幕間 「祝われた朝」
只今誠意執筆中_φ(ò_óˇ)ᕤ
どうストーリーが進んで行くか乞うご期待!!
現在は、第5部終盤の執筆に取り掛かっております!
残すは6、7部。
先はまだまだ長いですが、構想は終わっているので毎日楽しく執筆できております(●´ω`●)
皆様に少しでも楽しみに感じて頂ける作品になるよう私も楽しみながらやってきます!!
柵の上に少年が座っていた。
夜明けよりまだ前だった。
柵の向こうに雲羊が寝ていた。三十と少し。白い背中が暗い草の上に低く並んでいた。
その向こうは雲だった。
牧場の縁から先は地面がない。草が途切れて、すぐ下に雲の海が広がっている。夜のあいだ雲の海は黒い。黒くて平らでどこまでも、続いている。
少年は雲の海を見なかった。
上を見ていた。
星が少しずつ薄くなっていた。
「何が見える」
後ろで声がした。
親方だった。
柵に腕を載せた。少年の隣に。
「……東が白い。北はまだ黒い」
「風は」
「西から。弱い。草の匂いがしない」
「草の匂いがしねえ風はどこから来る」
「雲の下から」
「下から来る風は」
「昼に雲を持ち上げる」
親方は何も言わなかった。
何も言わないのは、合っているときだった。
「羊は空で動く」
親方は言った。
毎朝、言った。
「雲が持ち上がる日は羊を縁に寄せるな。縁の草は雲に濡れる。濡れた草を食った羊は腹を壊す」
「知ってる」
「知ってても毎朝、見ろ。昨日の空は今日の空じゃねえ」
親方は柵から腕を下ろした。
「当てたら羊を出せ」
少年は柵から跳び下りた。
跳び下りる前に、もう一度だけ上を見た。
毎朝そうだった。
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石を拾ったのは、そういう朝の一つだった。
羊を出したあと。
柵のいちばん古い柱の根元で雲羊が二頭土を掻いていた。
前の足で。蹄で。
雲羊はときどきそうする。草の根が甘いところを知っている。知っていて掘る。
少年は二頭を追い払った。
柱の根元に穴が開いていた。拳が入るくらいの穴。柱が傾いたら親方に叱られる。
少年はしゃがんで、土を戻そうとした。
戻す前に手が止まった。
穴の底に石があった。
指の先ほどの小さな石。
土の色をしていた。
土の色をしていたのに、土ではなかった。
少年は指で摘まんだ。
摘まんで手のひらに載せた。
温かい気がした。
気がしただけかもしれなかった。朝の日がもう手のひらに当たっていた。日の当たった手のひらに載せれば、どんな石でも温かい。
少年は石を日にかざした。
何も起きなかった。
光りもしなかった。透けもしなかった。
ただの小さな石だった。
少年は穴に土を戻した。
蹄で踏み固めるように、自分の踵で踏んだ。
柱は傾かなかった。
石は戻さなかった。
握って立ち上がった。
握ったまま羊のほうへ歩いた。
なぜ戻さなかったのかは、少年にも分からなかった。
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「拾った石は十日だ」
昼に羊番の男が言った。
牧場の外れの水場で。少年が石を見せたのではなかった。手のひらを開いたところを見られた。
「十日肌に当てとけ。十日たって、まだそこにあったら外れだ」
「……知ってる」
「知ってるならなんで握ってる」
少年は答えなかった。
水場で羊に水を飲ませていた子供が二人、笑った。
「潮の子が石を拾った」
「海の石かもしれないよ。潮の子だもん」
「ここに海はないよ」
「だから、宿らないんだよ」
少年は何も言わなかった。
――潮の子。
里の者は少年をそう呼んだ。
海と陸の境から来た子。潮の満ち引きで暮らしが動く民の子。
少年は潮を覚えていなかった。小さいときにこの牧場に来た。来る前のことは覚えていなかった。覚えているのは、来てからの雲の海と羊と親方の声だけだった。
ここに潮はない。
雲の海は満ちも引きもしない。
それでも、里の者は潮の子と呼んだ。
悪い呼び方ではなかった。ほかに呼びようがなかったのだと少年は思っていた。
その晩少年は、古い布で小さな袋を縫った。
紐を通した。
石を入れた。
首に掛けた。
袋は胸の真ん中に来た。
