日の高さと、男①
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
空き地はまだ暗かった。
リュカは石垣の根元に杭を刺した。きのう抜いた杭をきのうと同じところに。
糸を結んだ。
糸は下へなびいていた。
――上から。
夜の風。
数えた。
千五百で垂れた。
三百で上へなびいた。
――下から。
三日目だった。
三日同じだった。
三日同じでも、いつもとは数えなかった。三日と数えた。
リュカは顔を上げた。
東の空が灰色になりかけていた。
空き地の東の端。崩れた石垣のいちばん高いところ。
そこに人が座っていた。
リュカは動かなかった。
人影は黒かった。灰色の空を背にして、形だけが見えた。
大きかった。
片膝を立てていた。立てた膝に片腕を載せていた。
顔は上を向いていた。
東の空。結界柱が倒れた穴の向こうの空。摩天楼の腹と外の空とのあいだの柱と柱の隙間。
その空を見上げていた。
ずっと見上げていた。
――いつから。
リュカが空き地に来たときには、いたのだろう。暗くて見えなかった。
見えないまま、千五百と三百を数えていた。
数えているあいだあの人影もそこにいた。
リュカは杭の脇から立ち上がった。
人影はこちらを見なかった。
空を見ていた。
---
石垣の下まで歩いた。
二十歩。
近づくと見えてきた。
袖のない上衣。裾が紐で縛ってあった。
腕が焼けていた。焼けた腕の上に薄く油のようなものが光っていた。
石垣に刃物が立てかけてあった。
幅の広い少し反った刃。
鞘はなかった。
――知ってる。
知っている形だった。
男はまだ空を見ていた。
顎を上げて。
顎の下が白かった。
腕も顔も焼けているのに、顎の下だけが白い。
――上を向いてきたから。
東の岩場でそう数えた。
同じだった。
「おう」
男が言った。
空を見たまま。
「白から出てきた坊主か」
リュカは少しのあいだ黙っていた。
「……出てきた。二年前に」
「二年か」
男は少しだけ笑った。
声を出して。
「二年は長えな。雲がだいぶ入れ替わる」
リュカは男の顔を見上げた。
目の端に皺があった。笑ったときにできる皺。
二年前と同じところにあった。
「……名前は」
リュカは言った。
四度目だった。
東の岩場で三回。今日で四回。
男は空から目を下ろさなかった。
「日が出るぞ」
男は言った。
「見てろ。あの隙間の右の柱の根元から」
リュカは男の見ているほうを見た。
東の穴。
右の柱の根元。
灰色が白になっていた。白が少しずつ明るくなっていた。
光が来た。
細い線。
柱の根元から横にまっすぐ空き地の上を渡ってきた。
石垣の上の男の顔に当たった。
男は目を細めた。
細めたまま笑った。
「ほらな」
男は言った。
「狭えなここの空は」
――三番街か。あそこの空は狭えな。
東の岩場でそう言った。
同じ言い方だった。
「狭い」
リュカは言った。
「上に上がある」
「覚えてたか」
「……覚えてる」
男はやっと空から目を下ろした。
下ろしてリュカを見た。
それから、リュカの右の手を見た。
二年前と同じように。
今度は、閉じていなかった。開いた手だった。
男はそれを見て、何も言わなかった。
---
日が空き地に入ってきた。
男は石垣の上で腕を伸ばした。
伸ばしたまま言った。
「昼から風が回る」
「……」
「北に。雲が西から来てる。あの隙間の上のほうに薄いのが見えるだろ。昼にはあれがこっちにかぶさる。かぶさったら風が北に回る」
リュカは東の穴の上のほうを見た。
薄い雲が少しだけあった。
「……回らない」
リュカは言った。
男がこちらを見た。
「昼は止まる」
リュカは言った。
「ここの風は昼に止まる。北にも南にも回らない。止まってどっちにもなびかない」
「止まるか」
「日が傾くと少し下から。日が隠れて百で上から。夜は上から。明ける前に、止まって三百で下から」
言ってからリュカは口を閉じた。
訊かれていないことまで言った。
下の市の革の台の前でも、そうだった。
男は少しのあいだリュカを見ていた。
「数えたのか」
「数えた」
「何日」
「三日」
男は石垣の上で笑った。
声を出して。
大きな声だった。空き地の向こうの屋根のない家の壁に当たって、戻ってきた。
