは、分からなかった。


 ――数えない。


 一度も確かめていないことは数えない。


 二年たっても、まだ一度も確かめていなかった。


 リュカは手を引いた。


 石垣の上で男が言った。


 目を閉じたまま。


「明日の朝は雲が低い」


「……」


「隙間の右の柱の根元から日が出るのが少し遅れる」


 リュカは何も言わなかった。


 言わずに宿へ戻った。


---


 屋根裏で横になった。


 三段目が鳴った。


 板の隙間に指を当てた。


 上から。弱い。


 数えた。


 二百二十四。自分の金。


 五十二。街の金。


 膠、四十。柱の石八つ。拳四つの石が増えた。運んだのは名前のない男ではなかった。


 ――ガヴェイル。


 名前が一つ増えた。


 四回訊いて、五回目は訊かなかった。訊かなかったのに聞こえた。


 ――名前を言わんやつは、言う相手を選んどるだけだ。


 バルの声がした。


 あの男はヴェスナを選んだ。


 選んだのかヴェスナに選ばされたのか。


 分からなかった。


 ガヴェとガヴェイル。片膝を立てる座り方。片手を上げて振らない手。いい数だといい天気だ。


 ロアンと同じものがまた一つ増えた。


 分からないものを数に入れずに持った。


 明日の朝日が少し遅れて出る。


 あの男はそう言った。


 ――明日の朝数える。


 当たるか外れるか。


 数えてから分かる。


 ――籠はあと十一日。

読んで頂きありがとうございます。

引き続き1話ずつ毎日更新していきます。

現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。


基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!


少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!


ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)

よろしければ是非応援頂けますと幸いです。

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