親方はそれを見た。
見て何も言わなかった。
何も言わないのは、合っているときだった。
合っているのかどうかは、少年には分からなかった。
寝床で胸に手を当てた。
袋は温かかった。
肌の温かさだった。
肌に当てた石は、宿るのも宿らないのも同じ温かさになる。だから、当てた日には分からない。
分からないまま眠った。
夜中に一度目が覚めた。
牧場の夜は冷える。雲の海の上は夜になると、風が上から下りてくる。
胸だけが冷えなかった。
冷えなかった気がした。
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拾ってから三日目の朝だった。
少年は柵の上に座っていた。
夜明けよりまだ前だった。
親方はまだ来ていなかった。
東が白かった。
白がだんだん黄色になった。
雲の海のいちばん向こうの縁が光りはじめた。
少年は胸の袋に手を当てた。
温かい。
いつもと同じだった。
――十日。
まだ三日だった。
雲の海の縁から日が出た。
はじめに細い線。
線がふくらんだ。
ふくらんで、丸い縁が雲の上に乗った。
光が雲の海を渡ってきた。
黒かった雲の海が端から白に変わった。白がこちらへ走ってきた。牧場の縁まで走ってきた。縁を越えて草の上を走った。柵まで来た。
少年の顔に当たった。
胸に当たった。
熱かった。
日の熱ではなかった。
胸の内側だった。
袋の中からではなかった。袋のもっと内側。胸の骨の裏側。そこに熱があった。
少年は息を止めた。
止めたまま、胸の奥で何かが鳴った。
耳ではなかった。
胸の奥で。一度だけ。短い音。
――名前。
分かった。
なぜ分かったのかは分からなかった。分かったということだけが分かった。
少年は袋に指を入れた。
袋は平らになっていた。
底にも縫い目にも何もなかった。
石は見えなくなっていた。
少年は指を袋に入れたまま、柵の上で動かなかった。
日が雲の海の上に全部、出た。
丸い日が少年の正面にあった。
胸の熱は引かなかった。
日に当たっているあいだずっとそこにあった。
――三日。
十日ではなかった。
「……何が見える」
後ろで声がした。
親方だった。
少年は振り返らなかった。
「日が出た」
少年は言った。
「見りゃ分かる」
「……石がなくなった」
親方は何も言わなかった。
柵に腕を載せた。
少年の胸の袋を見た。平らになった袋を。
長いこと見ていた。
それから言った。
「名前は聞こえたか」
「聞こえた」
「言え」
少年は言った。
小さな声で。
親方はそれを聞いた。
聞いて少しのあいだ黙っていた。
「いつだ」
「……日が出たとき」
「日が当たったときか」
「当たったとき。胸に」
親方は東を見た。
雲の海の上に丸い日があった。
「……なら日の石だ」
親方は言った。
それから、柵から腕を下ろした。
下ろして少年の頭に手を置いた。
置いたまま言った。
「羊は俺が出す。おまえは里へ行け。行って言ってこい」
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昼前には里じゅうが知っていた。
水場の羊番が言いふらした。言いふらしたのは羊番が三日前に、十日だと言ったからだった。言ったことが外れて、羊番は嬉しそうだった。
「三日だぞ。十日じゃねえ。三日だ」
「日の石だって」
「柵の下から。羊が掘ったんだと」
「日の恵みだ」
誰かがそう言った。
誰が言ったのかは分からなかった。言った声に別の声が重なって、また別の声が重なった。
「日の恵みだ」
「潮の子に日の恵みだ」
里の真ん中の竈に火が入った。
大きな鍋が載った。
雲羊の肉が入った。浮島の肉は硬い。朝から煮ても、昼にやっと歯が立つ。それでも、女たちは昼前に、鍋に火を入れた。
夕方には柔らかくなる。
夕方まで祝うということだった。
少年は竈の脇に立たされた。
里の者が来た。
一人ずつ来た。
来て少年の胸を見た。何も見えない胸を。見えないのに皆、胸を見た。
それから肩を叩いた。
頭を撫でた。
背中を押した。
水場の子供たちも来た。三日前に笑った二人。
「海の石じゃなかったね」
「日の石だよ」
「日の石ならここにもあるね。日はここにも出るから」