「三日か」
「三日」
「三日で輪にしたか」
「……輪になった」
男は笑いながら膝を叩いた。
「俺は空を見て言った。坊主は糸を見て数えた」
男は石垣の根元の杭と糸を見た。
糸は上へなびいていた。
「どっちが当たるかだな」
「……ここでは空は読めない」
「読めねえか」
「ここは摩天楼の腹の中だから。風は空から来ない。壁から来る」
男は笑うのをやめた。
やめて少しだけ黙った。
それから、また空を見上げた。
「なら、昼に分かる」
男は言った。
「昼に分かることは昼まで待ちゃいい」
---
詰所の前でドランが硬貨を数えていた。
「きのうの一つ」
十。
二百十四に十。
二百二十四。
リュカは受け取って袋に入れた。
ドランはそれから言った。
「ゆうべ、最後の籠で一人上がってきた。暗くなってからだ」
「……上がってきた」
「下からだ。地上層の受け渡し場から乗って。ここで降りた」
ドランは止め木の柄を握った。
「四百、払ってな」
――四百。
荷運びの木札がなければ片道、四百。
名前がついてから四百を払って、ニヒロで降りた者はいなかった。上から下りてくる者も、下から上がってくる者もニヒロは通り過ぎるところだった。
「荷はなし。刃物を一本、担いでた。降りてここに立って空を見て」
ドランは詰所の屋根の端を見上げた。
「そのまま空き地のほうへ行っちまった。名前を訊く前に」
「……空き地の石垣の上にいる」
「知ってる。朝、見た。まだ座ってたか」
「座ってた」
ドランは少しのあいだ黙っていた。
「お前、知ってるのか」
リュカは少しだけ黙った。
「……東の岩場で会った。二年前」
ドランの眉が少しだけ動いた。
「東の岩場か」
「東の岩場」
二年前尖塔から戻ってきて、バルに言った。東の岩場で人に会った。名前を訊いた。三回。答えなかった。天気の話をした。
ドランには言っていなかった。
「名前は」
「まだ。訊いた。二年前に三回。けさ一回」
「答えは」
「……日が出るぞって」
ドランは鼻で短く笑った。
詰所の脇にカイの女房が立っていた。
朝の籠を待っていた。籠が来るたびに籠の戸を見る人だった。焼けた次の朝から二年。
カイの女房はこちらを見ずに言った。
「ゆうべの人。降りてきたとき顔を見たよ。詰所の灯りで」
「……」
「カイじゃなかった」
カイの女房はそれだけ言った。
言ってから籠の綱のほうを見上げた。
「カイじゃないのに、ここで降りた人は名前がついてから初めてだね」
ドランは何も言わなかった。
荷札を取った。
「今日は下りが二つだ」
---
荷を担ぐ前に鍛冶場に寄った。
石段を途中まで下りた。
段の脇の七つの石の前に、男がしゃがんでいた。
先に来ていた。
刃物を肩に担いだまま。担いだまま、しゃがんで、いちばん下の平たい石を見ていた。
水瓶の台。
トトが戸口に立っていた。
腕を組んでいた。
「……坊主」
トトはリュカを見ずに言った。
「こいつ誰だ」
男は石から目を上げなかった。
「煙の柱か」
男が言った。
トトの組んだ腕が少しだけ動いた。
「誰に聞いた」
「誰にも。石の並べ方で分かる。下に平てえのを据える。上に竈の石を積む。竈の石は火に慣れてる。炉の上に立てるんだろ」
男は立ち上がった。
立つとトトより頭一つ高かった。
男は鍛冶場の屋根のないところを見上げた。
炉の上の焼け残った梁。梁の向こうの空。
「高えほうがいい」
男は言った。
「高えところは風が素直だ。低いところの風は壁に当たって曲がる。曲がった風は煙を押し戻す」
トトは何も言わなかった。
言わなかったが腕をほどいた。
「……石段の上の家の屋根より高く積む」
「それでいい」
男はそう言ってから少しだけ首を傾げた。
「いや。それよりもう少し高え」
「なんでだ」
「屋根の高さで風は渦を巻く。渦の中に口があると、煙は出たり、入ったりする。渦の上に出しとけ」
トトは男の顔を見た。
長いこと見ていた。
「……あんた誰だ」
男は空を見上げた。
「今日は昼まで晴れる」
トトはリュカのほうを見た。
リュカは首を横に振った。
――名前はまだ。
トトは少しのあいだ黙っていた。
それから言った。
「天気で答えるやつか」
「天気で答える」