二人はそう言って、少年の袖を引っぱった。
引っぱって、鍋のいちばん前へ連れていった。
少年は連れていかれた。
胸が熱かった。
日に当たっていた。
鍋の湯気の向こうで女が柄杓で汁をすくった。
いちばん最初の椀だった。
少年に渡された。
少年は椀を受け取った。
受け取ってから周りを見た。
周りの顔を。
どの顔も少年を見ていた。
見て笑っていた。
――潮の子。
よそから来た子。来る前のことを覚えていない子。この里で生まれた子供の誰よりも、あとから来た子。
その子がいちばん最初の椀を持っていた。
少年は椀の汁を飲んだ。
肉はまだ硬かった。
硬かったが少年は全部、噛んだ。
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祝いの輪の外れに子供が一人立っていた。
少年より二つ下の子だった。
親方の牧場で少年の次に羊番を教わっている子。
その子は鍋に並ばなかった。
並ばずに少年を見ていた。
少年は椀を持ったまま、輪の外れへ歩いた。
二つ下の子の隣に立った。
二つ下の子は何も言わなかった。
少年も何も言わなかった。
日が高くなっていた。
里の上の空は青かった。雲は一つもなかった。雲は全部下にあった。雲の海の上に日が高くあった。
少年は上を見た。
椀を持ったまま。顎を上げて。
見上げると、日が胸にまっすぐ当たった。
胸の奥が熱かった。
熱くて少しも痛くなかった。
――昨日の空は今日の空じゃねえ。
親方の声だった。
今日の空は今日だけの空だった。
少年は空を見上げたまま言った。
「いい天気だ」
声に出して。
誰に言ったのでもなかった。
二つ下の子が少年の顔を見上げた。
少年は空を見ていた。
二つ下の子はそれから少年と同じように、顎を上げた。
同じ空を見た。
何も言わなかった。
里の真ん中で誰かがまた言った。
「日の恵みだ」
声が重なった。
少年は空を見ていた。
見上げたまま少しだけ笑った。
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夕方に肉が柔らかくなった。
里の者がまた鍋の前に並んだ。今度は皆で食べた。少年は二杯目をもらった。誰も何も言わなかった。二杯目は言わなくてももらえた。
日が傾いていた。
雲の海が黄色くなっていた。黄色が赤になった。赤い雲の海の西の縁に日が近づいていった。
少年は柵の上に座っていた。
椀はもう空だった。
胸に手を当てた。
熱かった。
朝ほどではなかった。
日が雲の海の縁に触れた。
触れて少しずつ沈んでいった。半分。それから細い線。
線が消えた。
胸の熱が少しだけ静かになった。
消えたのではなかった。手を当てればまだ温かかった。熱かったものが温かいものになった。それだけだった。
少年は気にしなかった。
日が沈めば何でも冷える。草も柵も羊の背中も。胸だけ冷えきらなかった。
それで十分だった。
後ろで柵が鳴った。
親方が腕を載せていた。
「何が見える」
少年は西を見た。
「……雲が低い。西のほうに薄いのが出てる。夜のうちに上がってくる」
「上がってきたら」
「朝縁の草が濡れる。羊は縁に寄せない」
親方は何も言わなかった。
合っているときだった。
「明日の朝も見ろ」
親方は言った。
「日の石を宿しても羊は空で動く。おまえが何を宿しても空は空だ」
「……知ってる」
「知ってても見ろ」
親方は柵から腕を下ろした。
下ろしてそれから少しだけ黙った。
「いい日だったな」
それだけ言って、牧場の小屋へ戻っていった。
少年は柵の上に残った。
星が出はじめていた。
上を見た。
この朝のことを少年はあとになって、誰にも話さなかった。
話さなくても、晴れた日に空を見上げるたびに胸の奥があの朝と同じように熱かった。
読んで頂きありがとうございます。
引き続き1話ずつ毎日更新していきます。
現在5部まで出来ているので一年以上は連続更新できる予定です。
基本的には1日2-3部を18時と20時に分けて更新して行く予定としております!!
少しでも次が気になったり、楽しみにして頂ければ幸いです!
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