リュカは言った。
「四回」
トトは鼻を鳴らした。
鳴らして戸口の中へ戻っていった。
戻りながら言った。
「渦の上か」
口の中でもう一度。
覚えるように。
---
昼前の籠で下りた。
荷が二つ。下りの二つ。
白を数えた。
二十三。
受け渡し場でバルが荷札を数えていた。
「兄ちゃんか」
「はい」
「足は」
「ついてます」
「ならいい」
荷を台に下ろした。
バルが荷札に印を押した。
押してから言った。
「ゆうべ、最後の籠に一人、乗せた」
リュカは顔を上げた。
「東の岩場の男だ」
「……知ってる」
「会ったか」
「けさ。空き地で」
バルは荷札を揃えた。
「四百払いおった。ここで払った。木札は持っとらんかった」
バルは顔を上げなかった。
「名前を訊いた」
「……答えたか」
「答えん」
バルは言った。
「明日は晴れると言いおった。乗る前に空を見て。蓋の下で空なんぞろくに見えんのにな」
リュカは何も言わなかった。
――蓋の下でも昼は昼だ。
東の岩場であの男はそう言った。
「兄ちゃんは何回、訊いた」
「四回」
「答えは」
「天気」
バルは初めて顔を上げた。
リュカを見た。
「……訊け」
バルは言った。
「何回でも。おらんはずのところにおる者には、名前を訊いておくもんだ」
「……ニヒロにいる」
「おるはずのところになったら、なおさら訊いておけ」
バルはまた荷札を数えた。
数えながら言った。
「名前を言わんやつは、言う相手を選んどるだけだ」
---
籠で上がった。
空き地に戻った。
昼が近かった。
石垣の上に男はいなかった。
空き地の真ん中に立っていた。
右の腕をまっすぐ前に、伸ばしていた。
伸ばした手の指を横に揃えて。指の幅で何かを測っていた。
東の穴の上の縁と日のあいだを。
リュカは、石垣の根元の杭の脇にしゃがんだ。
糸は上へなびいていた。
弱かった。
男は指を一本ずつ重ねていった。
一本。二本。三本。
日がのぼっていた。
東の穴から入ってきた日が空き地を斜めに渡っていた。朝より少しだけ角度が立っていた。
「……指、四本」
男が言った。
誰に言ったのでもなかった。
日がまたのぼった。
東の穴の上の縁に近づいた。
縁の向こうは上の層だった。摩天楼の上の腹。上に上がある。
日が縁にかかった。
空き地の光が半分になった。
それから消えた。
空き地が陰に入った。
昼の陰だった。
空はまだ明るかった。東の穴の向こうの空は白かった。けれど、日はもう見えなかった。上の層の向こうに行ってしまった。
男は腕を下ろした。
「……指五本で隠れる」
男は言った。
言って空を見上げた。
上の層の腹を。
黒くて平らで何も映していなかった。
リュカは糸を見た。
糸は垂れていた。
垂れたまま動かなかった。
――止まった。
昼の風だった。
「止まった」
リュカは言った。
男はこちらを見た。
それから、杭の糸を見た。
垂れた糸を。
「……回らねえな」
「回らない」
「北にも」
「北にも南にも」
男は少しのあいだ黙っていた。
それから笑った。
石垣の上のときほど大きな声ではなかった。
「外れた」
男は言った。
「坊主の数が当たった」
リュカは何も言わなかった。
当たったとは思わなかった。昼に止まるのを二日、数えた。三日目も同じだった。それだけだった。
男はまた空を見上げた。
日の見えない昼の空を。
「ここは昼が来ねえな」
男は言った。
笑っていなかった。
「日が真上に来る前に隠れる。真上に来る日をここは見たことがねえ」
「……ない」
「坊主は」
「ない。三年と二年」
「日はもう出てこねえのか」
「昼過ぎにまた出てくる。上の層の向こうから斜めに。低いところを通って、石段の上の家に隠れる」
「低いところをか」
「低いところを」
男は何も言わなかった。
しばらく上の層の腹を見ていた。
見ていたがそこには何もなかった。
男は空き地の陰の中に立っていた。
陰の中で焼けた腕が少しだけ暗く見えた。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
ブクマやお気に入り登録していただけますと今後の執筆の励みになります(´∀`*)
よろしければ是非応援頂けますと幸いです。




